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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第二章 修業編
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第二十話 取り調べ

2017/07/14 本文を細かく訂正

2017/08/18 本文を細かく訂正

 この国には警察という組織は存在しない。

 正確に言うと、この世界の何処にも存在していない。

 他国から国を守るのも、魔族から国を守るのも、モンスターを退治するのも、犯罪者を取り締まるのも全てが兵士の仕事なのである。


 兵士と一口に言っても様々な種類の兵士がいる。

 魔族と戦えるほどの屈強な兵士。

 モンスター退治が得意な兵士。

 対人戦を得意とする兵士。

 血を見るのが怖い兵士。


 様々な兵士達が軍には所属しており、上官達は彼らの特性を見極めて、最適な仕事場へ配属するのである。


 タートルの町の兵士の詰め所。

 そこには町の犯罪者の取締りを専門とする兵士達が配属されているのである。



 俺はロゼと護衛の彼と襲ってきた子供と一緒に町の兵士の詰め所を訪れた。

 ちなみに護衛の彼はエースという名前で、何とナインの実の弟だという。

 先ほど店に帰った時にその事を説明され、ナインから『弟を宜しくお願いします』と頭を下げられてしまった。

 どう考えても俺達の方が世話になっていたので、その場は頷いておいて、ここに来る途中でエース本人に礼を言っておいた。

 エースは一言「仕事ですから」とぶっきらぼうに告げていた。

 しかしその横顔は嬉しそうだ。

 やはり礼を言うことは重要なのだなと確信したのであった。


 俺達に襲い掛かった子供はエースに担がれて眠ったままだ。

 仕方がないのでそのまま詰め所の中に入り、責任者を呼んで貰う。

 詰め所で俺達に対応した若い兵士はぬぼ~としていたが、彼が奥に消えると途端に詰め所内が騒がしくなり、一際立派な隊服を着た兵士が俺達の前に登場した。



 「お待たせ致しました! 当詰め所の責任者を務めております兵士長のエイトと申します!ロゼッタ王女とナイト様に於かれましては……」

 「いやいや、兵士長殿。俺達は屋敷も城も出た身ですから。余り畏まらないで下さい」

 「はっ!肝に銘じる事と致します!」

 「あ~いや、まぁいいや。それでですね、俺達は買い物の帰りに襲われたのですが……」

 「はっ! お二人の武勇伝はこの詰め所内にも轟いております」

 「武勇伝?」

 「はっ! お二人が定期的に町の犯罪者を仕留めてくれているおかげで、町の治安が少しずつ回復しているという事は、この街に住む兵士ならば誰もが知っている事であります!」

 「そんな事になっていたのか……」


 俺は驚いてエースの方を見る。

 エースは頷くと担いでいた子供を兵士長の前に差し出した。

 ――いやいや、そういうつもりで見つめた訳じゃないから!

