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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第二章 修業編
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第三十三話 先生と町長

2017/07/14 本文を細かく訂正

 キーン、コーン、カーン、コーン。

 授業の開始を告げる鐘の音が校舎に響き渡る。


 俺はその鐘の音を聞きながら廊下を歩き、お目当ての教室へと入っていく。

 中で待っているのは様々な年代の生徒達だ。

 下は年齢一桁の子供から上はヨボヨボの爺さんまで。

 宿屋の子供に飲み屋の女将、非番の兵士に引退した宮廷魔導師。

 実に多種多様な人材が教室の机に座り、授業の開始を心待ちにしていた。


 このタートルの町が誇る『町立タートル全学校』は年齢性別を問わず、この町に住む住民ならば誰であっても学ぶことが出来るシステムになっている。

 俺は町長として働く傍ら、毎日必ず何処かの教室で教鞭を取っていた。

 もっともこの学校を作るに辺り、町長が教師として働いても構わないとする条文を盛り込んだのは他ならぬ俺であったのだが。



 俺はこの3年間、町長としてタートルの町の発展に努めてきた。

 そんな俺がまず初めに取り掛かり、そして最大の功績と謳われているのがこの学校制度である。

 まぁ何の事はない、日本の学校制度をこちらの世界風にアレンジしてこの町の住民ならば誰でも学べる学校を作っただけである。

 現状年齢で区別をしていないため、小学校でも中学校でもなく全学校なのだ。

 とは言え義務教育も民主主義も無いこの世界。

 果たして計画通り事は進むのかと最初はドキドキ物ではあったが、蓋を開けてみれば大盛況であった。


 前世の日本では学校で学ぶことに何の意味があるのかと思っていたりもした。

 しかしこの世界では違う。

 孤児院の子供達と同じく、この世界の住人達は皆学ぶことに飢えていたのである。

 新たな知識を得ることを、誰かと議論を交わすことを、誰かの書いた本を読むことを、この世界の人々はやりたくて仕方がなかったのである。

 前世での俺の思いとは、所詮読み書き計算を出来るようになり、様々な知識に簡単に触れられる状況にいた恵まれた日本人の発想だったのだ。


 町長就任当初から学校の設立のために尽力し、翌年の春から開校した我が町立タートル全学校は、今や町の住民の半数が通う一大教育機関へと発展した。

 僅かな授業料を払いさえすれば、誰でもどれだけでも学ぶことが出来る。

 そして10歳以下の子供や18歳以下の修行中の若者からは授業料は受け取らない。

 彼らの成長そのものが町に対しての報酬となるからだ。


 子供達も若者達も積極的に学校へと学びに来ている。

 彼らが積極的に学ぶ理由は何と言ってもキング少年の影響が大きい。

 いや、もうあいつも16歳。

 少年ではなく青年か。

 今やこのタートルの町で彼の名を知らぬ者は誰も居ない。

 キング青年は吟遊詩人や町の寸劇の題材として大好評を博しているのである。

 



