第十三話 VS魔族3
2017/06/16 サブタイトル追加&本文を細かく訂正
2017/07/14 本文を細かく訂正
--sideマンティス--
目の前で起こった状況に理解が追いつかず、マンティスは動きを止めた。
地面の上には、さっきまでアントリオンの作った穴に落ちて死にかけていたガキ共が勢揃いしている。
そして目の前には光り輝く大きな魔石が転がっている。
誰の魔石なのかなど考えるまでもない。
これはアントリオンの魔石だ。
つまりあのガキ共がアントリオンを倒したという事になる。
しかしそれこそ意味が分からない。
俺もあいつも魔王軍の中では幹部候補の1人である。
それがいくら勇者が居たとは言え、あんな実戦経験の無いガキ共に負けるなど有り得ない事だ。
目の前に居るのは少年が1人と少女が3人。
そして少女達は少年に抱きついてしきりに礼を言っている。
つまりあの少年がアントリオンを倒したという事になる。
だがあの少年はどう見ても弱い。
一体どうやってアントリオンを倒したというのか。
マンティスは少年を問い質そうと歩き出した。
そして殺気を感じて左に飛んだが間に合わず、右腕を丸ごと失った。
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--sideハロルド--
ハロルドは先程までとても焦っていた。
息子とその幼馴染達が、突如襲ってきた魔族に狙われ、魔族が作ったという穴に落とされてしまったのだ。
穴から影が森の木まで伸びていたので、生きているだろうとは考えてはいたが、確認するまで安心は出来ない。
私は息子であるナイトの安否を確認する為に声を張り上げた。
「無事かナイトーーー!!!」
「無事な訳ねぇだろおっさん! あんたの息子は勇者と一緒に死んだんだよ!」
「無事です父さーん!」
「何で無事なんだよ糞ガキがぁ!」
目の前のカマキリ男からは死角になってダイアナの影が見えていないらしい。
私は息子達が無事であったことにひとまず安堵したが、危険な状況であることに変わりはないため、まずは目の前の魔族の突破を試みた。
しかしこの魔族は非常に狡猾であった。
真っ向勝負であれば、私の方が勝つであろう。
しかしこいつは足止めに徹し、決してスキを見せずに戦っている。
私を足止めして、先程の太った魔族にまず最初にナイト達4人を殺させ、その後で2人がかりで私と戦うつもりなのだ。
実に理に適った戦い方だ。
だからこそ私は焦る。
『闇の勇者』であるダイアナが居るとは言え、ナイト達は今日が初陣であり、全員のレベルは未だ6止まりだ。
そんな状態で本領を発揮した魔族の相手はまず無理だ。
だから私は焦って助けに向かおうとするが、目の前のカマキリ男が邪魔過ぎる。
「ええぃ、どけぇ!」
「やなこった! もう少し付き合って貰うぜ、おっさんよぉ!」
魔族を突破することも出来ず、時間だけが過ぎて行く。
私は過ぎて行く時間に益々焦り、段々と相手の攻撃を受け始めてしまっていた。
そんな時に穴の様子に変化が起きた。
森の中から穴に向かって草が伸びているのだ。
遠目には何の草なのかは分からない。
しかし草が伸びているということは、ロゼッタ王女が『植物操作』を使って何かをしているという事であろう。
この状況を草でどうにか出来るとは考えられない。
しかし私が救援に向かうまでの時間稼ぎ位にはなって貰いたいと、焦りながらも考えていた。
しかしその考えはすぐに頭から吹き飛んだ。
穴の中から煙が立ち昇り始めたからだ。
「なっ!?」
「は? 煙だぁ?」
煙は凄い勢いで空へ向かって伸びて行く。
つまり穴の中は煙が充満している筈だ。
このままではナイト達が燻製になってしまう!