 しかし俺の考えなど置き去りにして話は進んで行くのであった。


 「この子供は?」

 「この子供が先程ナイト様達に襲い掛かった襲撃者だ。済まないがいつもの様に尋問を頼む」

 「それは勿論そのつもりですが、どうしてナイト様とロゼッタ王女がこちらに居られるのですかな?」

 「お二人が子供に襲われるのは今回が初めてなのでな。何か事情があるのならそれを聞きたいと申されたのだ」

 「左様でございますか。ナイト様、ロゼッタ王女、私達は街の治安を守る兵士として例え子供であっても手を抜くことは出来ないのですが……」

 「ええ、勿論その事は分かっています。でもこんな小さな子供が襲い掛かって来るなんてよっぽどでしょう。俺はその理由が知りたいのですよ」

 「流石はハロルド副将軍のご子息ですな。分かりました、尋問への同席を許可致します」

 「ありがとうございます、エイト兵士長」



 そういう訳で、俺達は詰め所の奥にある『尋問室』へと移動した。

 尋問室は狭い四角形の部屋だ。

 室内には椅子とテーブルしかない上に、壁は灰色一色。

 小さな窓が一つあり、入り口は詰め所へと繋がる扉のみ。

 つまり前世の地球で見知っている『警察の取調室』そのままの作りをしていた。



 俺達は特別に尋問室に椅子を入れて貰い、それに腰掛ける。

 エイト兵士長とその部下が子供を椅子に座らせ、部下の人が子供に何かを飲ませた。

 すると子供は途端に跳ね起き、床に転がってゲホゲホとむせている。


 「軽い気付け薬ですよ。苦いだけで体に害はありません」


 兵士長は軽い調子でそう言った。

 流石は異世界だ、日本で犯罪者にこんな事をしたら下手すれば懲戒免職である。

 子供はしばらくすると落ち着いたのか立ち上がり、周りをキョロキョロと見回す。

 そして自分が狭い部屋の中で大人達に囲まれている事に気づいてその身を震わせた。


 「さて、少年。私の名はエイト、この詰め所で兵士長をしている者だ。

  まずは君の名前を教えて貰えるかね?」

 「ひっ! えっと僕は……きっキングって言います」

 「ほう、立派な名前だな」

 「はっはい! 前の園長先生が名付けてくれたんです!」

 「園長先生? つまり君は孤児院の子供なのかね?」

 「あっ! いえ違います! 僕はタートル孤児院のリーダーなんかじゃありません!」

 「タートル孤児院のリーダーをしているキング少年か、宜しく頼むよ」

 「なっ何でその事を知ってるのですか!?」

 「さあて、何でだろうねぇ」


 俺は襲われた被害者にも関わらず、キング少年が可愛そうになってきた。

 目覚めたら、周囲は知らない大人達。

 狭い部屋の中で一人きりで一方的に質問をされ続ける。

 これではまともに判断が出来なくて当然だ。

 キング少年は自分が話した内容も良く覚えていないようである。



 「さて君には強盗傷害事件の容疑が掛かっているのだが、心当たりはあるかね?」

 「えっと、ごーとーしょーがいですか?」

 「人に襲い掛かって持っている物を奪い、怪我をさせると言う事だよ」

 「そんな! 僕は怪我をさせるつもりなんてありません!

  ただ沢山あった食べ物を少しでも貰えたらそれで良かったんです!」

 「つまり君には食料を奪う明確な意志があったという訳だね?」

 「いっいえ、それは……そうなんですが。でも!」

 「君にも理由があったのだろうが、襲い掛かってしまった時点で君は犯罪者になったのだよ。つまり悪い事をしたのだ。自覚は有るかい?」

 「はい……あります」

 「ちなみにこれまで他の人から物を取ったことは?」

 「そんな事していません! 2日前から食べる物が無くなって……だから僕は……」


 グ~

 そんな時にタイミング良く、キング少年のお腹が鳴った。

 少年は顔を赤くして自分の腹を抑えている。

 どうやら2日前から食べ物が無くなったというのは事実らしい。


 「成程、初犯という訳か。ナイト様どうされます?」

 「えっ? 俺ですか?」

 「はい。前科があればそれに応じて処罰も致しますが、この子供は初犯の様ですし、犯罪行為自体も未然に防がれております。こういった場合、襲われた被害者、つまりナイト様達がこの子に罰を与えるか、見逃すかを決めることになっているのです」

 「ちなみにこの場合どのような罰なのですか?」

 「この子の犯した罪は『窃盗未遂』ですからな、10日程牢屋に入れられて、昼間は強制労働。その後神殿で再発防止の誓いを立てて釈放という流れですな」

 「そんな! 10日も留守にしたら、お腹が減って動けなくなります!」

 「安心しなさい、牢屋の中には家族からの差し入れも認められているからね」

 「今の園長先生は僕達にご飯なんてくれないんです! お願いです!牢屋には入れないで下さい! 弟や妹達がお腹を空かして待っているんです!」

 「キング君、だからと言って犯罪に手を染めるのはですね……」

 「ちょっと待った」


 ――今聞き捨てならないことを言っていたぞ。

 キング少年は何と言っていた?

 「今の園長先生は僕達にご飯なんてくれない」と言っていなかったか?



 俺がその事を指摘すると、その場の全員がハッと顔色を変える。

 キング少年はモジモジしている。

 自分が何かおかしな事をしてしまったのではないのか、とでも思っているのだろう。

 俺はキング少年に話し掛けた。


 「少年、俺の事を覚えているかい?」

 「はい、僕が襲い掛かったお兄さんですね。ごめんなさいです」

 「まぁそれは良いとしてだ、君は孤児院に住んでいるんだろう?

