第二十五話 捨てられた勇者
2017/07/14 本文を細かく訂正
実の弟である『氷の勇者』を倒してしまった。
サムに出会った日の翌日早朝、俺は自分がしてしまった事を思い返し、『やっちまった』と反省した。
確かにあいつは調子に乗っていたかもしれない。
周りに持ち上げられ、勇者という権威に酔い、好き勝手振る舞っていたのかもしれない。
しかしそれはあいつの周りにあいつを諌める者が居なかったのが原因だ。
サムは僅か10歳なのだ。
10歳の子供が周りから持ち上げられれば調子に乗るに決まっている。
俺はその事に考えが及ばず、あいつの息子を握り潰し、抵抗する間もなく倒してしまった。
ちなみにあれは孤児院の子供達が使っていた技だ。
何でも代々受け継がれてきた伝統の必殺技らしい。
「兄ちゃんには特別に教えてあげる」と言ってキングが教えてくれたのだ。
まさか勇者すら倒せる技だったとは想像もしていなかった。
というか、サムが子供だったから、つい孤児院の子供達に接するように対応してしまった。
反省しなければならない。
あいつは孤児院の子供では無く、青龍の国の代表たる『氷の勇者』なのだから。
……いや、それもどうなんだろう?
サムはまだ10歳、10歳といえばまだ子供だ。
子供相手にはちゃんと子供として接するべきとも言える。
俺は前世の記憶を持っていても、子育ての経験は無いからな。
俺は父さんに聞いてみることにした。
「ナイトの思う通りにして良いと思うぞ。昨日の対応はベストではなかったかも知れないが、少なくとも間違いでは無かった」
朝食の席で父さんはそう言ってくれた。
昨日、俺がサムを倒した後、青龍の国の兵士達が俺の命を狙って殺到してきた。
当然だ。
青龍の国は勇者至上主義国家であり、その勇者が倒されたのなら、こうなって然るべきだったのだ。
しかしその連中は全員揃って、父さんとロックとアナに叩きのめされた。
彼らも奮戦したが、勇者2人と魔族とも戦える父さん相手には分が悪かったのだ。
いや正直に言おう、あの大名行列の参列者達は揃いも揃って弱かったのだ。
あの時、サムが剣を抜いた際、明らかに訓練不足だということが見て取れた。
そしてそれはお付きの連中も同様だったのだ。
全員揃って立派な鎧を着て、一糸乱れぬ行進をする『氷の勇者御一行様』
しかしてその実態は、碌な訓練も受けておらず、戦闘経験も無い、素人の集団だったという訳だ。
「しかし青龍の国はモンスターの被害が多いのでしょう?
それなのに兵士が弱いという事があるのでしょうか?」
「いや、実際に現場で働いている兵士や、モンスターハンター達には実力者が多い。だが、昨日我々が戦った連中は、いわゆる『取り巻き』だ。碌な訓練もしてこなかった貴族や商人のドラ息子達が、『勇者の側に居るならば安全だろう』位の気持ちで同行していたに過ぎない」
「あ~勝ち馬に乗るって奴ですか」
「まさにそれだ。『水の勇者』の時にも同じことをして、勇者の不興を買ったという話だが、懲りずにまた同じ事をしたという事だろうな」
成程ね、昨日のあいつらは勇者と行動を共にして、勇者のおこぼれに預かろうとしていた連中だった訳だ。
確かにそれならば納得がいく。
幾ら勇者と軍の副将軍とは言え、たった3人であの大群を蹴散らせるのはどう考えてもおかしかった。
よくよく考えてみれば、昨日の連中はまともに連携も出来ていなかったように思える。
戦闘は全て勇者任せで、自分達は何もせずに勇者を持ち上げて、その権威で好き勝手している連中ではああなるのも当然なのか。
いや、サムはスキル授与の儀式を受けたばかりだ。
つまりあいつらはまだ何も美味しい思いをしていない、という事なのではないか?
