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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第六章 人類敗北編
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第百四十五話 遺書

第六章 人類敗北編を開始します。

【No,1】

 こんにちは、お元気ですか?

 僕の名前はナイト=ロックウェル。


 あなたが読んでいるこの手紙は『遺書』と呼ばれているものです。

 遺書とは、死んだ人が生きている人に対して残す最後の手紙だそうで、ロックウェル家の人間は、戦いに出向く前には必ずこれを書くのだとか。


 僕は明日、スキル授与の儀式に出向きますので、初めて遺書を書きました。

 最初の遺書は、スキル授与の儀式の前夜に書くものだと、父さんに告げられたからです。


 でも正直に言えばピンとこない話です。

 僕はまだスキルも授与されていませんし、戦いに出向くわけでもないのですから。

 でもこれは伝統なのです。書かないわけにもいきません。


 では、これ以降は、残されるみんなへの最後の言葉を書かせていただきます。


「みんなどうもありがとう」

 残す言葉と言われても、これくらいしか思い浮かびません。


 父さんと母さんと弟のライ。

 屋敷で働いているジャックを始めとした使用人のみんな。

 そして親友であるロックはもちろん、ロゼ姉とエルとアナにもありがとうと言いたいです。

 神殿長のばっちゃんとエリック先生にも感謝を込めて。


 以上、初めての遺書でした。

 さぁ明日は待ちに待ったスキル授与の儀式の日です!

 どんなスキルを授かるのか、今夜は楽しみで眠れないかも!

 でも寝ます! おやすみなさい!




【No.2】

 え~と……こんにちは。こんにちは?

