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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第二章 修業編
17/173

第十六話 薬局暮らし

2017/06/16 本文を細かく訂正

章で話を区切りました。九話までサブタイトルを入れ、本文を手直ししました。


2017/07/14 本文を細かく訂正

2017/08/18 本文を細かく訂正

 「おはようございます! これからこちらでお世話になるナイト=ロックウェルです! 宜しくお願い致します!」

 「同じく……お世話になります……ロゼッタ=A=タートル……です。

  宜しくお願い……します」


 俺達は揃って頭を下げる。

 そして頭を挙げた先には『信じられない』と言った感想が顔に張り付いているこの店の従業員達の姿があった。


 ここは『薬局のロックウェル』本店の1階、店舗の奥にある作業場である。

 俺とロゼはロックのスキル授与の儀式があった日に引っ越しを終え、翌日にはこの『薬局のロックウェル』で働き始めたのだ。

 俺は10歳でロゼは14歳。

 この世界では働いていても何も違和感の無い年齢である。


 そこでまず初めに挨拶をしたのだが、全員揃ってポカンとした顔をしている。

 どうやら本店の店長は俺達について何も説明していなかったらしい。


 俺はこの店の店長であり、つい先日まで屋敷で執事として働いていた『ジャック』の方を向いたのだった。


 「おいジャック、……じゃない店長。

  もしかして何も話していなかったのか? ……ですか?」

 「こちらの方が面白いかと思いましてね」

 「全員揃って呆気にとられているのだが?」

 「やれやれ、仮にもロックウェル家の従業員ともあろう者が。

  鍛錬が足りませんな」

 「これが普通の反応だと思うけどな」


 自分達が働いている職場に、雇い主の社長の息子と国の王女が働きに来たらそりゃあこうなるだろう。

 いや、俺はおまけか。

 どちらかと言うと、ロゼがここに居る方が衝撃だろうな。


 「私の同僚は王女様なの」


 なんて言ったら正気を疑われそうだ。



 そんな事を考えていると、数年前まで屋敷で働いていた元メイドであるナインが手を挙げて発言してきた。


 「ジャック様、あの……これは一体どういう事なのでしょうか?」

 「聞いた通りですよ。ナイト様とロゼッタ王女はこれからこの店で薬師としての修行を積むことになります。皆さんには先輩として2人の指導を宜しくお願い致します」

 「けっ経緯をお聞きしても宜しいでしょうか?」

 「勿論です。つまりですね……」



 当たり前といえば当たり前の疑問にジャックが答えていく。

 ロゼのスキルが3つだけというのは有名な話なので皆知っていた。

 しかし俺のスキルが1つだけだというのは初耳なので驚いていた。

 そして俺が屋敷を出て、ここで働く事になり、ロゼも同じくここで働くことになったのだと説明された。


 「ちなみにお二人のお住まいはこの店の2階の従業員用宿舎です。

  引越し作業も昨日の内に完了しております」

 「え? でも確か2階には夫婦用の部屋が一室しか空いていなかった筈ですが……」

 「はい、その部屋です。今回ロゼッタ様がお城から出て当店で働くに当たり、ナイト様と婚約致しました。よってお二人は夫婦として扱う事になりますので、夫婦用の部屋を割り当てました」

 「! ご婚約ですか! でもあの……何も聞いていないのですが!?」

 「はい、お城からの通達はしばらく経ってからになります。

  現在、玄武の国は国を挙げてロック王子のスキル授与の儀式を盛り上げている最中ですから、落ち着いてから発表する事になるかと思います」

 「あの……でもお二人はまだ大分お若いのでは?」

 「王族にしても貴族にしても、この位の年齢ならば婚約者の1人や2人居てもおかしくはありません。ちなみにナイト様は、宮廷魔道士長であるエリック様のご息女、エリザベータ様ともご婚約されております」

 「あのへんじ……変わった方ともですか!」

 「どちらもご両親の許可を得た正式な婚約です。

  ですからくれぐれも妙な気は起こさないようにして下さいね」

 「み、妙な気ですか?」

 「ナイト様はロックウェル家の長男。つまり将来的にはこの店のオーナーになってもおかしくないお方です。ですが玉の輿を狙っても無駄ということです。下手に近づくと、国を挙げて排除されますのでお気をつけて」

