第二十六話 新たな仲間サムエル君
2017/07/14 本文を細かく訂正
2017/08/18 本文を細かく訂正
「という訳で、新しい仲間のサムエル君だ! みんな拍手ー!」
「「わ~!!」」
国境から戻った翌日、我がタートル孤児院は新しい仲間を迎えていた。
彼の名はサムエル君。
青く輝く瞳と髪を持つちょっと太めの男の子だ。
彼の出身は玄武の国だが、訳あって最近まで青龍の国で暮らしていた。
しかし青龍の国に彼の居場所は無くなり、不憫に思った俺は彼を孤児院まで連れて帰り、そのまま入園させてしまったのだ。
彼は10歳であり、孤児院は10歳になると出ていかなければならない規則だ。
しかし彼は特殊な環境で生活していたため、一般常識に明らかな欠落が存在する。
よって特別に2年間だけという条件付きで彼はこの孤児院で生活することが認められたのだ。
彼はここでどんな事を学び、どのような成長を遂げるのだろうか?
それはこの孤児院の仲間と、彼を見守る園長以下当孤児院のスタッフの手に掛かっている!
「と、そういう事になったから宜しくな」
「「宜しくな」ではありませんよ!」
孤児院奥の園長室、そこに集まったスタッフから悲鳴が木霊している。
彼らは突然現れたサムエル君にどう対処して良いのか悩んでいる。
しかし子ども一人一人とのふれあいに悩み、苦しみ、その果てにある喜びを目指してこそ教育というものだ。
俺は彼らに「皆と同じ様に接して貰いたい」と頭を下げたのだった。
「いい加減にして下さいナイト様! 何ですかその『サムエル君』というのは! あの髪! あの目! そしてライ様と瓜二つのあの顔付き! 彼はどう考えても『氷の勇者』であるサム=L=アイスクリム様ではありませんか!」
「何故バレた」
「バレるに決まっています! 貴方が国境の町で彼を倒した事を知らない者はこの町で誰も居ませんよ!」
「何でそんなに情報が早いんだ?」
エースが説明する所によると、国境の砦や城など、主要な場所にはダンジョンの宝箱から出てきた『高機能通信機』と呼ばれるマジックアイテムが備え付けられているのだそうだ。
何か不測の事態が発生した場合は、すぐにこれを使って王宮に最新の情報が届けられる手筈になっているらしい。
だから俺がサムを倒したことも、国境で父さん達が大暴れしたことも、サムの従者たちが軒並みサムを見捨てて国に帰ってしまった事も、とうの昔に連絡されていたのだそうだ。
ちなみに玄武の国の上層部は、一日目の時点で、最悪青龍の国と戦争になるかもしれないと考え、状況を共有。
結果的にサムが見捨てられただけで済んだので戦争にはならなかったのだが、俺がサムを倒したことも、サムの正体もこの街の住民全員の知るところとなってしまったらしい。
俺達はあの後、気を失い倒れたサムを青龍の国の砦へと連れ帰った。
しかしそこで見たのは、サムの部屋から荷物を放り出している青龍の国の兵士達の姿であった。
それでも俺達はサムの身柄を青龍の国の砦に引き渡そうとした。
仮にも勇者を他国の者が連れ帰ったら国際問題になりかねないからだ。
しかし砦の責任者は、サムの身柄を預かることを拒んだ。
俺は、サムの元婚約者が話していた内容を彼に伝えたが、彼はこう答えた。
「カズハ様より、この砦においてサム様の身柄を預かって貰いたいとの申し出は確かに受けております。しかし今この砦にサム様を置いておくのは非常に危険なのです」
「危険とはどういう事ですか?」
「ご存知かと思いますが、我が国は勇者至上主義を掲げております。しかし最近ではそれが信仰へと変わって来ているのですよ」
青龍の国は厳しい環境で有名だ。
そんな場所であるから代々勇者に救いを求め続け、いつしか勇者至上主義国家へと変貌していった。
