第百六十八話 敗北すれども絶滅はせず
港の広場。
そこは港に隣接しているただの広い空き地である。
なんでもかつては移住者を募り町を作る予定があったらしいが、それほど島に渡ってくる者もいなかったため、長年に渡り放置されていたらしい。
そんなかつての夢の残骸に、島に渡ってきた大陸の生き残りのほとんどが集まっているのだから分からないものだ。
もちろん元から島に住んでいた者たちも含まれている。
大陸からの避難が終わる今日この日に合わせて、俺から彼らに宣言があるのだとあらかじめ通達されていたために、彼らはここに集まってきたのだ。
島に移り住んだ避難民たちの様子は様々である。
既に過去を振り切って新しい生活を始めている者もいれば、過去を引きずって暗い顔のままで過ごしている者もいる。
昔から島に住んでいた者と新たに移り住んできた者との摩擦も至るところで起きているという。
そんな彼らが一堂に会する光景は壮観であった。
2割を切る程にまで激減したとはいえ、それでも大陸全体の2割弱なのだ。
それは明らかにタートルの町の住民の数よりも多く、彼らは期待と失望をないまぜにした視線を俺に向けていた。
何だかんだで2割もの人間をなんとか島まで連れてきた功績と、勇者であるのに力を失い、8割もの人間を死なせてしまった失望が彼らの視線には宿っている。
俺はそんな彼らからの視線を一身に受けながら、臆することなく用意された壇上へと向かっていく。
見れば端にはライとハヤテとデンデの姿もあった。
片腕を失ったライはレベルを上げるために狂ったようにダンジョンに挑み続けており、それに付き合っているハヤテとデンデの2人は最近いつもボロボロだ。
そんな仲間の姿を視界の隅に捉えながら、俺は集まってくれた者たち全てに声が伝わるようにゆっくりと口を開いた。
「皆さん、知っての通り人類は大魔王に敗北しました」
俺の口から改めて人類の敗北を告げられて、彼らのまとう空気が一気に重くなっていく。
恨みがましい視線を向けてくる者もいるが、どうにもならなかったということは分かっているからか、文句を言う者は誰もいない。
「しかし俺たちはまだ絶滅したわけではありません」
俺を見る視線の中には、俺の身を案じてくれている視線も一定数混じっている。
無理もないかもしれない。俺の人相は激変し、未だ蛮族のような見た目のままなのだ。
口調も言われて気づいたが、いつの間にか『私』から『俺』に変わっていた。
直そうとは思っていない。俺はこの口調を気に入っているからだ。
『俺』とはナイトが使っていた自称である。
ナイトの自称を俺が使うことに、俺は嬉しさを覚えていた。
どれだけナイト頼りなのかとも思うが、使えるものは何でも使わねばどうにもならない現状、口調を真似ることで精神の安定が得られるのならば安いものである。
「幸いなことにこの島にはダンジョンがあります。俺とハヤテとデンデはこれから毎日のようにモンスターと戦い、経験値を獲得し、レベル100を目指します」
そんなことは彼らだって理解しているだろうが、改めて宣言しておく。
港の近くで発見されたモンスターは軒並み生きたまま捕獲され、俺の下へと連れてこられており、俺たちは兎にも角にもモンスターを倒しまくってレベルを上げ続けているのだ。
とは言え3人共攻撃力がないので、どうしても弱く経験値の低いモンスターしか倒すことができない。
エリック先生が開発した小手を使って倒すと、力を借りた兵士たちにも経験値が分配されしまうので、結果として一人あたりの取得経験値は少なくなってしまうのだ。
「目的は『勇者』の復活です。大きな目的としてはいずれ大魔王を倒し、大陸を奪還したいと考えております」
そんなことが出来るわけないだろ! という視線が俺に向かって投げかけられる。
『勇者』は独占され、有名な実力者のほとんどが死亡し、国は全て滅んだ。
逃げてきたばかりで何を夢物語を! と思われても仕方がない。実際これは夢物語なのだから。
だが夢でもなんでも、目的を示し、その道筋を示さなければ、この狭い世界は崩壊してしまうだろう。
ただでさえ、大陸から魔王が一体でも来れば全滅は免れないのだ。
なんとか彼らに希望を持たせて、共に戦ってもらわなければ。
「ですから皆さんにお願いがあります。戦える者も戦えない者も積極的にダンジョンへ潜りレベルを上げて、力をつけてください。そして俺たちと共に大魔王と戦ってもらいたいのです」
集まった者たちの中に動揺が走る。
