第十四話 新たなる生活
2017/06/16 サブタイトル追加&本文を細かく訂正
2017/07/14 本文を細かく訂正
「ここが俺の新しい住居か」
タートルの町の市街地、その大通りの一角。
そこにある『薬局のロックウェル』本店。
1階の半分は店舗になっており、その奥は作業場。
そして2階は丸々従業員用の宿舎。
その部屋の1つがこれからの俺の住まいだ。
父さんやアナ達とのレベルアップの為のモンスター退治から1月後。
俺は家を出て、ロックウェル家が経営するこの薬局で住み込みで働くことが決定した。
襲撃してきた魔族を撃退し、タートルの町へと帰り、闇の神殿に到着した後、俺は倒れた。
体には異常は見当たらなかったが、極度の疲労と緊張の糸が切れたことが原因と説明された。
目が覚めた時は倒れてから丸1日が経過しており、見舞いに来ていたロックに無茶をするなと怒られたりもした。
結局レベルは10を超えることはなかった。
並のモンスターよりも魔族1人を倒す方が大量の経験値が手に入ると言われている。
実際、ロゼもアナもエルも一気にレベル20を超える程の経験値を獲得していた。
しかし俺の経験値は10止まりで、それ以上、上がることはなかった。
今の俺のステータスはこんな感じだ。
『名前:ナイト=ロックウェル
LV6⇒LV10
ステータス
筋力:26⇒34
体力:30⇒38
素早さ:26⇒34
魔力:22⇒30
抵抗力:25⇒33
運:22⇒30
所有スキル:一般人LV6⇒LV10』
レベル6から全能力が8上昇した。
レベルが4上がったので、全ステータスが4上昇。
スキル『一般人』が4上がったので、同じく全ステータスが4上昇したのだ。
レベル6当時のエルの数値とどっこいどっこいである。
と言っても俺のステータスはここで打ち止めだ。
更に成長することが出来るあいつらとの差は今後益々広がっていくのだろう。
あの後、結局父さんの予想取り、ロックへの襲撃は無かった。
あの魔族2人だけがロック暗殺の任務を受けていたらしい。
いや、ひょっとしたらあいつらの独断専行だったのではないのか、という意見もある。
俺が眠っている間は上へ下への大騒ぎだったらしい。
何しろ王子兼勇者の暗殺計画があり、実際闇の勇者であるアナは大怪我を負って帰って来たのだ。
父さんは管理責任を追求されたが、襲撃者である魔族の1人を仕留め、暗殺計画を事前に潰したという事で、責任問題は魔族討伐の手柄と相殺になった。
そう、あのアリジゴク野郎を倒したのは父さんという事になったのだ。
勇者が手も足も出なかった魔族を『一般人』が倒したと言っても誰も信じないだろうし、何より父さんの手柄という事にすれば、王女や勇者を守り切れなかったという父さんの罪を帳消しに出来ると言われ、全員で口裏を合わせたのである。
仮に死体が残っていたのなら、この方法は使えなかった。
だが、魔族は死亡するとモンスターと同様に死体が消滅する。
おかげで、誰も疑わなかったのである。
闇の神殿の治療院のベッドの上で目が覚めた後、俺は母さんに抱きしめられ大泣きをされた。
父さんの頬には真っ赤な手形がくっきりと残っていた。
どうやら母さんに張り飛ばされたらしい。
その後、弟やロックも来て、目が覚めたロゼやアナやエルが俺に抱きついて離れなくなり大騒ぎになった。
そしてその後、陛下と神殿長が病室を訪れ、父さんの立場が不味いことになっていると聞かされたので、俺達の魔族討伐の手柄を父さんに譲ったのだ。
魔族の討伐が父さんの手柄になるという事は、俺達の手柄は無くなるということでもある。
しかし俺達はそれでも良かった。
下手に俺達が倒したことが広まれば、俺達を狙ってまた魔族に襲われる可能性もあるからだ。
俺達が手に入れた筈の、栄光も賞賛も俺達は自ら手放した。
その代わりとして、倒した魔族の魔石は国が買い取り、その買取金額は俺に支払われる事となった。
ロゼやアナやエルにも受け取る権利はあったのだが、
「魔族を倒せたのはナイトのおかげだから」
と言って受け取らなかった。
そして退院後、俺は屋敷を出ることになった。
ロックウェル家は武門の家柄だ。
戦えない者は家を出なければならない『しきたり』が有る。
その事を報告したら、ロックやアナ達が屋敷に突撃してきた。
