第二十四話 偉大なる氷の勇者様
2017/07/14 本文を細かく訂正
勇者。
それは人類の切り札であり、世界最強の存在。
同時に各国の代表者としての側面も合わせ持つ。
勇者の数は8人であり、各国それぞれに2名ずつ所属している。
そして彼らは日夜、人類の平和の為に魔王軍と戦っている。
……と言われてはいるが、実際それは建前に過ぎない。
現状、実際に魔王軍相手に戦っている勇者は朱雀の国の『光の勇者』のみであり、他の勇者は活動自体をしていない。
朱雀の国のもう一人の勇者、『火の勇者』は日々遊び呆けている。
青龍の国の勇者である『水の勇者』は戦いを嫌い、図書館に篭っているという話だ。
白虎の国に居るはずの『風の勇者』と『雷の勇者』は居所が分からないままである。
玄武の国の『土の勇者』と『闇の勇者』は成人前であるので活動をしていない。
彼らはスキル授与の儀式において、必ず10のスキルを得られ、最高レベル100に到達することが出来る強者だ。
限界まで鍛えた勇者でなければ人類の敵である『魔王』は倒せないと言われている。
だがどれだけ凄い才能を持っており、強者になる資格があった所で、それを磨かなければ意味は無いし、磨くためには時間が掛かるのだ。
『光の勇者』は自らを鍛え上げ、幾多の戦いを勝ち抜き、その実力もレベルも人類最高だと言われている。
しかし『火の勇者』と『水の勇者』は持って生まれた資質を磨くことはせず、与えられた才能のみで日々を過ごしている。
『風の勇者』と『雷の勇者』はそもそも生存しているかどうかすら判明しておらず、『土の勇者』と『闇の勇者』は未だ修行中の身である。
これがこの世界の勇者の現状。
勇者だと言ったところで、必ずしも世の中の役に立っている訳では無い。
そもそも勇者達の年齢はバラバラなのだ。
8人の勇者が同時に活動していた時期など、歴史を紐解いて見ても僅かしか存在しないのだ。
「それでも後6年経てば、私とアナが勇者として活動を開始する。それで成人し活動している勇者の数は3人。これでもまだ半数に満たないが、ナイトの弟のサムとやらが本当に氷の勇者であれば、8年後には成人した勇者が4人になる」
「それでも半分ですよね」
「活動中の勇者の数が半分もあれば十分だろう。火の勇者と水の勇者は魔族とは戦わないと言うし、風の勇者と雷の勇者は未だ発見すらされていないのだ。動ける勇者だけでどうにかするしかないのさ」
『氷の勇者』であるという、まだ見ぬ弟のサムに会うために青龍の国との国境に向かう途中、高速馬車の中でロックはそう言った。
現在俺達は連結された馬車の車両に分かれて乗り込み、国境を目指して進んでいる。
1両目には父さんと母さんが乗っている。
2両目には俺とロックとライが乗っている。
そして3両目にはロゼとアナとエルが乗っている。
ロックウェル夫妻、男組、女組とで別れた格好だ。
ちなみに馬車の周囲に護衛は存在していない。
俺達のスピードに護衛の駆る馬では追い付けないからだ。
俺達が乗っているのは、都市間移動に使われている『高速馬車』と呼ばれる乗り物である。
呼んで字のごとく、普通の馬とは比べ物にならない程のスピードを誇る『超速馬』と呼ばれる特別な馬と、特別な馬車を組み合わせて作られた、新幹線の様な馬車である。
これを使うことによって、普通の馬車なら片道一月は掛かる国境までの道のりを僅か一週間に短縮することが出来るのである。
余りに高速で移動するため、途中の障害物もモンスターも跳ね飛ばすという高速馬車には護衛すらも必要とされていないのだ。
街道には高速馬車専用の道が通され、馬車が近づいて来ると音を鳴らして危険を知らせる仕組みになっている。
まんま前世の鉄道だ。
だが流石に宿泊施設までは備え付けられておらず、夜間走行も危険なので、昼間に移動し、夜は途中にある町で休みを取りながらの移動となる。
父さんはこの馬車を随分前から予約していたらしい。
お陰で他の同乗者は居ないため、快適な旅をすることが出来ていた。
この2年間ロゼと離れたことがなかったので中々新鮮な感覚である。
俺達は久々に男だけのバカ話に花を咲かせていた。
だが結局これから会うことになっているサムについての話になり、それは即ち勇者についての話になるのであった。
2年振りに屋敷に呼び出されてすぐに、俺達は国境へ向けて旅立った。
呼ばれた時点で既に用意は出来ていたのだ。
ちなみにジャックにも話は通してあり、薬局も孤児院も強制的に休みにさせられて、俺とロゼは屋敷を出てから初めての長期休暇を取得する羽目になった。
