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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第六章 人類敗北編
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第百六十七話  人類敗北

「王子殿下、予定通り先程到着したあの船で最後となります。人類の生き残りは全て大陸を脱出し、この島へと移動いたしました」

「ありがとう、エリック先生。ところであの3人はどこに行ったのです?」

「3人は今日もダンジョンに潜っております。無茶をし続けるライをハヤテとデンデが必死にサポートしているようで」

「無茶までは許すが無理はさせないように。片腕を失ったとはいえ、何だかんだであいつが一番の強者なのですから」

「よく言い聞かせておきます」


 そう言ってエリック先生は下がっていった。

 『俺』は港に停泊している船を感慨深げに見上げる。


 タートルの町で突如襲いかかってきたガイアク大臣から逃亡し、島に辿り着いてから既に一月あまりが経過している。

 あの後、俺たちは馬車に乗って港に辿り着き、すぐさま船に乗りこんでこの島へと渡ってきた。

 それからずっと俺は島の港に陣取って、島に逃げ込んでくる大陸の生き残りたちを出迎えている。



 あの日の夜、俺たちは昼間起きた出来事を思い返して唇を噛み、しかしどうにもできない無力感に支配されて、絶望を味わいながら一夜を過ごした。

 そして結局俺たちは町へ戻ることはなかったのだ。

 相手は魔王であり、こちらには魔王と戦う強さも準備も何もない。

 ロリコーン伯爵が最後に叫んだ通り、今の俺たちは足手まといなのだ。

 彼らの恩に報いるためにも、一刻も早く大陸から脱出することを決断したのである。


 だからといって、この身を襲った無力感がなくなるということはなかった。

 エイト兵士長もロリコーン伯爵も、神殿長殿もジョーカーも、そして助けたばかりの父上や世話になったジャックまでも町に置き去りにして逃げているのだ。


 本音を言えば叫び出したかった。すぐに引き返して、彼らと共に戦いたかった。

 しかし彼らに救ってもらった命を無駄にするわけにはいかない。

 俺は荒れ狂う心を必死に制御して、どうにか港のある町へと辿り着いた。


「ロック王子に置かれましてはご機嫌麗し……ヒイッ!」


 港のある町で門番をしていた兵士を初めとして、会う人会う人全てが俺を目にするなり悲鳴を上げるのを目撃し、俺は自分の心が全く制御できていなかったことを認識した。


 実際町の役場で鏡を見た時は、自分自身に驚いたものだ。

 かつては貴公子などと呼ばれていた俺であったが、その顔はやつれ果て、髪はボサボサ。着ている服は血まみれで、目はギラギラと輝いている。

 上等な服を強奪して殺戮の限りを尽くした蛮族のような見た目になっていた俺は自分の姿を改めて見直し、これでは怖がられても仕方ないなと嘆息したものだ。


 だが今は外見を気にしている場合ではない。

 俺は現状を町の者たちに説明し、これから大陸の生き残りたちが町へと殺到して来るので、彼らの受け入れと全住民の島への移動の準備を早急に行うようにと港の責任者に提案した。