しかし水の勇者は勇者としての勤めを放棄し、図書館の中へと篭ってしまった。
期待を裏切られた民衆は勇者に対して初めて疑問を持つようになった。
これに慌てたのは青龍の国の上層部だ。
このままでは国家の基盤が崩れることにもなりかねない。
だから彼らはここ数年、これは「神の与えた試練だ」と吹聴し続けていたらしい。
それがいつしか『勇者とは神の代行者だ』と言われるようになり、サムは信仰の対象として認識されていたのだそうだ。
勇者では負けたり死んだりすることがあるが、神ならそれは無いからだそうだ。
しかしその『神』が負けてしまった。
しかもそれを成したのはスキルが一つだけのハズレ者だった。
途端に彼らは夢から覚めた。
そして覚めた時に目に入ったのは、碌に修行もせず、ブクブクと太ったハズレ勇者であったのだ。
だからここに置いておくのは不味いという。
暴走した青龍の国の住民に殺される可能性があるからだ。
「私を含め殆どの兵士は勿論サム様を『神』だなどと思ってはおりません。しかし兵士達の中には誤った信仰を持ち、裏切られたと感じている者も少なからず存在するのです。このままこの砦でお預かりしていては死の危険が伴います。どうか玄武の国へとお連れして頂けないでしょうか」
「いや、でもいくらなんでも極端ではありませんか? 神でなくても勇者であるのですよ? 国が勇者を手放すなんて聞いたことが無いのですが」
「実を言うと夜が明けるまでは、サム様を擁護する声が大半を占めていたのです。しかし夜が明け、目が覚めたサム様は昨日起こったことを直視できずに部屋へと篭もられてしまった。その事を聞いた兵士達は一気にサム様を見限りました。『困難に立ち向かわない勇者は勇者では無い』と言ってね」
「そんな! そういう風に育てたのは青龍の国ではないですか!」
「全く仰る通りです。しかし勇者に過剰な期待を抱くこの国ではこれが常識としてまかり通っております。他国の者と接する機会が多いこの砦の兵士ですら何人かは居るのですから、国内の者達はその比ではありません。ですが、流石に勇者を殺害してしまっては国としてのメンツが立ちません。どうか我が国を救うと思ってお願いできないでしょうか」
酷い話だ。
この砦の責任者はまだまともだが、彼はサムではなく国のメンツを重視している。
作業している兵士達の中にはサムのことを汚い物でも見る様な目で見ている者もいる。
確かにここに置いておくのは危険過ぎる。
昨日の動きを見る限り、サムは実戦経験どころか訓練をしていたかどうかも怪しい。
そんな動けないサムを誰が敵だか分からない砦に放置する。
下手すれば暗殺されてしまうだろう。
流石にそれは避けたかった。
俺達は相談の後、サムを玄武の国の砦へと連れ帰った。
そしてその夜、サムは目覚めたのだった。
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「む? ……良かった夢だったのか。フハハ、そうだ、そうだよ、そのなのだ! この俺様を見限ってカズハや兵士達が逃げ帰るなど有り得ないことではないか! しかしこれは随分と粗末なベッドではないか。おい! 誰か居るか! すぐに俺様の何時もの極上ベッドを用意しろ! それと腹が減った! 喉が渇いた! 誰かいないのか!」
「さっきから隣りにいるよ馬鹿野郎」
「ギャアアアァァァ!!!」
サムはベッドから転がり落ちてそのまま部屋の隅へと逃げて行く。
この豚野郎は起きるなり、周囲の確認もせず、寝たままの状態で、ブツブツ文句を言い続け、大声で命令を出して来たのだ。
だからすぐ隣に腰掛けていた俺達に気づきもしなかった。
正直ここまで酷いとは想像も出来なかった。
まさかとは思うが、今までずっとこの状況だったのだろうか?
