第百三十五話 最悪なる合併
まだsideエース
私たちは死力を尽くして氷の大魔王と戦った。
場所がちょうど氷の神殿の前だったこともあり、私とキングは封印が解ける僅かの間にスキルの更新を行い、パワーアップを果たした状態で戦いを開始する。
だが封印が解けたばかりであろうとも相手は大魔王。私たちの手に負える相手ではなかった。
かつてはモンスターハンターとして腕を鳴らしていた姉や、王族の血が入っていたにもかかわらず、今回の魔王戦に参加していたために狂信者たちの魔の手から逃れていたムツキも参戦したが、戦況を覆すことは叶わない。
ちなみに狂信者たちは私たちの勝利を最後まで信じ続けて戦いには一切手を貸さず、私たちが破れた後はサムを偽物呼ばわりしながら逃げ惑っていた。
そして私たちが敗れた後、あっという間に青龍の国の首都ドラゴンは大魔王の生み出した氷河に覆われ、生きている者は皆無となった。
いや違う、大魔王は彼女と戦った私たちだけは生かし、他の全てを滅ぼしたのだ。
封印されていても阻止できなかった、彼女が生み出し続けている氷河は侵食を拡大し、青龍の国は既に国土の7割が氷河に覆われてしまっている。
その後、彼女は私たちを魔王化させた。
彼女は人を魔王にする術を持っていたのだ。
その方法は実に単純であった。
国の宝物庫に保管されている魔王の魔石、それを彼女が持つスキル『魔石融合』を用いて私たちの体へと埋め込んだのである。
全身が金色に輝いていたとされる地の魔王の魔石は私に、
10年前にテルゾウ殿が倒した光の魔王の魔石はキングに、
被害者の数は歴代屈指と謳われ、今もなお伝説に語られる風の魔王の魔石は姉に、
そして遥か昔からこの国に存在していたという水の魔王の魔石はムツキに。
かつて世界を救うために魔王と戦った歴代の勇者たち。
彼らは戦利品として、魔石の中でも最高級と崇められる魔王の魔石を持ち帰っていた。
それらは保存加工され、現在に至るまで各国の宝物庫に保管されている。
それがまさかこうして魔王を増やすために使われるだなんて、一体誰が想像できただろうか。
私たち4人は魔王の魔石を用いて魔王化させられた。
しかしサムは勇者であったが故に、大魔王自身が自らの魔石を用いて融合し、文字通り彼女と1つになったのだ。
下手に殺して何処かで新たな勇者が誕生するよりも、こうして1つになっておけば勇者の枠を1つ潰すことが出来る上に、融合した相手とはステータスが加算される為に純粋にパワーアップになるからだそうだ。
彼女はそう言ってサムと融合を果たし、貴重な勇者の枠を1つ潰してしまったのである。
それから彼女は氷漬けになった町の中で私たちから情報を引き出した。
どうやら彼女は相当長く封印されていたようで、現代の知識がまるで無く、何でも知りたがったのだ。
とりわけ彼女が注目していたのは、他の勇者と魔王の動向であった。
そしてこの国にはサムの他にもう1人水の勇者がおり、彼女は図書館に閉じこもっているという話を聞くと、大魔王は私たちを引き連れて早速図書館へと出向いたのである。
そうして氷河に覆われた町を突き進み、私たちは図書館に辿り着いた。
ちなみにこの氷河は発生源である大魔王が近づくと勝手に動いて道ができるので通行に支障はないのだ。
そして到着した私たちが見たものは、氷漬けされないままにその姿を保つ青龍の国の大図書館と、そこで大魔王の氷河に抵抗している水の勇者の姿であった。
狂信者たちも勇者である彼女には手出しが出来なかったのだろう、クーデターが起きようと王族たちが捕まろうと、彼女は図書館から動くことはなかったのだ。
水色の髪と瞳を持ち、どう見ても勇者と言うよりは図書館の司書といった格好をしている水の勇者は、迫り来る氷河に対抗するために水魔法で図書館を覆い、必死に現状に抗っていた。
そんな彼女は私たちの姿を目にした途端一目散に逃げに転じる。
氷河に覆われた町の中を悠々と歩き、氷河そのものが通り道を作り出している体から男の下半身を生やしている美女の姿を見かけたら、相手の力量とおぞましさを察知し逃げの一手を打ったところで何の不思議もないだろう。
だが残念ながら、長きに渡り図書館に引きこもり続けた水の勇者は見るからに訓練不足であり、やってきたのは勇者と融合を果たし全てのステータスがアップしたばかりの大魔王であった。