 当初彼らはそこまでの事態を想定してはいなかった。

 なんと彼らはそもそも現在人類が置かれている危機的状況を何も理解していなかったのだ。

 なぜなら彼らは国の外れ、大陸の外れにいて、情報が全く入ってこない状況だったからである。

 どうやらモンスターたちも彼らの町には攻めて来なかったらしい。

 大魔王が復活し、タートルの町から先へ行けなくなっていたものの、人類が絶滅寸前だとは想像もしていなかったという話だ。

 なんともお気楽なものである。


 だがそれからしばらくして、道を埋めるほどの避難民たちが続々と押しかけてくるという段になって、ようやく彼らも現状を受け入れた。

 俺はその頃には既に海を渡って島へと逃げていた。

 万が一大臣が追いかけてきたら、次は生き残れないと判断したからだ。


 俺は最後まで生き残り、大陸を取り戻さなければならない。

 だからこそ今は逃げなくてはならないのである。

 ここは俺の死に場所ではないのだから。


 そして島に渡った俺は島の港にて、避難民たちを迎え入れる仕事を日がな一日こなしていた。

 こうしていれば、島に渡ってくる者たちの名簿を作ることも出来るし、生き残った者たちの様子も観察できる。

 それにただ黙って何もせずにいることはできなかったのだ。

 慣れない事務仕事であっても何かしていなければ、気が狂いそうだったのである。



 しかし大陸の生き残りたち全てと顔を合わせ数を数えてきたからこそ、現状を正確に理解してしまい、俺は奥歯を噛み締めざるを得ない。

 椅子から立ち上がり遥か対岸に見える大陸へと目を向けると、そこには青一色の光景が広がっていた。

 到着時には緑や茶色や白といったカラフルな色がまだ見えていたのだ。

 それが今では透き通った青一色となってしまっていた。


 つまり大陸は全て大魔王が生み出した氷河に覆われてしまったのである。

 俺たちは大魔王の生み出した氷河に対抗できず、大陸を捨てざるを得なかった。

 おまけに大魔王はただでは逃さず、人類は2割しか生き残れなかったのだ。

 しかもこれは正確な数ではない。あくまでも難民キャンプへ逃げてきた者たちの2割なのだ。

 正確には2割弱、恐らく15%程度しか人類は生き残れなかったのだろう。


「ああああああ! ああああぁぁぁぁ~!」


 俺は無様に地面に膝をついて号泣する。

 分かっている。

 分かっているのに、受け入れられない。

 町も国も大陸も捨てたのに、残ったのは僅かな人数だけ。

 親友も妻も、頼れる大人も殺されて、俺の肩には人類の命運が伸し掛かっている。


 島に渡るための船は思っていた以上に大きかった。

 これに乗って俺もこの島へとやって来たのだ。

 以降何人もの避難民たちがこの船に乗り、波に揺られてこの島へとやって来た。


 しかしこの船はもう大陸へ戻ることはない。

 大陸からはもう誰もこの島を訪れる者はいないのだから。



 来るとしたら魔族かモンスターか。

 戦わなければ、戦えるように準備を整えなければ。

 一体いつまで戦えばいいのか。

 ナイトは町での8年間、一体どうしてあれだけ頑張れたのだろうか。

 絶望が胸に忍び寄り、思わずこの身を海に投げ出したくなる。

 だが、同時にこの胸には絶望に抗おうとする強大な怒りの炎が燃え上がってくるのだ。


 いや、違うな誤魔化すな。

 これはそんな上等なものでは断じてない。

 俺は理不尽が、我が身を襲った不幸が許せないだけなのだ。

 親友を殺し、妻を奪い、父上と姉上の死に目にも会えず、仲間も部下も国民も誰も彼もを氷に閉じ込め虐殺した大魔王を殺したくてたまらないのである。


 ガイアク大臣? あれは小物だ。

 ライは最後の最後で邪魔をしてきた大臣を殺すのだと息巻いているが、あれもまた大魔王に小さなプライドを操られた小物に過ぎない。

 大体ガイアク大臣はあれから俺に追いつくこともできなかったではないか。

 あの場に残った仲間たちが倒したのか足止めしたかして大臣の追撃を防いだのは間違いない。


 だから標的は大魔王だ。

 どんな方法でもいい、卑怯でも構わない。


 殺す、殺そう、殺してやる。


 今は無理だ。時間を懸けろ。できないとは言わせない。

 俺は一体誰の親友なのか? それを常に意識しろ。


 これから始まるのは終わりのない絶望の道なのかもしれない。

 大魔王の傷が癒えれば、魔王が海を渡ってくれば、俺たち人類は絶滅するだろう。

 先の見えない未来に向かって歩いていくことが俺に出来るのだろうか?

