第百三十話 ジェイクの暗躍その2
「それで今はこの状況やとぉ?」
「そういうことです」
扉の中に入ってきたゼロと父さんが緊張半分、面白半分といった感じで言葉を交わしている。
朱雀の国所属の火の勇者が戦勝式に出席するためにバードの町を訪れていた土の勇者に殺されかけたという噂は光の速さで町の中どころか、町の外にも、町の中心に佇む鳳凰城の中にすら広まっていった。
そして当事者であり、手を下した張本人であるロックは、当初シャインを抱き寄せたままで屋敷までの道のりをズンズンと進み続けていたのだが、その間にどうやら段々と冷静になっていったらしく、屋敷に到着した頃には真っ青な顔色をしていた。
俺たちは屋敷で留守番をしていた父さんに事の次第を報告。
その時の父さんの慌て振りといったら、俺が転生者だと告げた時と匹敵する程であった。
父さんのその反応がトドメとなり、ロックは1人寝室に閉じこもり、シャインもまた突然の状況の変化に対応できず、アナの部屋を借りて身悶えしていた。
それからしばらくすると、屋敷は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
朱雀の国の兵士や文官たちが状況確認のためにやって来たかと思えば、バードの町在住の劇作家や吟遊詩人たちがジェイクの下へと事の次第を聞くために次から次へと押し掛けて来たのだ。
俺たちよりも先にバードに到着していたという白虎の国一行にも噂は届いたようで、ゼロが直々に状況の把握のために屋敷を訪れる事態となっていたのである。
この噂は当初、土の勇者の暴走というていで町の中に広がりを見せていた。
しかしジェイクの話を聞いた劇作家たちが、当時の状況を面白可笑しく発表し広めたために、いつの間にやら火の勇者の毒牙に掛かろうとしていたこの国の英雄である光の勇者の娘を土の勇者である他国の王子様が見初めて助けに入ったという話に変わっていったのだった。
まぁ変わっていったというか、それが真実だったのだが。
この話はバード在住の住民たちからの圧倒的な支持を得ることとなった、
なにしろ遥か昔から根強い人気のある、『王子様の手によってヒロインが悪者から助け出される話』なのである。
悪役とされた火の勇者殿の評判が極めて悪く、王子様役のロックの評判が良かったのも功を奏したそうだ。
使い古しだろうが、ワンパターンだろうが、良いものは良いのである。
もっとも、それを実行した本人からしてみれば喜んでばかりもいられないのだが。
「ククク……正直言うて驚きましたなぁ。ロック王子は、もっとこう、冷静沈着なお方やと思うとりましたからなぁぁ」
「いや、王子は基本冷静沈着なお方なのだ。ただ今回はタイミングが悪かった。朱雀の国の中で見続けてきた身分差から生ずる数々の問題、鳳凰城で浴びせられた朱雀の国上層部からの悪意、そして心惹かれている女性への邪悪なる罵倒。そして相手は今回の戦いから逃げ出した火の勇者殿。全てが渾然一体となった結果、理性のタガが外れてしまったのだろう」
「つまりはあれやなぁ。『若さ故の過ち』言うやつやなぁぁ」
「その通りだゼロ殿。これまで過ちらしい過ちを犯してこなかった王子が、遂に過ちを起こしてしまったのだよ!」
何で父さんはそんなに嬉しそうなのか。
いや、父さんだけじゃない、大問題だって分かっているだろうに、どうして皆揃いも揃って今回の件をこんなに喜んでいるのだろうか。
まぁ俺も人のことは言えないのだが。
「ロック、顔を上げて胸を張りなさい」