そんな事を考えていると、俺達が宿泊している玄武の国の砦の責任者が、食堂にやって来た。
彼は昔、父さんの部隊に居たことがあるそうで、ビシっとした敬礼をした後、大きな声で連絡事項を告げてきた。
「皆様お早う御座います! 早速ではありますが、青龍の国の氷の勇者一行について報告が御座います!」
「ご苦労、続けてくれ」
「ハッ! 現在青龍の国の砦から大量の兵士達が国内へ逃げ帰っているとの報告が上がっております。どうやら昨日、皆様が氷の勇者を仕留め、そのお付き達を全滅させたことが余程堪えていると予想されます」
「仕留めたって……気絶させただけですよ」
「私達は一人も殺していない。報告はもっと正確にしてくれ」
「ハッ! 申し訳ありません。現在この国境の町は今回の噂で持ちきりでして。恥ずかしながら報告が入り混じってしまったものと思われます」
「具体的にどんな噂が流れているんだ?」
「『氷の勇者がスキルが一つだけのハズレ者に倒された』『まだ幼い勇者2人を引き連れた玄武の国の副将軍が氷の勇者一行を殲滅した』この2つが主に流れている噂でございます」
「と言うか、昨日も聞いたけど、俺って『ハズレ者』って呼ばれているのか?」
「今ではごく少数ですが、2年前にはそれなりの者がそう呼んでおりました」
「スキルを僅かしか授かれなかった者に対する蔑称だな。気にする必要はないぞ、お前はスキルを多く持つ者ですら出来ない程の実績を残してきたのだから」
「分かりました父さん」
どうやら予想以上に大事になってしまっているらしい。
折角生き別れの弟に会えたのと言うのに、これ程の騒ぎになろうとは。
俺は再び反省したのであった。
「それと氷の勇者殿ですが、昨日のダメージが残っている為、本日のご家族との面会は取りやめにして貰いたいと連絡が来ております」
「ダメージって……青龍の国には治癒師も居ないのですか?」
「いえ、傷は癒えたそうなのですが、氷の勇者殿は部屋に閉じ籠もってしまっているらしいのです」
「え? 昨日のあれだけで?」
「いや、ナイト。男としてはあれはトラウマになると思うぞ」
「ふ~ん、やっぱり男の子はあそこが弱点なんだね」
「まぁ、サムは大丈夫なのかしら?」
「気にする必要はないぞナイト。昨日の状況を見る限り、サムはどうやら相当大事に育てられて来たようだからな。恐らく反抗されるのも、怪我をしたのも初めての経験だったのだろう」
「はい?」
「父さん、あの、サム兄さんは勇者なのでしょう?」
「『勇者が怪我を恐れてどうするのだ』と普通なら思うのだがな……青龍の国の勇者至上主義者達は我々では想像も出来ないことをやらかす連中だからな」
父さんの話が本当ならば、俺はサムにとって初めてダメージを与えた相手という事になる。
う~むこれは想像以上に大事になってしまった。
孤児院の中ではギャグで通っていたのだがなぁ。
結局この日はサムとの面会は取りやめになった。
そうすると俺達にはやることが無くなる。
だから今までと同じように、国境の町へと繰り出していった。
町中では本当に昨日の一件で持ちきりだった。
一応緩衝地帯で行われていたので、一般人達は俺達とサムとの間の会話も争いも知らない筈だ。
しかし何故かあの時のやりとりは正確に拡散していた。
俺達はあの後、真っ直ぐに砦に帰って誰にも内容を話していない。
恐らくあの時あの場に居た青龍の国の誰かが広めたのだろう。
「そこで副将軍の息子さんはこう言った訳だ、『家族に刃物を向けるとはどういうつもりだ、この馬鹿野郎が!!』ってな」
「それと同時に実は氷の勇者だった生き別れの弟を一撃で沈めたらしいぜ」
「ヒュー! 流石はハロルド副将軍の息子さんだぜ!」
「俺は疑問だね。ナイト様ってのはハズレ者……スキルの数が一つだけなんだろう? 幾ら油断していたとは言え勇者を一撃で沈められるものか?」
「それがな、狙ったのは氷の勇者の『息子』だったんだよ!」
「息子? って息子かよ! それなら確かに勇者でも倒せるかもだが、ありなのかそれは!?」
「オメェ、ナイト様がタートルの町で孤児院の副園長をやってるのは知ってるだろう? 何でもあそこに伝わる伝統の必殺技らしいぜ」
「伝統の必殺技って……息子への攻撃がかよ!」
「如何にもガキ共が考えそうな事じゃねぇか。オメェ何でそんな事知ってんだ?」
「酒場にその孤児院の出身者って野郎が居てな。間違いねぇって太鼓判押してたぜ」
「つーか幾ら息子を攻撃されたとは言え、仮にも勇者が情けなさ過ぎだろ」
「俺はむしろそこまでナイト様を怒らせた方に呆れるがね」
「ああ、青龍の国の勇者ってのは大抵ああなるらしいからなぁ」
「ロック王子とダイアナ様は大丈夫なのかねぇ」
「安心しろい! イザとなったらナイト様がまた息子を握り潰してくれらぁ!」
「ブハハハハ! 違いねぇ!」
街を歩いているとこんな会話がそこかしこから聞こえてくる。
俺の隣を歩いているロックは微妙に内股だ。
――おい巫山戯んな、お前にそんな事しないっつーの!