「魔族を倒せる程の逸材を家から追い出すのは間違っている!」と、父さんに猛抗議したのだ。
しかし今回の件は運が良かっただけに過ぎない。
まともにやったらまず勝てなかった相手だ。
実際俺達を襲って来たのがアリジゴク野郎ではなくカマキリの魔族だったなら、俺達は全滅していた筈なのだ。
だから俺は勇者の供としては失格だし、この屋敷にも居られないのだと説得し、ロックもアナも渋々と納得してくれた。
そして俺は屋敷を出た後の就職先を、この『薬局のロックウェル』に決定した。
この世界が、俺の前世の世界とは違う世界だと理解してからというもの、俺はこの世界の文明に興味を持ち始めた。
こちらの世界には、前世の世界『地球』には無いものとして、『魔法』『魔道具』『魔石』『モンスター』『魔族』そして『マジックアイテム』と『アイテム』が存在している。
俺は折角就職するのなら、これら地球には無かった物に関わる仕事に就きたいと考えたのだ。
だが、『魔法』『魔道具』『魔石』に関しては、対応するスキルが無い限りその手の職業に付くことは出来ない。
出来ても精々売り子止まりだ。
それではつまらないだろう。
『モンスター』『魔族』に関してはそもそもスキルもステータスも足りないため駄目だ。
『モンスター』や『魔族』に対抗する為に、どの国でも兵士は募集しているし、人気がある。
またモンスターの魔石を集めることを目的としている『モンスターハンター』も存在している。
しかしどちらにしても『強さ』が必要とされる職業だ。
俺は多少知識があるだけで基本的には弱いのだ。
だからこれらも無しである。
魔族は恐ろしかったが、モンスター退治は楽しかったので少し残念ではある。
『マジックアイテム』は少し特殊だ。
巨大化する剣、風のように走ることが出来る靴、刃を止める服。
そういう特殊能力を付与された武器や防具や道具の事を一般的にマジックアイテムと呼ぶのだ。
魔道具との違いは、燃料として魔石を使っているかいないかで分けられているらしい。
魔石を使って発動するのが『魔道具』であり、持ち主の魔力を使って発動する物が『マジックアイテム』なのだ。
ちなみにマジックアイテムの中には『特に特殊能力を発動するために魔力を使う必要の無い物』も含まれている。
要するに余り厳密な規定は無い訳だ。
この世界は結構アバウトなのである。
ただし、基本的に『人の手で作り出すことが出来る』魔道具とは違い、マジックアイテムは『意図的に作り出すことはまず不可能』だと言われている。
大昔の鍛冶師の中にはマジックアイテムを作成できた者も居たと伝説として伝わっているが、所詮は伝説だ。
マジックアイテムは一般的にモンスターの体内やダンジョンの宝箱で発見され、基本的に国が管理し、勇者やその仲間に優先的に使用権が与えられる代物だ。
よってこれに関しては仕事にすることも出来ない。
偶然手に入れることが出来たらラッキー位の代物なのである。
そして最後に残ったのが『アイテム』だ。
この場合のアイテムは道具の事ではない。
いわゆるゲームとかで出て来る『アイテム』を作りたいと思ったのだ。
この世界にはポーションやモエモエソウの様な地球には存在していなかった沢山のアイテムや草花が存在している。
それらに関する『薬師』や『道具作成』というスキルも存在するが、これらのスキルが無くても薬も道具も作る事が出来るのだ。
ならば俺はそれらを扱う職業に就き、ロックやアナの活躍を支えていこうと考えたのである。
折角異世界に転生したのに魔法が使えないのは残念ではあったが、普通のアイテムだけでも十分に面白いのだ。
その事を父さんに説明した所、この『薬局のロックウェル』を紹介して貰ったのである。
ロックウェル家は武門の家柄だが、ロックウェル家に生まれた者が必ずしも戦闘系のスキルに優れているという訳ではない。
歴代のご先祖様の中にはハズレスキルを引いた者もいたし、戦闘系スキルが全く無い者も居たのだ。
そんな人達の受け皿になればと、昔のご先祖様達は手広く商売を広げ、様々な職業に手を出して来たという。
その1つが『薬局』だ。
危険も多いこの世界、薬の需要は尽きることが無いので、安定した売上が見込めるのである。
『この世界の薬やアイテムについて学べる』
『町の中で安全に生活ができる』
『間接的にだが、勇者の支援に繋がる』
『スキルが無くても、頑張れば成功できる』
