閑話 ライ=ロックウェル
2017/06/16 サブタイトル追加&本文を細かく訂正
2017/07/14 本文を細かく訂正
僕の名前はライ=ロックウェル。
ロックウェル家の3男です。
僕には兄さんが2人居たそうです。
でも僕が知っているのは長男の『ナイト兄さん』だけ。
もう1人の兄さんについては、名前だけしか知りません。
僕は双子の弟の方だったそうですが、双子の兄さんには会った事が無いので、いまいち双子という実感が湧きません。
でもナイト兄さんは、会った事のない兄さんの分まで僕を可愛がってくれます。
僕はナイト兄さんが大好きです。
ナイト兄さんはつい先日、神殿でスキルを授かりました。
父さんのスキルは8つ、母さんのスキルは6つ。
だから兄さんは6~8つのスキルを授かるだろうと皆が話していました。
でも駄目でした。
兄さんは1つしかスキルを授からなかったそうです。
そのスキルもハズレスキルだったらしく、皆とても驚いていました。
何でもナイト兄さんは生まれてすぐに殺されてしまったそうです。
でも我が家の家宝を使い生き返ったそうですが、その御蔭でスキルが1つだけだったとか。
皆はガッカリしていますが、僕は違います。
スキルが1つだけでも、兄さんが生きていることの方が嬉しいからです。
スキルを授かった次の日に、父さんが屋敷の皆を集めて兄さんのスキルが1つだけだったと説明しました。
そして僕に感想を聞かれたので、僕はそう答えました。
母さんは僕を抱きしめて、父さんは僕の頭を撫でてくれました。
使用人達は皆涙を零し、兄さんは背中を向けて震えていました。
僕はオロオロしてしまいましたが、皆笑っていたので良いことをしたのだと思います。
そのナイト兄さんは今日は屋敷にはいません。
父さんとロゼ姉とアナ姉とエル姉と一緒に、町の外にレベルアップの為のモンスター退治に出かけているのです。
兄さんのスキルは1つだけ。
だから兄さんのレベルは最高で10です。
「明日が最初で最後のレベルアップだな」
昨日、夕食を食べた後、兄さんはそう呟いていました。
噛みしめるような言葉でした。
------------------------------------
僕は今日も、ロック王子と一緒にエリック先生の授業を受けています。
僕は8年後にロック王子と一緒に旅に出ることが決まっています。
だから勇者であるロック王子と一緒に同じ勉強をしているのです。
でもこれはまだ仮の決定です。
一緒に行く筈だった、ロゼ姉もナイト兄さんもスキルの数が足りなくて行けなくなったからです。
「僕も行けなくなるのかなぁ」
そんな事をロック王子とエリック先生に尋ねたら、とても悲しそうな顔をされました。
だから僕はすぐに謝って、「絶対に一緒に行くよ!」と言い直しました。
2人共不安と喜びがごちゃ混ぜになった様な変な顔をしていました。
発言には気を付けないといけませんね。
お昼を食べた後は午後の授業です。
ご飯を食べると眠たくなるので、午後は体を動かす授業が多く、今日はお城の中庭で剣術の稽古でした。
エリック先生の授業は午前中で終わり、今は軍の兵士さん達が教えてくれています。
この人達は父さんの部下なのだそうです。
そして事ある毎に父さんの凄さを僕に聞かせてきます。
「モンスターの群れを1人で蹴散らした」
「強い魔族を倒した」
「ああ見えて実は絵がとても上手い」
「親バカなのがまた良い」
などなど。
父さんの自慢話にはネタが尽きることがありません。
バカ呼ばわりされるのは嫌いですが、「あれは褒めているんだよ」とナイト兄さんが言っていたので許します。
ロック王子も一生懸命頑張って剣を振っています。
でも皆知っています。
王子は本当は戦いが嫌いなのです。
「本当は部屋に篭って絵を描いたり、音楽を聞いたり、本を読んだりして暮らしたい」と良く言っています。
でも王子様だから、勇者だから頑張っているのです。
僕はそんなロック王子が好きです。
ナイト兄さんの次にですけどね。
そんな風にいつも通り訓練をしていると、王様が中庭にやって来ました。
珍しいです。
王様はいつも忙しいから中々勉強にも訓練にも顔を見せません。
そんな王様がやって来ます。
それもすごい速さで、物凄く焦った顔をして。
「ロック、ライ、二人共来なさい」
「父上?」
「説明している時間はない。早くせよ!」
「「はっ、はい!」」
僕らは授業を放り出して王様に付いて行きます。
兵士さん達は突然の事態にポカンとしています。
王様はお城の外まで歩いて行き、用意されていた馬車に乗り込みました。
その馬車はとても豪華で他の馬車よりも大きい馬車でした。
凄いです! これは王族専用の馬車です!