調子に乗らなければの話だけどな。
俺達はそのまま町を歩き続け、青龍の国の側まで来てしまった。
そこでは次々と青の鎧姿の若者達が慌てたように街を出て行っていた。
中には商人達と話し込んでいる者もいる。
どうやら馬を譲って欲しいと交渉しているようだ。
「と言うか、彼ら帰ってどうするんだろうな?」
「何も考えて無いんじゃないか? 勇者を放ったらかして帰るなんて軍法会議ものだぞ」
「こんな調子だとまともに軍が機能しているのかも怪しいけどな」
俺達はそのまま青龍の国へ通じる門の側まで来てしまった。
するとそこでは偉大なる氷の勇者様が、泣きながら兵士達に縋り付いているという衝撃的な光景が展開されていた。
「待って、待ってくれ! 俺様を置いて帰らないでくれ!」
「うるせぇ糞ガキが!」
縋り付かれた兵士は情け容赦無くサムを放り投げる。
サムの顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。
よく見ると服もボロボロである。
どうやらかなりの数の兵士達に同じ目に合わされて来たらしい。
「巫山戯やがって、何が偉大なる氷の勇者様だ。あんなハズレ者1人に倒されるような奴と居たら命が幾つ合っても足りやしねぇよ!」
「違う違う! 昨日は油断をしていただけだ! ちゃんと戦えば俺様だって……」
「ハッ!なら俺達なんざいらねぇだろうが! テメエ1人でモンスターや魔族と戦って来いや!」
「そんな! そんな事出来る訳がない!」
「情けねぇ、聞けば闇の勇者ってのはスキル授与の儀式を終えてすぐに、強力な魔族と戦って生還したって話じゃねぇか。実際昨日戦ったあいつらはまさに伝説級の強さだったぞ。同じ勇者なら見習ったらどうなんだよ!」
「そうだ、俺様は勇者なのだぞ! その俺様を見捨てて逃げたりしたら、どうなるか分かっているのか!」
「ああ? テメェ何か勘違いしてやしねぇか?」
「なっ何?」
「俺達が崇めるのは俺達を救って下さる勇者様だけだ。図書館に閉じ籠もってる水の勇者も、ハズレ者に負ける氷の勇者も俺達の信仰の対象にはなりゃしねぇよ」
「そっそんな!」
「つー訳で失せろハズレ勇者。俺はこれから実家に帰って他国の勇者に協力を求めるべきだって家の者に提言しなきゃならねぇんだよ」
そう言ってその兵士は門を潜って青龍の国へと帰って行った。
――しかし信仰と来たか。
てっきり勇者至上主義の国かと思っていたら、遂には勇者を信仰する様になっていたらしい。
青龍の国の行く末が本気で心配になって来た。
そうこうしている間にも、次々と兵士達は門を潜って行く。
同じ様な兵士は多数おり、良く見れば兵士以外の使用人達や女官達までも彼らと行動を共にしている。
その中には昨日散々サムを持ち上げていたあの美人さんもいた。
サムはその姿を見つけると、恥も外聞もなく彼女の元へと駆け寄って行った。
「待て! 待ってくれカズハ! 一体何処へ行こうというのだ!」
「あらサム様、当然実家に帰るつもりですわ」
「何を言っているのだお前は! 妻が夫を置き去りにすると言うのか!?」
「ああそれですか」
彼女は胸元から一枚の紙を取り出した。
あれは俺も良く知っている。
2年前にロゼと婚約した時に書いた物で、その前にはエルと婚約した時にも書いた物だ。
その紙の名は『婚約届』
どうやら青龍の国でも玄武の国と同じ書類を使っているらしい。
