第三話 執事のジャック
2017/06/15 サブタイトル追加&本文を細かく訂正
2017/07/14 本文を細かく訂正
2017/08/18 本文を細かく訂正
--sideジャック--
私の名はジャック、このお屋敷で長年執事として働いている者だ。
今は奥様のご命令でお屋敷の一室で待機を命じられている。
私と同じく部屋に集められている者達は見知った顔ばかり。
私と同じくお屋敷に勤めている使用人達だ。
しかも最低でも勤続10年を経験している古株ばかりである。
皆何が起こったのかと噂しあっている。
とは言え大方の予想はつく。
恐らくナイト坊っちゃんがスキル授与の儀式において想定外のスキルを獲得する事になったのだろう。
ここに集められた使用人には共通点がある。
それはあの日、あの時の事を知っている者達だということだ。
忘れもしない10年前、お屋敷は歓喜に包まれていた。
国を襲った凶悪な魔族を若き日の旦那様と奥様が討伐し、お2人はご結婚。
そしていよいよお2人のお子様が生まれようとしていたのだから。
使用人一同万全の体制で待機していた。
勿論奥様の出産の準備は万端であり、旦那様へのお祝いの準備も完璧だ。
しかしいざ若様がお生まれになった瞬間、お屋敷は地獄に包まれた。
それは呪い。
それも非常に強力で凶悪な呪いであった。
それは旦那様と奥様が協力して仕留めた凶悪な魔族が残した呪い。
奥様に対しては何の害も及ぼさなかったその呪いは、お生まれになったばかりのナイト坊っちゃんに対して牙を向いたのだ。
並の大人であっても対処の仕様が無い程の強力な呪いに、生まれて間もない赤ん坊が抗える筈もなく、このお屋敷の後継ぎとなるべき長男であるナイト坊っちゃんは死亡してしまった。
その時の奥様の嘆き、旦那様の慟哭、今でも耳の奥に残り続けている。
そして旦那様は最終手段に打って出られた。
家宝として代々受け継がれてきた『奇跡のネックレス』にナイト坊っちゃんの復活を願ったのだ。
ここに居る使用人一同、その時の光景を忘れることなど出来ない。
まばゆいばかりの輝きを放つ『奇跡のネックレス』が一際輝いたかと思うと、小さな光がナイト坊っちゃんの亡骸に入って行き、そしてお屋敷に赤ん坊の泣き声が響き渡ったのだから。
あの時の感動、あの時流した涙は10年経った今でも忘れることはない。
それからナイト坊っちゃんは大きな怪我も病気もすること無くスクスクとご成長なされ、本日スキルを得るために神殿へとお出掛けになられた。
しかし神殿から出てきたナイト坊っちゃんは一目散に旦那様の元へと向かい、一直線にお屋敷へと帰って来られた。
ナイト坊っちゃんも旦那様も普段とは明らかに振る舞いが違う。
考えられる可能性は1つしか無い。
スキル授与の儀式で何か問題が起こったのだ。
とは言え取り立てて珍しい事でもない。
旦那様の様に、手持ちのスキルの殆どが有用なスキルで埋まっていることの方が稀なのだ。
数年前にも王家の姫様が大外れスキルを手に入れるという悪運に見舞われている。
また私自身も『苦労』という余り嬉しくないスキルを持っているのだ。
とは言え1つ2つハズレスキルを持っていた所で他のスキルでカバーは可能だ。
更に言えば、いくらハズレスキルを持っていた所で、レベルを上げさえすれば幾らでも対処することは出来るのだ。
だから問題は無い筈だったのだ。
だが違った。
私は、私達は浅はかだったのだ。
旦那様と奥様が倒した魔族の呪いは今を持ってご家族を苦しめていたのだから。
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--sideハロルド--
部屋に入ると我が家に長い間使えてくれている使用人達が勢揃いしていた。
実際、あの日は当時の使用人全員が屋敷に詰めていたのだから、これ位の人数にはなるのだろう。
