第百二十八話 鳳凰競技場
俺たちがバードの町の散策を切り上げて屋敷へと戻ってから数時間が過ぎた。
現在、屋敷の玄関には沢山の机と椅子が運び込まれ、入れ替わり立ち代わり大勢の人間が出入りを繰り返している。
ここは玄武の国一行の為にと朱雀の国側が用意してくれた専用の屋敷であり、戦勝式が終わるまでの屋敷の警護は朱雀の国側から派遣された信用できる兵士たちが行ってくれている。
だが彼らは現在、屋敷を出入りしている者たちをほぼ素通りさせていた。
彼らは知っているからだ。
屋敷の玄関に陣取るジェイクへと向かって突撃してきては、速攻で屋敷から飛び出していく者たちが、ジェイクと同じようにこの町で活躍している劇作家や吟遊詩人たちだということを。
「この場面ではもっと2人の距離は近いほうが良い。女優には思わぬ力で引き寄せられたものの、痛みを感じると同時に嬉しさが隠しきれないという演技をさせるように」
「相手の服装はもっとド派手にしろ! ギンギラでゴテゴテで、兎にも角にも観た者の反感を煽るような衣装を着せるのだ! なに? 問題になりはしないかだと? 馬鹿な事を言うな、こちらが用意できる衣装を総動員したところで、奴の服装の醜悪さには敵わないさ」
「取り巻きの連中はもっと馬鹿っぽく! 実際に馬鹿なのだから何も問題はない!」
「もう少しまともな男優はいなかったのかね? これではただ顔が良いだけではないか! 顔ではないのだ! 民衆の心を掴むのは、培ってきた力を大切な女性を守るために振るう、その心意気なのだよ!」
「演奏に一切の妥協をしてはならん! その場の雰囲気を、当事者たちの気持ちの流れを、緊張感を、その場にいなかった者たちに届けるために、最も効果的な道具こそが音楽なのだ!」
「この時正確には何と言ったかだと? 馬鹿な質問をするんじゃない! 多少の差異があれども本質を伝えることが大事なのだ。まさか何が起きて、どんな内容が話されたのか知らないわけではあるまい?」
「当人たちに話を聞きたい? 可能ならば是非とも聞いてもらいたいものだが、今は揃って部屋の中に閉じこもっているから不可能だ。残念だが今は諦めたまえ。なに心配はいらんよ。近い内に必ずこの私が直々に根掘り葉掘りと問いただしてやるからな」
ジェイクはひっきりなしに訪れては可能な限りの速度で屋敷を飛び出していく者たちへと矢継ぎ早に指示を出し続けている。
彼らは自らの脚本や演出や詩をジェイクに伝え、その修正をしてもらっているのだ。
そうして彼らは物語を上演し、その反応を見て修正点が必要だと判断すると、休憩時間の僅かな間に、この国で劇作家として確固たる地位を築いているジェイクの下へと教えを請いに来ているのである。
現在バードの町の至る所で、全く同じ内容を題材にした劇が大流行を見せていた。
今日の昼間に起きたばかりの事件を題材にしたその話は、瞬く間にバードに住む全ての住民の知るところとなった。
その話を聞いた劇作家や吟遊詩人たちは、この波に乗り遅れるわけにはいかないと、伝わってくる話を元に脚本を書き、舞台を作り、歌に乗せて事件をドラマチックに演出していく。
そうして事件現場にいなかった者たちは、繰り返し繰り返しその場面を見ることになるのである。
伝え聞く所によれば、バードの町の中はおろか、壁の外のスラムに至るまで話は拡散し、あらゆる酒場で、劇場で、それこそ路上でも貴族の屋敷でも平民の住む家の中でさえもこの話は広まり続けているらしい。
まぁ広まって当然なのかもしれない。
なにしろこの国の英雄の娘を害しようとしたこの国の恥を、この国を訪れていた他国の王子様がぶっ飛ばしてしまったのだから。
俺は階下の喧騒を背中に聞きながら屋敷の階段を上り、二階の奥の部屋へと向かって行く。
そこにはこの屋敷の中でも最も上等な部屋がある。
当然その部屋は俺たち玄武の国一行の中でも最も重要でかつ立場の高い者へと宛てがわれていた。
扉は現在、固く閉ざされている。
ノックをしてみるものの開かれる気配はない。
扉の前では仲間たちが心配そうにたむろしている。
部屋の住人がいくら呼びかけても全く応答をしてくれないからだ。
この屋敷は借り物だ、だから扉をぶち破って入るのは流石に抵抗がある。
だが俺はこう見えてもヤマモリの町近くのダンジョン探索において、斥候として鍛えられていた過去を持つ男だ。