私の焦りは益々加速していった。
だが、私の焦りとは裏腹に事態は勝手に収束してしまった。
何とナイト達が全員揃って穴から飛び出して来たのだ。
その全身は煙に巻かれて煤けており酷い有様だ。
しかし全員が生きている。
私はその事に酷く安堵した。
そして次の瞬間には地面が光り輝き、その光はナイト達の体へと吸い込まれた。
そして地面の上には何時の間にやら巨大な魔石が転がっている。
光の正体は経験値であり、魔石の元はあの魔族であろう。
つまりナイト達は自力であの魔族を倒したのだ。
私はその事が信じられずに動きを止めた。
今日が初陣の、レベルが僅か6しか無い子供達が魔族を仕留めた。
これがどういうことなのか分からない程、私は間抜けでは無いつもりだ。
見れば先程まで戦っていたカマキリの魔族も動きを止めている。
奴もまた同じ気持ちなのだろう。
妙な所で通じ合ってしまった。
そしてカマキリの魔族はナイト達の方へと向かって行く。
その瞬間、呆けている場合ではないのだと思い出した。
この魔族は敵だ。
敵が背を向けている。
仕留める絶好のチャンスではないか!
私は大上段から剣を振りかぶり魔族を真っ二つにしようと試みた。
何時もならもっと躱しにくい太刀筋で斬りつける所だ。
しかし私もこの時は混乱していたのだ。
だからその太刀筋は相手に躱されてしまった。
しまったが、それでも相手の右腕を奪うことには成功した。
相手は絶叫を上げた。
そして時は動き出した。
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--sideナイト--
どうにかアリジゴク野郎の罠から抜け出し、レベルアップも完了して一息ついていると、ロゼとアナとエルが俺に縋り付いて泣き出し始めた。
彼女達はしきりに「ありが……と!」「感謝! 感謝!」「ありがとう!」と言い続けて離してくれない。
確かに奴を仕留めたのは俺ではあるが、全員の協力があったから無事に生き残れたのだ。
だから俺はその事を彼女達に伝えようとしたのだが、突如絶叫が響き渡り、俺達は音の発生源に顔を向けた。
「ギャアアアァァァー!」
「くっ、しまった! もう一撃!」
「ガァァァ、クソッタレがぁ!」
見れば父さんがカマキリの魔族の右腕を切り落とし、追撃を放とうとしている状況であった。
しかし父さんの攻撃は空を切る。
カマキリの魔族は父さんの攻撃を紙一重で避け、そのまま跳躍して距離を取る。
そしてこちらを一瞥してから脱兎の如く逃げ出し、あっという間にその姿が見えなくなってしまった。
「逃げられたか……」
父さんは周囲を見回し、追撃が来ないかと警戒しながらこちらへと歩み寄って来る。
その姿はボロボロだ。
着ている鎧はズタズタで、全身にも隈なく切り傷が付いている。
カマキリの魔族と父さんとでは父さんの方が強かった。
事実、俺達が穴に落ちる前までは、父さんには傷1つ無かったのだ。
それなのに傷だらけになっているという事は、俺達を助ける為に焦って無理をしたのだろう。
その事に思い至り、俺は父さんに礼を言った。
「ありがとう御座います父さん。俺達を助けるために無理をして戴いて」
「何を言っているのだお前は。子供を守るのは大人の役目だ。気にする必要はない」
「それはそうなのかもしれませんが……」
「それよりもお前達だ。とにかく無事で良かったが、一体どうやって魔族を仕留めたのだ?」
「ああはい、それはですね……」
俺はモエモエソウを使って魔族を仕留めたのだと説明しようとした。
しかしその時、俺に縋り付いていたアナがバッタリと倒れ込んでしまった。
見れば顔色がかなり悪い。
アナは真っ青な顔をしていた。
「ダイアナ? おい、ダイアナ! どうした!大丈夫か?」
「そうか! 父さん、アナはカマキリ野郎に傷だらけにされて、血塗れだったんです」
「! 血を流し過ぎたという事か! ここでは不味いな、お前達、すぐにタートルへと帰るぞ!」
「ハロルドさん! アナは大丈夫なの?」
「先程まで動いていたのだ、今すぐどうこうという事は無い。ポーションは飲ませたのか?」
「いえ、体に振り掛けただけです」
「ならば私の持っているポーションを飲ませよう。ポーションは飲むと失った血液を回復させる効能があるからな」
「凄いですねポーション!」