  園長先生はご飯を食べさせてくれないのかい?」

 「……はい。ロック王子が勇者になった時の式典でお金を使ったから、孤児院にはお金が回って来なくなったって言っていました」

 「……へぇ驚いたな。園長先生がそう言っていたのかい?」

 「はい」

 「ロック王子が勇者になったのはもう半年も前の話だろう?

  これまで君達はどうやって食べていたんだい?」

 「えっと、町の裏手の森の中で食べられる草を取ったり、樹の実を拾ったり、食堂の残りを分けて貰ったりしていました」

 「……そうか、それは大変だったね」

 「いえ、皆さん良い人達でしたから。

  でも冬を越すための食料は自分達で集めないといけないから。だから……」

 「だから俺を襲ったと」

 「はい、ごめんなさい。あの!僕は犯罪者になっても良いので、どうか弟や妹達に食料を恵んでは貰えないでしょうか! お腹を空かして、皆泣いているんです! お願いします!」


 そう言ってキング少年は俺に頭を下げて来た。

 俺は尋問室の中にいる人達の顔を見回す。

 ロゼは驚いた顔をしている。

 エイト兵士長と部下の人は苦り切った顔をしている。

 そしてエースはとても怒った顔をしていた。


 どうやら状況を正確に把握しているのはエースだけのようだ。

 俺はエースに話し掛けた。


 「なぁエース、俺の記憶が正しければ孤児院は国が直接管理していたよな?」

 「その通りですナイト様」

 「それでその予算は毎年きちんと確保されている筈だよな?」

 「勿論です」

 「その予算を式典の費用に当てたりすることは?」

 「ある訳がありません」

 「つまりどういう事だと思う?」

 「ナイト様がお考えの通りかと存じ上げます」

 「そうか……では兵士としてこの事態にどう対処する?」

 「本来はキチンと裏を取ってから踏み込むのですが……」

 「その時間は無いよな。孤児院の子供達が餓死してしまう」

 「そうですね。調査という物はどうしても時間が掛かってしまいますから」

 「どうするのが一番良いと思う?」

 「そうですね……食料の差し入れをしてみては如何でしょうか?」

 「それでは一時しのぎにしかならないだろう?」

 「そうでもありません。差し入れの際には私達もお手伝い致しますから」

 「そうか、それは助かるな。……人手は足りるかな?」

 「不安でしたらエイト兵士長殿や姉やジャック殿に助太刀をお願いしては如何でしょう? 皆様喜んで協力してくれると思いますよ」

 「そうだな、そうしよう。いや~楽しみだなぁ」

 「そうですね、ふふふっ」

 「はははははっ」

 「はっはっはっ!」

 「はっはっはっ!」



 俺とエースは尋問室の中でひとしきり笑いあった。

 周りは俺達を不気味ものを見る目で見つめている。

 ――済まない、でも笑わせてくれ。

 そうでないと、怒り狂って暴れ出しそうなんだ。




 その後、俺達はエイト兵士長に何が起こっているのかを説明し、協力を要請。

 一度店に帰って、ジャックやナインに手伝いを頼み込むとあっさりとOKが出た。

 俺達は薬局のロックウェルの食堂で食事を作って貰い、それを持って孤児院へと向かった。


 孤児院は長い間手入れがされておらず荒れ果てており、中ではキング少年よりも幼い子供達がお腹を空かして倒れ込んでいた。

 俺やロゼやナインは子供達を集めて食事を振る舞ってやる。

 子供達は最初は警戒していたが、キング少年が率先して食べ始めると、先を争って食べ出した。


 その間にエースとエイト兵士長は園長室へと向かったが、園長室には鍵が掛けられており、園長は留守であった。

 エースは扉をぶち破って園長室に突入。

 園長室内にあった、孤児院の運営費の内訳を確認し、園長の運営費の私的流用が明らかにされた。


 その後、エイト兵士長指揮の元、孤児院の園長の捜索が開始され、タートルの町の歓楽街で酔っ払っている所を確保。

 孤児院の運営費の私的流用、孤児院の子供達への虐待、そして何よりもその理由をロック王子が勇者になるための式典費用だと偽っていたという罪で彼は捕まり、牢屋に叩き込まれる事となった。


 こうして孤児院の子供達は悪徳園長の魔の手から救われた。

 しかしこの問題には、まだ続きがあったのである。

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