そうであるなら最早処置なしとなるのだが。
「きっ貴様は昨日俺様を倒したハズレ男! だっ誰かいないか! いないのか! たっ助けてくれ! 殺さないでくれ!」
「お前なぁ……仮にも勇者だろうが、自分で何とかしようとは考えないのかよ」
「ヒィィ! おっ俺様は勇者なのだぞ! 偉大なる氷の勇者様なのだぞ! 来るな! 近寄るな! カズハ! フタバ、ミユキ、シオン、イツカ、ムツキ、兵士! 誰でもいい! 誰か助けてくれ!!」
「そいつらは全員逃げ帰ったよ……この砦どころかこの町にすら居ないぜ」
「何を……何を言っているのだお前は! それではあの悪夢が現実になったとでも言うのか!」
「それは悪夢でも何でもなくて立派な現実だよ。ちなみにお前は青龍の国の砦からも追い出されたから、俺達が玄武の国の砦に連れて来たんだぞ」
「嘘だ……嘘だ……」
「信じたくない事には目を背けて耳を塞ぐってか? そんなんでよく『勇者』なんて名乗れたなお前は」
「うるさい! うるさい! この世界は俺様のものだ! 何故なら俺様は勇者だからだ! 何で思い通りにならない! 勇者は至高の存在! 誰も彼もが頭を下げて、思いのままに生きられる! それが勇者ではないか!」
「そんな勇者論、生まれて初めて聞いたぞ」
サムはそれからひとしきり罵詈雑言を履き続け、しばらくすると膝を抱えて泣き出してしまった。
俺達はそれを呆れた調子で見ている。
生き別れた弟が、他国で勇者をしていると聞いた時は、驚きと嬉しさが込み上げて来たものだ。
しかし今は会わなければ良かったと後悔している。
この世に生を受けてから実に10年間。
歪んだ環境で育つと人間というのはこうも変質してしまうのか。
俺には目の前の哀れな弟に掛ける言葉を見つけることが出来なかった。
しかしその状況で動いた人が居た。
誰あろう俺の母親であるステラ=ロックウェルその人である。
彼女はサムへと向かって歩いて行く。
その足音を聞いたサムは、体をガタガタと震わせて後ずさりをするが、今いる場所は既に部屋の隅である。
母さんは徐々にサムに近づき、サムは部屋の隅からは逃げられない。
それでもサムは母さんから距離を取ろうとして、遂に壁に張り付いてしまった。
母さんはサムに近づき、そしてその体を抱きしめた。
母さんは何も言わない。
サムは何も言えない。
俺達は黙って見ている。
部屋の中には重苦しい沈黙だけが続いていた。
しばらくすると、母さんはサムから離れた。
その頃にはサムの涙は止まり、落ち着きを取り戻した様子であった。
流石は母さんである、子供の扱いはお手の物だということか。
きっとこれから母親らしく優しい言葉を掛け、サムを諭すのであろう。
甘かった。
俺の母親はそんな甘い女性ではなかったのだ。
「まずは自己紹介からさせて貰いますね。私の名はステラ、ステラ=ロックウェルです。貴方とナイトとライの実の母親です」
「そっそうか、貴方が母親か。貴方は俺様の味方と考えて良いのだな?」
「それは貴方次第ですね。それで? 貴方のお名前は?」
「はぁ? 貴様、俺様の名前を知らないとでも……」
ズバン!
ドゴン!
聞いたことも無い音が部屋の中に響き渡る。
見ると、サムが吹き飛ばされて床に激突し、顔を抑えて怯えている。
母さんは右手を振り下ろした格好だ。
その手の形は真っ直ぐに伸ばされており、きれいに整えられた爪が眩しく光っていた。
えっ?
まさか先程の音は母さんがサムをビンタした音だったのか?
「私は貴方の名前を尋ねたのです。覚えていないのならば初対面と同じです。初めて人に会ったのならばまずは挨拶からでしょう」
「きっ貴様、俺様を誰だと思っている! 俺様は偉大なる……」
「貴方が勇者であろうと、神であろうと関係ありません。もう一度だけ聞きます。貴方のお名前は何ですか?」
怖い。
ただ名前を聞いているだけなのに、母さんから殺気が迸っている。
正直魔族に襲われた時よりも怖い。
そんな状況にサムが耐えられる訳がない。
サムは大人しく自分の名前を母さんへと告げていた。
「大変宜しい。では次にロック王子やナイト達に対して挨拶をなさい」
「おっ俺様は……」
「言い訳無用! さっさと立って! さぁ!」
「はっ、はい!」
サムは立ち上がり、俺達に対してもぎこちなく名乗り出す。
それを受けた父さんが同じ様に名乗り、俺達もそれに続いたのだった。
「大変結構。さぁこれでお互い名乗り合いましたね。そろそろお腹が空く頃でしょう。皆さん食堂で夕食に致しますよ」
そう言って母さんはドアを開けて俺達を食堂へと促す。
俺達はゾロゾロと部屋を出て、食堂へと向かって行く。
その間、誰も彼も無言だ。
母さんの醸し出す雰囲気に全員揃って呑まれてしまっている。
