第百六十三話 無限に増殖する親友
「全軍突撃!」
「「ウオオオォォォー!!」」
号令をかけると同時に重装備の騎馬隊が、一直線にタートルの町へ突撃していく。
彼らは避難民の中から集められた戦士の中でも特に体格がよく馬の扱いに慣れ親しんでいた各国の騎士階級の精鋭だ。
そんな彼らの突撃が、戦いの始まりを告げる合図となった。
私たちの度重なる襲撃により既に町の大扉は大破しており、城までのルート上には一見目立った障害はないように見える。
しかし町の中には私たちの命を狙うモンスターが息を潜めて待ち構えているのだ。
奴らはルート上で待ち伏せて罠を張り巡らし、スキあらば命を取ろうと襲いかかってくる。
よってまずは城までのルートの安全を確保する必要があり、さきがけとして重装騎兵による突撃を必要としたのである。
町の中でのモンスターの相手を任されたロリコーン伯爵率いる騎兵隊の本体が門を潜る頃には、先発した重装騎兵たちは町の中で大暴れをしていた。
彼らは大通りを爆進し、その勢いをもって罠を打ち破り、隠れ潜んでいたモンスターを次々に排除していく。
だがそんな彼らもモンスターの命がけの突貫や、予想外の罠にハメられることで、1人また1人とその数を減らしていった。
彼らの任務は命をかけて道を切り開くことだが、消耗は少ない方が良いに決まっている。
先行した彼らと入れ替わるように、ロリコーン伯爵率いる本命の騎馬隊がモンスターへと襲いかかり、町中の戦いは一気に人類側の優勢となった。
「掛かれー! ロゼッタ様の愛したこの町をモンスター共から取り戻すのだー!」
「「オオーー!!」」
ロリコーン伯爵の配下を中心に組まれた騎馬隊は、圧倒的な士気の高さでモンスターを次々と撃破していく。
伯爵が率いている騎馬隊というよりも伯爵本人の士気が極めて高いのだ。
そして上官の士気の高さはそのまま部下へと伝播していく。
彼らは想定を上回るほどの実力を発揮し、城までの道を作り上げたのだった。
「よし! ここまでは作戦通りだな」
「はい。私はこれよりロリコーン伯爵と協力して町の中のモンスターを制圧し、城へと近づけないようにいたします。王子は突撃部隊と共に城へ向かい、王弟殿下との決着をおつけくださいませ」
「分かった。後は頼むぞ、エイト兵士長」
「ご武運を!」
城までの道ができた後は、エイト兵士長率いる歩兵部隊の出番だ。
最も人数の多い彼らの仕事は、町の中にはびこっているモンスターの大群を一匹残らず打ち倒すこと。
町の中にモンスターが残っていては、叔父上を倒したとしても安全に町を抜けられない。
なので、城での戦いとは別に、町にはびこるモンスターたちを倒す多くの兵士が必要だったのだ。
私は突撃部隊と共に、城へと続く大通りを馬に乗って駆け抜けていく。
かつては国内一の活気を誇った生まれ故郷が人の住まない廃墟と化している風景は胸にくるものがあるが、感傷に浸っている場合ではない。
城の入口へと到着した我々は、城内に侵入していたモンスターを蹴散らしながら叔父上の待つ国王の居室へと向かっていく。
初めて城に侵入した時に城内にいたモンスターたちは、叔父上に従っていたわけではなく、勝手に城に侵入していただけだということは既に分かっている。
おかげで城の中での戦いは少なくて済むのだが、部下を必要としない叔父上の自信の高さに寒気を覚えるのもまた事実だ。
途中、一箇所寄り道をしてから我々は叔父上の待つ部屋へと辿り着いた。
「突入するぞ。覚悟は良いな?」
「もちろんだぜ、アニキ!」
「とっとと片付けて、素早く大陸から脱出を果たしましょう」
ハヤテとデンデが力強く頷き、腕まくりをして戦う意思をアピールしている。
この一年で少しぽっちゃり気味だったハヤテの体は引き締まり、痩せ気味だったデンデの体には肉がついて、ふたりともいつの間にやら中肉中背の体型へと変化していた。
「お前たち、気合を入れるのは良いが、急いては事を仕損じるという言葉もある。決して無理はするでないぞ」
「分かってるさ、大先生!」
「油断できるほどの実力がないことは、自分が1番良く分かっていますからね」
そんな2人をこの1年間監督し育ててきたのはエリック先生だった。
極度の親バカであったエリック先生にとってエルの死はショックが大きく、引きこもりから立ち直った後で、姿が見えないので町に避難しているという先生に会いに行って見れば、その風貌は既に死人のそれとなっていたのだ。
酷い顔をしていると自覚している私など及びもつかないほどにやつれ果てたエリック先生は奥方と共に失意の日々を送っており、協力を求めにきた私たちの声すらも当初は届かなかったのである。