 大陸の生き残りたちをまとめ、彼らに教育と訓練を施し、魔族やモンスターに立ち向かうための力を蓄え、そしていつの日か必ず大陸を取り戻す。


 こうして並べてみると限りなく不可能な案件であると分かる。

 だが同時に無理とも無謀だとも思えなかった。

 なぜなら理不尽に抗い、不可能を成し遂げた男がいたことを俺は知っているからだ。


 スキルが1つだけで魔族を倒し、

 薬局の修行を3年で終え、

 孤児院の不正を暴き、

 商会を起こして大金を稼ぎ、

 技術も料理も向上させて、

 町長となり、学校を作り、

 そして最終的には勇者の供になった男がいたことを俺は確かに知っている。


 難易度的には俺のほうが上か。

 いや、スキルの更新というパワーアップの方法は分かっているのだ。同じくらいなのかもしれない。

 ナイトも姉上もスキルの更新の存在を知らずに、それでも前へと進んでいたのだ。

 姉上の弟にしてナイトの親友であるこの俺が、この程度のことで潰れて良いわけがない。

 きっと2人が生きていたら、絶対に諦めずに抗っていただろうから。



 俺はナイトから託されたマジックバックに手を伸ばす。

 そこに手を突っ込み、目的の品物を取り出した。

 俺の手にあるのは黒く平べったい物体だ。

 それはヤマモリの町近くの罠のダンジョン最下層で手に入れた宝、更新チェッカーだった。



 この島にはダンジョンが存在している。

 そして手元にはダンジョンの最下層でレベルとスキルが更新可能かどうかを調べることのできる更新チェッカーがある。

 これがあれば、未だステータスを持っていないハヤテとデンデを確実にレベル100まで上げられる。

 2人と共に俺もレベルを上げる予定だ。

 つまり俺たちの当面の目標はレベル100の突破ということになる。


 あの時ナイトは言っていた。

 大魔王と対峙したあの時、ナイトは兵士たちにこう告げていたのだ。


「スキルの更新をしてロックされたスキルは魔王の独占の効果から除外される」

「スキルの更新を行いさえすれば、ひょっとしたら『勇者』も『魔法の心得』も復活するかもしれない」

「ハヤテとデンデに関してはまだ2人共スキル自体を授かっていない。つまりスキル授与の儀式を受ける前に、レベル100以上の経験値を事前に取得しておけば、スキルを授かってそのままスキルの更新に移行し、『勇者』にロックが掛かるかもしれない」



 以上の考察をナイトは大魔王を前にして展開していた。

 この内『スキル『勇者』がスキルの更新によって復活するかもしれない』という部分、及び『ハヤテとデンデをあらかじめレベル100以上にしておいてからスキル授与の儀式を行う』の2つを達成すれば、ひょっとしたらスキル『勇者』復活という奇跡を果たせるかもしれないのだ。



 『魔法の心得』は駄目だった。『勇者』もまた復活しないのかもしれない。

 あらかじめ2人のレベルを上げていたところで、スキルを授けられた瞬間に大魔王に『勇者』を独占されてしまうかもしれない。

 だがこれはあくまでも仮定だ。確定している情報ではない。

 人間僅かでも望みがあれば、希望に向かって動くことが出来るものなのだ。


 そして俺がナイトが残したこの考えを元に動けば、生き残った者たちもまた希望を失わずに済むだろう。

 とはいえ険しい道だ。

 ステータスが大幅に下がってしまったために、雑魚モンスターをちまちま倒すしかレベルを上げる方法がない。

 だがこれは、ナイトと姉上が歩んできた道だ。


 2人は結果を得るまで8年もの月日を要した。

 ならば俺たちも同等の日数を、いやレベルは高ければ高いほど必要な経験値が多くなることを考慮すれば、もう少し年月が延びることを覚悟するべきか。


 それでも俺たちは前へと進む。

 これはかつて俺の姉と親友が歩んだ道。

 2人は先に何があるのかも知らずに進み続け、そして勇者の供というゴールへと辿り着いた。

 ならば必ず辿り着ける。

 前例があることは分かっているのだ。歩んでいくことに何の不安があるというのか。


 いつの日か訪れるであろう、人類の反撃の時。

 俺はそのための準備を整えるために、港を後にし広場へと向かっていった。

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