第百四十三話 プレゼント
連載1周年を突破しました。
書き始めた当初はまさかこれほどの長さになるとは思いもしませんでした。
これも読んでくださっている読者の皆さんのおかげです。
これからもよろしくお願い申し上げます。
side ナイト
大魔王が助けを求める叫び声を上げた瞬間、俺はサムの股間を握りつぶし、サムと繋がっている大魔王の意識を刈り取った。
そして次の瞬間には大急ぎで大魔王の体からの離脱を試みる。
悠長に立ち上がって離れている時間などない、俺は跨っていた大魔王の体から飛び退るように体を離し、地面をゴロゴロと転がってから体を起こす。
先程まで俺がいた場所には大魔王の命令を受けた魔王たちが集結していた。
その奥に転がっている半死体を見た俺は「ちっ」と心の中で舌打ちをする。
つい先程まで、俺は確実に大魔王を追い詰めていた。
まぁ正確に言うと、大魔王と融合していたサムのトラウマを刺激して、大魔王の身動きを封じ込め、動けない大魔王に襲いかかっていただけなのだが。
俺の実力では大魔王には届かないが、サムが相手なら話が別だったのだ。
それにしても先程までの自分の様子を客観的に思い返してみると、とても勇者の供とは思えない行為をしてしまった。
なにしろ俺がやっていたのは、
無防備な息子を人質にして、
倒れ込んだ美しい女性の体の上に跨り、
奇声を上げながら狂ったようにナイフを振り回して、
女性の顔や腕を切り刻んだ、のだから。
俺はサムのズボンを狙い、ついでにパンツも脱がしてしまった。
しかしそれは予想外の事態を招き、俺は大魔王を一方的に攻撃する手段を持っていたことに気が付いたのである。
動かなくなった大魔王を訝しく思い、足元に落ちていたサムのパンツを見た瞬間、俺は状況を理解し呆れると同時に、かつての俺の行動に感謝をしていた。
まさかあの時のサムへの叱責がこんな局面で有利に働いてくれるとは。
人生は本当に分からないことだらけである。
やはり子供の躾に手を抜いてはいけないということなのだろう。
もっと早くに気が付いていれば大魔王討伐も容易かったのだろうが、贅沢は言っていられない。
幸いにも周囲の魔王やモンスターたちは大魔王自らの命令のおかげで手も口も出してこなかった。
俺は大魔王を切り刻み、後少しというところまで彼女を追い詰める。
だができたことはそこまでだった。
俺の攻撃力では大魔王を殺し切ること不可能だったのだ。
そして僅かなスキを突かれ、助けを呼ばれたおかげで、大魔王の命令は上書きされてしまう。
これでもう俺は大魔王へ近づくこともできなくなった。
だが同時に俺は仲間を復活させることができるようになったのだ。
大魔王は『一騎打ちをするから手を出すな』と配下に命令を下していた。
だから俺は仲間を回復させて一騎打ちではなくなり、魔王やモンスターが参戦してくることを恐れて、これまで彼らの回復を先延ばしにしていたのだ。
アイテムボックスから『目的の薬』を取り出し、『俺が逃げた先に倒れていた仲間』の体へと振り掛ける。
たちまち彼らの傷は塞がり、失った四肢すらも回復した。
彼らはすぐに立ち上がり、戦闘態勢へと移行する。
再度復活した俺の仲間は3人、ヨンと父さんとゼロであった。
「3人共無事ですか? まだ戦うことはできますか?」
「ぐっ! 無事と言えば無事ですが……、一体何が起こったというのですか?」
「あれは大魔王!? まさかナイト、お前が奴をあそこまで追い詰めたというのか?」
「ククク……ワイは聞いとったでぇ。相も変わらず常識外れなことをする奴やなぁぁ」
「詳しい話は後にしてくれ! 今はこの場をなんとかするのが先決だ!」
どうやら3人共無事に復活してくれたようではあるが、現状が厳しいことには変わりはない。
大魔王は無力化したものの、相手の戦力は大きく、こちらは俺の他には怪我から復活したばかりの戦力が3人ばかり。まともにやったら手も足も出ないだろう。
俺は先程開けたばかりの穴にチラリと視線を向ける。
大魔王が生み出した氷河をぶち抜いて作った脱出口はそのままの状態で残っていた。
どうやらステータスに記されていた通り、氷河の拡大にも修復にも大魔王自身の意志とMPが必要になるらしい。
俺は3人にあの穴を使った脱出を提案しようとするが、残念ながらそんな暇までは存在しなかった。
