第百四十二話 天敵
side エース
ナイト様が大魔王の必殺の一撃を見事に回避し、次の瞬間には鮮やかな手際でサムのズボンをパンツごとズリ下ろした光景を目撃し、私は感動に打ち震えていた。
思えば今日一日、ナイト様には驚かされっぱなしである。
まずはなんと言っても、スキルの更新で大魔王の計画を破壊してしまったことが大きい。
あれがなければ戦勝式は滞りなく進められ、そのまま夜になってしまえば、このバードの町は誰一人として逃げることのできない殺戮の町へと変貌していたことだろう。
だがナイト様のスキルの更新のおかげで大魔王襲来の報はバードの町を駆け巡り、多くの住民が避難し、確実に死体となっていたはずのロック王子ですら逃げ延びることができたのだ。
それに大魔王がスキル『独占』を使用した後の対応も素晴らしかった。
ナイト様はキングとシャイン殿が魔法を使ったことから推理を展開し、兵たちに希望を持たせ、どん底まで落ちていた士気を回復させたのだ。
あれがなければあの後のモンスターの投入時に勝負はついていただろう。
その後の撤退戦で各国の兵士たちがあれだけの奮戦を見せたのは、彼らの胸に希望の火が灯っていたからだ。
我々は間違いなくこの場で死ぬ。
だがそれは無駄死にではない。
世界を救ってくださる勇者様を助けるために死ねるのならば本望!
彼らは間違いなくこのような思いを胸に死んでいったはずだ。
私も勇者の供として旅立つ前は彼らと同じく兵士だった。
だから、彼らの気持ちは痛いほど良く分かるつもりだ。
兵士が命を懸ける理由。これはシンプルであればあるほど良いとされている。
家族のため、恋人のため、子供のため、親のため、友人のため。
誰か大切な人を守りたいと思った時、兵士はたとえ勝てない相手の前であっても立ちふさがる勇気を持つことができるのだ。
今回の件はどうか?
勇者様を逃がすことは大切な者を守ることに繋がる。
そんなことは考えるまでもない。だから彼らはスキル『勇者』の復活に僅かな希望を込めて、その命を散らしていったのだ。
そうして彼らは見事に役目を全うし、ロック王子たちは脱出まで後一歩というところまで辿り着いた。
しかしそこでも大魔王の邪魔が入る。が、それからもまたナイト様は活躍するのだ。
覚悟の決まっている大人たちを囮として、未来ある若者たちを救うための作戦。
ナイト様自身が逃げられないことが前提となる先程の策は大魔王の琴線に触れ、遂にナイト様は大魔王との一騎打ちに望むことになったのである。
悪の親玉と英雄の一騎打ち。
それは幾多の英雄譚で語られる最終決戦の花形だ。
仲間も配下も倒れた後で、お互いが死力を尽くして戦い生み出される極限状態。
今回のこれは少しニュアンスが違うが、それでも素晴らしいことなのだ。
ナイト様は大魔王に『自らの手で倒したい敵』と認識されたのだから。
しかしだからといって、ナイト様が大魔王の美学に付き合う必要があるかというと、それはまた別問題なのである。
彼女は火花散る戦いを望んでいたのだろう。
いや、大魔王が望んでいたのはナイト様『だけ』が命を削って火花を散らし、最終的には彼女の手によって倒される戦いか。
短い付き合いだが、おおよそ彼女の性格は分かっている。
配下には寛大で、作戦は正々堂々。敵の抵抗も楽しむことができる大魔王の名に相応しい女傑。
だがその実態は己にとって都合の良い状況下だけを良しとし、他を一切認めない我侭な女。
配下に寛大なのは、いくらでも替えが利くから。
正々堂々の戦いが好きなのは、真っ向勝負なら負けることがないから。
敵の抵抗を好むのは、勝てない相手に挑む者たちの足掻きを見るのが楽しいからなのだ。
この慢心こそが大魔王唯一の弱点と言えるものなのであるが、そのスキを突ける者がいない現状、彼女に敵はいないのだろう。
その証拠にテルゾウ殿からのまさかの反撃を喰らった時は、見事なまでに狼狽していた。
あの時こそがまさに千載一遇の好機だったのだ。
『勇者』を独占し有頂天になって、万が一の反撃すらも考えから放棄した彼女に襲い掛かった革命武器の恐怖。
