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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第二章 修業編
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第二十三話 ロックウェル家の次男坊

2017/07/14 本文を細かく訂正

 あっという間に春になった。

 俺とロゼが薬局のロックウェルで働き始めてから2年が経過したことになる。

 昨年はポーションの簡単な作り方を計量カップと計量スプーンを用いて考案し、ジャックと相談して計量器の独占販売権を国から認めて貰うことに成功した。


 お陰様で薬局のロックウェルは大繁盛。

 薬部門もだが、計量器を販売する部門を新たに立ち上げ、そちらが目を回す程の大忙しである。


 俺はそちらには直接関わってはいない。

 アイデアを出したのは俺であるが、本職の商人でもあるまいし、商売のイロハなんててんで分からないからだ。

 だが、今回の件は一つの可能性を示唆していた。

 つまり前世の記憶を使えば簡単に儲けられるのではないかという事だ。


 まさかこの世界に計量カップや計量スプーンが存在していなかったとは想像もしていなかった。

 俺はこちらとあちらは違いが多すぎる為に、向こうの知識は役に立たないのだと思い込んでいた。

 しかし向こうで当たり前であった事も、こちらではまだ誰も気づいていないという事もあるのだと今回気づいたのだ。

 そして気づいてしまっては試したくなるのが人情というもの。

 試すためには試す場所が必要だ。

 その場所とは店である。


 薬局のロックウェルは使用できない。

 ここはあくまでもロックウェル家の薬局だからだ。 

 だから新しく俺専用の店を持つ必要がある。

 俺は修行の傍ら、自分の店を立ち上げたいと考えるようになり、最近はその事ばかりに頭を使うようになっていた。


------------------------------------


 最近、世間は朱雀の国の火の勇者の話で持ちきりだ。

 昨年の春、世間では朱雀の国は他国に先駆けて平和になるのではないかと期待されていた。

 何しろ大活躍していた光の勇者に加えて、新たな勇者が誕生したのだ。

 世の中がそう考えても不思議ではない。

 しかし一年が経過し、そんな話はどこからも聞こえて来なくなった。

 理由は簡単である、火の勇者が『何もしていない』からだ。


 勇者が『何もしていない』、つまり火の勇者は旅に出ることすらしていないらしい。

 彼は朱雀の国の首都『バード』に留まり、適当にモンスター退治をこなして、それ以外の時間は歓楽街に入り浸っているそうだ。

 一応モンスター退治をしているらしいので『何もしていない』とは言い過ぎなのかもしれないが、光の勇者がとにかく大活躍している現状、火の勇者の行いは『何もしていない』に等しいのだと認識されている。


 かつて彼に注がれていた期待も希望も、今では誰も持っていない。

 彼はこう言っているのだそうだ。

 『光の勇者が活躍しているのだから、俺なんて居ても居なくても大した違いはない』と。


 駄目人間の発想である。

 ジャックから聞いた話だが、どうやら火の勇者を育成した貴族に問題があったらしい。

 朱雀の国の上層部は、火の勇者のやる気を出させようと躍起になっているそうだが、思い通りには行っていないのだという。

 俺の幼馴染の勇者達は大丈夫だろうか?