 「人を危険人物みたいに言わんで下さい!」

 「これは失礼しました。ですが、かつてこの店で働いたロックウェル家の人間が伴侶の座を狙われたという話もありますので」

 「そんな事があったのか……」


 俺達が働くことになった経緯を説明しただけなのに、先輩方が引きまくっている。

 こんなんで俺達は無事に働けるのだろうかと、不安になるスタートであった。


-----------------------------------


 1月後、俺達は無事に働くことが出来ていた。

 あれからしばらくして、俺がスキルが1つしか授かれなかったという事と、その理由についても国から正式に発表がなされた。

 そして俺とロゼとエルの婚約も発表された。


 発表前には国王陛下が直々に店に来店し、ロゼと俺の婚約届を作成した。

 ちなみにエルとの婚約届は既に作成してあったりする。

 エリック先生の決断は早かったのだ。

 陛下は満足気に婚約届を眺め、「娘を頼む」と言い残して店から出て行った。

 その際、従業員の皆さんは部屋の隅で呆然としていた。


 そして同時に俺とロゼが『薬局のロックウェル』で働いてることが町の住民に知れ渡ってしまった。


 俺にしてもロゼにしても、スキル授与という本人の意思ではどうしようもない事態に人生を狂わされた被害者だと、周りからは同情の視線が投げかけられたが、同時にそんな状況でも前を向いて働いている事には好意的な意見も出ていた。

 どうやら父さんが考えたように、事態は上手い具合に動いてくれたらしい。


 俺達の仕事は『薬局のロックウェル』1階奥の作業場での薬作りだ。

 この1月の間、俺はこの建物から一歩も出ずに生活をしていた。

 お陰で俺達の姿は外部には一切漏れず、噂を聞きつけて見に来た町の住民達も、奥まで押しかける訳にも行かない為、意外な程に落ち着いた生活が出来ていた。


 ここで働いているのはロックウェル家に雇われた正式な従業員達だ。

 『薬局のロックウェル』はその名の通り薬を売る薬局として玄武の国中に支店を持っている。

 特にここは本店で有るため、各支店から集められたエースが揃っており、全員口が固く、ロックウェル家に対する忠誠心も高い。

 最初はギクシャクしていた彼らも、俺達が本気で働きたいのだという事を理解すると、気持ちを切り替えてしっかりとした指導を行ってくれていた。



 この世界の薬作りは全てが手作業だ。

 薬の元になるのは、この世界特有の植物、鉱物、そして加工された魔石類である。

 材料こそ前の世界と較べて変わっているが、売っているのは風邪薬、解熱薬、腹痛薬、頭痛薬と全く変わらないラインナップである。

 ちなみにポーションも売っているが、メジャーな商品にも関わらず、繊細な調合が必要になるため、まだ作成には携われていない。

 「最低でも2年間は修行しないと駄目ですよ」とは指導教官であるナインの言葉だ。

 ポーションと言えば、ゲームの定番商品だ。

 2年後が楽しみである。


 ナインは結婚を期に屋敷のメイドを退職したが、子育てが落ち着いたので、この店に再就職したのだそうだ。

 ちなみに彼女は俺の死亡にも立ち会った人物であり、俺のスキルが1つだけだったという事実を知った時、涙を流して当時の状況を従業員達に説明してくれた人でもある。

 「薬作りにスキルは関係ないから頑張りましょう!」と良く励ましてくれている。


 ちなみに『薬師』というスキルは存在する。

 存在するが、その効果は『レベルが1つ上がる度に、薬のレシピを1つ手に入れる事が出来る』という物だ。

 しかし『薬師』のスキルで手に入るレシピはその有益な効果ゆえ、複写されて広まっており、スキルが無くても修行次第ではちゃんとした薬は作れるので、スキルがない者でも薬師にはなれるのである。