戦えない者にもレベルアップをお願いする俺の言葉に彼らは拒否反応を示しているのだ。
「皆さんがそういう反応をすることは分かっていました。しかし難民キャンプが襲われた時を思い返してください。いざ戦いに巻き込まれてしまったら、レベルの低い者は即座に死んでしまうのです。しかしレベルが高ければ生き残る確率は高まります。この島も絶対の安全が確約されているわけではありません。全島民のレベルアップは必須事項なのです」
集まった者たちはざわざわとしている。
彼らだって現状は分かっているのだ。それでも戦いに巻き込まれたくないという思いを持っている者も多いのだろう。
これ程の状況に陥っているというのに、こんな態度を取れる彼らにある意味で感心してしまうが、仕方のないことなのかもしれない。
彼らは力弱く守られる存在だ。
そして彼らをそう仕向けてきたのは、我々歴代の権力者なのだから。
「幸いにしてこの島には闇の神殿が存在し、例え他の神を信仰していたとしてもスキルの更新が出来ることは分かっています。スキルの更新、これは俺の親友が残してくれた人類最後の希望です。今はまだ大魔王に立ち向かうことはできない。しかし貴方たちが立ち上がりさえすれば、未知なるスキルが現れて大魔王を倒し大陸を取り戻す力になるかもしれない。スキル『独占』の存在を俺たちは知らなかったのです。ならば大魔王を倒すことの出来るスキルが無いと誰が証明できるのか」
まぁスキルがあったところで、ステータスが高くなければ死ぬだけだし、スキルもステータスも高くても戦闘技術がなければあっさり倒されてしまう可能性があるのだが。
だがそれを敢えて言う必要はない。
重要なのは彼らに希望を持たせること。
希望さえあれば人は前に進める。
そして前に進まなくてはそれが正解かどうかも分からないのだ。
「皆さんがよくご存知の俺の親友はかつてたった1つのスキルしか授かりませんでした。しかしあいつは決して諦めず、努力を続け、最終的には大魔王を傷付け足止めするまでに至ったのです。
どうやってナイトが大魔王に怪我を負わせたのかは未だに分かっておりません。ですが前例は確実に存在しています。どれだけ皆さんが弱くてもナイト以下のスキル所持者は1人もいないはずです。
だから皆さんが強くなれることは間違いないのです。そしてそれは確実に大魔王にも届きます。皆さん、立ち上がってください! そして強くなってください! あなたの隣にいる人を、大切な人を守り抜けるのはあなたしかいないのですから!」
実際、俺は隣にいたナイトに助けてもらったのだ。
勇者を助けたのは、すぐ隣で諦めることなく努力を続けていた一般人だったのである。
ならば一般人である目の前の避難民たちが戦力にならないと誰が言える?
彼らは強くなることが出来るのだ。
ナイトのような怪物的な成長は無理かもしれないが、モンスターと戦える程度にまで成長できることは間違いない。
「共にモンスターを倒し、魔族を倒し、魔王を倒し、大魔王を倒しましょう! 大陸を再び俺たち人類の手に取り戻しましょう! かつてはそれは勇者の役目でした。しかしスキル『勇者』は大魔王に独占されてしまいました。しかし勇者の隣にいた一般人の刃は大魔王へと届いたのです。一般人である皆さんも刃を研ぎ続ければ、それは大魔王へと届くのです!
俺たちだけでは、残った勇者である俺とハヤテとデンデだけでは大魔王には届きません。ですが、この場の万を超える一般人が一緒ならばきっと大魔王にも刃は届くはずです。
立ち上がれ! 立ち向かえ! 諦めるな! 俺の親友がここにいたのなら、同じことを言ったはずです! 俺はナイトの親友です。ナイトが残した思いを胸に、俺と共に戦ってください!」
いつしか俺は涙を流しながら生き残った人類へと訴えかけていた。
彼らの目にもまた涙が浮かんでいる。
そして誰かが立ち上がり、拍手をすれば、それは瞬く間に広がりを見せて、彼らの顔には決意の炎が宿っていた。
こうして俺たちは大陸の奪還と大魔王の撃退を目標に掲げ、雌伏の日々を過ごすこととなる。
当然そこには語ることのできないほどの苦労があり、困難があり、そして喜びが存在していた。
あっという間の日々だった。
あっという間に10年もの時が経ってしまったのだ。
そうして俺とハヤテとデンデは遂にレベル100を超えて、3人揃って神殿前広場へとやって来た。
俺たちの新たな戦いの日々はその日から開始されることとなる。
第六章 人類敗北編 終了