 俺は久しく会っていないあいつらの事を思い出していたのであった。



 そう言えば、孤児院では遂にキング少年が卒業していった。

 キング少年は闇の神殿でスキル授与の儀式を受けた所、魔法や計算系のスキルを授かったので、エースやジャックの推薦もあって、国の魔道士養成校へと進学する事が決定した。

 ここで数年間勉強した後、キング少年は軍の魔道士部隊に配属され、軍人として働くことになるのである。

 てっきり何処かの店に修行に行くのかと思っていたのだが、孤児院の手助けをしてくれていた兵士達を見て、軍人になりたいと考えたらしい。

 そして都合よく魔法系のスキルがあり、読み書きも出来たので、魔道士を目指すことにしたのだそうだ。

 彼は孤児院の卒業式においてそう説明し、立派な魔道士になってこの国を守るのだと宣言していた。

 そしてその宣言をした後、ロゼの前まで歩いて行き、花束をロゼに渡して、その場で結婚を申し込んだ。


 何とキング少年はロゼに恋をしていたのだ。

 しかし敢えなく撃沈。

 ロゼは俺が婚約者であることを説明し、成人したら結婚する予定であると宣言。

 孤児院の少年少女達を絶望に叩き込んでいた。

 どうやら少年組はロゼに、そして少女組は俺に恋をしていたらしい。

 正直に言おう、全く気づいていなかった。

 ロゼも同様であり、2人揃って困惑顔だ。

 孤児院の子供達は俺達からすれば、文字通り『子供』という印象だったのだ。

 まさかそんな彼らが俺達に恋をしていたとは。

 この世界の少年少女の早熟具合が良く分かる話である。


 そんな感じでキング少年の卒業式は阿鼻叫喚の中終了した。

 孤児院を出ていく時のキング少年の煤けた後ろ姿がとても印象的であった。


------------------------------------


 そんな事があってしばらく経った春の半ば、俺とロゼは久し振りにロックウェル家の屋敷を訪れていた。

 屋敷を出てから2年間、俺は屋敷には一度も帰ることはなかった。

 つい先日には弟のライがスキル授与の儀式を終えており、8つものスキルを授かったという。

 俺はその報告を聞いて喜んでいた。

 これでどうやらロックウェル家は安泰の様だし、ロックの奴の旅立ちの仲間も一人は確定だ。

 後は、俺とロゼの代わりを見つけるだけである。

 そんな事を思っていたら突如父さんの名で俺達は屋敷へと呼び寄せられたのだ。 屋敷を出ていった者が屋敷に呼ばれるなど通常では有り得ない。

 何が起きたのだろうと考えながら、俺とロゼは2年ぶりにロックウェル家の屋敷の門を潜ったのであった。



 屋敷の中には使用人達が勢揃いしていた。

 この2年の間に何人か入れ変わりはあった様だが、見知った顔の方が圧倒的に多い。

 俺は久し振りに会う彼らと一人一人挨拶を交わし、奥の応接室へと入って行った。


 部屋の中は2年前のままだ。

 広い部屋には大きなテーブルと黒塗りのソファが並び、青龍の国の氷河が描かれた大きな絵画が掲げられている。

 そのソファに座っているのは父さんと母さん。

 そして2年振りに再開する弟のライと、幼馴染のロックとアナとエルであった。


 彼らは揃って立ち上がり、俺達に声を掛けようとする。

 しかし2年前と全く変わらず、エルが真っ先に突撃して来た。



 「うわ~久し振り! ナイトもロゼ姉も元気だった? 話は聞いてるよ、大活躍してるじゃん! 何だっけ? 町の浮浪者を根絶やしにして、悪徳園長を血祭りにあげて、子供達を知識階級に引き上げて、ポーションでボロ儲けしてるんだっけ?」

 「どんだけ話がねじ曲がってんだよ!」

 「エル、私達はそこまでバイオレンスな生き方をしてないよ」

 「そう? ってロゼ姉、何時の間にやら普通に喋れるようになってるじゃん! 凄いねぇ、愛の力だねぇ」

 「いやいや、住み込みで働いていれば普段から会話慣れするから」

 「ナイトの言う通り。でもエルの言う通りでもある」

 「ヒャー! 言うねぇ! でっどうなの新婚生活は! 何処まで行ったの?」

 「何言ってんだお前は!」

 「? 私達、町の外には出られないよ?」

 「やっぱナイトの方が大人だね~。でも仕方ないか~、ロゼ姉だもんね~」

 「エル、もう『姉』は付ける必要はない。

  私はナイトとは恋人同士になっていて、今は『ロゼ』とだけ呼ばれている」

 「進展してる! 愛だよ愛!」



 再会するなり大騒ぎである。

 エルはどうやらこの2年間で全く変わっていないようだ。

 喜んで良いのか呆れて良いのか正直良く分からん。

 でも何故かホッとしてしまった。


 すると今度はロックとアナが話し掛けて来た。


 「久し振りだなナイト、私にはちゃんと話が通っているぞ。2人を狙う暴漢共を次々と撃退して、護衛に引き渡し、そのお陰で治安が改善。孤児院で私腹を肥やしていた悪徳園長の逮捕のキッカケを作り、その後は園長と副園長として孤児たちの面倒を見ている。おまけに子供達に勉強を教え学ぶことの大切さを伝え、卒業生を一人魔道士養成校へ入学させた。更にはポーションの安定した作成方法を編み出した。そうだな?」

