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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第二章 修業編
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第二十二話 指導教官ナイン

2017/07/14 本文を細かく訂正

 「んじゃ次の問題な~」


 俺の書いた問題に子供達が挑戦を開始した。

 子供達は皆「あーでもないこーでもない」と頭を捻っている。


 俺は孤児院の一室で子供達に勉強を教えている。

 教えているのだが、世界が違っても子供が勉強嫌いだという事に変わりはない。

 幾ら勉強しておけば、将来役に立つと言った所で実感なんて出来ないのだ。

 だから俺は遊びを取り入れて教えている。

 こうすればこいつらは勝手に考えて頭を使う。

 勉強は無理やりやらせた所で意味など無いのだ。

 自発的に『勉強したい』『考えたい』と思わせる事が重要なのである。



 俺が教えているのは、基本的な文字と数字の読み書き、簡単な計算と自分達の名前の書き方。

 後は精々この国と世界の歴史位だ。

 専門的な知識を教えても学び始めて一年では無理だろうし、何より俺自身よく分かっていないのだ。

 この世界は地球とは違い、魔力があり、魔法があり、経験値があり、レベルがある。

 つまり物理法則も化学反応も変わってくる上に、この世界の住民達にも分かっていないことが多すぎるのだ。

 だから当たり障りの無い知識だけを教えている。

 これだけ知っているだけでも、スタートダッシュに差が付くものだ。



 季節は既に秋、薬局での修行も順調に進み、夏の初めからは簡単な調合を任せて貰えるようになった。

 何でも俺とロゼは手際も物覚えも良い為、通常よりも早めて薬師としての経験を積ませる事にしたらしい。

 そろそろポーションの調合も始められるそうなので、ちょっとワクワクしている。


 そして孤児院に関わるようになって大分経つが、意外と面白くて時間が許す限りロゼと共に通っている。

 今日も久々の休日なのに朝から孤児院に入り浸りだ。

 名前を貸すだけの筈だったのに、今ではすっかり『園長先生』と『副園長』として周囲に認知されてしまっている。


 元々俺もロゼも弟が居たので、小さい子の扱いには慣れていたのだ。

 そしてこいつらは俺達を『園長先生』と『兄ちゃん』と慕ってくれている。

 やる気が出ない訳が無いのである。

 ――ロゼが『園長先生』なのに、俺が『兄ちゃん』呼ばわりなのはどうかと思うのだが。

 幾ら言っても『副園長先生』とは呼んでくれないのだ。

 今まで園長先生が一人だけだった弊害がこんな所に出てしまっている。


 「いえ、恐らくナイト様が『副園長先生』と言うよりも『兄ちゃん』というイメージだと子供達が認識しているのが原因だと思いますが……」


 護衛部隊も、町の兵士も揃ってそんなことを言うが、そんな事はありえない。

 それでは俺に威厳が無いみたいではないか。

 仮にも30年分の前世の知識があるのだから、こうオーラみたいな物が溢れ出ていても良い筈なのだ。

 30年間生きていたとて、一般人の30年ではオーラは身に付かないだろうというツッコミは誰もしてくれないのであった。



 「兄ちゃん出来たよ~!」

 「え~うそ~」