何でもロックもアナもエルも同じ状況だったらしい。
サムのことが内外にバレないための配慮なのだそうだ。
その理由は、青龍の国に居るもう一人の勇者『水の勇者』が原因らしい。
『水の勇者』
青龍の国に住む勇者であり、『光の勇者』とは別の意味で有名な人物である。
彼女は現在24歳、勇者として活動を開始して既に6年が経過している。
しかし彼女は最初に数回戦ってからは、以降全く戦いをせずに国の図書館に閉じ籠もっているという。
彼女は平和主義者を表明し、戦いを放棄している。
『勇者に全てを任せるこの世界はおかしい』と言うのが、彼女の言い分だ。
玄武の国の俺達からすればおかしな言い分に聞こえるが、青龍の国と言うのは、玄武の国とは違い、勇者への依存度がとても強い国なのだそうだ。
そこで何があったのかは、青龍の国の国民ではない俺達には分からない。
しかし結果的に彼女は勇者として戦うことを放棄し、図書館に篭ってしまった、
ある意味役立たずになってしまったのである。
そんな時、もしも国内にもう一人の『氷の勇者』が居ることが分かればどうなるか。
『氷の勇者』一人に国民の期待が集中してしまうのだ。
青龍の国の勇者に対する期待は、玄武の国のそれとは比較にならない程重いという。
父さんは実の父親としてそうなる事は避けたいのだそうだ。
俺達はその父さんの心遣いに呼応し、速やかに馬車に乗り、青龍の国との国境に向かうことになったのだ。
「しかしサム兄さんは玄武の国で産まれたのでしょう?
氷の勇者は青龍の国で産まれるのではないのですか?」
「いや、それは違うぞライ。各勇者はそれぞれの国で産まれる確率が高いだけで、確定している訳ではないのだ。そもそも勇者が死んだ後に、次の勇者がどうやって選ばれるのかは未だに分かっていない。他国で勇者が生まれた所で何の不思議もないのだ」
「なるほど、ロック王子やアナ姉さんは分かり易かったって事ですか」
「そういう事だな。しかしお前達の兄弟が氷の勇者とはな、流石に驚いたよ」
「それは俺も同じだよ」
「僕も驚きました」
誰もその行方について語らなかった家の次男は実は勇者でした。
……などと言われて、驚かない方がどうかしているのだ。
というか、一度くらいサムの生死だけでも聞いておくべきだった。
そうしたらここまで驚くことは無かったかもしれないのに。
それでも俺達だからまだ良かったのだ。
何しろ幼馴染に勇者がいるのだ。
弟が勇者だからと言って、正直今更感が強い。
寧ろ弟が生きていたという事実の方に驚いていた。
俺達が馬車に乗ってから既に6日。
明日には遂に青龍の国との国境に到着する。
俺も含め両親もロック達も長期間の移動に疲れていた。
しかしそこで待つのは弟である『氷の勇者』サム。
まだ見ぬ弟に出会ったらどんな会話をしようか。
そう考えれば疲れている場合ではないだろう。
俺は高速で流れる風景を見ながら、そんな事を考えていた。
そうしてタートルを出発して1週間後、俺達は国境の町に到着した。
したのは良かったのだが、青龍の国の一行はまだ到着していなかった。
玄武の国と青龍の国との国境は、同時に朱雀の国と白虎の国との国境でもある。
この場所で4つの国は別れており、国境が交わる十字路の中心から半径2キロ程は緩衝地帯に指定されていた。
今は人間同士の争いは無いが、100年ほど前には人同士の大規模な戦いがあったと聞く。
それぞれの国は緩衝地帯ギリギリに砦を築き、他の3カ国に睨みを聞かせているのだ。
氷の勇者サムと俺達家族との10年ぶりの再会。
それはこの緩衝地帯で行われる予定となっているのだ。
俺達は結局、国境に建つ砦に3泊した。
国境というのは人が集まる場所だ。
砦の回りには市が立ち、それは段々と広がって、最終的には町になった。
4カ国の砦を繋ぐように、グルっと円を描いて、町の外壁が作られている。
形としてはドーナツを思い浮かべればいい。
半径二キロの緩衝地帯という丸い空間があり、その外側には各国の砦が作られている。
そして緩衝地帯に沿ってグルッと円を描くように町が作られているのだ。
この町には独自のルールが存在し、町から一歩でも外に出れば外国だが、町の中であるならば自由に行き来ができるのだ。
この街の中には4カ国の商品が集まって来る。
商魂逞しい商人達は、他国の商品を売り買いしている。
俺達は揃って町に赴き、国境の町に集まる他国の品や他国の人達を、飽きること無く見て回っていた。
