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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第二章 修業編
31/173

第三十話 町長に指名された少年

2017/07/14 本文を細かく訂正

2017/08/18 本文を細かく訂正

 町長。

 それは一都市の最高責任者。

 前世の町長や市長と言えば、何が論点なのか全く分からない演説を行い、いつの間にやら選挙を行い、誰だか分からんおっさんがなる名誉職という印象が強い。


 しかしこの世界の町の長とはそういったものとは一線を画している。

 この世界の町長とは、正に絶大な権限を持つ権力者なのだから。


 この世界は通信技術も未発達であり、都市間の移動にも時間が掛かる。

 だからいざという時、町の最高責任者である町長には町の住民の命を背負うという重大な使命がのし掛かるのだ。

 だから町長になるのは大抵が町の名士であり、町一番の実力者だ。

 類まれなる実績を持ち、町の人々から信頼され、いざという時は矢面に立ち活動できる人物が各都市の長を勤めているのである。


 俺はそんな町長に指名され、今年から3年の任期で町長として活動を開始する事になった。

 

 ――何でこんな事になったんだっけか?

 俺はつい先日の出来事を思い返していた。


-----------------------------------


 町長が引退するらしい。

 ここ最近、町のあちこちでそんな噂が流れていた。


 このタートルの町には町長が居る。

 正確に言うと、どの町にも村にもそこを収める長は存在する。

 そして議会は存在していない。


 この世界の国家は民主主義では無い。

 封建主義だ。

 そもそもモンスターが蔓延り、魔王軍が存在しているこの世界。

 求められているのは強力なリーダーによる即断、即決、即行動だ。

 呑気に議論なんかしている場合ではないのである。


 唯一議会っぽい物があるのは城だけだ。

 それだって各地の有力貴族とか軍のお偉いさん、各部門のトップが集まった話し合いの場であり、議会というよりは専門家集団の集まりに近い。

 民衆に直に選ばれている人間などおらず、大抵は国のトップである国王陛下が直々に選んだメンバーがこの国を回しているのだ。

 もっとも、そんな中でもパワーバランスは存在するので、ガイアク大臣とか王弟殿下とかその取り巻きとか、そう言った陛下にとって面倒な相手も居たりするのだが。



 翻って町長はどうか。

 町の役場で働いている町長は、このタートルの町の最高責任者だ。

 勿論この町にはこの国の城があり、国王陛下が居るので、この町に住んでいる人の中で最も偉いのは国王陛下ということになる。

 しかし王宮や国王陛下が対応しているのはこの国全体の問題なのだ。

 このタートルの町の問題に対応しているのは町長とその部下達である。

 彼らは日夜、町の発展と安全の為に頑張っているのである。


 その町長が引退するという。

 理由は年だからだ。

 彼は既に十五年もの間タートルの町を背負ってきた名町長だ。

 五十五歳で町長となったその男は、既に御年七十歳。

 引退するには遅過ぎるくらいであった。

 彼はこの十五年間、誠実に、確実に町を発展させてきた。

 だから誰一人町長の引退に文句を言う町の住民は居なかった。

 「お疲れ様でした」とだけ皆は呟いていた。



 そして次の町長は誰にするかで盛り上がっていた。

 『誰がなるか』ではない、『誰にするか』である。

 この町の町長を決める権限は、この町の住民達が持っているのだ。

 この町の最高権力者は国王陛下であり、町長ではない。

 ならば、町長くらい自分たちの手で選んでも良いだろうと言う事で、昔からこの町の町長は町の住民が自ら選んでいるのである。


 他の町や村では長とは非常に重要な役職だ。

 彼らに求められている能力は、他の街との『交渉力』、モンスターや野盗に対する『防衛力』、そして住民を率いる『カリスマ性』だ。

 この世界の長に求められている能力は非常に多岐に渡るのだ。


 しかしこの町に関してはそれは当てはまらない。

 ここは玄武の国の首都であり、イザという時は王宮に権限が移譲されるからだ。

 当たり前である、町長と国王が同じ場所に居たら誰だって国王に指揮権を譲るものだ。

 だからこの町の町長に求められる能力は、住民に対する『誠実さ』、町を発展させる『先見の明』、そして何よりも『人気』であった。

