第百三十四話 青龍の国の最後
sideエース
「我らが神、サム=L=アイスクリム様。どうか我が青龍の国の王城へとお帰りくださいますようお願い申し上げます」
「断る」
その使者が氷の勇者一行にと用意された部屋を訪れ、そして速攻でサムが断るような願いを口にしたのは、火の魔王を倒した翌日午後、戦死者たちの追悼式を終えた直後のことであった。
彼の顔には見覚えがあった。
まず間違いないだろう、彼はかつてサムに勇者への復帰を嘆願するためにナイト商会を尋ねてきた青龍の国の使者だった男だ。
しかし彼はその後、青龍の国が行った弾圧により捕らえられ、牢に入れられたと聞いている。
それがまさか出所してこのような場所にまで来ているとは正直言って驚いた。
刑期を終えるか心変わりをするかして、無事に出所できたということなのだろうか。
「私のことを覚えてくださっていたのですか、それは光栄です」
全くそんなことを思ってもいないだろう声音で、男は私に対して礼を述べる。
彼の目はあからさまにこう語っていた。
「我らが神になぜ貴様のような玄武の国の一兵士が仕えているのか」と。
どうやら牢に入れられた程度では男の信仰心には微塵の変化も起こらなかったようである。
むしろ昔よりも更にサムしか目に入っていないように思える。弾圧はやはり失策だったのではないだろうか。
「それはともかく我らが神サム様、どうかどうか我が国へとお帰り下さりませ」
「しつこいな、断ると言っているだろう。何が『お帰りくださいませ』だふざけるんじゃない! そもそも貴様は何処から湧いてきたのだ。俺様の担当はあのデキる男だっただろうが!」
「彼ですか? 彼ならほら『ここに持ってきておりますよ』」
そう言って男は持参した袋の中から壺を取り出し、テーブルの上へと置いた。
まさかと思う間もなく男は壺の口を開け、中身をこちらに見せつける。
壺の中には良く見知った男の生首が塩漬けにされた状態で保管されていたのであった。
「な!?」
「サム!」
「下がれサム!」
眼前の狂信者の手によって青龍の国とのパイプ役を務めていた男が殺されたと認識した瞬間、私とキングはサムを守るために男の前に立ちはだかった。
もちろん勇者であるサムと私たちとではステータスが違い、実力も桁から違う。
だがこんな異常な相手を前にしてサムを最前線に立たせるわけにはいかない。
それは勇者の供として当然の判断であった。
「反応が素早いですなぁ、流石はエース殿とキング殿、サム様に付き従いし勇者の供だけはいらっしゃる」
「キング、今すぐ外に行き誰でも良いから人を呼んで来い! こいつは何をしでかすか分からんぞ!」
「それは止めてもらいたいですね。私はただナイン殿がお待ちになっている我が国へと皆様をご招待しているだけなのですから」
その言葉を聞いた私たちは体の動きを停止させてしまう。
何だと? 今この男は何と言った?
姉上だと? 姉上がなぜ青龍の国にいるのだ。
動きを止めた私たちを見た男は、更に別の物をテーブルの上に置いた。
それは一枚の毛布であった。
洗濯を欠かさず、綺麗にしてはいるものの、大分年季の入ったそれは見覚えのある代物だ。
見覚えがあって当然である、なにしろこれはキングがとても大切にしている毛布であって、野宿の際などはこれにくるまって夜を過ごしてきたのだから。
「違う……」
「キング?」
「違う、違うぞ! これは俺の毛布じゃない!」
キングの毛布じゃない?