あのまま上手く戦いが進んでさえいれば、ひょっとしたら大魔王といえども倒せていたかもしれない。
しかし戦いには「まさか」も「ひょっとしたら」もありえない。
事実としてテルゾウ殿は死亡し、大魔王は生き残った。
そして彼女は今、絶対に負けることのないナイト様との一騎打ちを楽しんでいる。
だがナイト様は大魔王とまともに戦うことは放棄し、サムのズボンへと手をかけた。
ナイト様の行動は正しい。この決闘の結果はどうやっても覆せないのだから、大魔王など放っておいて、サムのズボンを脱がすことを第一に考えるべきなのだ。
パンツまで一緒に脱がしてしまったのはご愛嬌だろう。
恐らく染み付いた癖が出てしまっただけで、狙って脱がしたわけではあるまい。
ちなみにサムの着ている服は複数あり、毎日私が脱がし、洗濯し、着せているので清潔だ。
大魔王といえども彼女は女性。着たきりスズメの男の服から漂う臭いには我慢ができず、毎日の着替えと洗濯を私に命じたのである。
大魔王も周囲のモンスターたちも、ナイト様の突然の奇行に驚いて声も出ないようである。
違うな。モンスターたちは口を出すなと言われているから、しゃべることができないだけだ。
大魔王からすれば意味不明すぎてポカンとしてしまったのだろう。
だがその硬直も一瞬のことでしかない。彼女は次の瞬間にも復活し、ズボンの回収に手間取っているナイト様へと向かって、必殺の抜き手を繰り出してくるはずだ。
その前に早く脱がさねば!
一刻も早くサムのズボンを脱がしきるんだナイト様!
早く早く早く!
ハリーハリーハリー!!
私の願いが通じたのか、ズボンの裾がブーツの中に収められていたために多少手間取りはしたものの、ナイト様は無事にサムのズボンを脱がしきることに成功した。
ナイト様は脱がしたズボンをアイテムボックスに収納し、その間大魔王は微動だにしていない。
……微動だにしていない?
なぜだ? なぜ大魔王は動かない?
ナイト様は彼女の目の前で、彼女の腹から突き出ている男の下半身に掛かりきりだったのだぞ?
スキだらけにもほどがある。ナイト様は殺されることを覚悟の上でサムのズボンを脱がしに掛かったはずなのだ。
ナイト様自身も状況の不可解さに首を傾げている。
そんな時だ、ナイト様はふと自分の足元に目を向けた。
正確に言うと地面に打ち捨てられているサムのパンツを見つめたのだ。
ナイト様の目的はあくまでサムの履いていたズボンであり、パンツはあくまでもついでだった。
だからパンツは回収せず、地面に捨ててしまっていたのである。
いや、ひょっとしたら弟とはいえ男のパンツを手に取りたくなかっただけなのかもしれないが。
だが地面に打ち捨てられているパンツを見た瞬間、私とナイト様は揃って状況を理解し、驚愕に目を見開いた。
これだけのことがあり、それなりに時間も経っているというのに大魔王は依然として動かない。
いや、動けないのだ。大魔王は動けない。
なぜ大魔王は動けないのか? 彼女に何があったのか?
彼女には何もなかった。あったのは彼女と融合したサムのほうだった。
ではサムの身に何があったというのか?
見たままではないか、考えるまでもない。
『ナイト様にズボンをパンツごと脱がされてしまった』のだ!
ナイト様は大魔王を視界に収めたままゆっくりと移動し、地面へとしゃがみこむ。
そこにはテルゾウ殿とジェイク殿の遺体が転がっている。
ナイト様はまずジェイク殿の手に握られていたボロボロのナイフを抜き取った。
そのナイフは半ばから欠けてしまっている。
元々が見た目からボロボロな革命武器なのだ。
戦闘の最中に破損したとて何の不思議もないであろう。
ナイト様は続いてテルゾウ殿が左手に装着していた、同じくボロボロのメリケンサックを取り外そうとした。
しかしメリケンサックの方は取り外せなかったようだ。
テルゾウ殿はきっと死の瞬間まで拳を握りしめ、大魔王へと革命の一撃を叩きつけようとしていたのだろう。
この状況がいつまで続くかも分からない。
ナイト様はメリケンサックの回収を諦め、ゆっくりと大魔王へと近づき、その体へと欠けたナイフを振り下ろした。
ガキイィィン!