そんなエリック先生の世話を焼き、塞ぎ込んだ心をこじ開けたのはハヤテとデンデの2人だった。
後で聞いた話だが、老師殿を失った2人にとって、同じような外見年齢のエリック先生のやつれ具合は見るに耐えないものであったらしい。
2人はそれから事あるごとにエリック先生の家を訪ねて世話を焼き、頻繁に訪ねてくる少年2人との交流の中でエリック先生と奥方は段々と生きる気力を取り戻していった。
そうして現在、2人はエリック先生の養子扱いとなり、一緒のテントで寝起きしている。
エリック先生が私やナイトの先生だったことも2人にとっては良い影響を与えたらしい。
エリック先生は2人から大先生と呼ばれ懐かれており、こうして私と共に決戦の舞台へと来てくれたのだ。
「まさかこの2人があんたを助けることになるだなんてね。エリザベータの死を知らされたあんたが抜け殻になった時はもう駄目だと思ったものだけどねぇ」
「正直に言えば今でも辛いですよ。しかし育ての親を失った2人がそれでも前を向いて頑張ろうとしているのです。大先生である私がいつまでも落ち込んでいるわけにもいきますまい?」
「全くナイト様様だね。あいつの残した人間関係が、こうして反撃へと繋がっているんだからさ」
「2人にとってナイトは先生。先生の先生である私は大先生ですからね。つくづく惜しい男を亡くしましたよ」
「本当にねぇ。あいつのおかげでこうして馬鹿スライムを退治する算段を付けられたわけだしねぇ」
死後一年が経過しているにも関わらず、ナイトに対する評価は依然留まることを知らず上がり続けている。
今回の戦いにおいてもナイトの教え子たちや店の従業員たち。そして孤児院の子供たちまでもが率先して働き、私を助けてくれていた。
死してなお私を助け続けるナイトに対して、私は足を向けて寝ることもできない。
ナイトは死んだが、人々の心の中にナイトは残り、その教えや技術は次々と伝播し増殖し、無限のナイトとして私の前に現れる。
我が親友は死すら乗り越える本物の英雄だったのだ。
その英雄の力を借り、私は今日こそ叔父上の息の根を止め、囚われの父上を取り戻して、大陸脱出の道を手に入れなくてはならない。
そういう覚悟を持って、私は扉を開け放った。
部屋の中では初めて城に突入した時と同じ体勢で叔父上がソファに体を沈めており、父上は宙吊りから開放されて椅子に縛り付けられていた。
足を切り落とされ、裸に剥かれた父上の体には到るところに墨が塗りたくられている。
両目には黒い丸が、頬には×印が、そして上半身には何故が肋骨が描かれており、どうやら暇を持て余した叔父上のキャンパスとして父上は使用されていたらしい。
効果がないことは分かっているのに、私は床に落ちていた瓦礫を拾って叔父上に向かって投げつけてしまう。
ステータスの低い私の投擲など、叔父上はものともしない。
目の前の豚はニヤニヤと笑いながら、私の無様な行動を見つめていた。
それでも私は次々と石を投げ続ける。
効かないと分かっているからだろう、叔父上は避ける素振りすら見せない。
「アースインパクト!」
ドガアァン!
だから私の放った魔法を叔父上は避けることができなかった。
瓦礫にカモフラージュして叔父上の周囲に『石』をばら撒き、エリック先生が作り出した『小手』を用いて魔法の威力を増幅させた地属性爆発魔法により、私は叔父上を吹き飛ばすことに成功したのだ。
「よし! 作戦は成功だ! 大至急、国王陛下を確保しろ!」
叔父上と父上を切り離すことに成功した私たちは、一目散に父上の下へと向かっていく。
しかし父上の体に触れた瞬間、父上は椅子ごとドロドロと溶けてしまい、影も形もなくなってしまった。
何が起きたのか分からない私たちは狼狽するが、「王弟殿下だ!」というエリック先生の言葉に後ろを振り向けば、吹き飛ばした叔父上が立ち上がっており、その体の中から父上が吐き出されてくるところであった。
「げえぇ! 何だよあれは?」
「おっさんの中からおっさんが出てきましたよ。ああいう人形を白虎の国の博物館で見たことがあるのですが」
「それはおっさんじゃなくて若い娘っ子だろう?」
「デンデ! 神殿長殿! 国王陛下をおっさん呼ばわりするのは止めなさい!」
「この状況でふざけるとか。随分と余裕があるじゃないか、貴様らぁ!」
体の中に隠していた父上と分離した叔父上は、憤怒の形相を見せている。
激高した叔父上は例によって腕を巨大化させ、私たちを吹き飛ばそうとしてきた。
私は腰にぶら下げた袋を1つ掴み、それを迫り来る腕に向かって投げつける。
「アースインパクト!」
ドガアアァァン!