水の勇者はあっと言う間に氷の大魔王に追いつかれ、そして彼女の手で仮死状態にされてしまう。
なぜその場で水の勇者を殺さなかったのかは分からない。
そしてわざわざ体を操ってここまで連れてきたというのに、どうして先程ああもあっさりと殺してしまったのかも、私には分からないままである。
水の勇者という懸念事項を払拭した彼女は、再び私たちから情報を聞き出していった。
特に彼女の琴線に触れたのは、これから先朱雀の国で開催されること間違いなしの戦勝式と、そこに集う3人の勇者の存在。
他の4体の魔王の動向と、ロゼッタ王女の下に現れた2人の天使。
そしてスキルの更新についての情報であった。
特にその中でも彼女は天使の存在に興味を示し、スキあらば殺しにかかれと私たちは厳命を受けていたのだ。
聞きたいことを全て聞いた彼女は積極的に行動を起こし始める。
まず彼女はドラゴンの町周辺のモンスターを傘下に収め、飛行能力のあるモンスターに何かを渡し、何処かへと使いに出していた。
それから朱雀の国から来た使者を待ち伏せ、戦勝式の日取りを聞き出し、青龍の国の崩壊を気取られないように洗脳してから朱雀の国へと帰還させた。
狂信者たちが国内を掌握していたのも大魔王側に有利に働いてくれた。
箝口令が敷かれていたおかげで、誰もドラゴンの町の崩壊も大魔王の復活も察知できず、町を訪れる者は洗脳し、帰すついでに移動の制限を通達し、気取られない程度に慎重に、かつ大胆に氷河を拡大していき、段々と青龍の国の国土は町や村ごと氷漬けになっていったのだ。
やってくる者たちの中には玄武の国の中枢で王弟派に内部工作を仕掛けている狂信者の一派が放った密偵も存在していた。
大魔王は彼らの存在を認めると、同じように洗脳を施し、何かを玄武の国へと仕掛けたようである。
それが何なのかは私は知らされていない。
なぜならばこうして話をしている事からも分かるように、私だけは大魔王の支配から部分的にではあるが逃れることが出来ているからである。
それは私が新たに手に入れたスキルのおかげである。
スキルの更新を行った際に新たに授けられたスキルの能力により、私の体は彼女の命令には逆らえないが、頭と口だけは大魔王に反抗しこうして状況を説明することが出来るのだ。
そんな私からこの場の全員に伝えておきたい事が更に3点存在する。
1つ、私とキングと姉とムツキ以外の4人については、私はその正体を知らない。
彼らは私たちが朱雀の国の中を移動中、何処からともなくやってきて合流を果たした者たちであり、話を聞く限り魔族であることは間違いはないが詳細は不明である。
1つ、青龍の国において傘下に収めたモンスターの大群が、現在このバードの町を包囲しつつある。
奴らは朱雀の国を移動中に更に戦力を拡大し、大魔王の命令さえあればいつでも町へと突撃できるようにしてはいるものの、到着したばかりであるために未だ包囲は完璧ではない。
そしてもう1つ、氷の大魔王は所有しているスキルを使い、どこでも自由に氷河を発生させることができる。
そして彼女はバード到着時からこの町を氷河で覆う準備をし続けている。
このままではこの町は彼女の生み出した氷河に飲み込まれ、ドラゴンの町と同じく逃げ場のない死者の町となってしまうことだろう。
町の周囲を包囲しつつあるモンスターの大群のことも考えると、今すぐ脇目も振らずに逃げ出したほうが良い。
ちなみにモンスターの大群は見つからないように移動してきた結果、現在町の北側に集結している。
よって逃げるのならば南側、国境の町もしくは玄武の国側へ逃げるべきだ。
無論追手は掛かるだろうが、このままでは座して死を待つばかりである。
最後に、先程なぜ急に攻撃を行ったのかについては説明の必要もないだろう。
本来ならば今夜にでもバードの町を氷河で覆い、逃げ場をなくした上でモンスターの大群を投入し、混乱の最中に勇者全員を殺害する予定であったのだが、ナイト様のスキルの更新のおかげでサムと彼女が融合したことがバレてしまったために、急遽予定を変更することとなったのだ。
まず初めに最優先と厳命されていた天使の殺害を決行し、ついでに闇の勇者ダイアナ様を仲間ごと消し飛ばした。
そこから先は皆殺しだ。
1人も逃さずに全員仕留める予定となっている。
だから逃げろ、逃げてくれ!