 他の町の町長とは求められている能力が違っているのである。


 そしてこれらが当てはまる人物は誰であろう。

 町の者達は現町長の引退の噂が流れてから、家で職場で酒場で話し合い、幾度となく議論を交わしあっていた。

 大商会の商人か、国の重役を勤めていた人物か、はたまた町の劇場のスターか。

 知っている有名人を手当たり次第に挙げていく彼らであったが、誰が誰と話していても確実に名が挙がる人物が居た。


 彼らは最初冗談のつもりで彼の名を挙げていた。

 彼は年若く、本来ならば修行中の身の上であり、失敗も多く、経験も浅く、町長としては頼りないからだ。

 しかし現町長の引退日が近づくに連れ、彼に町長になって貰いたいと真面目に考える住民が増えてきていた。


 彼はこの国の将軍の息子である。

 彼はこの国の勇者2人と幼馴染である。

 彼はこの国の姫様の婚約者である。

 彼はこの国の孤児院の副園長である。


 僅か3年で薬師の修業を終えた優秀な人物であり、

 若くして商会を立ち上げ莫大な富を築き、

 それを用いて散逸したマジックアイテムをかき集めて勇者に献上している立派な人物である。


 家柄、人脈、実績、行動、全てにおいてトップクラスの実力を持つ本物の天才。

 足りない物は年齢と経験とスキルのみ。

 そしてそれはこの町の町長にはそれ程必要とされていない物だ。

 いざとなれば城に全権を移譲すれば良いのだし、それまでは逆に城の役人達が彼を全力で支援してくれるだろう。

 最初は冗談で名を挙げていた町の住民達は段々とその気になり、そして彼を候補者に指名する動きは加速し、気がつけば住民達は一致団結して彼を町長へと指名してしまったのだった。


 彼の名前はナイト=ロックウェル。

 若干15歳の少年を住民達は自らの町の町長として求めたのだ。


-----------------------------------


 「ナイト商会代表、ナイト=ロックウェル殿。

 貴殿はこの町の町長として指名されました。

 付きましては亀岩城、謁見の間に於いて町長適性検査を実施致しますので、明日の早朝城門前までお越し下さい」



 今日は朝から雨が降っていた。

 だから午前中は店の奥で薬の調合を行い、午後からは孤児院で子供達に勉強を教えていた。

 あいつらは見違える程頭が良くなった。

 子供達には3歳から読み書き計算を教え始めており、卒業する頃には全員がどこに出しても恥ずかしくない程度の知識を会得している。

 最近では孤児院以外の子供達も勉強がしたいとやって来るようになり、部屋の広さが足りなくて困っているくらいだ。


 実は少し前から孤児院とは分けて、私塾を開こうと思い、計画書も作ってあったりする。

 マジックアイテム集めが一段落した段階で動くつもりであったのだ。


 この世界の識字率は高くない。

 しかしこの世界の子供達は勉強が嫌いな訳ではない。

 ただ学べる場が無いだけなのだ。

 だったら場所さえあれば必ず流行るはずだ。

 俺は一人の商人として頭の中でそろばんを弾いていた。



 「ナイト殿? 聞こえていますか? ナイト殿?」



 そう言えばサムが孤児院を卒業してもう一年が経過した。

 サムは最初こそつまづいていたが、一度慣れてしまってからは孤児院に順応し、子供達の面倒を良く見る良い子に育ってくれた。

 今は俺の店に住み込みで働きながら、戦闘訓練に明け暮れている。


 ちなみに父さんやライは土の勇者であるロックとの戦闘訓練に集中しているため、氷の勇者であるサムの面倒は見ることは出来ない。

 サムは俺の店で商人見習いとして修行をしながら一般人の生活を学び、それに加えて俺とロゼの護衛部隊のメンバーを相手に戦闘訓練を行っているのだ。


 青龍の国で氷の勇者として育てられていたサム。

 しかし青龍の国では戦闘訓練など全く受けていなかったらしい。

 ただ持ち上げられ、褒められ、そして増長する生活。

 そんな10年間を過ごしていたので、サムはまともに剣を振ることも出来なかった。


 孤児院での2年間で、サムは当たり前の感覚を身に着けた。

 そして俺の店で働きながら、一般人の生活を学び、合わせて戦闘訓練を開始した。

 遅いとは思わない。

 何しろサムは現在13歳。

 戦闘訓練を始めたのは12歳からだ。

 つまり前世の感覚で言えば、小学生までは遊んでいて、中学生から本気を出したという事になる。

 高校から本気を出す奴、大学から本気を出す奴、社会人になってから本気を出す奴。そして一生本気を出さない奴も居る中で、中学生から本気を出しているのならば十分に遅れは取り戻せる筈だ。