そして旅の疲れが十分に取れた頃、ようやく『氷の勇者御一行様』は到着したのであった。
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『氷の勇者御一行様』
それは正にそんな感じの一団であった。
地平線の先まで続く長い長い人の列。
全員が青一色の鎧姿であり、その行進は一糸乱れないものだ。
旅人達はその列を見て皆揃って地面に膝をつき頭を下げている。
見覚えがあると思ったらあれだ、前世で言う所の『大名行列』にそっくりなのである。
その列の中央にある巨大な馬車。
その中に俺の弟で氷の勇者をやっているサムが乗っているらしい。
周囲は、突然現れた青龍の国の兵団に驚いている。
勿論父さんやロック達ですら驚いている。
俺も驚いていたが、同時にドン引きしていた。
青龍の国が勇者への依存度がとても強い国だとは聞いていた。
聞いていたがこれはやり過ぎだろう。
勇者とは言ってしまえば人々の前に立ち戦う者のことだ。
しかしこれではまるで勇者が上に立ち、他の人々を従えているようだ。
これでは立場が逆ではないか。
一体青龍の国の上層部は勇者を何だと思っているのか。
俺は弟に会う前から、こんな国に育てられたサムの事が心配になってきていた。
俺達は今揃って緩衝地帯の中央で待機している。
そこにゆっくりと青く塗られた大型馬車が近寄って来る。
何をもったいぶっているのか、たっぷりと時間を掛けて停車する。
すると馬車の周囲を、これまた青い服で統一された女性の集団が取り囲んだ。
彼女達は揃いも揃って美女揃いだ。
後で聞いた話だが、彼女達は青龍の国の『氷の神殿』の巫女達だそうだ。
そして一際美しい女が馬車から降り立ち、時代劇さながらに高い声が響き渡る。
「氷の勇者であらせられるサム=L=アイスクリム様のおなーりー!」
――何だサムエルアイスクリームって。
俺の知らない有名アイスクリームメーカーか何かの名前なのか。
俺達の前に停められた馬車から降りて来たのは一人の少年だ。
そいつは光り輝く青い瞳を持っていた。
そいつは光り輝く青い髪を持っていた。
そいつは光り輝く趣味の悪い服を着用していた。
そいつはブクブクと太っており、趣味の悪い服ははち切れそうになっていた。
そしてそいつは弟のライにそっくりな顔をしていた。
していたが、その目つきはまるでライとは異なっていた。
10歳であるにも関わらず、周囲をバカにしたような瞳。
10歳であるにも関わらず、隠しきれない程の傲慢さを持った瞳。
見ているだけでむかっ腹が立ってくる目つきを、サムエルアイスクリームはしていたのだ。
間違えた、俺の弟で氷の勇者であるサム=L=アイスクリムはしていたのであった。
「こいつらが俺様の実の家族と玄武の国の勇者達だと?
随分と貧相な連中じゃないか!」
開口一番サムはそんな事を言ってきた。
俺達は揃って絶句している。
サムは今年で10歳。
つい先日にスキル授与の儀式を受けたばかりの筈だ。
それなのにこの言葉、この態度である。
一体どんな教育を受けてきたのかこのバカは。
「大体供の兵士たちはどうしたのだ。まさかこいつらだけで来た訳ではあるまいに」
「偉大なる氷の勇者であらせられるサム様に申し上げます。玄武の国の一行は、どうやらあの人数だけでこの場に現れたようでございます」
「はぁ? 仮にも勇者ともあろう者が供も付けないとはどういう了見なのだ。多数の供を従えてこその勇者ではないか。玄武の国とはそれ程までに人材不足で財政不足なのか?」
「偉大なる氷の勇者であらせられるサム様に申し上げます。我が青龍の国こそがこの世界で最も偉大かつ強大な国家であることに疑いの余地はありません。他国が如何に貧しく人材不足であろうとも、それを一顧だにしない度量の大きさを見せつける事こそが重要であると愚行致します」
「ふん、そうだったな。俺様は引き篭もりの水の勇者とも、目立ちたがり屋の光の勇者とも違う真の勇者であるからな」
「偉大なる氷の勇者であらせられるサム様に申し上げます。我が国の氷の勇者こそが真の勇者であり、他国の勇者達などまがい物であることに疑いの余地はありません。サム様に於かれましては寛大なる御心を、格下である土の勇者と闇の勇者へお与えになるべきかと愚行致します」
「それもそうだな、お前ら感謝しろよ」
ハーハッハッハッ
緩衝地帯の中央にサムの高笑いが響き渡る。
――なんだろうこの茶番は?