 「二人共凄い」

 「馬鹿を言うなアナ、これが凄いで済む訳がない」

 「凄すぎる、信じられない」

 「それで良い。王宮でも闇の神殿でもお前達の話で持ちきりだ」

 「いや、そんなつもりは無かったのだけどな」

 「どんなつもりで行ったことであったとしても、お前が起こした行動で結果この国は良くなっているのだ。親友としてとても誇らしぞ」

 「ロック、貴方随分と硬い口調になっていない?」

 「申し訳ありません姉上。どうもこの2年間、周りが大人ばかりだった影響が出ているようでして」

 「私にはそんなものはない」

 「お前は周りに迷惑を掛けまくっているという話じゃないか。少しは自重したらどうだ?」

 「そんな事をしている暇など無い」

 「はぁ……ナイト、薬局に孤児院と忙しいのは分かるが、たまには俺達を訪ねて来てくれ。やはり同年代の友人というのは、人格形成において重要な存在らしいのでな」

 「そんな重大事を任されてもな……と言うか、俺は城や神殿に行っても良かったのか?」

 「少し前までは駄目だった。しかし今は問題無い。短期間でこれだけの実績を出したのだ。口煩い大臣や王弟派の貴族であっても、流石に否とは言えんよ」

 「あ~あのおっさんはまだあんな感じなのか?」

 「あんな感じだ。父上の苦労が忍ばれる」

 「ロック、これ、父さんに渡してくれない?」

 「これは?」

 「私が作った疲労軽減の薬。数は少ないけどね」

 「分かりました姉上。父上も喜びますよ。

  それと姉上もたまには城に帰って来て下さい。

  父上が時折寂しそうにしておりますから」

 「分かった。暇を見つけて必ず帰る」

 「宜しくお願いします」



 ロックもアナも元気でいたようだ。

 この二人、この2年間はずっと勇者としての訓練を続けていた筈だ。

 二人共体が大きくなっていた。


 いやまぁ俺と同じで成長期だから大きくなって当然なのか。

 2年前と変わらないのは父さんと母さんとロゼ位だ。

 エルとアナに至っては少し胸も出てきている。

 当然か、この位の年齢の女の子の成長は早いのだ。

 成長しないロゼが近くにいるから気が付かないだけだったのだ。



 すると今度は父さんと母さんが話し掛けて来た。


 「ナイト久し振りだな。ロゼッタ様をお変わり無く」

 「はい、父さんと母さんもお元気そうで何よりです」

 「お久し振りです二人共。私は相も変わらず変わっておりません」

 「はははっ、……大分お強くなられたようで何よりで御座います姫様」


 ロゼは最近、自分の体が成長しないことを冗談にするようになっていた。

 最初は自虐かとも思っていたが、どうやら自らの運命を受け入れて、自分はこういう人間なんだと認めたからこその行動らしい。

 体は成長できずとも、心の成長は出来るのだ。

 俺はロゼの成長を間近で見ていて、それを実感していた。


 そうして俺達はこの部屋にいる最後の1人に目を向ける。

 その人物は先程からずっと俺のことを熱い視線で見つめていた。

 誰あろう、弟のライである。


 「ライも久し振りだな。聞いたぞ、スキルを8つも授かったんだって?」

 「おめでとうライ。これで貴方は勇者の供として内定したという事ね」

 「ありがとうございます、兄さん、そしてロゼッタ姉さん」

 「だから私に姉さんと付ける必要はないの」

 「いいえ、ロゼッタ姉さんもアナ姉さんもエリザベータ姉さんも兄さんの婚約者なのでしょう? つまり僕にとっては義理の姉になる訳ですから、やはり姉さんとお呼びしたいのです」

 「あら?」「ふんっ」「おお~?」

 「おい、ライ。ロゼッタ様とエリザベータ嬢はともかく、ダイアナ殿とナイトの婚約は認められていないのだぞ?」

 「何を言っているんですか父さん。兄さんがどれだけの実績を残していると思っているのです。この調子なら6年後には物凄い実績を残しているに違いありません。古い慣習なんて吹き飛ばして、アナ姉さんと結婚するに決まってますよ」