途端に起こる大爆発。
大した威力のない魔法でも、工夫をこらせば攻撃力を上げることができる。
大きく広げたぶん、厚さがなかったのだろう。壁のようだった叔父上の右手には大きな穴が開き、私たちは余裕をもって叔父上の攻撃を避けることができたのだった。
「へぇ、馬鹿甥っ子の分際で、無い知恵を振り絞って戦う方法を見つけてきたみたいじゃねぇか」
「見つけたのは私ではありませんよ。エリック先生が思いつき、宮廷魔道士たちが考察してくれたのです。私は実践したに過ぎません」
「ヒャヒャヒャ! マジウケる! 成人してもエリックのおっさんの知恵に頼ってんのかよお前は!」
「優秀な頭脳を持つ者を重宝する。それもまた王に必要な資質であると考えますので」
「チッ! いつまで王族気取りなんだよテメェはぁ!」
叔父上は今度は左腕を槍のように鋭く伸ばし、私に向かって突き出してきた。
今や見る影もないが、かつては叔父上もこの城で戦闘訓練に励んでいた時期があったのだ。
その突きの速度はなかなかで、構えも堂に入ったものであった。
しかし私の傍に控えていた親衛隊が、叔父上の生み出した槍の前に立ちはだかる。
彼らは大盾を手に、叔父上の槍と激突した。
そして、光り輝く大盾は無事に叔父上の槍を防ぐことに成功したのだ。
「何だぁ? なんで俺の攻撃を防げる?」
「自分で言ったセリフをもう忘れたのかい? アタシたちはあんたと戦うために準備を整えてきたんだよ」
「引っ込んでろよババア! もういい年なんだから、おとなしくあの世に行ってろやぁ!」
「安心してあの世に行くには心配事が多すぎてねぇ。とりあえずはあんたを倒さなきゃあ、おちおちお迎えに応えることもできやしないよ」
「テメエが俺の味方をしていりゃあ、こんなことをせずに済んだんだぞ!」
「先代の国王陛下がお亡くなりになった時の話かい? 実の兄どころか、気に入らない連中を全部殺せなんていう依頼をホイホイ受けてたまるもんかね」
先代の国王といえば、私のお祖父様に当たる人物か。
なんでも父上がまだ若いうちに早逝したとかで、私も姉上も肖像画でしか顔を知らない人だ。
なるほど、叔父上はそんな頃からこんな性格だったというわけか。
長年叔父上と付き合いがある神殿長殿やエリック先生の気苦労を思うと、頭が下がる思いがあるな。
そんなことを考えているうちに、どうやら準備は整ったようだ。
私が叔父上の注意を引いて時間を稼ぐつもりだったのだが、上手い具合に神殿長殿との話に夢中でこちらの仕掛けには気がついていないらしい。
いや、ひょっとしたら気がついているのに無視しているということも考えられる。
叔父上はどうやら現状に不安を感じてはいないようだからな。
『魔法の心得』を大魔王に独占されて、魔法が使えなくなったこの状況では負けるわけがないと高をくくっていても仕方ないのかもしれない。
「準備できたぜアニキ!」
「こちらもOKです!」
「よし、では行くぞ! ストーンニードル!」
跪いて床に手を付けた私の姿を見て、叔父上は呆れた表情をのぞかせた。
初めてこの部屋で叔父上に仕掛けた魔法と同じものを撃ったのだ。進歩がないと思われたのだろう。
だが次の瞬間、叔父上の表情は驚愕に彩られた。
この部屋に突入してきた全員の手のひらから石でできた針が打ち出され、四方八方から叔父上を串刺しにしたからだ。
「なにいいぃ!?」
「今だ! 今度こそ国王陛下を確保せよ!」
突撃した親衛隊が、叔父上から排出された父上の身柄を確保する。
だが、目の前で実の兄を奪われて黙っている叔父上ではない。
「させるかぁ!」
「アースインパクト!」
「ぎゃばぶはぁぁ!?」
叔父上は父上を取り戻そうと腕を伸ばすが、私は咄嗟に腰の袋を投げ飛ばし、同時に魔法を放つことによって、叔父上を吹き飛ばすことに成功する。
現在の私個人の魔法の威力では叔父上を吹き飛ばすことなど出来はしない。
しかし今の魔法は部屋の中に突入した全ての兵士たちの手のひらから同時に放たれていたのだ。
それは叔父上の体向かって投げ付けられた『魔石』と反応して威力を増し、その体に『魔法によるダメージ』を与えることに成功する。
「ぶはぁ! ブアァカナアァ!!」
「確保しました! 国王陛下に間違いありません!」
「お前たちはは急いで脱出しろ! 私たちはここで叔父上を仕留めていく!」
「分かりました、ご武運を!」
弱りきり憔悴しきった父上は、兵士に担がれて部屋の扉の向こうへと消えていく。
父上の救出は成功した。後は目の前で無様に転がっているスライムの魔王を倒すだけだ。
私は長きに渡る戦いに終止符を打つために、叔父上に容赦のない攻撃を加えていくのだった。