じゃあ誰の毛布だというのか。
そもそもこいつは生首と一緒に毛布なんかを取り出してきて一体何のつもりなのか。
だがキングは相手の思惑に気が付いたようで、ブルリとその身を震わせた。
そして殺気を込めた視線を目の前の男へと向けたのであった。
「お前、まさかこれは、孤児院の……俺の仲間の毛布か!?」
「ご明答、ひと目見て看破するとは流石は『ブランケッツ』の初代リーダーだけはありますな」
「ブランケッツ?」
「ブランケッツだと!」
サムは聞き覚えのないその名前に首を捻るが、私は聞き覚えのあるその名前を耳にして何が起きたのかを理解する。
かつてキングとナイト様との邂逅により判明した、孤児院の院長による運営費の私的流用事件。
それに気が付いた我々が孤児院へと出向いた際、冬の始まりだというのに、子供たちは夏物の布団にくるまって寒さに震えていた。
それを見かねた兵士たちは詰め所に保管されていた毛布を持ち込み、孤児たちの体に掛けてあげたのだ。
彼らはその事に深く感謝し、ブランケッツというグループ(彼らは子供らしく秘密結社と名乗っていたが)を組織し、恩返しを行おうとした。
キングはその初代リーダーであり、その後も孤児院の最年長者たちが代々ブランケッツのリーダーの座を受け継いできたのである。
彼らは子供特有の目線を活用して町の異常を発見するとナイト様や兵士へと報告し町の治安維持に一役買っていた。
そうしてブランケッツはその後、タートルの町において知る人ぞ知る特異なグループとして名を馳せることになったのだ。
ちなみにブランケッツに入るための条件は当時の孤児院で毛布をもらった者たちのみという理由から、サムはブランケッツのことを何一つ知らない。
だが私は彼らを良く知っている。
なにしろエイト兵士長と共に孤児院を救った兵士の代表者として知られていた私は、彼らから頻繁に報告を受ける立場にあったからだ。
そのブランケッツの名を持ち出し、毛布を見せたということは。
この男まさか、孤児院の出身者すらも人質に取ったと言うつもりか?
「ご想像にお任せいたします。しかし我が国に存在するブランケッツの毛布はこれ一枚ではないということはお伝えしなくてはなりません」
キングは歯を食いしばり男を射殺さんばかりに睨みつけている。
私はサムに説明を求められ、そして隠していても男の口から語られてしまうからと考え話した。
それを聞いたサムもまた男を凶悪な視線で睨みつける。
僅か2年とはいえ、サムもまた孤児院で過ごした身の上だ。
あの場所でサムは段々と神から人へと戻っていったのだ。
この2人にとってタートルの町の孤児院とは謂わば聖域も同然なのである。
手を出すことは2人の怒りを買うことに等しいが、同時に孤児院の仲間は2人にとってのアキレス腱となるのだ。
「さてそれでは改めてもう一度お願い申し上げます。我らが神、サム=L=アイスクリム様。どうか我が青龍の国へとお帰りくださいませ」
「き……さ……ま……」
「本来ならばこんなやり方は私としても不本意なのです。しかし神をなくした我が国に神の帰還は必須事項。ならば神と共に歩む者たちの関係者をお招きすることで、神もまた我が国へとお帰りくださることを期待しないわけにはいかないのです!」
何がお招きだ、これは誘拐ではないか。
私とキングの家族を人質にサムを青龍の国へと呼びつけようという魂胆なのだこの男は。
そして認めたくはないがこれは非常に効果的な方法でもある。
なにしろ姉のナインが働いていたのは薬局のロックウェル。
サムが住み込みで働いていたナイト商会のお隣で、姉とは顔見知り。
孤児院の者たちなど文字通りひとつ屋根の下で過ごした間柄なのだ。
この事態を見過ごして放っておけるような男であれば、更生したなどとは呼ばれないだろう。
結果として私たちは青龍の国へと向かうことになった。
朱雀の国の者たち、そして白虎の国の兵士たちが帰国する中、我々もまたナイト様たちに別れを告げ、青龍の国の者たちと共に青龍の国へと向かう。
その際ナイト様たちに事の次第を告げようと何度となく考えはした。
だが結局は決行出来ずに別れざるを得なかった。
壺の中に入っていた生首の光を灯さない2つの瞳が脳裏にチラつく。