思えばあれから10年、まだ屋敷で勤め始めたばかりだった者達も勤続10年のベテランになっており、皆総じて年を取っている。
彼らはあの時の事を誰一人として広めることはしなかった。
あれだけの奇跡だ、口にし広めた所で何も不思議は無かったのだが、彼らは一様に口を閉ざし、ナイトに対しても分け隔てなく接してくれている。
そんな彼らに真実を告げないことは心苦しいが、敢えて新たな秘密を抱え込ませる必要もない。
彼らにはこれからもナイトを支えて貰わなければならないのだ。
だからナイトが『転生者』である事は隠しつつ、現状を説明しなければならない。
この屋敷の主人であるナイトの父、『ハロルド=ロックウェル』は口を開いた。
「ご苦労、皆忙しいのにすまんな」
「ご心配には及びません旦那様。このメンバーを集めたという事はあの日の出来事が関係しているということなのでしょう?」
「流石に爺は察しが良いな。話というのは息子ナイトのスキルについてだ」
「やはりそれですか。何かハズレスキルでも手に入れてしまいましたか?」
「手に入れたスキルの名は『一般人』、そしてスキルの数は1つだけだ」
「……申し訳ございません。今何とおっしゃいましたか?」
「ナイトはスキルを1つしか手に入れられなかったのだ。
話を聞く限りでは、恐らく奇跡の代償だろうと考えられる」
私は使用人達にナイトがスキルを1つしか手に入れられなかったと説明した。
その際、転生者云々については説明しなかった。
あくまで死者蘇生での復活が原因であると匂わせたのだ。
嘘は言っていない。
奇跡のネックレスを使って復活したのが原因なのは間違いないからだ。
それを聞いた使用人達の反応は劇的だった。
彼らはナイトが実際に死亡しているのを見た者達だ。
そして『奇跡のネックレス』を使って復活した場面も目撃している。
彼らはこう考えるだろう
『やはり復活の奇跡にはそれ相応の代償が必要だったのだ』と。
部屋の中が喧騒で満たされていく。
その声は段々大きくなっていったが、ジャックが手を叩いた事により沈黙が訪れた。
流石は長年屋敷を差配してきたベテランの執事だ。
正直に言えば軍に連れて行きたい程の逸材である。
「皆さんお静かに。旦那様お話は分かりました。それで私達に何をお求めでしょうか?」
「相変わらず話が早いな。私はこれから城に向かい陛下に謁見し、ナイトの身に起こったことを包み隠さず説明するつもりだ。お前達は私と共に城に向かい10年前のあの日、何が起きて私がどう対処したのかを陛下に説明して貰いたいのだ」
「それはつまり、あの日の秘密を暴露すると言う事ですか?」
「その通りだ。人の口に戸は立てられん、スキルを1つしか授かれなかった事は隠した所でいずれ世間にはバレるだろう。その際スキルが少なかったのには理由があったと説明されていれば、ナイトの世間からの風当たりも変わるだろうからな」
「成程、承知致しました」
スキルの数が少なかったりハズレスキルばかりを手に入れたがために、有る事無い事噂され、追い詰められていった者達は歴史上かなりの数に昇っている。
何の説明もせずスキルが1つだけだったとするよりも、『魔族の呪いで一度は命を落としたが奇跡の復活をした。その影響でスキルが1つだけだった』と説明した方が、世間は納得しナイトへの風当たりも弱まる筈だ。
「それにスキルが1つだけではナイトを戦いに出すことは出来ん。
王子殿下や巫女殿に説明するためにも、結局全てを話す以外方法が無いのだ」
「確かにそうですな。ナイト様は勇者の供として旅立つ予定でしたからなぁ」
そう、この世界にはモンスターがおり、魔族がおり、そしてそれらを束ねる魔王が存在している。
そしてそれに対抗するべく『勇者』という特殊スキル保持者が存在している。