 「はい、では今日はこのミズミズソウを200束、全て同じ長さに切り揃えて下さい」

 「分かりました」「分かりま……した」


 働き始めて1月の新人の仕事といえば、誰でも出来る簡単な雑用のみだ。

 しかしこういった基本の積み重ねが後々の応用に繋がるのである。

 俺は気合を入れて用意されたミズミズソウを切り始めた。


-----------------------------------


--sideロゼッタ--


 働き始めて3ヶ月後、私達は篭りきりだった店から出て、町中を散策している。

 流石に3ヶ月も経つと店までやって来る住民も居なくなり、私達が街で暮らしているという話も浸透したので、そろそろ外に出ても大丈夫だろうとジャックの許可が出たのだ。


 私とナイトは3ヶ月前に婚約者となった。

 この3ヶ月で私、ロゼッタ=A=タートルは益々ナイトに惚れている。

 いや惚れ続けていると言った方が正しいだろう。


 あの魔族を倒した後、私は最終的にレベル23まで上昇していた。

 アナとエルも同様だ。

 つまりあの魔族は私達4人のレベルを6から23まで一気に押し上げてしまう程の経験値を持った強敵だったという事だ。


 いや、あの魔族を倒したのはナイトだ。

 もしもナイトのスキルがもっと多ければ、もっとレベルが上っていてもおかしくはなかった。

 しかしナイトはレベル10止まりだった。

 しかもナイトのスキルは『一般人』である。

 正直言って役立つスキルとは言えない。


 それなのにナイトは魔族を倒し、レベルが上がらずともクヨクヨせずに、別の方法でロックやアナや家族や国に貢献しようとしている。

 対して私は4年前から城の自室に篭りきり。

 たまに訪ねてくる幼馴染達と遊ぶくらいしかやってこなかった。

 私はナイトが屋敷を出て町中で普通の人々と同じ様に働き始めると聞かされた時、猛烈に自分が恥ずかしくなった。


 このままでは駄目人間になってしまうと、私も城を出て働くことを決意した。

 父様にその事を伝えると、私を抱きしめて泣いてくれた。

 「よく頑張った」「今まで苦しかっただろう」と言ってくれたが、それは私のセリフだ。

 父様には多大な迷惑を掛けてしまった。

 だから頑張って今まで掛けた迷惑を償うのだ。

 そう考えた。

 そう考えたが、私に出来ることは何なのか分からなかった。


 王女として一通りの教育は受けて来ている。

 勇者の供としても一通りの教育は受けて来ている。

 しかし普通に町で働くための教育など受けたことはない。

 そもそもこの4年間、まともに人と話した事すら無い。

 まともに働けるかどうかも怪しい所だ。

 スキルにしても有用な物は『植物使い』位しか無い。

 私はほとほと困り果ててしまった。


 その事をエリック先生に相談した所、ナイトと同じ職場で働いてはどうかと提案された。

 そこは『薬局のロックウェル』という店であり、その名の通りロックウェル家が所有する店の1つだ。

 薬局である以上植物は欠かせない為『植物使い』が活かせる職場である上、スキルの有り無しは仕事の出来に影響が無い。

 しかも仕事場は店の奥の作業場で、住居はその上にあるそうだ。

 スキルの数が足りない、元引きこもりの職場としては最高の環境である。

 私はその提案に乗ることにした。


 私はナイトと同じ職場で働きたいと父様にお願いした。

 父様の許可はすぐに出た。

 そして同時にナイトとの婚約も勧められたのだ。

 余りに突然の事に私は躊躇した。

 しかし父様も弟のロックもエリック先生もハロルドさんも乗り気だった。


 「うむ、ナイトなら問題あるまい」

 「これでナイトが義理の兄になる訳か。私達は義兄弟になる訳だな、悪くない」

 「このままでは『未婚の姫様が城から追い出された』とも取られかねませんからな。『将来の夫と共に新たな人生を歩み出した』と国の内外に説明することが出来ます」

 「息子に関しては問題無いでしょう。ロゼッタ王女の事を好いております故」



 私の周囲の男性陣は私とナイトの結婚に賛成だ。

 確かに私に群がっていた婚約者候補達は皆揃って消えて行き、私の周囲に残っている男性はナイトとライ位だ。

 そして私がナイトを好いているのは事実である。