大魔王の毒牙から1人でも多くの人々が逃げ延びることを私は切に願っている。
sideナイト
エースはそう締めくくり、マイクを持ったまま跳躍して観覧席へと戻っていく。
俺はその話を聞き、タートルの町で発生していた洗濯物を丸ごと盗むという窃盗の犯人が青龍の国の連中であったことに気が付いた。
思えばあの時の被害者の中には孤児院を卒業した女の子たちも含まれていたのだ。
あれは彼女たちの下着が目当てではなく、キングとお揃いの毛布を狙っての犯行だったのか。
洗濯物を丸ごと盗むことにより変質者の犯行に見せかけて、真の狙いに気づかれないように細工をしていたというわけだ。
謎は1つ解けた。
青龍の国の現状とサムたちを襲った悲劇も理解できた。
それと時を同じくして、迎撃の準備が完了したという報告が入る。
エースが話し始めた当初のパニックは思い出したくもない。
突然競技場内に魔王が出現して、水の勇者と闇の勇者を殺害したものだから一般の観客は我先にと逃げ出し、会場は大混乱に陥ったのだ。
しかしエースが喋っている間、魔王側に一切の動きがないことが分かると、各国の兵士たちは協力して避難誘導を開始し、それが終わると国ごとに集結してこうして競技場のメインステージ前に勢揃いしたのである。
だがこんな異常な状況下であっても悠々と座席に座り、エースの話を聞き、大魔王の姿を睥睨している者たちがいた。
彼らは先程大魔王の一派に席から引きずり降ろされた朱雀の国上層部の腐敗貴族とそれに連なる貴族連中であった。
なんと彼らは頑として席を立って逃げることはせず、席に座ったままでテルゾウ殿やジェイクに向かって「何をしている、早く倒せ!」などと罵声を浴びせているのだ。
彼らのアホさ加減についてはジェイクや良識派の貴族から聞かされてはいたが、一体彼らの頭の中はどうなっているのだろうか?
つい先程、目の前で勇者が2人も倒されたばかりだというのに、逃げることもなく罵ってくるとは。
確かにこれはクーデターの1つや2つ起こしてしまっても良いのかもしれない。
その前にこの危機的状況を切り抜けなければならないのだが。
競技場の座席を目をやれば、腹にサムを埋め込んだ大魔王は朱雀の国の兵士によって包囲されている。
エースが喋り続けている間、大魔王は微動だにせず、その他の者たちも沈黙したままであった。
エースが喋れることは向こうも承知のはずだから、状況説明が終了するまでわざわざ待っていたということか。
それともエースが大魔王からの支配に抵抗できるというのは実は嘘で、エースの説明の中には虚偽の情報が混じっていたりするのだろうか。
疑おうと思えばどんなことでも疑うことが出来るだろう。
そもそもこの状況自体が、青龍の国が仕掛けた壮大な茶番という可能性だってあるのだ。
だが現実問題として、アナたちは消え、ゲンとヨミは消滅し、水の勇者は殺され、サムの体は大魔王と融合し、エースの全身は金色になり、キングの発光の度合いはシャインをも凌駕している。
これだけの状況が目の前で並べられていて、冗談ですとはならないだろう。
目の前には復活したばかりの大魔王と、それに従う合成魔王が4人、いや4体。
これに対抗するにはこちらも勇者を総動員するしかない。
戦力としては光の勇者テルゾウ殿と土の勇者ロック。
そして観客と一緒に逃げようとしていたところをテルゾウ殿に捕まって引きずられてきた火の勇者殿を含めて勇者が3人。
そこに『勇者の先生』のおかげで勇者に次ぐ実力者となった俺が加わり、いよいよ大魔王一派との戦いが始まろうとしていた。
しかしその前に、エースからマイクを受け取った大魔王が、俺たちに話しかけてきたのであった。
「なんじゃ、話には聞いていたがそちらの戦力はその程度なのか? 妾と戦うには些か心許ないようにも見受けられるのぅ?」
氷の大魔王の声は腹にサムを突き刺しているにもかかわらず、良く通り良く響いた。
話し方が妙に古臭いのは長い間封印されていた影響か。