まっすぐに心臓を狙った一撃は大魔王の防御に阻まれてしまう。
そこでナイト様は気付いたようだ、大魔王の服の下に青い輝きがあることに。
実は先程テルゾウ殿は大魔王へと到達していたのだ。
煙幕で視界が不明瞭な中、高速で接近しクラゲの魔王を吹き飛ばしたテルゾウ殿は、狙い違わず次の瞬間には大魔王へと一撃入れることに成功していたのである。
しかし、その一撃は何の効果も及ぼさなかった。
彼はナイト様と同じく彼女の心臓を狙ったが、同じようにその攻撃は阻まれてしまったからだ。
彼女が服の下に身に着けていた、氷魔法を用いて作り出した極薄の氷の下着によって。
結局は氷河と同じ理屈なのである。
大魔王が生み出した氷河に革命武器が通用しなかったように、大魔王が着用した氷の下着にも革命武器は通用しなかった。
彼女は氷魔法を用いて首から上半身までを覆う極薄の氷の下着を作成し、それを着用することで革命武器による一発逆転を防いでいたのだ。
その慎重さは見事に効果を発揮し、テルゾウ殿の奇襲は防がれ、次の瞬間人類最強の男、光の勇者テルゾウ殿は体を刺し貫かれて殺されてしまった。
だが逆に言えば、下着でカバーできる箇所以外は氷で覆われてはいない。
ここらへん、やはり大魔王も女性ということか。
完全に防御に徹するのならばフルプレートアーマーのような氷の鎧でも作り上げて、それを着込んでいればいいのに、余裕を見せたいのか、美しく在りたいのか、大魔王は最低限の防御だけですましてしまっていたのだ。
それに気づいたナイト様は、防御のない箇所すなわち彼女の顔面に向けてナイフを振り下ろす。
彼女の目にはそれが見えているはずなのに、まったく動くことができない。
いや、良く見ればプルプルと震えている。動こうと努力はしているのだろう。
しかし動けない、動くことはできない。
なぜなら脱がされてしまったからだ。
彼女と融合しているサムが、ズボンをパンツごと脱がされてしまったからだ。
サム=L=アイスクリムがナイト=ロックウェルの手によってズボンをパンツごと脱がされるということ。
それがどういう結果をもたらすのか、それが今、目の前で展開されていた。
「ギャア! ギャアア! アアアァッァ!!」
大魔王の悲鳴が、彼女の悲鳴だけが高く高く木霊している。
悲鳴の理由はナイト様の攻撃だ。
彼は動けない大魔王へと向かって一心不乱にナイフを振り下ろしている。
グサッ! ザクッ! グサグサ!! ザクザク!!
つい先程大魔王が説明していた通り、革命武器はその効果を十全には発揮できていなかった。
だが万全ではないにしても、多少なりとも発揮できていれば、ステータスに圧倒的な差があるナイト様にとっては十分だ。
ボロボロのナイフを文字通りただのナイフとして使用し、ナイト様は大魔王を切り刻んでいく。
その表情は必死だ。無防備な相手に攻撃を加えているのはナイト様のほうだというのに、追い詰められているのは自分だと確信している顔をして、一心不乱にナイフを振り下ろし続ける。
実際ナイト様の考えは間違ってはいない。
こんな奇跡がそういつまでも続くわけがないからだ。
事実彼女の体は少しづつ動けるようになり、遂には腕を交差して顔を庇ってしまった。
そして彼女は今度は足さえも動かすようになり、ナイト様を蹴り飛ばそうと試みている。
目の前にいるのは分かっているのだ、十分どころか半分でも良いから体が動くようになりさえすれば、大魔王はこの窮地から脱っしてしまうだろう。
だからナイト様は、
両手で握っていたナイフを片手に持ち替えて、
まるで生まれたての赤ん坊に触れるような繊細さで、
優しくサムの股間に触れたのだった。
反応は、
劇的だった。
ビクン!!
