第二十一話 ロゼッタ園長先生
2017/07/14 本文を細かく訂正
2017/08/18 本文を細かく訂正
あの日、孤児院に向かった俺達が見たのは、お腹を空かせて倒れていた30人もの孤児達の姿だった。
用意していた食料は食い尽くされ、彼らは幸せそうに眠りにつく。
しかし彼らの使っている布団は揃いも揃ってボロボロで、しかも冬だと言うのに、夏物であった。
唯一起きていたキング少年に話を聞くと、前の園長から今の園長に交代した際に、机やらベッドやら食器やらといった、『金に変えられる物』は軒並み処分されてしまったらしい。
今ここにある布団ですら、孤児達が町のゴミ捨て場を漁って、使えそうな物を持って来て使っている物なのだそうだ。
ちなみに毛布も何枚かあったのだそうだが、それすらも先日園長先生に取り上げられてしまったそうだ。
そこまで説明してくれたキング少年も、お腹が一杯になった後の眠気には勝てずに寝てしまった。
そしてキング少年の説明を聞いていた兵士達は、兵士の詰め所に取って返し、宿直用として備え付けられている毛布を持って来て、子供達に掛けてあげていた。
そんな中、やけに熱心に子供達の面倒を見ている兵士が居た。
話を聞いてみると、彼は何とこの孤児院の出身者なのだという。
俺は彼に、孤児院とはこれ程に過酷な環境なのかと質問した。
「そんな訳がありません! 少なくとも私がお世話になっていた頃は、衣食住に不自由した経験は一度としてありませんでした」
「まぁそうだよな。仮にも国営の施設な訳だし」
「はい、私のように身寄りのない子供達でも何不自由なく育ててくれたこの孤児院は私の誇りだったのです。あの頃の仲間とは未だに交流があります。園長先生のお葬式には歴代の孤児院出身者が勢揃いし、揃って涙を流したものです」
「そういえば園長先生が変わったって言っていたな。いつの事だ?」
「およそ半年前ですね。丁度ロック王子がスキル授与の儀式を行う前辺りの事です」
キング少年の話していた内容とも一致する。
恐らく今の園長は、この孤児院の園長に交代するなり私腹を肥やそうとあの手この手を使ったのだろう。
それから半年、優しかった園長先生の代わりに悪魔が来た孤児達は地獄を見たということか。
俺が薬局で修行している最中に、この町でこんな事が起きていようとは、想像もしていなかった。
そんなことを考えていると、孤児院の奥へと向かっていたエースとエイト兵士長が現れた。
彼らは一言「証拠は上がりました」とだけ告げて、孤児院の外へと向かって行く。
2人は血走った目をしており、拳は固く握られている。
どうやら相当頭にきているらしい。
一体どんな証拠を見つけたのやら。
結局俺達は後の事を兵士達に任せて、店に帰ることにした。
そして翌日には、孤児院の園長が運営費の私的流用、子供達への虐待、そして王族への侮辱罪で捕まったという噂が流れて来たのであった。
俺は今回の事件はこれで終了だと思っていた。
悪徳園長は捕まり、孤児達は開放。
彼らにはこれから輝かしい未来が待っている。
そう思っていた。
思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
世の中というのは結構面倒臭く出来ているからだ。
「次の園長が見つからない?」
事件から3日後、『薬局のロックウェル』にエースとエイト兵士長が訪れ、その後の顛末を説明してくれた。
園長は捕まり、孤児院は開放された。
ここまでは予想通りだ。
しかし次の園長が見つからないという事態になっており、困っているという話であった。
「いや、見つからないってどういう事です?