そう言ってロックに近づいていったのは実の姉であるロゼであった。
ロックは姉の言葉を耳にしてノロノロを顔を上げる。
その顔は付き合いの長い俺たちでさえも初めて見たと断言できるほどに真っ青な顔色をしていた。
「まったく、なんて顔をしているの? こんなんでシャインを嫁にするとか宣言するなんて、一体全体どういうつもり?」
「ぐはっ! も……申し訳ありません姉上。先程の私はどうかしていたのです」
「あら? じゃあシャインへの愛の告白も偽りだったの?」
「いや……その、何と言うか。あれは……意図した言葉ではなかったというか、私が私ではなかったというか……」
「誤解しないでねロック。私は嬉しいのよ」
「嬉しい?」
「私だけじゃなくて、皆が嬉しいの。ずーっと城に閉じこもって訓練漬けの日々を過ごし、これまでわがままの1つも言わなかった貴方が、初めて自分の感情を爆発させたのですもの。嬉しいに決まっているじゃない」
ああそうか、だから俺たちはこんなに嬉しいのか。
ロックが、俺の親友が、俺たちの勇者が、王族でも勇者でもない一人の男として感情を爆発させたことがこんなにも嬉しかったのか。
「しっ……しかし、私は激情のままに火の勇者殿をボコボコに……」
「そんなのは些細な事よ。正直言って私もあの方には良い印象を持てなかったもの。それよりも私に妹が出来たことが今は嬉しくてたまらないわ」
「グホゥ! ……そ、それについては、その、あのですね……」
「今更なかったことには出来ないわよ? これでシャインを見捨ててみなさい、貴方4国1の最低男のレッテルを張られるわよ?」
「そして今なら最高の王子様のままでいられるのだよ!」
そう言って部屋に入ってきたのはジェイクだった。
奴はまさに『仕事をやりきった』という男の顔をしていたが、その仕事のおかげで事態は取り返しのつかない状況を更に超越した事態へと至っている。
そんな事は仕掛けた本人が一番良く分かっているだろうに、奴は満面の笑みを浮かべてロックへ礼を述べたのであった。
「いや~素晴らしかったよロック王子! 十中八九トラブルが起きるとは思っていたが、いやはやこうなるとはな! 流石は王族にして勇者殿だ、役者が違うねぇ! それとも若さゆえの特権なのかな?」
「トラブルが起こると思っていた……ですと?」
「思っていたとも! なにしろ、君たちをあの場所へ誘導したのは他ならぬ私なのだからな!」
ロックはガバっと顔を上げて、驚愕を顔に張り付かせたままジェイクの顔を凝視する。
だが周りにいる仲間たちは「やっぱりか」という顔をしていた。
町を案内されている最中に、歓楽街に誘導され、その場で火の勇者殿と遭遇したのだ。
あれが偶然のわけがなかったのである。
「あのクソッタレなハズレ勇者と出逢えば、英雄気質である君のことだ、絶対に揉め事になると確信していたので、奴が出没する時間帯を狙って誘導したのだよ。そうしたらどうだね? 奴は派手に登場し、考えなしに力を奮ってあしらわれ、お嬢に矛先を向けてしまい君の怒りを買ったのだ。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだよ! 私の浅い考えなど遥か彼方へと吹き飛ぶほどの事態になってくれたじゃないかね!」
ジェイクは非常に嬉しそうに、自らの計画の失敗を語る。
いや、失敗ではないのか。ロックと火の勇者殿との間にトラブルを起こすことが目的であり、それは見事に達成されたのだから。
ただ単に、ジェイクの予想よりも事態が面白可笑しく転がってしまっただけなのだ。