青龍の国と言えば、国土の大部分を永久氷河に覆われた厳しい国だと聞いている。
国土も狭く、モンスターの被害も多発しているため、勇者への依存度が高くなったのだと、道すがらロックや父さんから聞いていた。
実際この国境の砦においても、青龍の国の商人達は、他国の商人から薬や食料品を大量に買い求めていたのだ。
つまり自国にそれらの物が無いという証明に他ならない。
それなのに『この世界で最も偉大かつ強大な国家』と自称するとは……。
あれか、自国民のプライドを守るために敢えて虚勢を張っているのだろうか?
何と言うか余りにも見ていて悲しくなるので止めて欲しい。
というかこのお付き、いちいち喋る毎に『偉大なる氷の勇者であらせられるサム様に申し上げます』と言うのは何とかならんのか。
「しかしそうなると人数が合わなくはないか? 俺様の家族とやらは父親と母親と兄と弟で4人。土の勇者と闇の勇者で6人。この場には後2人居るぞ」
「偉大なる氷の勇者であらせられるサム様に申し上げます。残りの2人は共にサム様と同年代の少女たちで御座います。恐らくは玄武の国からの貢物代わりでは無いかと愚行致します」
「ほう、何だ分かっているではないか。あの黒髪の女は闇の勇者であるから、灰色の髪と茶色の髪が俺様の物か。ふん、まだちんちくりんだが他国からの貢物を断るのも何だな。よし、第7婦人と第8婦人にしてやる。ありがたく思えよ」
「……やだ」「えっ? やだよ」
「何だと? おい、お前ら! 俺様を誰だと思っているんだ!」
サムが怒ってロゼとエルの方へと向かって来る。
――と言うかこいつ、既に6人も嫁がいるのか。
そもそも玄武の国の王女と宮廷魔導士長の娘をいきなり嫁にしようとしていると分かっているのか?
分かってなさそうだな、見た目も中身も馬鹿そうだし。
ますますどうしようもないな青龍の国は。
俺は呆れ果て、同時に頭にきたので二人の前に出てサムと対面した。
「何だ貴様は? ふむ、姿形を見る限り俺様の兄とかいうハズレ者だな? 聞いているぞ、スキルを1つしか授からなかったそうではないか。貴様のような弱者に用は無いのだ。血が繋がっている誼で見逃してやる。失せるが良い」
「悪いがそれは出来ない相談だな。この二人はお前への貢物ではないし、そもそもこの二人は俺の婚約者なんでな」
「きっ貴様! 俺様に向かって何という口を聞いているのだ!」
「兄が弟にタメ口を聞いて何が悪いんだよ、この馬鹿勇者が」
「なっ……なっ……」
「貴様! 偉大なる氷の勇者であらせられるサム様に対して何という口を!」
「ふざけおって! 今すぐに跪いて頭を下げろ! さもなくばこの剣でその首斬り飛ばしてくれる!」
そう言ってサムは手に持っていた剣を抜き、切っ先を俺に向けてきた。
それを見て俺は確信した。
やはりこいつは間違いないと。
「偉大なる氷の勇者であらせられるサム様に申し上げます!
先程の発言は取り消させて頂きます!」
俺はお付きの真似をして、大声を上げて、頭を下げる。
そして頭を下げるついでに体も折り曲げて、サムの前に跪く。
そして俺はそのついでに、サムの履いているズボンをパンツごとズリ降ろした。
途端に周囲から音が消失した。
偉大なる氷の勇者殿は驚いて声も出ないらしい。
目の前には偉大なる氷の勇者殿の可愛い息子がブラブラと揺れている。
俺はそれを右手で鷲掴みにして、馬鹿な弟に雷を落とした。
「家族に刃物を向けるとはどういうつもりだ! この馬鹿野郎が!!」
俺はサムの息子を力一杯握りしめた。
サムは「グヒッ」と奇妙な声を上げて、泡を吹いて気絶した。
――この馬鹿には勇者など不要だ、野郎で十分である。
俺は倒れたサムを見下ろしながらそんな事を考えていた。
その後、激高した氷の国の兵士達が俺に向かって殺到して来た。
その連中は、ロックとアナと父さんの手によって全員揃って叩きのめされた。
こうして俺達と氷の勇者の初めての顔合わせは終了した。
そして氷の勇者がスキルが1つだけのハズレ者に負けたという噂はあっという間に広まったのであった。