そんな俺からすれば、この程度の鍵などあってなきがごとしである。
手持ちのピッキングツールを使って、チョチョイと鍵をこじ開けて中へと入る。
その部屋の中では1人の男が頭を抱えてうずくまっていた。
つい数時間前にこの国の勇者を感情のままに殴ってしまった、我らが土の勇者が「とんでもないことをしてしまった」と頭を抱えて猛省していたのであった。
俺たちのバード散策は充実したものとなった。
俺とロックとライの土の勇者一行に、アナとロゼとエルとゲンとヨミの闇の勇者一行。そしてハヤテとデンデと老師の白虎の国組に加えてシャインとジェイクという総勢13名もの大所帯での観光となったが、地元民であるシャインとジェイクの案内に加え、途中の支払いが全てジェイク持ちだったので、内容も腹の具合もすこぶる快適だったのである。
未だ魔王軍の影響は色濃く店舗に品数は少ないものの、それでも一国の首都だけはあり、これまで立ち寄ってきた町と比べても明らかに町には活気があった。
そして首都であるからして人口も多く、その人口の腹を満たすための露天もまた多い。
俺たちは朱雀の国特有の少し辛めに味付けされた露天の食べ物を全く遠慮することなく購入し、食べながらの観光を続けている。
俺たちが買う度にジェイクから悲鳴が上がるのだが、この程度で暗躍の罪がなくなるのなら安いものだろう。
バードを観光していて目につくのは、何といっても町中に点在するダンジョンの入口だろう。
この町の地下にはこの世界で最も有名なダンジョンである『勇者のダンジョン』が広がっており、その入口はこの町の至る所に散らばっているのだ。
入口が1つだけではないという事は、それだけ中身が広大だということを意味している。
歴代の勇者たちがこぞって挑戦し、そしてほんの僅かしか踏破できなかったという、世界的にみても最難関クラスのダンジョンである勇者のダンジョン。
町にはその勇者のダンジョンへと挑戦する多くの探索者たちが溢れかえっていたのである。
「しかしいくらなんでも多過ぎじゃないか? このダンジョンって確か勇者がいないと先に進むことすら出来ないんだよな」
「彼らは戦勝式を見たいがためにこの街に長逗留しているのですわ。そろそろ始まることは間違いないけれど、いつ始まるのかは分からない。だったらその間の暇潰しに有名なダンジョンに潜っておこうという発想なのです」
「それに先に進むことを考えさえしなければ、このダンジョンは決して難しくはないからな。浅い階層ならば勇者のいないパーティーでも十分に探索が可能なのだよ」
俺の質問に間髪入れずに案内役の2人が答えを返してくる。
俺たちは戦勝式が終わった後にナインを探すために青龍の国へと向かう予定ではあるが、それが終わったら再びこの町へと戻り、この勇者のダンジョンに挑戦するつもりである。
だから詳しい話を聞きたかったのだが、ジェイクは「あまり良くは知らんのだ」と言葉を続けたのであった。
「いや、何で知らないんだよ。地元にある有名なダンジョンなのに」
「仕方ないではないか、テルゾウをもってしてもここのダンジョンは攻略不可能であったのだから」
「は? いやいや、魔王戦の時に装備していたあのチート装備はこのダンジョンで手に入れたとか言ってなかったか?」
「ここで手に入れたのは間違いではないが、別に最下層の宝物庫で手に入れたわけではないのだ」
「ああまぁそういうこともあるのか。そう言えばテルゾウ殿が「このダンジョンは攻略不可能だ」って言ってたって噂を聞いたことがあるな。どうしてだ?」
「ここのダンジョンの攻略に必要なのは、勇者の強さではないからだな」
「ん? どういう意味だそれ?」
「さてね、お前たちも近い将来入るのだろう? その時までのお楽しみということにしておきたまえ」
そう言ってジェイクはとっととダンジョンの入口前から移動してしまった。
どうしてこう、俺たちに関わる大人たちは揃いも揃って情報を事前に教えることを渋るのだろうか。
あらかじめ知っているよりも、知らずに体験するほうが衝撃が大きいことは間違いない。
だからと言って情報の価値が低くなるわけではないというのに。
そうして俺たちはいくつかのダンジョンの入口を通りすぎ、大通りを南へと下っていった。