という理由で、俺はここに就職する事を決めたのだ。
そんな訳でつい先程、俺は屋敷を出てこの『薬局のロックウェル』2階の従業員用宿舎へとやって来た。
今日は引っ越しをして、明日から働き始めだ。
この世界で子供というのは10歳までの事を言う。
大人扱いされるのは、18歳になってからだ。
そして10歳から18歳までは子供以上大人未満として扱われており、いわゆる『修行期間』と位置付けられている。
俺はその修行期間をこの薬局での修行に費やそうと考えたのだ。
屋敷から持ってきた荷物を部屋に運び込む。
とは言えそれ程持ち物がある訳ではない。
屋敷にあったものは基本的に『ロックウェル家の所有物』という扱いだったから、持ってきた物は精々着替えくらいだ。
俺はベッドと机だけがあるシンプルな部屋を見回した。
部屋の中には何故か壁にもカーテンが垂れ下がっており、小さな窓からは外の景色が見える。
俺は部屋の窓を開け放った。
窓の外からは歓声が聞こえてくる。
この歓声は闇の神殿から聞こえて来ている。
今日はこの国にとって重要な日。
土の勇者であるロックのスキル授与の儀式の日だ。
つまりロックが正式に『勇者』となる日である。
この国の王子にして土の勇者であるロックのスキル授与の儀式は、国を挙げて大々的に盛り上げられていた。
『闇の勇者であるダイアナが魔族に襲われて怪我を負った』という不安を払拭する狙いがあるのだろう。
予定通りならそろそろロックが神殿から出てくる頃合いだ。
そして窓から聞こえて来る歓声が一際大きくなった。
恐らくロックが神殿から出てきたのだ。
ロックはこれから、8年後の旅立ちに向けての本格的な修行に入る。
今回の魔族の襲撃に危機感を強めた玄武の国の首脳陣は、ロックの修行を非公開とし、歴代の勇者達よりも入念に鍛え上げることにしたという。
アナは既に闇の神殿の中で積極的に訓練に励んでいるとの事だ。
何でも「もっと早くからレベルアップをしておけば、魔族に遅れを取ることは無かった」と考えたらしい。
ただ、修行が苛烈過ぎて、回りが付いて行けないので困っていると神殿長のばっちゃんがぼやいていた。
エルは宮廷魔道士としての修行を本格的に始めたらしい。
今までは気の向くままに興味を持った物ばかりを片っ端から勉強していたが、最近は勇者の旅路に役立つ魔法を中心に勉強しているとのことだ。
この間屋敷に来たエリック先生は涙を流していた。
「ようやく娘がまともになってくれた!」
とか言っていたが、いつまで続くことやら。
そしてロゼだが、あれ以来音沙汰が無い。
恐らくはまた、城の自室に引き篭もっているのだろう。
結局あの日は魔族の襲来でバタバタしてしまった為に、ロゼが外に出るきっかけにはならなかったのだ。
と言うか、あんな怖い思いをしてしまったら、引き篭りに拍車が掛かっていそうだ。
結局俺は勇者の供どころか、引き篭もった幼馴染1人救えなかったのだ。
それだけは残念でならなかった。
「何……うるさい……眠いんだけど」
そんな風に思っていたら、部屋の中のカーテンが動き、中からロゼが現れた。
彼女は寝間着姿で眠そうに目を擦っている。
よく見ればカーテンの向こうには扉があり、隣室と繋がっていたのだ。
隣の部屋のベッドには彼女のお気に入りのぬいぐるみが転がっている。
――つまり彼女は俺がこの部屋に入る前からここで寝ていた訳だ。
そこまで考えて、突然の事態にようやく頭が追い着いた。
「待て待て、ちょっと待て! 何でロゼ姉が此処に居るの?」
「私達……同室。同じ薬局の……新入社員」
「いやいやいや! ロゼ姉、王女様でしょうが! しかも同室って! 隣部屋じゃなくて?」
「この部屋は…‥2部屋ある。既婚者用の……部屋だって」
「俺はいつの間に結婚した訳!?」
「問題……無い。私達は……婚約した。父様の……許可も貰った……」
「当事者である俺は聞いてないんだけど!? 何時の間にそんなことに!」
ロゼから話を聞き出した所、こんな話になっていたそうだ。
俺が屋敷を出ることになったと聞いたロゼが、自分も城を出て働くのだと言い出した。
何でもスキルが1つしかない俺が生きることを諦めないのを見て、引きこもっていた自分が恥ずかしくなったらしい。
そして、折角だから唯一まともに使えるスキルである『植物操作』を生かせる職場を探した所、この『薬局のロックウェル』を紹介されたのだそうだ。