 この書き出しっておかしいよな。

 書き直せるなら書き直したいところだ。


 でも駄目だそうで。

 ロックウェル家の遺書は、連続して書き続けることで過去の決意を思い出し身を引き締める効果もあるから、昔の遺書の修正は禁止なんだとか。

 だから前回の遺書はそのままの状態で残してあります。

 こうして連続して遺書を書いていき、最後には一冊の本にまとめられたご先祖様たちの覚悟の証は、代々ロックウェル家の当主に受け継がれているそうで。

 もっとも俺の遺書は今回で終わりになるでしょうけれども。


 先日、俺はスキル授与の儀式を受けました。

 授かったスキルの名は『一般人』、……だけ。

 そう、それだけだったのです。俺のスキルは僅かに1つ。

 つまり俺はロックの供になることも、町を自由に出入りすることも出来なくなってしまったのです。

 なんてこったい。


 そんな俺がどうしてまた遺書をしたためているのかといえば、レベルを上げるために町の外へと出向くことになったからです。

 国内最強である父さんが守ってくれるので、遺書の必要性に疑問を覚えるのですが、まぁ念のためということで。


 ちなみに俺の横では父さんも遺書を執筆しています。

「近くの森の中に子どもたちの引率で出向くだけなのに遺書が必要なのか」

と聞いたところ、

「息子と並んで遺書を書くことが夢の一つだった」と告白されました。

 嫌な夢だなぁ。


 でもまぁ我が家は武門の家柄だから、他とズレているところがあったとしても仕方がないのかもしれない。

 父さんも分かっているのだろう。俺と並んで遺書を書く機会は、今回で最初で最後だということに。


 明日俺はレベルアップをする。

 そして明日中には最高レベルまで上がり、以降は戦いに出向くことはない。

 だから遺書を書くのはこれで最後なのだ。

 よって俺はここに改めてみんなへの感謝を記したいと思う。


 父さん、母さん。そしてライ。

 俺の家族になってくれてありがとう。

 そしてスキルを1つしか授かれず申し訳ありませんでした。


 父さんと母さんにはとりわけ感謝しています。

 俺をこれまで育ててくれて、そしてスキル授与の儀式の後でも俺を息子として扱ってくれたことは望外の喜びでした。



 そして次にロック。

 すまない。本当にすまない。

 約束を破ってしまって心の底から申し訳ない気持ちで一杯だ。


 俺もロックと一緒に冒険の旅に出たかった。勇者の供になりたかった。

 でも駄目だった、俺にはその資格がなかったのだから。

 王宮で泣いてくれて嬉しかったよ。

 めったにわがままを言わないお前の涙が見れただけで俺はもう胸がいっぱいだ。

 お前と親友になれて本当によかった。ありがとう



 使用人のみんなにも礼を言いたい。

 一緒に城まで出向いてくれて嬉しかったよ。

 なにより、一度死んだ俺を当たり前に受け入れてくれて心から感謝しています。


 ばっちゃんとエリック先生、そしてロゼ姉とエルとアナにも感謝を。

 まぁこの遺書は恐らく読まれることはないだろうけれど。

 父さんが引率で、勇者であるアナもレベルアップをするのだから危険なんてあるわけがないし。


 そんなわけで今回はここまで。

 遺書なのにあっさりしているけれど、死ぬ気がないから仕方ないじゃないか。

 ナイト=ロックウェルでした。




【No,3】

 8年が経ちました。

 今読み返すと恥ずかしさのあまり顔から火が出そうな、子供感丸出しの遺書を書いてから、実に8年の歳月が経過していたことに、俺自身が驚きを隠しきれません。


 私はこの遺書を、カメヨコ村の宿屋の中で書いています。

 本当は昨日、引き継ぎを全て終わらせた後に自室で書くつもりだったのだが、町のみんなが押しかけてきて宴会が始まってしまったので、書いている時間がなくなってしまったのです。

 私は先日勇者の供に返り咲くことができた。

 それもこれも、勇者の供の選別でスキルの更新というシステムが発見されたおかげだ。

 司会の人、ありがとう。

 ジャックに御礼の品を送っておいてくれと頼んでおいたけど、無事に届いただろうか?


 正直今だに半信半疑だ、夢の中にいるような気持ちとでも言えば良いのか。

 いやまぁ、これがもしも夢だとしたら、昨日までの怒涛の日々を思うと悪夢としか思えない仕事の夢になってしまうのだが……

 結局、なんだかんだで全ての引き継ぎを終わらせた俺とロゼは、明日から冒険の旅に出発することとなる。


 勇者と一緒に世界を回る冒険の旅。

 そこには当然危険や困難が存在しており、命を落とす可能性も否定できない。

 だから俺は遺書を書いているのだ。

 もう2度と書くことはないと思っていたロックウェル家伝統の遺書を。


 ちなみにライは勇者の供の選別の前日に書いていたそうで、それはロックウェル家の父さんの書斎に保管してあるという。

 そのことを教えてくれたのは、引き継ぎの最中に俺を尋ねに来てくれた母さんでした。

 母さんは俺とロゼの勇者の供への復帰を喜び、そして旅に出るのならば必要だろうと、8年前に家を出た時に実家に置いてきた俺の遺書を届けてくれたのです。


 母親から息子への贈り物が遺書ってどういうことなのか。


 ところで、今書いているこの遺書だが、もう一度町に戻って実家に預けようかとも考えたけれど、一度家を出た身なので、遺書だけを預けるのも違和感がある。

 だからこの遺書はロックから預かったマジックバックの中に入れておくことにした。

 これなら冒険の最中に俺が死んだ場合でも手元に残る。

 もし万が一、絶体絶命のピンチが訪れてロックを逃がすために俺が残ることになった場合は、当面必要な物資と共にロックに渡すことが出来るからだ。


 まぁそんな状況なんてまったく想像もつかないのだが。

 俺のステータスは3桁で、ロックのステータスは5桁もある。

 桁違いどころか二桁違いだ。このステータス差でロックを逃がすために俺が囮になるというシチュエーションとか正直意味がわからない。


 だからこれはどちらかといえば不慮の事故で死んでしまった場合の対処なのだ。

 アイテムボックス持ちが死亡した場合、アイテムボックスの中身は死体の周囲に散らばるという。

 そして仮に俺が死んだ場合、パーティーにアイテムボックス持ちがいなくなるので、ロックは必ずマジックバックを回収しようとするだろう。

 その時にロックはこの遺書を見つけることになるのだ。

 いや、これを読まれているということは、確実に見つけているはずなのだが。



 そんなわけで残す言葉である。


 まずロック、そしてライ。

 俺の屍を越えてゆけ!