やはり大魔王はこちらの準備が整うまで待っていたのだ。強者の余裕というやつなのだろう。
エースの説明を信じるのならばその力は強大だ。
だがこちらには百戦錬磨の光の勇者と、全勇者中最高のステータスを誇るロックがいる。
魔王となった4人にしても、元が人間ならばやりようは幾らでもあるはずだ。
「わざわざ待っていてくれたことには感謝するだよ。でも残念ながらオメェはお終いだ。この場でオラたちに倒されてくんろ」
「なんじゃ話には聞いていたが、本当に田舎者なんだのう。まぁそれは良いが、はて? 長きに渡って封印されていた影響で耳が遠くなったかのう? どうやって妾を終わらせるつもりなのかえ?」
「この剣で、おめえを倒して終了だべさ」
「これだけの数の魔王に囲まれていると理解しているのかえ?」
「魔王化の話には驚いたけんど、先程の動きを見るに魔王のステータスを活かしきれているとは言えねぇ、明らかに訓練不足だべさ。闇の勇者のお嬢ちゃんが倒されたのだって身内からの奇襲だったから反応できなかったって理由が大きいべ。今のうちならそこの4人は並の魔王以下の実力しかねぇ。この場の戦力で足止めすりゃあ十分あんたにまで刃は届くべよ」
そう、俺たちはそういう共通認識を持っているからこそ、こうして戦うことを決意したのである。
並の人間が魔王と合成されたからといって、突然その力を使いこなせるかと聞かれれば答えはNOだ。
勇者であるロックたちであってもリミッターを外すのに苦労しているのだ、魔王になって2ヶ月程度のエースたちでは魔王らしい実力は発揮できまい。
エースもキングもナインもムツキも、今ならばまだ押さえられるはずなのである。
俺たちは勝つつもりでいた。
苦戦はするだろうが、勝てるつもりでいたのだ。
だが大魔王は俺たちの想定は甘いのだと鼻で笑った。
そうして彼女は更なる絶望を俺たちへと告げる。
「そうか、ならば追加しようではないか」
「なに?」
「土! 水! 風! 雷! ついでにナインとムツキ! その力を妾に見せてみるが良い!」
大魔王がそう言った瞬間、彼女のうしろに控えていたフードを被ったままの正体不明の4人組がその正体を現した。
彼らはフードを剥ぎ取るとすぐに人型を解除し、その真の姿をあらわにする。
ゴツゴツとした岩の外皮を持つ、トラック並みの大きさのアルマジロ、
プカプカと空中を漂う、前世の気球とほぼ同等の大きさを誇る巨大なクラゲ、
鮮やかな緑色のたてがみをなびかせる、これは通常サイズの美しい馬、
そして全身から電撃を放出している身長3mはありそうな巨大熊。
その更にうしろでは、下半身が蜘蛛と化したナインと、ペンギンの着ぐるみを着たような見た目となったムツキがそれぞれ巨大化し、俺たちを遥か高い位置から睥睨している。
そしてアルマジロと熊は左に、馬とムツキは右の座席に向けて移動を開始した。
座席に残って罵声を浴びせていた貴族たちは、その移動に巻き込まれただけで踏み潰され、吹き飛ばされて次々と死亡していく。
大魔王の前では彼女を守るようにゆらゆらとクラゲが揺れており、うしろでは上半身が女性の巨大蜘蛛、俗にアラクネと呼ばれる個体と化したナインが、必殺仕事人よろしく残っていた貴族や兵士たちの首を次々と吊るし、殺していた。
俺たちはその光景の前に動くことが出来ないでいた。
なぜならば俺たちは知っていたからだ。
ナインとムツキの姿はともかく、他の4体の姿は伝え聞いていたのだから。
彼らは全て『魔王』であった。
人との戦いに積極的ではないと言われていた、大陸に存在する残り4体の魔王が、この場に全て勢揃いしていたのだ。
貴族たちの悲鳴が木霊する中、大魔王の高らかな笑い声が響き渡る。
それは勝利を確信した強者だけが放つことを許される絶対の勝利宣言であった。
「妾は戦力の逐次投入などといった、愚策は決して起こさぬ! 最初から最大戦力で、真正面から諸君らを皆殺しにしてしんぜよう!」
こうして勇者連合VS魔王連合、圧倒的なまでに絶望的な戦力差の戦いが幕を開けたのだった。