 「全然分かんないよ~」

 「難しい」


 子供達が俺の周りに集まりワチャワチャしている。

 一番に持って来たのはやはりキング少年だ。

 ちなみに問題は正解だった。

 流石に年長者だけはある。

 いや、認めよう。

 この少年、かなり優秀な部類に入るのである。

 これだけ優秀なら何処に修行に出しても大丈夫だろう。

 俺は生徒の成長を実感し、とても誇らしい気持ちになった。



 昼になった。

 今日のお昼ご飯は、天気が良いので外で作ることになった。

 俺とロゼが市場で買ってきた食料でバーベキューだ。

 肉を焼くいい匂いが孤児院の庭を満たしていく。


 冬にあれだけ荒れ果てていた孤児院は、随分とキレイになっていた。

 雑草は刈り取られ、穴が空いた壁は塞がれ、売り払われた備品は買い戻され、子供達の服も靴も下着も清潔な物に交換されている。

 既に冬を越す準備も始まっており、全員分の冬用の衣類も揃えられ、保存食も少しずつ揃え始めている。

 しかし毛布だけはそのままだ。

 子供達が『優しい兵士さんがくれた毛布だから』と言って、去年差し入れてくれた毛布を手放そうとしなかったのだ。

 だから俺は、孤児院の経費を使って、兵士の詰め所に新品の毛布を送っておいた。

 兵士達は号泣していたらしい。

 彼らは定期的に孤児院を訪れては、力仕事を率先して行ってくれている。

 それを見た子供達の中には『将来は兵士さんになりたい』と言っている子もいる。

 兵士達の涙に終わりは無いようである。



 俺は子供達が肉ばかり食べないようにと見回りながら野菜を子供達の皿へと載せていく。

 その度に子供達から不満が出るが心を鬼にして野菜を食わせている。

 野菜好きの子も中に居るが、基本的にみんな肉好きだ。

 そもそも孤児院では肉は余り食べられないので仕方がない。

 この世界でも基本的に肉は野菜よりも高級品なのだ。


 そんな中、一番端っこのバーベキュー台の上で、子供達が見覚えのない物を焼いて食べているのを見つけた。

 良く見ればそれはキノコであった。

 しかし俺はキノコなど買っていなかった筈だ。

 俺はその出所を子供達に聞いた。


 「町の裏手の森に生えているんだよ」

 「森の中? お前らまだあそこに行ってんのか?」

 「うん! この時期になると美味しいキノコが取れるんだ!」

 「兄ちゃんも食べなよ」

 「んじゃ一つ。……マジで旨いなこれ」

 「「でしょ~!」」


 いや本当に何だろうこれは。

 特に何も付けていないのに焼いただけで旨い。

 流石は異世界、キノコすらも地球とは異なっているという事か。

 と、俺はここで思いついた。

 キノコといえば、前世の日本では個人でも栽培が可能だった筈だ。

 俺はこのキノコをもっと食べたいと思った。

 そして危険な森の中に子供達を行かせるべきでは無いと思った。

 食欲が先なのはどうかと思うが、俺は子供達に案内をして貰い、森の中でキノコを獲得。

 孤児院に持って帰って、敷地内に残っていた倉庫の一つで栽培を開始したのだった。


 もっとも収穫できるのは早くても来年だ。

 俺は子供達にここは進入禁止だと告げて、薬局のロックウェルへと戻ったのだった。


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 冬になる頃、俺とロゼはナインからポーションの作り方を教わった。