王様が移動する時にだけ動かすという馬車に乗っちゃいました。
屋敷に帰ったら父さんと母さんと兄さんに伝えなければなりません。
きっと羨ましいと言ってくれる筈です。
僕がワクワクしながら馬車に乗り込んでいると、少し遅れてエリック先生が駆け込んで来ました。
エリック先生が乗ると、馬車は移動を始め、町の中を走って行きます。
町の中なので移動速度は遅いですが、心なしかいつもよりも早く移動しているようにも感じます。
僕がそんな風に思っていると、ロック王子が王様に質問をしていました。
「それで父上、一体どうしたのですか?」
「ロック、ライ、二人共よく聞きなさい。
ハロルド達が、町の外で魔族に襲われたそうだ」
「「え?」」
「詳しいことは分からないが、怪我人も出ているとのことだ。
今我々は闇の神殿の治療院へと向かっている」
「とっ父さんと兄さんは!? 無事なのですか?」
「『命に別状はない』と連絡は来ている。済まんが私もまだ聞いたばかりなのでな、詳しい説明は神殿に着くまで待っていてくれ」
「……分かりました。ライ、少し落ち着こう。
ここで騒いでも何にもならないよ」
「ロック王子……うん、分かりました!」
僕は落ち着こうとして馬車の中を見渡します。
すると馬車に乗っていたもう1人、エリック先生が視界に入りました。
先生の様子を見て僕はとても驚きました。
いつも自信満々で色々なことを教えてくれるエリック先生が、目に見えて疲れた顔をしていたからです。
「……」
「エリック先生、大丈夫ですか?」
「……む? うむ、大丈夫じゃ。あの子が勇者の供になると決まった時から覚悟はしとったからのう」
「覚悟……」
「すまん、お主にはまだ早かったな。な~に案ずることはない。生きてさえいれば何とでもなるわい」
「はぁそうですか」
僕はエリック先生が呟いた『覚悟』という言葉の意味がよく分かりませんでした。
それからしばらくして、馬車は闇の神殿の治療院へと到着したのです。
------------------------------------
闇の神殿の内部は庭が広く開放的な作りをしています。
入口を抜けると目の前には本殿があり、その奥でスキル授与の儀式が行われているのです。
右側は巫女さん達の修行場であり、修行場の奥には彼女達の住居があります。
そして左側には『治療院』の建物が建っています。
僕達は迷わずそちらへと向かいました。
治療院の中は上へ下への大騒ぎになっていました。
「勇者が倒れた」
「血が足りない」
「王女は無事だ」
「坊主が目覚めない」
とそれぞれ好き勝手叫んでいて収集が付きません。
そこで王様が近くに居た巫女さんを捕まえて、兄さん達が居る部屋へと案内させました。
治療院の中の一室、そこにはベッドに横たえられた兄さん達と、難しい顔をしている神殿長のおばあちゃんと、物凄く疲れた顔をしている父さんが居たのです。
「ハロルド! 一体何があったのだ、説明せよ!」
部屋に入るなり、王様が父さんに説明を求めました。
その声を聞いたおばあちゃんは、他の巫女さん達を部屋から追い出して、入り口に鍵をかけてから何やらブツブツと唱え出しました。
後から聞いた話では、あれは防音の呪文だったそうです。
部屋の中での話を聞かれたくない場合に使うのだそうです。
「部屋の音を外部に漏れないようにしたよ、もう一度最初から説明してやんな」
「助かります神殿長殿」
それから父さんは今日起きた出来事を説明しました。
その話はとても信じられない話でした。
父さんが言うには、兄さん達は午前中、町の近くの森の中でレベルアップの為のモンスター退治をしてレベルを6まで上昇。
そして昼食を食べ終わった後、突然魔族の奇襲を受けたそうです。
その魔族の目的は何とロック王子の暗殺だったそうです。
かなりの強敵だったそうで、兄さん達は全滅寸前だったらしいですが、何と自力で勝ってしまったとの事です。
そしてその証拠に、目の前には巨大な魔石が鎮座しています。
兄さん達が倒した魔族の魔石だと言う事です。
エリック先生が、『これ程の大きさの魔石は滅多にお目に掛かれない』と驚いています。
モンスターの強さは体の透明度で判別できます。
そして魔族の強さは、倒した時に現れる魔石の大きさで判別できると言われています。
強力な魔族ほど、体内に魔力を吸収していて、結果魔石が大きくなるのだと先生の授業で習いました。
この魔石の大きさから判断しても、兄さん達が戦った相手は中級魔族以上の強敵だった筈です。
それを僅か10歳、レベル6の子供が倒したのです。
流石はアナ姉です。
『闇の勇者』は伊達じゃないという事ですね。
「それは違うぞライ。ダイアナも戦ったが、実際に仕留めたのはナイトだそうだ」
「兄さんが? 一体どうやって倒したんですか?」
「それは分からん」
「分からない?」
魔族に襲われて撃退したけど、退治した方法が分からないってどういうことだろう?