先程までは大魔王が俺たちを舐めてくれていたから作戦を練る時間を取ることができたのだ。
だが現状大魔王は気絶し、その前の命令はそのままの状態で残っている。
魔王とモンスターの大群、そいつらが勢いを増して俺を排除するために殺到してきたのであった。
3人を復活させて数分後、俺はバードの町の中を必死に逃げまわっていた。
魔王もモンスターも大魔王の最後の命令を忠実に実行し、俺を排除しようと追いかけてくる。
逆に言えば標的は俺だけなので、俺は3人に薬を渡して倒れている老師と共に穴から脱出してくれと頼み、一人で敵を引き付けていた。ようするに囮である。
急激に上がったステータス、MPを利用して設置できる罠、そして町の中というモンスターにとって追跡し辛い地形が有利に働き、俺は未だに敵に捕まることなく逃走を続けていた。
気をつけなければならないのはキングの砲撃ではあるが、俺の居場所を見失ってしまったのだろう、何度かヒヤリとする場面はあったものの、今や奴の砲撃はまったく見当違いの方向へと打ち込まれている。
全体を指揮していた大魔王が気絶し、建物をまとめて吹き飛ばすことができるムツキが怪我で退場していることも助けとなってくれたようだ。
これで父さんたちが逃げおおせてくれれば、最終的な生存者数を上げることができる。
しかも生き残りには玄武の国と白虎の国の英雄である父さんとゼロが含まれているのだ。
老師が含まれていることもハヤテとデンデにとっては良い方向に働いてくれるだろう。
「皆どうか無事に逃げ延びてくれ」と俺はこの時思っていた。
しかし俺が助けようとしていた彼らは俺とは別の思惑を持っていたのだ。
とある曲がり角を曲がった時、俺はそこに設置されていた罠に気が付いた。
いや、それは罠ではなく巣だ。蜘蛛の巣だ。
曲がり角の先、道を覆うようにして巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされ、その巣にはナインが陣取っていたのである。
この道はヤバイと引き返そうとするが、振り返った先から近付いて来る電撃熊の巨体を目にした時、俺は魔王たちに罠に嵌められていたことに気が付いた。
未だに砲撃の音はあさっての方向から聞こえてくる。
だがあれはフェイクだったのだ。
敵は俺の居場所を見失っているのだと俺に誤解させ、実際には現在地を把握されていた俺に罠を仕掛けて逃げ道を失くす。
左右は建物、前後は魔王では逃げ道がない。可能性としたら上であるが、顔を上げれば建物の屋上にはモンスターの大群がひしめき合っていた。
しばらく前から見かけなくなったと思っていたら建物の屋根の上から見張られていたのか。
単純すぎて気がつかなかった。
連戦の疲れで頭の回転が鈍くなってきているようである。
「クネクネクネクネ、アラク~ネ」
「ダダダ、ダダダ! サンダーァァァ!!」
ナインと電撃熊がそれぞれ俺に対して言葉なのか威嚇なのか良く分からない発言をしてくる。
やはりエース以外の者は魔王形態になると喋れなくなるのか。
キングが「シャ~イニ~ング」とか言っていた時点でひょっとしたらと思っていたんだよな。
火の魔王が「バーニング」とか「フレイム」とか言っていたことを考えると、目の前の熊の魔王はサンダーベアーで、後ろのナインはアラクネナイン、キングはシャイニングキングといった名前だったりするのだろうか。
ナインは獲物である俺が巣に掛かるのを待っていて、熊の方が俺に突撃し押し込める係か。
単純ではあるが堅実な策だ、追い込み漁は基本でありながらも効果が高い。
だがこれは俺にとって好都合な状況とも言える。
俺は大魔王とは有利に戦えたが、他の魔王とはまともに戦えない。
特に今回のように四方八方から狙われている時は尚更だ。
だが目の前の熊、こいつだけは話が違う。
相手が雷の魔王ならば俺には勝機が存在するのだ。
逃げられないのならば、せめてもう一体くらい魔王を仕留めて死んでやろう。
そうすればロックたちが後々楽になるはずだ。
そんなことを考えて、俺は電撃熊を迎え討った、いやそのつもりだった。
しかし熊の進行方向に突然モンスターが雨あられと落ちてきて、奴の突進は遮られることとなったのである。
「なんだぁ?」
突然の事態に俺は再び建物の屋根へと視線を向ける。
そこには逃したはずの父さんたちが勢揃いしており、彼らはそこから次々とモンスターたちを地上へと叩き落としていた。