国の機関なのだから国の役人とかがやるもんじゃないのか?」
「確認してみたのですが、孤児院の園長というのはかなり特殊な職種として位置づけられておりまして、普通の役人達からするとハードルが高い様なのです」
「ハードルが高い?」
「はい、仕事の性質上、1日の大半を孤児院の中で過ごすことになりますし、仕事の内容は30人にも及ぶ孤児達の相手です。たった一人が担うには相当労力を使う仕事内容なのですよ」
「そう言えば、キング少年もあの兵士も園長先生以外の大人については言及して居ませんでしたね。えっ? まさか今までも園長先生が1人で全てをこなしていたのですか?」
「はい、先代の園長先生は有能で人格者でかつ仕事熱心という出来すぎな人だったとの事で。何だかんだでその人一人に丸投げしていたようなのです」
「あ~成程。その人が亡くなって、後任が馬鹿やっても誰一人気づかなかったと、そういう事ですか」
「そういう事です」
いくら優秀だからと言って全てを一人に任せるとこういう弊害が発生する。
そもそも勇者ですら仲間が居るのが当たり前となっているのだ。
孤児院の園長先生にだって支えてくれるスタッフが必要だったのだろう。
「ならば体制を変えてサポートしてくれるスタッフを増やしてしまえば済む話ですね。ようは1人が全てを背負い込まないようにするシステムにすれば良いのですから」
「全く仰るとおりでございます。しかしそれにも問題がありまして……」
エース曰く、何でも国の機関の体制というのはそう簡単に変える事は出来ない様になっているらしい。
変えるためには各部署との話し合いや根回しが必要であり、しかも変える季節は毎年春と決められているのだそうだ。
毎年春に新体制を整え、一年の計画を立てて、国を回す。
これがこの国の方針なのだという。
「そういう訳で、現時点では孤児院の体制を変えることは出来ないのです」
「いや、でも緊急事態じゃないですか」
「ナイト様、一度でも前例を作ってしまうと、後に続く状況を生み出す結果になってしまうのです。ですからこの冬は園長先生が1人という体制は維持しなければなりません」
「そして園長1人という状況では立候補者が居ないと」
「その通りです。ちなみに不正をしていた園長は、『不正目的で園長になった』のだそうです」
「それはまた何と言うか酷い話ですね」
まともな人が携わるにはハードルが高く、やりたいと思った人物は不正目的だったではどうしようもない。
しかし園長が居なければ……いや待てよ?
「それならわざわざ園長を選ばなくても、園長無しでこの冬を過ごせば良いんじゃないですか?」
「いえそれが、『責任者が居なければ運営費を支払うことは出来ない』と規定されているのだそうです。逮捕された園長を任命したのは国の責任ですから、追加で補助金は出るらしいのですが、責任者としてどうしても『園長先生』が必要になってくるのです」
「話は分かりました。それで俺達にどうしろというのですか?」
「単刀直入に申し上げます。ロゼッタ王女に孤児院の園長先生になって頂きたいのです」
「は?」「えっ?」
俺は驚いてロゼの方を見る。
ロゼは同席はしていたものの、まさか自分に話が振られるとは思っていなかったようで目を白黒させていた。
「ロゼッタ王女は王族です。そして王族には『正式な手続きを踏めば性別・年齢を問わず公的機関の責任者になる権利』があるのです。どうかあの子達を助けるために孤児院の園長先生になって頂けないでしょうか」
「私何の手続きもしていないけど?」
「いいえ、『ナイト様とロゼッタ王女が襲われて、お二人が原因究明をした』結果、悪徳園長は逮捕され、孤児院は救われたのです。これによりロゼッタ王女には孤児院の運営に介入する権利が発生しております」
「でも私、孤児院の園長なんて出来ないですよ」
「それも問題ありません。『王族が公的機関の責任者になる場合は、護衛や補助の為の人員を必要数揃える権利が存在する』という規定があるからです」
「これは元々責任者として名前だけを残して、仕事を部下に任せている王族の方々の為の制度でしたが、これを使えば我々が孤児院の運営に関わる権利を得られます。ロゼッタ王女は孤児院にたまに顔を出してくれさえすれば、後はおまかせに出来ますのでお手数はお掛けしません」