 異世界と言えばポーション。

 ポーションと言えば異世界と言っても過言ではない程のメジャーな薬。

 そして前世の地球では再現できていなかった魔法薬。

 それがポーションである。


 それは万能の回復薬。

 振り掛けても良し、飲んでも良し。

 それだけで傷も怪我も立ち所に治っていく。

 効果の高いハイポーションは重症患者の命すら繋ぎ止め、伝説のエクスポーションに至っては、失われた四肢を取り戻し、死亡一歩手前の怪我からも回復すると言われている。

 もっとも、エクスポーションの作り手は現在では存在せず、レシピも残ってはいないので、ハイポーションが現時点では最高の薬だと言われている。


 そのポーションの作り方だが、材料自体はありふれた物だ。

 『綺麗な水』『薬草を磨り潰した粉』『魔石少々』そして『入れ物の瓶』

 これだけあれば誰でも作れる。

 作れるが、作り手の技量によって効果に違いが現れるので、結局は薬師が主に作る事になっている。

 ただ、その作り方を聞いた時、俺はこう考えた。

 『要するに必要な分量さえ分かれば良いのだから、計量カップとか計量スプーンを使えば済む話なのではないか』と。



 俺はナインに作り方を教えて貰ってから、何とか自力で並の効果のあるポーションを作ることに成功した。

 そしてその分量をメモしておき、金物市場に出向いて、丁度良い容量のカップとスプーンを購入。

 更に魔石の重さを測るための秤を購入した。

 これを使って作成した結果、全く同じ効果のポーションを作ることに成功した。



 そして俺はその事をジャックとナインに説明し、この店で一番の作り手であるナインにポーション作成の分量を教えて貰い、それに対応したカップとスプーンを購入。

 それを使ってポーションを作ってみると、ナインが作る物と寸分違わぬ品質のポーションを作ることが出来た。

 お陰で『薬局のロックウェル』には高品質のポーションが大量に並ぶこととなり、『薬局のロックウェル』の売上に貢献したのであった。


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--sideナイン--


 私の名前はナイン。

 『薬局のロックウェル』で働いている従業員の一人さ。

 これでも昔はモンスターハンターとして名を馳せた事もあったけど、その後は花嫁修業の為にロックウェル家のお屋敷でメイドとして働き、結婚して退職。

 今は子育ても落ち着いたので、この店に就職してバリバリ働いているキャリアウーマンって奴なのさ。


 そんな私の職場に、ナイト様とロゼッタ王女が修行に来てそろそろ2年が過ぎようとしている。

 私はお二人の教育係に任命されちまった。

 理由は簡単、昔ロックウェル家に仕えていた時に、ナイト様が呪い殺された場面に居合わせた一人だったからさ。

 あの時はびっくりしたもんだけど、同時に納得もしていた。

 魔族と戦って無事に済むなんてありえない話だったからね。

 でもその後の復活劇には驚いたものさ。

 今でもあの幻想的な場面は思い出すことが出来る。

 ネックレスが光り輝いたかと思ったら、ナイト様の中に光が入り込んで、殺された赤ん坊が蘇ったんだ。

 「ああ奇跡ってのは本当にあるんだねぇ」と実感したもんさね。


 あれから10年、そのナイト様がアタシの職場に修行に来られた。

 隣には婚約者のロゼッタ王女も一緒だ。

 王族と貴族、どちらも雲の上の存在だけど、今はアタシの生徒であることに変わりはない。

 変に遠慮して、腕の悪い薬師になったりしたら目も当てられないからね。

 アタシは敢えて厳しくお二人を指導することに決めたのさ。


 でも、しばらくすると、そんな必要は無いことが分かった。

 何故ならお二人共、滅茶苦茶優秀だったからだ。

 普通、この位の年頃の子供が修行に来ても集中力が続かなくて、まともに働けないもんだ。

 それなのにお二人は文句も言わずに黙々と雑用をこなしている。

 流石は元は勇者の供として修行を受けていた方達だ。

 そこらの子供達とは明らかにモノが違う。

 

 特にナイト様は一つ一つの作業工程がとても丁寧で、それは薬の出来にまで作用しているくらいだ。

 下手をするとここで長年働いている従業員よりも手際が良いかもしれない。

 ロゼッタ王女は最初こそまごついていたけど、途中「子供の熱が下がらない」と怒鳴り込んできたお客に処方された薬に自分か関わっていると知ってからは、熱心に作業をするようになった。