 元は孤児院暮らしだったとある少年は、かつての勇者のパーティーメンバーから直々に教育を受け、国の魔道士養成校に入学。

 そして魔道士養成校を優秀な成績で卒業し、軍の魔道士部隊に入隊。

 そこで里帰りをしていた氷の勇者と友達になり、いつしか2人は親友に。

 少年はいつしか青年となり、見習いを卒業して正式な軍人として働くようになる。

 その青年はある日、軍の任務で重症を負うが、氷の勇者の起こした奇跡によって五体満足な体を取り戻す。

 そして五体満足な体を取り戻した青年は、光の勇者しか活動していないこの世界の現状に心を痛めた氷の勇者の早すぎる旅立ちに友として同行を申し出る。

 2人は彼らの面倒を見てくれていた優秀な軍人を最後のパーティーメンバーに加え、世直しの旅に出た。

 そして彼らは今もこの世界の何処かで戦い続けている。



 という内容だ。

 色々と突っ込みどころはあるが、この『とある少年と氷の勇者の友情の物語』は住民達の間で大評判となった。

 何しろ『とある少年』の正体が、この町の孤児院に済んでいたキングという名の少年である事は、この町の住民ならば誰もが知っている事だからだ。

 当たり前だ、つい最近まで本人が同じ町に居た訳であるし、ここ最近、頻繁に氷の勇者一行が活躍しているという噂が流れて来ているのだ。

 だからこの話を聞いた人達が『教育さえ受ければ俺もキング少年のように成り上がれるかもしれない!』と考えても不思議ではないのである。


 俺はそんな彼らに一言言ってやっている。

 キングは確かに勇者の仲間になった。

 しかしそれはキング自身の才能と、たまたま勇者と知り合えたという運が大きいのだと。

 そして当時のこの町にその運を持っていた人物はそれなりに居た筈だと。

 それなのに何故氷の勇者はキングを選んだのか?