「というか、他の役人とか、王族では駄目なのですか?」
「他の役人の方達は、既に就いている仕事と兼業になってしまう上、サポートが春までは受けられません。王族の方々については皆様何らかの役職に着いておられます。1人役職無しの方も居られますが、その方に頼むのは不可能かと」
「誰ですかそれは?」
「……王弟殿下です」
「あ~……成程」
それは厳しいだろう。
王弟殿下はとにかく『駄目人間』として有名だ。
仮に園長になった所でまともに経営出来るとも思えないどころか、下手をすれば状況が更に悪くなる可能性すらある。
つまり残された選択肢はロゼが園長先生になるしかないという事か。
「……分かりました。春までで良いのでしたら園長になりましょう」
「おおっ! 本当ですか! ありがとうございます」
「でも私には薬師の修行もありますので、修行中は孤児院には行けませんよ」
「大丈夫です。ロゼッタ王女がおられない間は、我々が交代で子供達の面倒を見ますので」
そういう訳でロゼは孤児院の園長になった。
ちなみに俺は副園長として任命されたのであった。
そしてそのお陰で、孤児院の子供達は全員無事に冬を越すことが出来た。
この報告を聞いた国王陛下は、娘の急成長に涙が止まらなかったとか。
そんな噂が流れて来ていたのであった。
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春になった。
俺達が『薬局のロックウェル』で働き始めて一年が経過したことになる。
厳しかった冬を超え、大地には草花が咲き誇っている。
そしてそれは孤児院も例外ではなく、広い庭には沢山の雑草が伸びて来ていた。
「という訳で、今日は草取りだ! 全員気合を入れろー!」
「「おー!!」」
「終わったらお昼ご飯にするからね。みんな怪我に気をつけて頑張ってね」
「「は~い!!」」
ロゼが孤児院の園長になってからというもの、俺とロゼはちょくちょく孤児院に顔を出して、子供達の面倒を見ている。
春になっても孤児院に来ているのは、ロゼの任期が伸びたからだ。
何でも「予想以上にロゼッタ王女の園長先生が上手く行っているので、成人して嫁に行くまではこの体制で行こうと思う」という話になってしまったらしい。
子供達は大歓迎だ。
皆この冬の間にロゼに懐いてしまったのである。
俺達が居ない時は薬局の従業員や兵士達が交代で孤児達の面倒を見てくれており、俺達は基本的にこいつらの遊び相手だ。
しかし遊んでばかりもいられない。
何故なら10歳になった子供は孤児院を出て、俺やロゼの様に店に住み込みで働くことになるからだ。
ちなみに今年度で孤児院を出て行く予定の子供はいないが、来年の春には1人出て行く子供がいる。
その子供の名はキング。
ライよりも小さいと思っていた彼は何とライと同じ年だったのだ。
どうやら栄養が足りていなかったのが原因で、ライよりも体が小さくなっていたらしい。
そのキング少年も最近ではもりもり食べるようになり、どんどん体が大きくなっていた。
9歳児としては小柄だが、その内平均値まで追い付くことだろう。
ここ最近、世間では朱雀の国で火の勇者が勇者としての活動を始めるという話で持ちきりだ。
彼には光の勇者が大活躍している朱雀の国に舞い降りた新たなる勇者として、各国の期待が集まっている。
現在2人の勇者が活動している国は朱雀の国だけだ。
光の勇者だけでも魔族の軍に対して優勢だったのだ。
このままなら朱雀の国は他国に先駆けて平和になるのではないかと期待されている。
だから人も物も朱雀の国へと流れている。
これはチャンスだ。
この流れを物にし、朱雀の国との間にパイプが出来れば玄武の国も潤うだろう。
よってそのような状況下でも活躍できる即戦力を各店は求めているのだ。
俺は話の流れとは言え孤児院の副園長を任された人間だ。
よって俺にはここの子供達を立派に教育して世の中に送り出す義務がある。
俺は手始めにキング少年の一年間の育成計画を考えることにしたのであった。
この俺の行動が、この世界における新たな学校制度の始まりとされている。
しかし当時の俺はその事に全く気づかずに、呑気に勉強計画を立てていたのであった。