私たちから一時たりとも離れないこの男は間違いなく狂っている。
狂人に言葉は届かない。だから姉や孤児院出身者の無事のためには青龍の国へと出向かねばならない。
我々はそう考えていたのだ。
騙されていたことにも気づかずに。
私たちはほとんど休み無しで移動を続け、ヤマカワの町を出発してから2週間後には国境の町に到着し、翌日には青龍の国へと入国を果たした。
玄武の国の中ではどの町でも村でも魔王退治の話で持ちきりであったのに、青龍の国に入った途端、熱狂はパッタリと停止する。
どうやら噂は青龍の国の内部にまでは届いていないようだ。
何でも国境の町から先には情報管制が敷かれているという話である。
それから更に2週間掛けて、私たちは青龍の国の首都であるドラゴンの町に到着した。
そして私は「約束通り首都まで来たのだから姉に会わせてくれ」と男に頼み込んだ。
だがドラゴンの町の中に姉はいなかった。ついでに言うと孤児院の出身者すらもただの一人もいなかった。
私たちは一枚の毛布と1つの生首に騙されて、青龍の国へと招き寄せられてしまったのである。
だが怒って出ていくわけにもいかなかった。
なぜならば本物の姉が後数日もすれば到着するという報告があり、どうやらそちらの話は事実のようであったからだ。
彼らは姉の家族を人質にとり、姉を実際にタートルの町から連れ出したのだという。
私にとっては義理の兄と姪っ子に当たる人物だ。
その卑劣な行為には頭が沸騰するものの、姉の身柄を押さえられている以上相手の要求に従うしかない。
私たちは男が用意した宿で姉の到着を待つこととなった。
それから数日後、1年前にタートルの町から出発して以来久々に、私たちは姉との再会を果たした。
しかし姉は1人だけで、姉の家族は何処にも見当たらなかった。
姉もまた私たちと同じく家族を人質に取られたと思い込み、青龍の国へと招き寄せられたのだという。
私たちが聞かされていた、『姉の家族を人質にとった』という報告もまた嘘であったのだ。
1度ならず2度までも同じ手を使われ、私たちの怒りは既に臨界点を越えていた。
この頃になると、もはや国から出るという発想は消え去り、王城に乗り込んで文句の1つでも言ってやろうという気分になっていたのだ。
その後、姉も加えた私たち4人は青龍の国の城へと招待された。
そこにはムツキたち、今回の戦いの生き残りも集められていた。
そこで私たちはさらなる驚愕の事態を目の当たりにすることとなる。
なんと青龍の国では弾圧されていたサム=神と信じる者たちがクーデターを決行しまさかの成功。
青龍の国の王族及び主だった兵士や官僚たちは揃って牢に押し込まれ、処刑を待つ身の上にされていたのである。
「我が国を牛耳っていた神を認めぬ愚か者共は全て捕らえました! さぁサム様! 本日これから新たなる伝説を打ち立てて、我が国をお救いくださいィィィ!!」
王城の大広間では、私たちをここまで案内してきた狂信者の男と全く同じ目をした多くの者たちがひしめき合い、サムへと救いを求めてひざまずき、祈り、そして絶叫を繰り返している。
それは巨大な圧力となって私たちへと襲いかかり、魔王や魔王軍と戦った時とはまた別の恐怖をもたらしていた。
ちなみに彼らがクーデターを成功させた原因はスキルの更新の発見にあったそうである。
拠り所である神を失い、信仰心を否定された彼らは、いつの日にかサムを奪還しようと、積極的にレベルアップを行い、その牙を研ぎ続けていたという。
彼らはサムが彼らを見捨てたとは考えてはおらず、国の政策の失敗により神が国を去ったのだと思いこんでいたのだ。
青龍の国が、捕らえた者たちを懲罰部隊のように扱い、モンスターの駆除要員として使っていたのもこの状況に拍車を掛ける一因となった。
彼らはいつの間にか誰も彼もがレベルがカンストしてしまっており、人数も多かったために、一斉にスキルの更新をした後では、人数も実力もそして総合的にも青龍の国上層部の戦力を上回ってしまうこととなってしまったのだ。
そんな彼らは遂に国へと帰って来てくれたサムを一目見ようと城に集合したのだという。
だが「伝説を打ち立てて、救ってくれ」と言われても具体的に何をしろというのか。
サムは彼らにそう問いかけた。