彼らは屋根の上のモンスターたちを根こそぎ始末してしまうと、建物から飛び降り、俺を守るように陣形を組む。
後ろのナインに対してはヨンとゼロが。
そして前の熊に対しては父さんと老師が構えをとった。
待ちの姿勢だったナインは策を潰されたにもかかわらず、新たに現れた獲物に対して舌なめずりをしている。
そして熊の魔王は突進の勢いが殺されたことが気に入らないのか、今度は逆にゆっくりと威圧するように俺たちの下へと近付いてきた。
「なっ……何をしているのですか、揃いも揃って!」
俺は4人の行動に呆気にとられ、そして次の瞬間には激高してしまった。
一体何のために俺が逃げ回っていたと思っているのか。4人を逃がすためではないか。
だが俺なんぞの浅い考えは、あっさりと大人たちの手で切り捨てられてしまったのだった。
「ククク……何をやないわぁ! あんたを助けにきたに決まっとるやないかぁぁ!」
「ナイト様の命を最優先とすること。話し合いの結果そういう結論に達したのであります」
「そういうことだナイト殿。吾輩の息子たちを逃してくれたこと、誠に感謝申し上げる」
「ゼロ殿から説明を受けた。お前は大魔王を追い詰めることのできる希望の星だ。この場で私たちが助かるために死なせるわけにはいかん。むしろお前を助けるために私たちの命を使うべきなのだ」
いや、確かにそうかもしれないけど!
俺は大魔王を追い詰めていたけれども!
だからといって父さんたちが俺のために犠牲になるなんて……ってこれか!
これが勇者の、ロックたちが抱いたであろう気持ちなのか!
「ここは任せて先に行け」なんて言ってみたいセリフの定番ではあるが、言われた方はこんな気持になるってことなのか!
俺はつい先程ロックたちにしでかしてしまった行為の意味に気づき愕然としてしまう。
それとは別に父さんたちが来てくれたことで、生き延びるチャンスが生まれたことを嬉しく思っていた。
「とにかくだ、この2体からどうにかして逃げ出すぞ。そしてナイトは老師殿と共に氷河の穴を潜って脱出するのだ。砲撃してくるであろうキングの注意は私たちが引き付けておく」
「捕らぬ狸の皮算用ですよハロルド将軍。まずは目の前の魔王から逃げおおせないと、穴どころか空を飛ぶことすらできません」
「そうだったな」
なるほど、目の前の魔王を倒す⇒キングの注意を引き付けておいて、老師に掴まって穴から逃げ出す⇒ロックたちと合流、とこういう流れか。
確かに現状これが最善の道ではある。
だが、2体の魔王を相手に俺たちだけでどうにかしなければならないのが正直厳しい。
俺はアイテムボックスの中にある革命武器を取り出そうとして止めた。
魔王相手に効果を発揮する革命武器も、ステータスが突出して低くなければ効果は発揮できない。
この場の4人は実力者なのだ、先程の大魔王と俺の関係と同じで、革命武器を渡したとしても魔王を一撃で仕留めるのは難しいだろう。
それよりも目の前の相手を倒すためなら1つアイデアがある。
俺はアイテムボックスの中から綺麗に包装された包みを取り出した。
「父さん、目の前の熊を倒すのでしたらこれを使いましょう」
このプレゼントは本来ならば本日朱雀の国の上層部の面々に、昨日ロックが火の勇者をボコボコにしてしまった詫びの代わりに贈ろうとしていたものである。
この場の4人は全員中身を知っているし、俺が何をしようとしているのかも一発で理解してくれた。
4人は頷き、ヨンとゼロはナインの足止めを、父さんと老師は熊の相手をして、スキを見て俺が目の前の熊へとこのプレゼントを届けることが決定する。
「では行くぞ! 総員散開!」
父さんの掛け声で、俺たちはそれぞれの相手へと突っ込んでいく。
目の前の熊は迎え討つ気だ。歩みを止めて俺たちに電撃を放出してくる。
俺は父さんと老師の前に出て、目の前にプレゼントを掲げた。
すると電撃はプレゼントの箱へと誘導され、綺麗に包装された箱は粉々に弾け飛んでしまう。
そこから出てきたのは一対の小手であった。
緑色と金色の宝石が光り輝く、俺たち土の勇者一行がヤマモリの町近郊の罠のダンジョンの最下層の宝物庫の中から発見したマジックアイテム。
その見た目から『風雷の小手』と勝手に命名したその小手は、魔王の放った電撃を吸収し、金色の宝石だけが脈動を開始し始めたのであった。