 説明は必要ないだろう?

 この遺書を読んでいるということは、俺は死んだということなのだから。


 ロックが親友として、ライが弟として、俺を大切に思ってくれていることは十分に理解している。

 俺自身も同じ気持ちだ。ロックは俺のかけがえのない親友で、ライは2人しかいない弟なのだから。


 だから、このパーティーで真っ先に死ぬのは俺の役割だと思っている。

 万が一の時は俺が囮になってお前たちを逃がす。

 これは勇者の供として、そして兄として当たり前の発想であり、俺の決意だ。


 ロック、お前は優しい性格をしているから、俺が死んでショックを受けているだろう。

 だからそんな優しいお前に最後のアドバイスを贈ろう。


 まずは全力で泣け! 喚け!

 なんなら暴れたって構わないさ。

 周囲に迷惑をかけない程度なら、多少の暴走は俺が許す。


 そして次だ、腹一杯に飯を食え!

 腹を満たしさえすれば、とりあえず気持ちは落ち着くからな。

 空腹だと気持ちが沈むけれど、満腹ならそうでもなくなる。

 これは実際に経験済みだから参考にしてくれ。


 そして最後だ、乗り越えろ!

 あえて説明の必要もないだろうが、勇者の供の死亡率は決して低くはない。

 勇者の供になった時点で、死ぬことなど覚悟の上なのだ、俺もライも。


 無茶を言っているのは百も承知だ。

 だけどこうして告げておかないと、優しいお前は歩みを止めてしまう可能性があるから、こうして遺書に書いておく。



 そしてライ、この遺書はお前が生きていることを前提に執筆している。

 なぜなら俺はお前も死なせるつもりはないからだ。


 俺が死んだ後、ロックを支えるのはお前だけとなる。

 いやひょっとしたら旅のさなかに新たな仲間が増えているかもしれないけれど、現時点ではお前しかいない。

 お前は自慢の弟だ。

 お前ならばロックを支えられる。その大きな体は伊達ではないだろう?

 ロックが迷ったら背中を押せ! 間違ったなら叱り飛ばすか、殴り飛ばせ!

 最後まで勇者の供としての仕事を果たせよ。

 それがロックウェル家に生まれた男の生き様ってやつだ。



 そして申し訳ないがロゼには謝っておいてくれないか。

 この8年、常にそばにいてくれたロゼには感謝しかない。

 結婚間近だったロゼと死に別れるのは辛いものがある。

 ロゼとは死ぬまで一緒にいたかった。

 だが、同じくらい勇者の供にもなりたかったのだ。

 だから、この状況は自業自得なのだろう。

 嫁も友も諦められなかった俺の強欲に対する罰か何かなのかもしれない。



 だから最後に伝えてくれ、愛していたということを。

 そしてしばらく経ったら、俺を乗り越えて先に進んでくれと。

 ロゼが他の男の嫁になるとか正直考えたくもないのだけれど、俺が死んだ後のことを真面目に考えると、致し方ないと割り切るしかない。

 エルにもアナにも同じように伝えてくれ。幸せにしてやれなくて申し訳なかったと。


 立派に活躍しているサムやキング、世話になったエースやナイン、ジャックやエイト兵士長に父さんや母さん、町のみんなにもよろしく伝えておいてくれると嬉しい。

 ゲンとヨミには、ロゼにあまり迷惑をかけるなと言っておいてくれ。


 生きていくということは、人との繋がりが増えていくということであって、感謝する相手は山のように存在しているが、全員分書いているときりがないので、ここまでとしておく。