そうして視界に入ってきたのは、石でできた巨大な鳥であった。
鳳凰城とはまた別に、この町の中にはもう1羽巨大な鳥の形をした建物が鎮座しているのである。
実は町に到着してからというもの、これが気になって仕方がなかったのだ。
かつて町の中心部にあった光の神殿を大規模に修繕して作り出されたという、朱雀の国の首都バードが誇るもう1つの巨大な鳥の建築物。
それこそが今回の戦勝式の会場となる、その名も『鳳凰競技場』であった。
鳳凰城が鳳凰の立ち姿そのままの形をしているのと違い、この鳳凰競技場は鳥が地面に這いつくばった様な形をしている。
具体的に言うと、胴体から下は存在せず、巨大な鳥の顔とそこから前方に飛び出した長い羽が競技場を形作っているのである。
玄武の国にはこのような競技場はなかったので俺たちは感嘆してしまった。
だがこれを見たハヤテとデンデが「何かおかしい」と言い出した。
「おかしいって何処がだ? 見たところ立派な競技場に見えるけど?」
「白虎の国で我らが連れて行かれた闘技場は円形で、その中央で様々な行事が行われていたのです。でもこれは横に長くて、しかも羽の先には観覧席がないではないですか」
「これだと羽の先にいる人は競技が見えないんじゃないか?」
「流石にそんな変な作りにするわけが……」
「いや、2人が正しい。流石に実際に闘技場を目にしている分、違いが分かるのだな」
そう言ってジェイクは鳳凰競技場を苦々しく見つめた。
そこには俺たちが抱いたような感嘆するという気持ちは全くないように見える。
「あの競技場はな、この国の腐敗の象徴の様な建物なのだ」
「腐敗の象徴?」
「そうだ。まずあれはつい数年前に建設されたばかりだ。具体的に言うと魔王軍との戦いの最中に作られたのだ」
「ああその話は聞いてことがある。なんでも戦意高揚を目的として光の神殿を大規模修繕したって話だったよな」
「そんなわけがないだろうが! あの馬鹿共がそんな大層な考えを持っていると本気で思っているのか? この競技場はな、民は疲弊し、テルゾウの奴は血を流して戦い続けているその真っ最中に、馬鹿貴族共がおのが権力を知らしめるためだけに魔改造を施した悪ふざけの極地なのだよ!」
俺は鳳凰競技場をじっくりと眺めてみる。
遠目から見ても分かる立派な石造りの競技場だ。
こうして見る限りどこもふざけているようには見えないが……
「競技場の上に被さっているあの鳥のくちばし、あれは屋根の役割をしているのだ」
「屋根付きの競技場? 凄いじゃないか!」
「そしてそこから前方に伸びる羽の部分には客席が設置されている」
「両側から見えるようになっているってことか」
「その客席は階段状になっており、くちばしの部分が一番高く、羽の先へ向かうごとに段々と低くなっていく」
「ん?」
「そうして羽の先までいったらその先にあるのはただの地面だ」
「地面!?」
「地面だ、羽の先には地面が続いていて『客席がない』。意味が分かるな? 権力があればあるほど高い席に座ることができ、平民は地面に座るしかないということだ」
「なんとまぁ……」
凄いなわざわざそんなアホな建築物を作ったっていうのか。
前世の陸上競技場を斜めにカットした形を思い浮かべれば分かり易いかな?
金がなかったから? 違うだろうな。
そもそも金がないのなら競技場なんて作ろうとしないはずだ。
自らの権力を誇示したいがためとは言え、金と権力を持つ馬鹿のやることは桁が違うな。
俺たちはジェイクの話を呆れながら聞いていた。
ついでに言うと、視線を鳳凰競技場へと向けながら歩き続けていた。
だから俺たちは気が付かなかった。
いつの間にやら周囲の景観が変わっていたということに。
町長時代、役所のスタッフがなかなか俺が足を踏み入れることを許可してくれなかった地域であるそこは、いわゆる歓楽街。
どこの町にも必ずあり、基本的に子供は立入禁止で近づかない場所へと俺たちはいつの間にやら踏み込んでしまっていたのだ。
そこで俺たちは出会ってしまった。
一年前の決戦の際の戦犯であり、今回の戦いの逃亡者。
この国の恥として有名なハズレ勇者、すなわち朱雀の国の火の勇者に。
発売日まで残り3日です。
勇者の隣の一般人、第一巻は2018年3月30日(金)に発売予定です。