一瞬サムの体がはねたかと思うと、脱力し海老反り状態だったサムの体は、大魔王と融合し意識がないにもかかわらず、急激に体を折りたたんでしまう。
非常時に際し、体を折りたたんで丸くなるのは、人の体が持つ反射的な防衛本能だ。
下半身は膝を丸め、上半身はその膝へと向かっていく。
それを大魔王と融合したステータス3万超えの勇者が行ったらどうなるか。
通常だったらあるはずのない箇所に、別人の体が存在していたらどういうことが起きるのか。
「グファッ!」と明らかにダメージを喰らったであろう叫び声を上げて、大魔王は地面へと倒れ込む。
完全に取り込んで意識を奪い、ノーマークだった男から、突然容赦のない両膝蹴りを顔面に、僅かに遅れて後頭部に頭突きを喰らわされることとなったのだから当然といえば当然の反応だったのだろう。
体の前後にサムが突き刺さっているので、大魔王は仰向けにもうつ伏せにもなることはできなかった。
地面に対して横向きに倒れる大魔王。
そして、その上に覆いかぶさるナイト様。
十文字に交差した2人の体の上にまたがったナイト様は、一心不乱に大魔王の顔に向かってナイフを振り下ろし始める。
「アアアァァァ! ガアアァァ! ウワアアァァァ!!」
「ヒイッ! ヒイイィィィ! ヒヤアアァァァ!!」
ザク! グサ! ザクザク! グサグサ! ゾリゾリ!
ナイト様は雄叫びを上げながら大魔王を切り刻んでいく。
視界を確保しようとして顔を曲げてしまったのだろう。体は横向きなのに顔だけは上を向いている大魔王へ向かって容赦のない革命の刃が振り下ろされ続けた。
形の良い両耳は切断され、
きらびやかな瞳は2つともえぐり出され、
鼻は削り取られて、頬は削ぎ落とされ、
唇は失くなり、その下の歯が剥き出しになっている。
顔を守るために交差していた両腕は真っ先に切り刻まれた。
左腕は肩の根本から、右腕は肘の先から存在していない。
一撃で切断できなくても、肉を切り刻めるのなら解体することは不可能ではないのだ。
周囲の肉を削ぎ落とし、骨が見えたら関節とは逆向きに体重を掛けるだけ。
それで大魔王の腕は骨ごと外れてしまったのだ。
大魔王の両腕はナイト様の手で解体されてしまったのである。
だが大魔王も馬鹿ではない。なんとかナイト様の攻撃から逃れようと、必死に足掻き体を動かそうと試みていた。
しかし大魔王に少しでも動きが見られた瞬間、ナイト様はそっとサムのむき出しの股間に触れるのだ。
ビクン!!
それだけで、たったそれだけのことで大魔王の抵抗は無意味となる。
『勇者』も『魔法の心得』も独占した大魔王が、目の前の男には手も足も出ない。
大魔王はスキル『独占』を有効活用するためにサムと融合し一心同体となった。
そんな彼女は融合当初、私たちにサムのことを根掘り葉掘り質問してきた。
彼女からすれば、融合した勇者に関する知識を集めることはごく当然の発想だったのだろう。
逆らうことのできなかった私たちは、問われるままに彼女に質問に答えていく。
その中には当然、サムとナイト様との馴れ初めの話も含まれていた。
その話を聞いた際、彼女は呆れ、そしてそれ以上に笑っていたのだ、
「勇者が股間を握りつぶされたくらいで気絶してどうするのか」と。
だがそれは間違いだ。
かつてこの話が広まった時、ほとんどの男はサムの敗北を認めた。
勇者であるサムが、当時ハズレ者と呼ばれていたナイト様の手で倒されたことを、世の男たちは「それならば仕方がない」と認めたのだ。
その場面を実際に目撃したロック王子が、翌日こんなことを言っていたのだと後にナイト様から聞いたことがある。
「いや、ナイト。男としてはあれはトラウマになると思うぞ」と。
男が女性の胸や性器について、知識があっても正確には理解できていないように。
女である大魔王もまた、男の股間について正確な知識を持っていなかったのだ。
だから彼女は気づかなかった。