 「えらい。良く分かっている」

 「あ~ライ、評価してくれるのは嬉しいけどな。

  この先どうなるかなんて誰にも分からない訳だし……」

 「そんな訳がありません! 兄さんは僕の誇りです。

  兄さんは女の子を泣かせるような真似はしません。だから絶対に大丈夫です!」

 「弟の期待が重すぎでツライ……」



 前からお兄ちゃん子だと思ってはいたが……

 どうやらこの2年でそれが強化されてしまったようだ。

 ライは俺に向けて尊敬の眼差しを向けて来ている。

 と言うか、これがいわゆる『尊敬の眼差し』って奴だったのか。

 瞳に灯る強力なまでの炎に俺は些か恐怖を感じてしまった。



 「それで父さん、久々に再会出来たのは嬉しいのですが、今日は一体何があるのですか?」

 「うむ、では説明しよう。お前達にはこれから町を出て、玄武の国と青龍の国との国境まで同行して貰いたいのだ」

 「「はい?」」


 俺達は呆気にとられてしまった。

 玄武の国は大陸西部、青龍の国は大陸東部に存在している。

 そしてその国境と言えば、この玄武の国の首都タートルから高速馬車を使っても片道一週間は掛かる道のりだ。

 そもそもロックもアナも魔族の襲撃を警戒して外に出さないんじゃなかったのか。

 俺達は揃ってその質問を父さんにぶつけたのだった。



 「勿論それは分かっている。しかしこれは前々から決まっていた事でな。国王陛下も了承している。お前達には国境で、とある人物と面会をして貰いたいのだ」

 「国境まで行って、人に会うだけですか?」

 「そうだ。そしてその人物は、この場の全員と関わりがある人物なのだ」

 「そんな人誰か居ましたっけ?」



 俺達は揃って首を捻る。

 ロックウェル家、王家の兄弟、闇の勇者であるアナ、そしてエル。

 この全員と関わりのある人物と言えば、国王陛下とエリック先生と闇の神殿の神殿長のばっちゃん位だ。

 誰なのかさっぱり分からない。

 俺達は一体誰と会わねばならないのか、考えていると、途端にロゼが立ち上がった。


 「まさか……サム?」

 「おお、覚えてくれておりましたかロゼッタ様」

 「サム?」

 「誰それ?」


 ロックとエルが首を捻る。

 アナも誰だか分からないと言った顔付きだ。

 だが俺とライにはその名前に心当たりがあった。

 当たり前だ、その名前は『この屋敷に居ない筈の兄弟の名前』だからだ。


 「父さん、サムと言えば俺のもう一人の弟の名前だった筈ですが」

 「僕の双子の兄だとも聞いています」

 「その通りだ。サムはこのロックウェル家の次男であり、ナイトの弟でライの双子の兄に当たる人物だ」


 父さんの言葉に俺達の間に動揺が走る。

 この場の全員は俺の家族構成を知っている。

 父さんと母さんと長男の俺、三男のライの4人家族。

 だけど次男は何処にも居ない。

 父さんからも母さんからもサムの話は聞いたことが無い。

 俺は次男のサムは死んでいるのだと思っていた。

 しかしどうやら違っていたらしい。


 「私達の2番目の息子であるサムは青龍の国へと養子に出していたのです。そして10歳になり、スキル授与の儀式が済んだ後に一度会うことになっていたのですよ」

 「ちょっと待って下さい、その話、私も初耳なのですが」

 「勿論です。家族にも、そして王族であるロック王子にすらサムの居所は秘密としておりました。知っているのは国王陛下とエリック殿と当時サムの出産に立ち会った者だけに限定されております」

 「えっ? じゃあロゼはそのサム君とライの出産に立ち会ってたの?」

 「いいえ、私は生まれたばかりの2人の元へ駆けつけるお父様に内緒でくっついて行ったの」

 「当時のロゼッタ様はとても行動的でしたからなぁ」

 「そこには生まれたばかりの2人と、ハロルドさんとステラさんとエリック先生が居たのよ」

 「お父さんもその場に居たの? 何で?」

 「私がエリック殿も呼び寄せたのです。出産の際、エリック殿は城ではなく町の屋敷にご在宅でしたから、陛下よりも先に到着したのですよ」


 国王陛下と宮廷魔導士長を呼び寄せた?

 それは一体どういうことだろう。

 幾ら親友だからと言って、子供の出産に国王陛下を呼びつけるなんて尋常じゃないぞ。


 「髪と目が青く光り輝いていたの」


 ロゼが当時を思い出してそう告げた。

 しかしどういう意味だ?

 髪と目が青く光り輝いていた?


 「思い出した。サムの髪と目は青く光り輝いていた。その場に居た全員が大騒ぎしていた」

 「ええその通り。サムは生まれながらに青く光り輝く髪と目を持っていました。それ故にあの子はまだ赤ん坊の時分に青龍の国へと養子に出されたのです」

 「ちょっと待てくれハロルドおじさん! それはつまり……」


 ロックが慌てて口を出す。

 俺も、俺以外の全員も答えが分かって驚いていた。


 「そう、私達の子供であり、ロックウェル家の次男であるサムは『氷の勇者』として生を受けたのです」



 俺の弟は『氷の勇者』

 初めて聞かされるその話に、俺達は絶句したのであった。

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