たとえ俺たちにとっては大問題であるのだとしても。
「これであの大馬鹿勇者と、奴の取り巻きと、奴を利用している馬鹿な上層部の矛先は完全に王子に固定されたことだろう! 戦勝式が終わった後に何かしら仕掛けてくることはほぼ確実だ。我々はそれを利用して、一気に奴らを権力の座から引きずり下ろす! 褒美はお嬢の身柄で良いですかな?」
「「良いですかな?」 じゃないべさ!」
部屋の入口から突然大声が響いてきた。
見ればアナに肩を借りた状態で、シャインが部屋の中へと入ってくるところであった。
シャインの顔は真っ赤ではあるが、恥じらいよりも怒りの成分のほうが多いように見受けられる。
その証拠に、いつもの怪しいお嬢様口調は鳴りを潜め、完全の地の方言丸出しの口調に変わってしまっていた。
「何が「オラに矛先を向けてしまい」だべさ! オラがいることをあいつらに教えたのは他ならぬジェイクでねぇか!」
「その結果、お嬢は奴の愛人の座から、想い人の妻になれたのだよ! 何か問題でもあるのかね?」
「オラと父ちゃんを利用するのは今更だから良いけんども、ロック王子まで利用したのは許せねぇだ!」
「とんでもない! 今回の件についてはお嬢にも王子にも感謝されこそすれ恨まれる筋合いはないね! 戦勝式が終わったら次にいつ王子がこの国に来るのかなんて予測が立たんのだ。このタイミングでお嬢を王子に預けておかなければ、最悪2人は一生再会出来なかった可能性すらあるのだよ?」
「んなっ!?」
「それは……」
ロックもシャインも絶句しているが、ジェイクの言っていることは恐らく正しい。
火の勇者殿が言っていたことが本当ならば、シャインは彼の愛人にされていた可能性は否定できない。
テルゾウ殿が近くに居さえすれば無茶は出来ないのだろうが、彼は人類最強の看板を背負っている多忙の人だ。
家どころか国すらも留守にしている時間のほうが多いのだから、火の勇者殿がシャインを手篭めにすることは決して不可能なことではないのである。
なにしろ実行してくる相手が勇者であるのだから、基本的に同じ勇者でなければ対抗できない。
他国の王族で、他国の勇者であるロックが確実にこの町にいる状況でシャインの身柄をロックに預けることが出来れば、シャインの安全は保証され、テルゾウ殿たちも最愛の一人娘という有効な人質を取られる心配がなくなるということなのであろう。
「ククク……ジェイク殿ぉ。ワイらがいる時にそないな相談をして大丈夫なのかぁぁ?」
「無論問題はないな! 最初から他の3ヶ国の出席者の方々は巻き込むつもりだったので、遠慮なく聞いていてくれたまえ」
「良くある若いもんの恋バナと思うとったらぁ、いつの間にやらクーデターの話を聞かされとるワイらの身にもなってもらいたいんやがぁぁ……」
ゼロが目の前で話されている朱雀の国のクーデター計画についてツッコミを入れる。
……そうだよな、これって良く考えなくてもクーデター計画なんだよな。
『腐敗貴族たちの一掃を目論んでいる』とか、『権力の座から引きずり下ろす』とか、言葉の端々から怪しい雰囲気がプンプンと臭っていたのに、言われるまで気が付かなかったとはいくらなんでも迂闊過ぎた。
……
…………
いや、
いやいや待て待て、ちょっと待て!
あれ? いつの間にクーデター計画の話になってたんだ?
これはロックが若さゆえの暴走をしてしまって、火の勇者をボコボコにしたついでにシャインに告って、猛省しているって状況だったんじゃなかったっけ?