確かに薬局に植物は付き物だ。
ベストな選択と言えるだろう。
元引き篭もりの王女様に薬局の仕事が務まるかどうかは別にして。
そして就職ついでに俺と婚約させたそうだ。
王女の婚約がついでで良いのかとも思ったが、ロゼは『ハズレ王女』扱いされていて、婿になる相手が候補すら居ない状態だった為に問題は無かったらしい。
何しろあのガイアク大臣ですら異を唱えなかったそうなのだ。
いつもは紛糾する会議が満場一致の決定だったらしい。
子供が産めない王女の貰い手として、俺は完璧だったらしい。
『ロゼッタ王女が憎からず思っている相手』であり、『人柄も家柄も問題無く』、『結婚相手の他の嫁とも仲良く出来ることが確約されているから』だという。
ちなみに他の嫁とはエルの事だ。
ロゼとエルは親友同士、同じ相手に嫁いでも仲良くやるだろうと判断されたのだ。
この世界では男の死亡率がかなり高いため、一夫多妻制が推奨されている。
まぁ『推奨されている』だけなので、そうしない人も居る。
父さんなんかは母さん一筋だ。
だが、経済的に余裕のある者達は基本的には一夫多妻だ。
そうでもしないと、どんどん人間の数が減っていくからだ。
だから俺が2人を貰っても何も問題は無い。
寧ろ、この2人の結婚相手を見つけることは国にとっても重大な関心事であったので、相手が1人で済むのならそれに越したことは無いのだそうだ。
「そういう訳……なので、不束者ですが、末永く宜しく……お願いします」
「はぁ、こちらこそ宜しくお願いします。……本当に良いの?」
「良い……エルとアナの……許可も取った。私……第一夫人」
「そして私が第三夫人で~す!」
突然入口側の扉が開いたと思ったら、今度はエルが部屋に入って来た。
手には大きな花束を持っている。
「引越し祝いだよ~」と言って、テーブルの上にバサリと置いた。
花瓶を買ってこないとな。
「第三夫人って、じゃあ第二夫人は誰なんだよ?」
「そんなのアナに決まってるじゃん! 3人で話し合って決めたんだよ!」
「俺はアナとは結婚出来ないだろうが!」
勇者の供にはスキルが5つ必要なように、勇者の伴侶にもスキルが5つは必要と言われている。
『子供が持つスキルの数は、両親の持つスキルの数の影響を受ける』とはこの世界の常識だ。
そして10のスキルを持つ勇者の伴侶には、それ相応のスキルの数を求められるのだ。
俺のスキルは1つだけ。
アナとは結婚出来ないのだ。
「そんなこと知ったことじゃないって、イザとなったら邪魔者を皆殺しにしてでも認めさせるって言ってたよ」
「『言ってたよ』じゃねぇよ! 止めろよ! 何でそんなことになってんだよ!」
「絶体絶命な状況に置かれた女の子が、男の子に助けられたら、恋が始まって当然じゃないのさ」
「あれは全員で戦ったから生き残れたんだろうが!」
「違う……」「違うね」
「は?」
「あの時私達は全員が諦めてた。諦めてなかったのはナイトだけ。ナイトが居たから助かった。これは間違いないよ」
「いや、でもなぁ……」
「ナイトとの結婚がどうしても認められなかったら、生涯独身で過ごすって言ってたよ。だからナイトも頑張ってね」
「頑張れって、何をだよ」
「スキルの数はどうにも出来ないけど、スキルもレベルも関係なく、何かしらの実績を手に入れれば、アナとの結婚も認められるかもじゃん!」
「実績ねぇ……」
――簡単に言ってくれるな、コンチクショウめ。
だが、これだけ思いっきり女の子に惚れられているというのは、男としてはかなり誇らしい。
――確かに普通の薬局の店員としての人生を歩むよりも、『闇の勇者の婿として何らかの実績を残した凄い男』を目指した方が人生に貼りが出そうだ。
『幼馴染の美少女3人を全員嫁にする』を、人生の目標として頑張るのも良いのかもしれない。
――字面だけ見ると鬼畜の所業にも見えるな。
いや、ここは『地球』ではないのだ。
向こうの倫理観は忘れて、こちらの倫理観に合わせよう。
『郷に入れば郷に従え』だ。
「そうだな、いっちょやってみますか!」
「さっすがナイト! それでこそアタシの旦那様!」
「頑張って……ナイト」
街中に新たな勇者の誕生を祝う歓声が響く中、俺は部屋の中でこれからの人生の目標を設定したのであった。