僕がそう考えていると、エリック先生が父さんに質問しました。
「具体的には何をしたのだ?」
「穴の底にモエモエソウを敷き詰めて、火を着けて煙で満たしたのだそうです。」
「煙で満たした!?」
「そうすることによって、相手が吸う『空気を奪い取り』、かつ『空気に毒物を混ぜた』のだと」
「相変わらずお主の息子は面白いことをするのう」
「恐れ入ります」
ハロルドは馬車の上で『酸素』や『一酸化炭素』についてナイトから聞いてはいたが、細かい説明は分からなかった。
だからそれを省いて説明したのだ。
ナイトから聞いた話を『呼吸するために必要な空気を奪った』『空気に毒物を混ぜた』といった風に理解したのである。
神殿長は褒めれば良いのか、呆れれば良いのか分からなかった。
話を聞く限りでは間違いなく英雄の所業だ。
何しろ相手は高レベルの魔族が2人。
そして彼らの狙いはロック王子の暗殺だったという。
ナイト達はその計画を事前に叩き潰してしまったという事になる。
しかしここで問題なのが、『王女と勇者が怪我を負ってしまった』という状況である。
ハロルドは引率者として、子供達を守る義務が存在する。
それなのに子供達は皆怪我を負って帰って来た。
口さがない者達に、管理責任を追求されるのは目に見えているのだ。
「それであんたどうするんだい? このままだと管理責任問題を追求されちまうよ?」
「ええっ! 父さんが居たから兄さん達は生きて帰って来れたのでしょう?」
「そういう風に取らない者達も居るんだよ」
「お主はただでさえ『陛下の親友』として周囲に煙たがられておるからな。
ここぞとばかりに責められるぞ」
「そんな! ハロルドおじさんが居なくなったら困ります!」
「問題ありません。魔族を倒したのはハロルド様という事にすれば良いのです」
突然僕達以外の人の声が聞こえたので、皆で周りを見渡します。
するとそこには、ベッドから起き上がったアナ姉がおり、僕達に話し掛けて来ました。
「私達は確かに怪我をしましたが、同時に魔族を仕留め、暗殺計画を事前に潰しているのです。ですからこれで管理責任問題と魔族討伐の手柄を相殺出来る筈です」
「でもそれだと、ナイトが受けるはずの賞賛も栄光も無くなっちまうよ?」
「構いません。ナイトもロゼもエルも積極的に賛成に回る筈です。ナイトは自らの賞賛よりも、ハロルド様への謂れ無き叱責を無くすことを選ぶ筈ですから」
「そんな所に惚れたって訳だね?」
「回答を拒否します」
目の前で神殿長のおばあちゃんと、アナ姉が会話を繰り広げている。
でも僕には彼女がアナ姉だと認識できない。
アナ姉は物凄く口が重くて、滅多に喋らないのだ。
それなのに、このアナ姉は物凄くよく喋っている。
僕は目を丸くしてしまっていた。
「相変わらずナイトが居ないとよく喋るなお前は」
「黙りなさいロック。ナイトに話したら許しませんよ」
「そんな事をするつもりはない。傍から見ていると面白いからな」
「大きなお世話です。……ああ、ライとまともに話すのはこれが初めてでしたね?」
「あっ……うん」
「驚かせてしまいましたか? 私はナイトの前だとどうしても言葉足らずになってしまうのです」
「恋する乙女って奴だよ」
「神殿長、それ以上はいけない」
「はいはい、全く面倒臭いねぇ」
このよく喋るアナ姉のことは皆知っていたようです。
知らないのは兄さんと僕だけだったみたいです。
兄さんには喋ってはいけないよ、と父さんに言われてしまったので、兄さんに秘密が出来てしまいました。
「しかしダイアナの提案は魅力的じゃな、ナイト達が起きたら提案してみよう。ハロルドもそれで良いな?」
「はっ! しかし息子の実績を奪い取るようで心苦しいのですが」
「その位は我慢しな。苦しいようなら次は自力で魔族を撃退する事だね」
「返す言葉も御座いません」
家ではカッコイイ父さんも、陛下や先生やおばあちゃんの前ではよく怒られています。
でも父さんが居たから兄さん達は無事に帰って来られたのです。
僕も父さんの様な立派な兵士になりたい!
魔族に襲われた話を聞いて、僕はそんな風に思いました。
結局父さんは怒られて褒められて、そーさいとか言うのをされたみたいです。
以前と何も変わらなかったので良かったのだろうと僕は思いました。
そして兄さんは、やっぱりレベル10から上には上がらず、家を出ることになりました。
でも兄さんが住む場所はロックウェル家が所有する薬局の2階だそうです。
遠くの街に引っ越す訳じゃないので、いつでも会えるから心配は無用なのです。
今日明日位は寂しくて泣いちゃうかもしれませんが。
ロックウェル家に生まれても、皆が皆戦える訳じゃないのです。
ご先祖様達も何人もこの店で働いてきたらしいです。
「兄さんはここで頑張るから、ライも頑張れよ!
直接戦えなくても、薬を作って支援するからな!」
そう言って兄さんは屋敷から出て行きました。
僕の名前はライ=ロックウェル。
ロックウェル家の3男で、土の勇者であるロック王子の供の1人。
僕は2年後、スキル授与の儀式で8つのスキルを手に入れる事になります。
その殆どが戦闘系スキルであり、ロック王子と一緒に旅立つことが正式に決定しました。
僕はその時、兄さんの代わりにロック王子を守ることを誓うのでした。
第一章終了