 それはキングが努力を怠らず、訓練をサボらず、自らを高め続けていたからだと。

 高め続けていたから、物語の最後、旅立ちの時に勇者と共に旅立てる程の実力を持っていたのだと。

 つまり教育とは一時的なものでは駄目なのだと。

 継続して積み重ねることこそが重要なのだと、俺は何度も言い聞かせていた。



 この話に納得し、学び続けることを継続した人たちは皆それなりの実績を出し始めている。

 中には遂に自らの知識を広めるために本の執筆まで始めた人も居るのだ。

 俺は予想外に広がっていく学校の輪の広さに、設立者であるにも関わらず、驚きが止まらないのであった。



 「では授業を始めます。今日の日直は誰ですか?」

 「私でございますナイト様」

 「ああ、ジャックか……お前今更ここで学ぶ必要があるのか?」

 「私はこの教室の空気が好きなのですよ。では一同、起立! 礼! 着席!」

 「はい、では授業を開始します。今日はまずこの話から……」



 町立タートル全学校の教室で俺は今日も教鞭をとる。

 『氷の勇者の実の兄』であり『氷の勇者とその親友の先生』であった俺の授業はいつでも大人気だ。

 席が足りず、立ち見が出る程の大盛況の中、俺は今日もこの町に教育という種を蒔き続けるのだった。



------------------------------------


 授業を終えて、教室を出る。

 俺はそのまま職員室を通り過ぎ、校長室にも寄らずに建物から出て行き、すぐ近くの役所へと向かった。


 役所の中では沢山の職員が働いている。

 彼らは皆忙しそうだ。

 3年前に比べて人員は大幅に増やしているが、それでも作業量に追い着いていない。

 この世界にはパソコンもコピー機も無い。

 全てが手作業であるため、とにかく沢山の作業を裁くには多くの人員が必要なのである。


 この忙しさは、この町に多くの人が移住して来ているのが原因だ。

 俺の作った学校も原因の1つではある。

 しかし最大の原因はやはり朱雀の国で魔王軍が大暴れしているからだ。


 1年前、朱雀の国では光の勇者に率いられた兵士達が魔王軍相手に最終決戦を挑んでいた。

 朱雀の国の殆どの戦力を注ぎ込んだというその戦いにおいて、魔王軍は壊滅的な被害を被り、朱雀の国で暴れていた魔王を後一歩の所まで追い詰めたらしい。

 しかし魔王討伐は果たせなかった。

 光の勇者と共に参戦した火の勇者が魔王軍との戦いについて行けず、魔王の逃亡を許してしまったのだ。

 生き残った魔王とその配下は、正面からの戦闘を諦め、ゲリラ戦を展開。

 防衛戦力の少ない村を積極的に襲い、モンスターハンターや行商人に襲いかかり、それらの防衛に騎士団が町を離れると今度は町の中で一般市民に対して猛威を振るう。


 その戦い方は最早魔王軍ではなく、テロリストの戦い方だ。

 そしてテロリストを叩くのは前の世界でもこちらの世界でも至難の業だ。

 結果朱雀の国の治安は大幅に悪化。

 朱雀の国の国民は、一時的に国外への退去を選択し、治安の良い玄武の国へと流れてきているのだ。


 この国に辿り着いた朱雀の国の住民達は、まずは国境付近で生活を始める。

 しかし彼らが住み着いた地域には既に玄武の国の国民達が生活をしている。

 上手い具合に両国の国民が住み分けできれば問題は無いのだが、全ての地域でそうなるとは限らない。

 結果として新たな土地に住めなかった者や、住んでいた土地を追われた者が段々と内陸へと移動していき、最終的にこの国の首都であるタートルの町までやって来るのである。


 幸いにしてタートルの町の周辺には大量の土地が余っているため、彼らはそこに新たな開拓農民としての定住が認められた。

 そして中には鍛冶や調理、調合や魔道具作成といった技能を持った者もやって来ていて、彼らは町の中での生活の希望したのだ。

 我がタートルの町はこれを受諾。

 結果としてこの町の人口は大幅に増加し、役所の業務は大忙しになってしまったのだった。



 「町長、応接室でお客様がお待ちです」

 「町長、カメヨコ村からモンスター退治の支援要請が来ております」

 「町長、本日分の書類が町長室の机の上に置いてあります。確認後、押印をお願いします」

 「町長、勇者の旅立ちの儀式に参列する来賓のリストが出来上がりました」

 「町長」

 「町長」

 「町長」

 

 ・・・・・・



 ――誰だよこの町の町長の仕事は簡単だって言った奴は。

 薬局での仕事より、孤児院での仕事より、学校での仕事より遥かに忙しくて大変じゃねーか!!


 特に最近は勇者の旅立ちの儀式の打ち合わせに時間を取られて、碌に孤児院にも顔を出せていない。

 毎日の授業が半ば息抜きになっているという状況に戦慄しながら、俺は町長として働き続ける。


 気がつけば既に仕事の終了時刻であるが、この建物の主である俺には関係ないことだ。

 僅かに残ったスタッフと共に、放っておけば溜まっていく仕事を迅速に処理していく。

 少し前なら夜になれば明かりが無くなるため、強制的に仕事は終了していた。

 しかし今は夜間でも働くことが出来る様になっている。

 ナイト商会が普及させた格安な電灯の魔道具の明かりが恨めしい。

 まさか我が商会の稼ぎ頭が商会の主を責め立てるなんて思いもしなかった。


 異世界に地球の技術を持ち込むと、結局異世界も地球化してしまうのだろうか。

 俺は自らの行動を反省しながら膨大な仕事の処理を続ける。

 そしてどうにか本日分の仕事を終え、夜遅くに我が家へと帰って行った。



------------------------------------



 周囲が寝静まった夜。

 俺は薬局のロックウェル横の建物、つまりナイト商会本店の裏口の鍵を開け、中へと入る。

 そして階段を登り、俺とロゼの部屋へと辿り着き、ベッドにダイブした。


 疲れた。

 ここ最近はいつもこんな調子だ。

 今までは定時で帰ってロゼと一緒に夕食をとっていたのだが、ここ最近はそれも出来ない。


 ただひたすらに忙しく、朝から晩まで働き詰めである。

 通常ならこれ程忙しくなることはない。

 幾ら勇者の旅立ちの儀式が近づいているとは言え、それは予定されていたイベントであったからだ。


 今回これだけの忙しさに襲われているのは、同時に朱雀の国の難民問題が発生しているからだ。

 話を聞く所によれば、玄武の国の他の町や村もてんてこまいの大騒ぎになっているらしい。

 

 前世の地球で、何処かの国が難民の受け入れに消極的だ、というニュースを聞いたりすると、「ちゃんと助けてやれよ」とか思ったりしたものだが、実際自分が当事者になってみると、余りにやることが多すぎて手に負えないというのが正直な感想だ。