 アタシに言わせるとあれはロゼッタ王女の責任じゃなくて、作った奴の責任だ。

 そもそも薬師であるならば、自分の作った薬がどの程度効くのかは分かる筈なんだ。

 あの薬は効果が薄かった。

 薄かったけど、王女様が関わったから捨てられなかった。

 捨てられなかったから販売した。

 そして当たり前のように薄い効果しか出なかった。

 結果お客が怒鳴り込んできた。

 調査の結果そういう事実が判明した。


 薬を作成した責任者に罰を与えようという話もあったけど、気持ちも分かるということでその一件はお流れになった。

 そして店長であるジャック様が直々に「王族の方が作成したものであっても、効果の薄い薬は今後店では販売しません」と宣言してくれた。

 それからロゼッタ王女が関わった薬であろうとも、効果が薄いものは廃棄されるようになった。

 でもその数は段々と減少していった。

 ロゼッタ王女の腕が急成長していったからだ。



 お二人は流石は元勇者の供候補と言うべきか、普通の見習いとは明らかに違う行動をしていた。

 ある時は、襲い掛かってきた浮浪者や落伍者をぶっ飛ばし。

 またある時は悪徳孤児院の院長を追い詰め、子供達を救っていた。

 ロゼッタ王女はいつの間にか孤児院の園長になり、ナイト様は副園長になった。

 そしてボロボロに荒れ果てていた孤児院を再生し、今では子供達に勉強を教えている。

 そしてお二人の薬師としての腕は、見習いであるにも関わらず急成長していったのさ。


 そんなお二人にアタシはポーションの作り方を教えた。

 ポーションはありふれた材料だけで作れる薬だけど、その分量の見極めには経験が必要とされる薬だ。

 だけどナイト様もロゼッタ王女も少し時間を掛けただけで、並の効果のあるポーションを作れるようになった。

 ポーションはあらゆる怪我や傷に効果があり、飲めば失った血すらも回復する万能薬だ。

 その為、常に需要が途切れる事がないので、作り手は一人でも多い方が良い。

 春になれば、兵士もモンスターハンターも新人が続々と入ってきて、ガンガン怪我をするのでポーションの需要が高まる。

 アタシはこの冬の間に、出来るだけお二人にポーションを作らせるつもりだった。



 だが、ナイト様はそんなアタシの思惑を簡単に突破してきた。

 何とナイト様は今まで勘と手作業で行っていたポーションの作成を、メモに分量を記して、カップとスプーンと秤を用いて効率化を図ったのだ。

 アタシとジャック様はナイト様に呼び出されて、目の前でそれを見せられた。

 ナイト様はカップを使って同じ量の水を汲み、スプーンを使って薬草の粉末を掬い取り、もう一つのスプーンの柄でスプーンの上の粉を落として(擦り切りって言うらしい)スプーンに乗っている粉の量を同じにした。

 そして秤を使って使用する魔石の重さを計って、それらを用いてポーションを作成。

 結果全く同じ効果を持つポーションが一度に大量に並べられた。



 アタシもジャック様も驚いて声も出ない。

 ポーション作りってのは個人個人の手作業で、作り手によって効果が違うってのが当たり前だった。

 しかしこの方法なら、正しい分量さえ分かれば、誰でも同じ効果のあるポーションが大量に、しかも安く作る事が出来る。

 しかもこいつは他のありとあらゆる薬の作成に応用できる技術だ。

 アタシはそれに気づき、それによって救われる人の数に気づいて言葉も出なかった。


 だがナイト様はそれに飽き足らず、アタシの作るポーションの分量を聞いてきた。

 ナイト様の作るポーションよりも、アタシの作るポーションの方が効果が高いからだ。



 これがオリジナルの薬だったら作り方を人に教えることはしなかっただろう。

 それは試行錯誤の結果手に入れた自身の財産だからだ。


 しかしポーションは違う。

 薬師が作っている薬の内、代表的な薬はスキルによって手に入れたレシピの写しだ。

 『神から授かった薬のレシピを独占してはいけない』というのが、薬師としての常識だ。

 だから薬師は、薬の作り方を教えることを躊躇しない。

 教えた所で作り手の腕によって効果が異なるから何の問題もないのだ。


 しかしナイト様にこれを教えれば、恐らくこの店の全員がアタシと同じ効果のポーションを作れるようになってしまう。

 アタシは躊躇した。

 躊躇したが、結局は教えた。

 アタシが教えた時に被るリスクよりも、教えなかった時に被るリスクの方が大きいと考えたからだ。

 何しろナイト様は優秀だ。

 放っておいてもそう遠くない内に、効果の高い分量に辿り着くに決まっている。

 ならば先に教えておいた方が、『アタシから教わった』という実績が残るだろうと考えたからだ。

 人の為と言えないのが悲しいが、アタシにも生活がある。

 背に腹は代えられないのだ。

 


 それからしばらくして『薬局のロックウェル』には効果の高いポーションしか並ばなくなった。

 人々はこぞってうちの店で買い求め、他の薬局から苦情が出る事態にまで発展した。


 しばらく荒稼ぎした後、ジャック様とナイト様はこの方法を国に報告。

 国の方から各薬局に効果の高いポーションの作り方が広められた。

 そして同時に計量カップと計量スプーン、そしてポーションの分量を記したレシピが『薬局のロックウェル』から発売されることになった。


 何でも方法を公開するに当たって、代わりに計量器の独占販売権を認めて貰ったそうだ。

 今では他国への輸出品として、絶大な人気を誇る主力商品にもなっている。


 そしてそのレシピには『このポーションの分量は当店従業員であるナインが考案した』とでかでかと記してあった。

 勘弁して貰いたいよほんと。

 アタシはナイト様の底知れなさをこの件で確信したのさ。

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