「いつの間にも何も最初からそういう計画だぞ? 腐敗貴族共の馬鹿息子たちを今回の戦いへと投入した時点で既に計画図は完成済みだ。ロック王子の暴走はそれをただ加速したに過ぎんよ」
「……魔王を倒す前からの計画だったと?」
「無論だ。そもそも今回の魔王退治は、最初から勝てる戦いだと分かっていたのだから、戦いが終わった後のことまで考えるのは当然ではないかね」
「それにしてはテルゾウ殿が俺たちの参戦について消極的だったじゃないか」
「当然だな。奴には詳しい話は聞かせていないのだ。こういった小難しい話を理解する頭のない奴だからな」
「悪かっただなボケ作家が」
部屋の中に更なる来訪者が現れた。
ノックもせずにやってきたのは人類最強の男、光の勇者テルゾウ殿である。
今日は顔を出せないという話だったのだが、流石にこの状況では駆けつけないわけにもいかなかったのだろう。
彼は喜怒哀楽全てが入り混じった如何とも表現しにくい顔をしていた。
それをジェイクは真剣な目付きで見つめている。
いつもヘラヘラとはぐらかすこの男にしては非常に珍しいことに。
「まずはロック王子に礼を言わせてもらうだよ。オラの娘を助けてくれて感謝の言葉しかねぇだ」
「いえ、その、はぁ」
「歯切れが悪いだな。オラからテルコを奪っていくんだべ?」
「ハゥ! …………ええ、まぁその……はい。奪っていくというか、その、お嬢さんを嫁に欲しいと言うか……」
「ええだよ、持ってけ」
「ありがとうございま……えええっ!」
テルゾウ殿はあっさりとシャインの嫁入りを認めてしまった。
そうして彼は自らの娘に近づいていった。
「つーわけでテルコ、おめえはもうロック王子の嫁さんだ。金輪際家に帰ってくるでねぇぞ」
「なっ! とっ父ちゃん……」
「本音を言えばな、オラはテルコを嫁になんて出したくねぇだよ。でもテルコをこのままこの国に置いていたら、上層部の馬鹿どもの餌食にされるのは目に見えているだ。オラはいつでもテルコの側にいられるわけじゃねぇ。守ってくれる男がいるなら、そいつに任せるべきだべさ」
「父ちゃん……!」
シャインは泣き出してしまうが、テルゾウ殿はシャインを抱きしめたりはしない。
代わりにロックへと顔を向け、目線でシャインの下へと行けと合図していた。
ロックはテルゾウ殿へと頭を下げてからシャインに近づき、彼女をそっと抱きしめる。
シャインのすすり泣きが響く中、テルゾウ殿は今度はジェイクへと近づいていった。
「さて、馬鹿作家。最後に何か言い残すことはあるだか?」
「やれやれ、怒るだろうとは思っていたが、喜怒哀楽全種類で来るとは思っていなかったな。お嬢が助けられて喜び、私に怒り、お嬢を嫁に出して哀しんで、でも相手がロック王子だから安心して楽になったと、そういうわけかな?」
「4つの内3つで抑えてるから何とかなってるだよ。どういうことだか説明しいや」
「この国を正す。そのために腐敗貴族共を一掃する。手始めに奴らの馬鹿息子たちを可能な限り始末した。ロック王子の活躍で不満は増大した。ロック王子の暴走で奴らの切り札である火の勇者の無能さが際立ち、奴らの狙いがロック王子に集中した。奴らは必ず近いうちに何かを仕掛けてくる。それを撃退し、それを口実に奴らからこの国を取り戻す。貴様は旗頭だ、働いてもらうぞ」
「勝手なことを……」
「勇者の相手はモンスターや魔族だけではない。悪事を働く人間も倒すべき敵だ。魔王は倒した。魔王軍も蹴散らした。後はこの国に巣食っている馬鹿どもさえ取り除けば平和な時代がやってくるのだ。理解しろテルゾウ! あと一歩なのだぞ」
「……」
テルゾウ殿は思い悩んでいる。
彼は長きに渡り魔王軍相手に戦いを続けていたが、人間相手のこういった戦いの経験はないのだろう。
盗賊や山賊辺りを倒したことはあったとしても、それと貴族の始末とは別種の戦いだからだ。
だが彼は頷いた。
彼自身が散々言い続けていた通り、この国の上層部の腐敗は相当なものだ。
到着して大して時間の経っていない俺たちですらそういう感想を持つのだから、この国で暮らしている彼からすればそれは自明の事だったのだ。
結果的に俺たちはジェイクに利用され、クーデター計画に関わる事になってしまった。
話を聞いた父さんやゼロは、他国で行われることなので立場上関わることは出来ないが、共に魔王軍と戦った戦友として、計画の内容を広めることはしないと約束していた。
これで後は最後にやってくる青龍の国一行に話を通せば準備は終わるのだという。
だが相手には相手の思惑があり、黙っているわけがなかった。
俺たちがクーデター計画を聞いた翌日早朝。
突然戦勝式の開始を告げる報告が届けられたのである。
遂に発売日前日となりました。
早売りをしているところですと、既に発売しているのかも?
勇者の隣の一般人、第一巻は2018年3月30日発売予定です。