すると彼らは場所を移動し、王城の外にある氷の神殿前の広場へと移動。
そこに捕らえていた王族を牢屋から連れ出し、引っ立ててきたのであった。
彼らは無残な姿をしていた。
クーデターが起きる前ならば上等な衣服を着ていたであろうに、今は粗末な薄衣1枚を身にまとい、その体には治療もされないままに暴行の後が見て取れる。
サムもキングも驚いていたが、狂信者たちから「自分たちが弾圧されていた時と同じ目にあってもらっただけだ」と説明され言葉に詰まっていた。
因果応報、歴史は繰り返すということか。
彼らは揃って神殿前の広場に並べられ、木の棒で殴られて膝をついていく。
そんな異常な状況の中、一人の男性がサムの姿を見たかと思うと、地面に這いつくばり必死に近付こうと試みる。
サムはその男に心当たりがあったのか、驚いた顔をしていた。
だがその姿を見た狂信者たちは男に石を投げつけ、木の棒で叩き、私たちへの接触を阻止しようとする。
それでも男は止まらない。
元は立派な体格をしていたであろう体は痩せ細り、いたるところから出血をしているが、男はそれでも私たちに声を届けた。
そうして男は教えてくれたのだ。
彼らが何故この場所に移動したのかを。
彼らが私たちに何をさせるつもりなのかを。
「お前たち! 今すぐこの場に集まった者たちを皆殺しにするのだ! こいつらは、この者たちは! 『氷河の封印』を解くつもりなのだぞ!」
「氷河の封印?」
聞いたこともない話を聞かされても何のことなのかも分からない。
ムツキや他の者たちの方を見ても首を振るだけだ。
その王族の男性はなおも口を開こうとしたが、クーデター派の兵士から槍で突かれて血溜まりに倒れ伏し、2度と喋ることはできなくなった。
「ああっ!」「陛下!」という絶叫がズタボロの王族の中から響き渡る。
男はどうやらこの国の国王陛下だったようだ。
代わりに私たちをこの場へと連れてきた男が説明を開始した。
それを聞いた私たちは揃って血の気を引く羽目になった。
「その通りですサム様ああぁぁ! 貴方方にはこれからこの場で氷河の封印を解いていただきまぁぁす!」
「うおおおぉぉぉぉ!」
「氷河の封印とはその名の通り、我が国の国土の半分を占める巨大氷河の原因となっている魔王を閉じ込めた封印のこと! これから始まるのは神による魔王退治だあああぁぁぁ!!」
「おおおおぉぉぉぉ!!」
「この国の上層部は神を排し、秘密を隠し、我らに苦労を強いてきたのです! 今こそ! 今こそ国土の解放を! 新たなる伝説を! 神の祝福をぉぉぉ! やれぇ、天誅!」
「「「天誅!!」」」
こちらが口を挟む暇もなかった。
彼らは私たちの目の前で捕らえていた王族を全て殺害し、その死体を次々に神殿前広場の噴水の中へと投げ入れていく。
王族の死体から溢れ出す血で噴水も流れる水も真っ赤に染まる中、突如噴水全体が不気味に脈動し、「ガコン!」と何処かで何かの仕掛けが動く音がした。
彼らが何を知り、どう判断し、どういう思考回路をもって行動を起こしたのかは分からない。
だが結果的に氷河の封印という魔王の封印術式は解け、噴水の下からは幾つものマジックアイテムや魔道具で拘束された上で氷漬けにされている1人の美女が地上へと迫り上がってきた。
その脇には大きな字で、消えないようにとわざわざ石に彫った状態で、こんな言葉が記してあった。
「この氷の大魔王を封印するのに、我らは万を越える兵士と数多の英雄、そして3人の勇者の死を必要とした。この封印を解こうとする者よ、汝の力がそれを越えるものでなければ決して封印を解くことなかれ」
この注意書きを一読した私たちは、彼らの蛮行を阻止するつもりであった。
単独で魔王を倒すこともできないのに、魔王を越える大魔王の相手など出来るわけがない。
私たちは口を開こうとした。
しかしその場にいた者たちは、幻想を信じる無垢な狂信者のみであった。
「問題な~い!!」
勇者だから、ではないだろう。
神だから問題ない。万を越える兵士、数多の英雄、そして3人の勇者を超える力を私たちが持っていると、彼らは疑いもせずに信じていたのだ。
だから彼らは封印を破った。
そのおかげで氷の大魔王は復活した。
そして私たちは敗れ、青龍の国は滅んだ。