 事実であるが、アナとエルもナイトの事が好きなのだ。

 私はまずエルの父親であるエリック先生にその事を告げた。

 しかしエリック先生は「それは承知の上です」と簡単に返してきた。

 そして「心配ならば二人と話し合ってみてはどうでしょうか」と提案され、私は城の私の部屋に二人を招待したのだった。



 そこで私はナイトとの婚約について話をしたのだが、2人ともあっさりと納得してくれた。

 エルは「皆ナイトが好きなんだから、皆でナイトと結婚すれば良いんだよ」と言い、アナは「ナイト以外と結婚するなんてありえません」と言っていた。


 「でも勇者の結婚相手はスキルが5つ以上無いと駄目じゃなかったっけ?」

 「そんなこと知ったことではありません。イザとなれば邪魔者は皆殺しにしてでも認めさせます。どうしても認められないのなら一生を独身で過ごします」

 「ワオ、過激ィ~! でもそれでこそ『愛』だよね」

 「そういう事です」

 「あっそれと順番はどうしよっか? やっぱりロゼ姉、アナ、私の順番かな?」

 「それしかないでしょう。私達に順番など関係ありませんが、王女、勇者、魔道士の順番がベストかと。他の順番だと世間への説明が面倒です」

 「二人共……良いの?」

 「良いに決まっています。

  幼馴染3人が同じ男性を好きになり、一緒に嫁ぐ。完璧ではありませんか」

 「私なんかナイト以外とは結婚出来ないって言われてるしね~。

  皆してナイトの事が好きなんだから何も問題無いよ」

 「一足先に結婚生活を楽しんでいて下さい」

 「私達が帰る場所を守っておいてね!」

 「二人共……ありがとう……」


 私は良い友達を持った。

 私はこの日久々に嬉し泣きをしたのだった。



 それから私はナイトと同じ部屋に住む事になった。

 あてがわれた部屋は夫婦用という話であったが、今まで暮らしていた王宮の部屋とは比べ物にならない程に狭く、粗末な部屋であった。

 しかし私はこれでも元は勇者の供候補。

 旅の最中は城の様な暮らしは出来ないため、野宿やぼろ小屋での宿泊の訓練もしてきていた。

 よって何の問題も無く過ごすことが出来た。

 まぁ問題が無さ過ぎて、ナイトが部屋に来た時に寝ていたのは失敗ではあったが。



 そうして私はナイトと共に『薬局のロックウェル』で働き始めた。

 私は薬局の仕事というものを舐めていた。

 勿論大切な仕事であるとは理解していたが、所詮は下々の人間が行う仕事だという認識が頭に残っていたのであろう。


 それは働き始めて1月後、ミズミズソウの切断という雑用を終えた後の話だ。

 薬の効果に違いがあると、購入していったお客から苦情があったのだ。

 調べてみると、効果の高い薬にはナイトの切ったミズミズソウが使われており、効果の低かった薬には私の切ったミズミズソウが使われていた。


 文句を言ってきたお客の中には苦しげな顔をしている子供を連れた母親も居た。

 私は私のせいで子供の苦しみを取り除けなかったという事を知りショックを受けた。

 店長であるジャックはお客に頭を下げ、効果の高い同じ薬を無料で渡していた。

 その子は効果の高い薬を服用して、症状が落ち着いたのか、母親の背中ですやすやと寝息を立て始めた。


 私は薬師という仕事は、住民達の健康に直接影響のある大切な職業だと認識を改めた。



 あれから私はナイトの仕事振りを観察するようになった。

 

 良い薬を作る為には、正確な分量を計る必要がある。

 そして正確な分量を得る為には、正確な作業が必要となる。

 ナイトはそれが分かっていたのだろう。

 ナイトは雑用だろうが、単純作業だろうが、分け隔てなく丁寧に、正確にこなしていた。

 ジャックもナインもナイトの仕事振りには感心していた。

 「店長の座を明け渡すのも時間の問題かもしれない」というジャックの呟きを耳にしたのもこの頃だ。



 私はこの国の王女であり、勇者の供の1人としての教育を受けてきた者だ。

 だが、今はナイトの将来の妻として、この薬局で薬師としての修行を受ける身だ。

 今出来る事に全力を尽くそう。

 私はナイトと街を歩きながらそんな事を考えていたのだった。

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