彼女はそれをビリビリに破いてしまった。
「あああっ!」
「はいこれであなたとの婚約は解消されました。私とあなたとの間にはもう何の繋がりもありません」
「そんな! 俺様達は永遠の愛を誓って……」
「言葉だけの誓いなんて何の価値もありませんよ。ちなみに『結婚届』と違い、『婚約届』は片方が一方的に破棄する事が可能です。最後に一つ勉強になりましたね」
「あっ、あああ……」
「ああちなみに他の5人の分も私が預かっておりますよ?」
そう言ってカズハと呼ばれた美人さんは胸元から更に5枚の紙を取り出す。
話の流れから言って、あれは残り5人いるという、サムの婚約者達との婚約届なのであろう。
それにしても何故わざわざ胸元に入れているのだろうか?
いやまぁ眼福だから良いのだが。
彼女はそれも自分の婚約届と同じ様に細切れにした。
バラバラになった婚約届は風に乗って空へと散らばっていった。
「フタバ、ミユキ、シオン、イツカ、ムツキ……そんな、嘘だ……」
「あの子達からの伝言も預かっております。『これで気持ち悪さを我慢せずに済む。清々しました。それではお元気で』だそうです。ちなみに私も同じ気持ちです」
「きっ気持ち悪い?」
「昨日あの場に居た貴方の双子の弟さんを見なかったのですか? 貴方とは違う鍛えた体、貴方とは違う精悍な顔付き、貴方とは違う純粋な目付き。同じ少年でこうも違うのかと驚いたものですよ」
「おっ俺様は……勇者で……」
「はい。『だから』私達は貴方と婚約したのです。でもほら、将来性の無い勇者の妻になっても苦労するのが目に見えているじゃないですか。ブクブクと太った体で胸に吸い付いてくるのも、いい加減苦痛でしたし。一線を超える前に貴方の将来性の無さに気づけただけでもこんな僻地に来た価値はありましたよ」
「かっ……カズハ……」
「ああそれと、私はこれでも青龍の国の公爵の娘ですから……
ハズレ勇者如きが気安く声を掛けてんじゃねーよ!
身の程を弁えろこの豚野郎が!!」
「ヒッ!?」
「おっとこれは失礼致しました。では最後のお勤めをさせて頂きます。本日昼過ぎまでには私達の退去は完了致します。その後はどうぞ貴方のご自由になさって下さいな。砦の一室は自由に使えるようになっていますし、ここにいる間は食事も貰える様手配してありますので、まぁ死ぬことはないでしょう。それでは御機嫌よう『偉大なる氷の勇者様』」
そう言って彼女は門を潜って出て行ってしまった。
サムは呆然として座り込んだままだ。
門の向こうでは逞しくイケメンな兵士が彼女を待ち受けていた。
彼女は彼に駆け寄るとその腕に抱きついて、彼に濃厚なキスをかましていた。
サムはそれを見てこの世の地獄を見ているような目付きをしていた。
――うん、これは俺も同意見だ。
ロゼやエルに同じことをされたら下手すると自殺するかもしれん。
それからも門を潜って青龍の国へと帰る兵士達の列は途切れること無く続き、彼女が言っていたように昼前には終了した。
どれだけそうしていたのだろうか、サムはよろよろと立ち上がり、振り向いて、砦に向かって一歩を踏み出した。
そしてそこで初めて、俺達が後ろで見ていたという事実に気がついた。
サムは俺を見て、ライを見て、そして俺達全員をもう一度見回した。
そして口を開いたものの、声は出ず、その場に崩折れて気を失ってしまったのであった。