彼らは古の仕来たりに従い、18歳になったらパーティーを組んで世界を守る旅に出発する予定である。
そして何の因果か、この国にいる勇者2人はナイトの幼馴染なのだ。
しかも勇者の内1人は我が国の陛下の息子、つまり王子殿下でもある。
陛下と私は親友であり、その息子達もまた親友となった。
当然勇者となった王子殿下と共にナイトは旅立つ筈であった。
しかし死ぬことが分かっている旅に行かせる訳にはいかない。
スキルが1つしか無い状態でモンスター退治の旅に出るなど、自殺と変わりないからだ。
恐らく今回の件で一番堪えているのはナイト自身であろう。
自らの息子の無念さを思うと胸が張り裂けそうな気持ちを覚える。
そしてそれは長年ナイトの成長を見守って来たジャック達も同じであった。
「分かりました。ナイト様への誹謗中傷を減らすためならば幾らでも証言を致しましょう」
「分かっているだろうが偽証も創作も必要はないぞ。あの時のことをありのまま伝えてくれれば良い。箝口令を敷きはしたが、私はあの時の行動は今でも正しかったと思っているからな」
「無論ですとも、陛下に対して嘘を吐くような者などこの屋敷にはおりません。ご安心下さい旦那様」
「うむ、では出発するぞ。皆そのままの格好で構わないから馬車に乗れ」
そう言ってハロルドに引き連れられて、ジャック達使用人一行は屋敷の玄関へと向かって行く。
その玄関では妻のステラと息子のナイトが我々を待ち受けていた。
ステラは少し疲れている様だ。
無理もない、10年前の呪いの影響が今を持って我々を苦しめているのだ。
しかもその影響は息子であるナイトに集中してしまっている。
それでもロックウェル家を預かる家長婦人として凛とした佇まいを見せている。
流石はかつて私と共に魔王軍の幹部に立ち向かった女傑だ。
恐らく私は一生ステラに頭が上がらないのであろう。
そしてその前にはナイトが立っている。
ナイトは今年で10歳、ステラの髪と私の目を受け継いだ黒髪黒目の元気一杯な自慢の息子だ。
スキルが1つしか手に入らなかったと普通の子供が聞けば、絶望し、泣きわめいても可笑しくはない。
しかしナイトは泰然自若としている。
やはり前世の記憶の影響があるのだろう。
まるで突然大人になってしまったかのようだ。
以前から少し変わった子供だという印象はあった。
しかし神殿に向かう前と帰ってからでは受ける印象が全く違う。
まぁある意味当然とも言える。
ナイトの前世だった男は30年の人生を歩んでいたという。
ナイトは前世の自分はただの一般人だったと言っていたが、一般人であろうとも30年もの人生経験は馬鹿に出来るものではない。
その経験は急激に大人びるのに十分な理由なのだ。
その証拠にナイトは我々が近づくと、一歩前に歩み出しジャック達に向かって頭を下げた。
「爺、それに皆、ありがとう!」
突然礼を言われ使用人達は困惑している。
ジャックは使用人を代表してナイトに理由を聞いていた。
「えっ? お礼の理由? 俺が死んだ時に父さんと母さんを支えてくれたお礼だよ」
「いえ、そんな……あれは当然のことをしたまでで……」
「それとあれから俺を変な目で見ないで接してくれた事に対するお礼かな? 今の内に言っておかないと、話の流れではそのまま家を出ることになるかもしれないと思ってさ」
そう言ってナイトはもう一度ペコリと頭を下げてステラの元へと向かって行った。
それを見たジャックを含めた使用人達は皆一様に目元に涙が浮かんでいる。
ナイトは普通にお礼を言っただけだったのだが、それは良い方向に作用したようだ。
使用人達の心は今ひとつとなった。
こうしてロックウェル家の馬車は今度はこの国の城へと向かって行った。
ここは玄武の国の首都『タートル』
そこに建つ城には国王陛下とその息子である『土の勇者』が待ち受けているのであった。