目の前の男の脅威に気づけなかったのだ。
サムにとってナイト様は実の兄であり恩人であると同時にトラウマそのものでもある。
初めての敗北、初めての痛み、そしてそれをもたらしたのは実の兄にしてタートルの町の孤児院の副院長であったスキルが一つだけのハズレ者。
彼が初めて出会った弟に仕掛けたのは、その孤児院に代々伝わっていた相手のズボンをパンツごと引きずり下ろし、股間を握りつぶすという子供らしい必殺技であったのである。
『サム=L=アイスクリムがナイト=ロックウェルの手でパンツをズボンごと引きずり下ろされる』ということは、そのトラウマを呼び起こすのに十分な出来事だったのだ。
その後の股間への接触に関しては言うまでもない。
私はサムとは長い付き合いだ。
孤児院で暮らしていた時、ナイト商会で働いていた時、そして氷の勇者としての旅の間、私は常にサムの近くにいて、寝食を共にしてきた。
実際に一緒にいる期間で言えば、私はナイト様よりも長いのだ。
特に旅立ってからは男だけの旅路だったがゆえに遠慮も容赦もなくなり、お互い色々と語り合い、そして見せあったりしてきたのである。
男とは男同士でつるむと馬鹿なことばかりをする生き物だ。
連れションをしたり、風呂の中で股間を見せ合ったりなど日常茶飯事だった。
だから私はサムの股間については一家言あるつもりだ。
女性には知識はないだろうが、男の股間というものは、意外に伸縮性に富み、膨張する時は予想外に大きくなり、縮小する時は逆に驚くほどに小さくなる。
特に寒い場所へ行ったりすると、持ち主でさえ驚くほどに小さく縮こまってしまうのだ。
それは股間そのものが持つ防衛本能。
命を守ろうとする本能が働き、自然と小さくなってしまうのだ。
長いこと見続けてきたサムの股間。
それは私の知る限りもっとも小さくしぼんでいた。
そして時折視界に入るサムの顔は恐怖に彩られている。
大魔王曰く、サムは生きてはいるものの、その意識はないのだという。
意識がないはずのサムにあれだけの恐怖の表情を作らせるとは。
一体サムの抱いたトラウマとはどれほどのものだったというのだろうか。
世の中には『天敵』と呼ばれる存在がいる。
抵抗し難い強敵、もしくは最も苦手とする敵対者のことをそう呼ぶのだ。
素手で戦う格闘家が毒の皮膚を持つモンスターを苦手としているように。
火の魔法を得意としてる魔法使いが、火属性のモンスターを苦手としているように。
氷の勇者を倒した男、ナイト=ロックウェル。
サムが絶対に逆らえない相手、ナイト=ロックウェル。
サムにとってナイト様とは、兄であり、恩人であり、トラウマの対象であり、そして天敵でもあったのだ。
よってそのサムと融合した大魔王は、『勇者』を独占すると同時にとんでもない弱点を抱えてしまったのである。まさに文字通りの意味で。
今や大魔王の顔はズタズタに削られ、腕はボロボロになっていた。
だが、それでも、大魔王は倒せない。
人間ならばとっくに致命傷になっているほどの怪我なのだが、そこはやはり魔族ということか。
首や心臓の防御は完璧で、ナイフが欠けているために頭蓋骨の奥にまでナイフが刺さらず、脳にも攻撃が届かない現状、どうやっても命を取るための決め手に欠けるのだ。
だからナイト様は上半身への攻撃は中止し、今度は下半身を攻めようと体を動かした。
その時、遂に大魔王はこの予想外の窮地からの脱出を果たす。
それは彼女の美学に反する行為であった。
だがそんなことを言っている場合ではなかったのだ。
このままでは確実に殺されるのだから、美学なんぞにこだわっている暇はなかったのである。
「た……」
「……!」
大魔王の下半身に刃を振り下ろそうとしたナイト様が異常に気付いてサムの股間へと慌てて手を伸ばすが間に合わない。
大魔王は声を上げて私たちに『助けを求めた』のであった。
「助けて! 助けろ! 助けるのじゃ! この男を妾の前から排除しろぉ!!」