母さんは最後まで残っていたサムの手を取り俺達の後を付いて来る。
一見すると母親に連れられた子供の姿だ。
しかし俺には囚人を連行する警察官の姿のように見えていた。
俺達の姿を見た食堂内の兵士達は、サムの姿を見てとても驚いていた。
当たり前だ、ここは玄武の国の砦の食堂。
そこに青龍の国の氷の勇者がいれば驚くに決まっている。
俺達は列に並んで食器を手に取り、自分が食べる分をよそっていく。
ここの食堂はバイキング形式なのだ。
というか、玄武の国の軍の食堂は大抵はこれだ。
大人数に配膳するには好都合だからな。
しかし神として育てられたサムにとっては初めての体験だ。
母さんに教わりながら、サムはおっかなびっくり食事をよそってテーブルへと辿り着いた。
俺達は揃って闇の神に祈りを捧げてから食事を開始する。
見るとサムは呆然とした様子で何も口にしていない。
まさかこいつ自分で食事をしたことも無い訳ではあるまいな。
「どうしたサム、食べないのか?」
「あっいやその……料理長のメニューの説明は無いのか?」
「は?」
「食事の前には料理長がやって来て挨拶をして、メニューの内容と食べ方の説明をしてくれるものだろう?」
「お前なぁ……ここは軍の食堂だぞ? 高級レストランじゃあるまいし、ある訳無いだろうが」
「そ、そうなのか。つまり俺様の専属料理人もいなくなってしまったのか……」
俺は折角の楽しい食事時だと言うのに、頭が痛くなって来てしまった。
勇者に専属料理人とか、一体何の冗談なのか。
勇者とは冒険をするものだ。
それはつまり町や村から離れた場所でも生活をするということに他ならない。
だから勇者にはそういった場所でも飢えないようにするためのサバイバル技術が必須となる。
ロックとアナは子供の頃からサバイバル技術を身に着けさせられており、野外であっても当たり前のように料理が出来る。
食べられるものならば、草でも虫でもお構いなしだ。
それなのにこいつは専属料理人がいないなどとほざいている。
青龍の国の上層部の頭の中はどうなっているのだろうか?
本気で心配になって来た。
「とにかく食え、腹が減ってると気持ちも落ち込んで来るぞ」
「ああ……、しかし随分と粗末な食事だな。
仮にも貴族や勇者が口にして良いものでは無いだろうこれは」
開口一番、今度は食事に対して文句を付けてきた。
食堂のおばちゃん達のサムを見る目付きがヤバイ。
サムからは丁度逆側で見えないのだろうが、俺からはバッチリと見えているのだ。
「アホか、勇者として活動を開始したら、不味い携帯食料とか、下手すると現地で手に入れた動物とか虫とか草とかを食べるんだぞ。それにここの味付けは悪くないし、肉もパンも野菜もバランス良く配合されている。そもそも体が資本の軍人達の胃袋を満たす食事なんだ。食べて良いに決まっているだろうが」
だから俺は少し盛っておばちゃん達の仕事ぶりを褒める。
おばちゃん達は照れたように体をクネクネさせていた。
うん、正直気持ち悪いから辞めて貰いたい。
サムはショックを受けたように動きを止め、それから食事に口を付け始めた。
一度食べ始めてからは止まらなくなり、結局は全て平らげた。
如何に今まで贅沢な食生活をしていようが、空腹は最高のスパイスなのだ。
それにしても食べ方が汚い。
食器の音はうるさいし、汁はあちこち飛び散るし、口の周りはソースで真っ赤だ。
まともにテーブルマナーを指摘してくれる相手すらいなかったらしい。
その度に母さんが指摘し、サムは黙って言われた通りにしている。
どうやら母さんには逆らってはいけないのだと体で覚えたらしい。
そして食事が終わり、部屋に戻った後、母さんがサムをこのまま玄武の国へと連れ帰るよう提案してきた。
サムは嫌がっていたが、このまま青龍の国に居ては最悪殺されてしまうと教えると震え上がり、一も二もなく頷いて同行を申し出た。
そして来た時と同じく高速馬車に乗ってタートルの町まで戻ってきた俺達はサムの件を王宮へと報告。
流石にこの状況で氷の勇者を青龍の国へと戻すことは危険と判断し、国王陛下の許可の元、氷の勇者、サム=L=アイスクリムの玄武の国での滞在が正式に認められることとなった。
しかし勇者とは国の代表者としての側面もあり、土の勇者であるロックと闇の勇者であるアナの育成は原則非公開となっている。
それにサムは今まで散々贅沢な暮らしをしてきて、それが当たり前だと思っている節があるので、その改善もしなければならない。
そんな訳で氷の勇者である我が弟サム=L=アイスクリムは謎の転入生サムエル君として我がタートル孤児院に放り込まれる事となったのだ。
この馬鹿な弟を立派な勇者へと育成する。
我がタートル孤児院には世界の命運が託されることになったのである。