 ではさらばだ。

 土の勇者の供、ナイト=ロックウェルがここに記す。



【No,4】

 今回で遺書を書くのは4度目だ。

 4度目にして初となる本気の遺書である。

 正直今回ばかりは本当に死を覚悟しているのだ。

 なにしろ魔王軍との決戦前に書く遺書なのだから。


 明日、俺たちは火の魔王軍へと奇襲攻撃をかける。

 朱雀の国と玄武の国の2ヶ国が中心となった合同作戦で、青龍の国や白虎の国からも援軍が来ている程の大規模な戦いだ。

 俺たちの役割はその中でも非常に重要なものである。

 なにしろ俺たち勇者一行に与えられた役目は魔王討伐なのだから。


 旅立って僅か数ヶ月で魔王軍相手に決戦とか、時期尚早にもほどがある。

 だけど逃げるわけにもいかない。勇者が逃げてどうするのだ。

 それに俺たちの担当は魔王ではなく、魔王を守る側近たちの足止めだ。

 魔王を倒す担当は光の勇者テルゾウ殿であり、1年前の戦いでは、彼は魔王を追い詰めている。

 きっと今回もなんとかなるだろう。なると良いな、なってくれないと困るよ。

 でもこの遺書を誰かが読んでいるということは、駄目だったのかもしれないのか。


 こうして遺書を書いているうちに、俺は自分が緊張していることに気が付いた。

 それが分かっただけでも、遺書を書いた甲斐があったというものだ。

 ご先祖様たちが戦いの前に毎回遺書を書いていた理由も分かる。

 旅に出てから今回の魔王戦までの間は遺書を書かずにサボってばっかりいたけれど、これからは戦いの前にできるだけ書くようにしておこう。


 明日の魔王軍への奇襲攻撃。

 成功率はかなり高いはずだと言われている。

 でも予定は未定だ。そもそも前回の戦いのさなかに魔王に逃げられたことも、アナたちが魔王を見つけたことも想定外だったのだから、今回の戦いだって想定外の事態が起こると考えておいたほうが良いだろう。


 こうやって不安ばかりを書いているとキリがないので、ここら辺で終わらせておく。

 後は恒例の残す言葉だ。



 ロック、それとライ。

 お前たちに改めて言いたいことは特にない。

 詳しくは前回の遺書を読んでくれ、そこに全てが記されている。


 ロゼ、エル、アナ。

 久しぶりに会えて嬉しかったよ。

 特にエルには驚かされた。

 よりによって同じ人間に襲われるなんてひどい経験をしてしまったけれども、なんとか乗り越えてくれることを願っている。

 俺は昔からエルの明るさには助けられてきたからさ、エルが笑っていないとつまらないんだよな。



 ハヤテとデンデへ。

 時間さえあれば2人にも学ぶ楽しさを伝えたかったけれど、死んでしまったのではそれもままならないな、申し訳ない。

 だけどもし、2人にその気があるのなら、タートルの町に残って学校に通ってみてくれないだろうか。

 タートルの町は、2人にとっては到着後すぐに出発した場所だからあまり印象に残っていないかもしれないけれど、あそこには俺の作った学校があるんだ。


 そこでは多くの住民たちが様々なことを学んでいる。

 そいつらは全員俺の生徒だ。つまりお前たちにとっては先輩ということになる。

 万を超える数の先輩たちからお前たちは様々なことを学ぶことができるだろう。

 2人が勇者にならないのならばそれでも良い。

 でも折角なら、色々と学んでから自分たちの未来を決めてみてはどうだろうか?


 これは老師にも同じことが言える。

 魔族になったあなたがこの先どんな生活を営むつもりなのか俺には分からない。

 そもそも魔族の寿命も良く知らないのだ。

 このまま順調に老いて死ぬのか、それともハヤテやデンデよりも長生きするのか。

 でも、できることならば人間とは敵対しない生活を送ってもらいたい。

 人間の息子を2人も育てたあなたならば、それができると俺は信じている。


 他のみんなへはこれまでと同じように感謝を。

 おざなりだけど勘弁してくれ、俺には感謝する相手が多すぎる。


 では、そろそろ寝る時間だ。

 明日の魔王戦が無事に終わることを願ってここらで筆を置かせてもらう。

 まぁ、死ぬ順番としては俺は1番か2番目くらいだろうけどな。

 なにしろ、戦うメンバーの大半は俺の家族か婚約者なのだから。


 誰も死ぬなよ! 生き残れ!

 土の勇者の供、ナイト=ロックウェルの願いをここに記す。

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