 それにここはまだ良い方なのだ。

 国境付近の村や町には大量の朱雀の国の住民達が毎日ひっきりなしに訪れていて、対応している職員達は大わらわらしい。

 タートルの町まで来る人達は、何だかんだで絞られてきている人達であるため、こちらもどうにか対応が出来ているのである。


 そしてこの忙しさも後一月もあれば終了だ。

 一月後には勇者の旅立ちの儀式が終了する。

 そうすれば作業量がガクッと減るため、余裕が出る筈なのだ。

 後一月頑張ればいい。

 人間目標が有りさえすれば頑張れるものなのだ。


 明日も頑張らねばならない。

 頑張るためにはちゃんと夕食を取って、服を着替えて寝なければならない。

 俺はベッドから起き上がった。

 すると丁度同じタイミングで、ロゼが夕食を持って部屋に入ってきたのだった。



 「お疲れ様ナイト。夕食を持って来たけど食べる?」

 「勿論食べるよ、ありがとうロゼ」


 ロゼがテーブルに持ってきた夕食を並べてくれる。

 とっくに夕食の時間は過ぎているのに、夕食からは湯気が出ていた。

 俺が帰って来たと同時に温め直してくれたのだ

 ありがたいことである。

 俺は椅子に座り、ロゼが持って来てくれた夕食を残さず平らげたのであった。


 それから湯を沸かして、水浴びをして、寝間着に着替えてからベッドへと入る。

 その隣にはロゼが寝ている。

 そう、俺とロゼは遂に一線を越え、同じベッドで寝るようになっていたのだ。



 今から2年前、つまり彼女が20歳になった頃、俺達は初めて肉体関係を持った。

 俺はロゼとの関係を持つのは、結婚してからだと考えていた。

 しかしロゼがある晩、『20歳になった記念として一線を越えたい』と提案して来たのだ。


 その時のロゼの切ない瞳。

 一体何処で買ってきたのか分からないが、やたらとセクシーな下着。

 そして幼いままの体の中に宿った一人の女性としての激情。

 俺はロゼの提案を受け入れ、初めてロゼと一つになった。


 初めての行為が終わったその後、ロゼは俺の胸の中で声を殺して泣いていた。

 俺は焦った。

 物凄く焦った。

 思えば生前も童貞だった俺である。

 ひょっとしたら何かとんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない。


 俺は謝った。

 必死に謝った。

 しかしそれは誤りだった。

 ロゼは嬉しくて泣いていたのだ。



 「ごめんなさい。ナイトが受け入れてくれたことが嬉しくて」

 「何言ってんだよ、受け入れるに決まってるだろ。一体何年一緒にいると思ってるんだ」

 「この間までは大丈夫だったんだけど、20代になったら色々と考えてしまって……」



 ロゼ曰く、

 10代の間は自分の体型も『成長停止』もさほど気にならないでいられたらしい。

 しかしロゼも20歳になり、20代となった途端、猛烈な不安が押し寄せてきたのだそうだ。

 周囲の20代の女性はまさしく女盛りで花盛り。

 美しく成長したその体は、若さという最大の武器を惜しげもなく周囲にばら撒き、世の男性を魅了している。


 対して自分はどうか?

 その体は10年前と全く変わらないままだ。

 かつては同じ様な体型であったアナもエルも既に成熟した女性の体へと変化している。

 ナイトだって男だ、ああいう体が好きに決まっている。

 ――このままナイトに捨てられたらどうしよう。

 突き放されたらどうしよう。

 ロゼは焦った。

 焦ったので自分から動くことにしたのだ。


 しかしロゼの焦りとは裏腹に、ナイトはロゼをしっかりと受け入れてくれた。

 嫌な顔一つせず、ガッカリした顔もせず、ロゼをロゼとして愛してくれたのだ。


 分かっているつもりだった。

 ナイトは私を受け入れてくれると。

 分かっていたつもりだった。

 ナイトが私の体型について気にしていないと言う事を。


 だがロゼはそれを証明されて、初めて理解した。

 これが愛なのだ。

 愛とはこういうものなのだ。

 私はちゃんと愛を手に入れていたのだと、ロゼは理解し泣いたのだ。



 もっともロゼは知らなかっただけだ。

 子供体型でもOKだという紳士たちの存在に。

 そしてナイトも実はそうだという事実に。


 知らなかっただけだ。

 だがそれでいい。

 勘違いから始まる愛もあるのだから




 あれから2年。

 俺とロゼは本当の意味で恋人同士になれた気がする。


 今回の勇者の旅立ちの儀式が終わった後、俺はロゼと結婚する予定だ。

 その為には、まずこの幼馴染たちを送り出すイベントを成功させなくてはならない。


 俺はその為にベッドに入った後、すぐに眠りについた。

 最近ご無沙汰だが、ロゼも分かってくれているので、解禁は一月後だ。

 眠りに落ちる直前、ロゼの暖かな唇が俺の頬に当たる感触を感じたのだった。

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