 実際この1年間でサムの動きは見違える程に良くなった。

 初めてあった時はぽっちゃりを通り越して豚みたいだった体型も、既に戦う男の体型になっており、ライと並んでも見劣りしない好少年となっている。

 最早今のサムを見てハズレ勇者とあざける者は誰も居ないだろう。

 サムを見限った取り巻き達は本当に見る目のない連中だったという訳だ。


 そう言えばサムにも遂に友達が出来た。

 誰あろうキング少年である。

 孤児院のOBとしてたまに顔を出していた孤児院に、見知らぬ青髪青目の男が居たので話し掛けてみたら何故か意気投合。

 休日は2人で出かけているのを良く見掛けている。


 ちなみにキング少年は魔道士養成校を優秀な成績で卒業し、今年から軍人として働き始めている。

 キング少年はサムと同い年だから13歳なのだが、この世界の13歳と言えば普通に働いている年齢なのだ。

 まだまだ見習いらしいのだが、やる気が漲っており周囲の評判も良いらしい。

 元保護者としては誇らしい気分だ。

 このまま成長すれば、ひょっとしたらサムのパーティーメンバーになることもあるかもしれない。

 俺は人生の巡り合わせに感慨深いものを感じていた。




 「あっあの、ナイト殿。気付いていますよね、ナイト殿! ナイト殿!」

 「ナイト、いい加減に現実を見なさい。

  せめて返事をしてあげなさい。

  使者さんが可愛そうよ」


 目の前には5年前と変わらぬ容姿のロゼが居る。

 正式に言えば9年前から変わっていない。

 俺は15歳、ロゼは19歳。

 彼女の10代は後一年で終了だ。


 俺が薬局のロックウェルを出てナイト商会を立ち上げた時、当然のように彼女も着いて来た。

 彼女は孤児院の園長で、俺の婚約者だ。

 薬局に残るという選択肢は存在しなかったのである。


 ロゼは孤児院の園長の仕事とナイト商会の仕事を兼任している。

 もっともロゼは商人としての仕事よりも薬師としての仕事の方が楽しいらしく、もっぱら店の奥で薬の作成に没頭している。

 そして薬師の仕事と同じくらい孤児院の園長の仕事にハマっており、精力的に活動していた。


 孤児院の子供達はすっかり彼女を信頼し、彼女の回りはいつも子供達で一杯だ。

 男の子達は彼女に初めての恋をして、卒業と同時に彼女に振られ、男として一皮剥けてから新しい人生を歩んで行く。

 そんな事が恒例行事になってしまうくらいに大人気なのである。


 最近では『植物使い』を利用して様々な植物の育成を開始し、新しい薬の開発もしているらしい。

 更にはスキルや魔法任せのこの世界において、珍しい部類である『医術』にも興味を持ち、この国の首都であるこの町でも数えるほどしかない『医者』の元へと勉強に行っていたりする。

 スキルも魔法も無く体を治すことが出来る医術は、スキルに恵まれなかったロゼの琴線に触れたらしい。


 そんな彼女も後一年で20歳だ。

 俺は彼女が20歳となった時、彼女に結婚を申し込むつもりである。

 既に婚約者ではあるのだが、何と言うかケジメみたいなものだ。

 1年後、彼女は相変わらず今のままの幼い姿なのであろう。

 だがそんな事は関係ない。

 関係ないと思うくらいの年月を既に過ごして来ているのだ。

 断じてロリコンではない。

 今ならロリコンの気持ちも分からないでも無いが。



 「ナイト殿! いい加減にして下さい! 例え聞こえないふりをしたとしても、町長として指名されたという現実は変えられないのですよ!」

 「ナイト! 戻って来なさい! それでも私の夫ですか!」

 「ナイト様、突然の事態に驚くのも分かりますが、王宮からの呼び出しに応じない訳にはまいりませんよ」

 「流石は俺様の兄さんだぜ。遂にこの町のトップに立つって訳だな」



 そう言えば、父さんは軍の副将軍から将軍へと昇格していた。

 玄武の国の軍の組織図は、トップに大将軍が1人、そしてその下に3人の将軍がおり、朱雀・青龍・白虎の国に睨みを聞かせている、

 今回朱雀の国担当の将軍が病気療養の為将軍職を降りることとなり、結果父さんに将軍の地位が巡って来たのである。


 本来なら、将軍になった時点で、父さんは朱雀の国との国境に立つ砦に行かなければならない筈であった。

 単身赴任という奴である。

 しかし父さんには『勇者の育成』という目下この国の最重要課題が任されており、今この町を離れる訳にはいかない。

 よって現在朱雀の国との国境に立つ砦には父さんの部下の副将軍が入っており、彼が指揮を取っているらしい。

 結果として将軍になっても父さんの仕事は変わらず、今も屋敷に住みながら日々ロックやライを鍛え続けているそうだ。



 思えばこの5年間、本当に色々なことがあった。

 スキルを1つしか授かれず、

 レベルを上げに町の外へ行けば魔族に襲われ、

 ロゼとエルと婚約し、

 薬局で住み込みで修行をして、

 孤児院の副園長になり、

 弟は氷の勇者で、

 商売で大儲けをして、

 マジックアイテムを集めまくった。



 本当に色々なことがあった。

 色々なことがあったが、悪いことはして来なかった筈だ。

 それなのに町長とか。

 この町の行政のトップだとか。

 一体何の冗談なのか。


 「何で俺が町長なんだよ!!」


 俺はナイト商会の中で絶叫した。

 周囲のメンバーが誰一人として不思議に思っていないことがとても不満であった。

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