父さんは持っていたポーションをアナの口に含ませ、少しずつ飲ませていく。
するとアナの顔色が少しずつ良くなってきた。
「これなら町までは十分に持つ」と父さんのお墨付きを貰い、俺達は馬車に乗ってタートルへと帰って行く。
ちなみに馬車の周りには魔物避けの香草を炊いておいた。
こうすることで、モンスターが徘徊する外でも、馬車を置いたまま森の探索が出来るのだ。
この世界の草、というか薬やアイテムには本当に凄い物が沢山ある。
午前中から無事だった馬を見て、異世界のアイテムの面白さを俺は実感していた。
帰りの馬車の上では俺と父さんの話し声のみが聞こえている。
アナは倒れたままだし、ロゼとエルは馬車に乗り込んだらすぐに寝てしまった。
無理も無い。初陣のペーペーがいきなり死闘に巻き込まれたのだ。
緊張の糸が切れたのだろう。
俺は父さんと魔族の目的について話し合っていた。
マンティスと呼ばれていたカマキリの魔族は『ロックの暗殺』が目的だと暴露していた。
ひょっとしたら別働隊が既にロックを殺しているかもしれない。
俺は焦っていたが、父さんは「恐らくそれはないだろう」と説明した。
「何でそんな事が分かるのですか?」
「私は何度か魔族とも戦っているからな。その経験から言えば、先程の2人組はかなりの手練だ。魔族は強力な個体が多いが、数そのものは少ない。あれ程の手練をそう何人も派遣したりはしないだろう」
「しかし万が一という事も」
「勿論あるだろう。だからその万が一に備えて、ロック王子の周囲は常に手練で固められている。先程の連中並の実力者が何人か襲ってきてもロック王子を逃すことが出来る程の手練だ。だから安心しろ、ロック王子は無事な筈だ」
「……分かりました。ここで焦ってもしょうが無いですからね」
「所であの魔族を倒した方法だが、『酸素』とか『一酸化炭素』と言っていたが、それは一体何なのだ?」
「ああ、『向こうの世界の知識』ですよ。空気には実は色々な種類があってですね……」
そうして話をしていると、程なくタートルの町の外壁が見えてきた。
外壁の前では街に入るための順番待ちをしている旅人の列がある。
タートルの町はこの国の首都、ならず者が入らないように警備は厳重なのだ。
しかし俺達の馬車はそれらを無視し、町の入り口である門の前まで直行して行った。
「軍の副将軍であるハロルド=ロックウェルである! 緊急事態だ、至急門を開けてくれ!」
「これはハロルド副将軍閣下、一体どうなされたので……ロゼッタ王女! ダイアナ様! 一体何があったのですか!」
「安心しろ命に別状はない。私達はこれから闇の神殿へと直行する。至急城へと早馬を飛ばし、私達が闇の神殿へ向かったと伝えてくれ」
「亀岩城へ向かうのではないのですか?」
「命に別状はないが、みな怪我をしているのでな。まずは『治療院』での回復を優先させる。すまんが詳しいことを説明している時間は無い。宜しく頼むぞ」
「はっ! 了解しました」
俺達の馬車は城門を潜り、タートルの街の中へと入って行く。
後ろでは王女であるロゼッタと闇の勇者であるダイアナが馬車の中で倒れているのを見かけた兵士と旅人達が大騒ぎをしている。
しかしそれを気にしている余裕など無い。
俺達はそのまま町中を馬車で駆け抜け、闇の神殿へと真っ直ぐに向かって行った。
闇の神殿はこの町の中心、中央広場に面して建つ巨大建築物だ。
鳥居の形をした入り口を抜けると広い庭が有り、目の間には巨大な本殿がそびえ立っている。
高床式の木造建築であり、屋根は三角形のから拭き屋根で、入り口には賽銭箱が鎮座している。
『神殿』という名前ではあるが、俺的には『神社』と言った方がしっくり来る建物だ。
異世界と言えば中世ヨーロッパ風だと思っていたのだが、この玄武の国はどちらかと言うとアジアンテイストなのだ。
俺はつい先日この本殿でスキル授与の儀式を行った。
しかし今日はここには用はない。
俺達の目的地は本殿左側に建っている『治療院』だからだ。
この『闇の神殿』の主な役割は3つ。
『スキル授与の儀式』と『巫女達の修行場』、そして『治療院』だ。
魔法があり、魔道具があり、ポーションの様なファンタジーアイテムが溢れるこの世界では、地球のような医者は殆ど見かけない。
怪我も病気もスキルや魔法、アイテムで治すのが一般的であり、神殿にはそういうスキルの使い手が集まっているのである。
俺達は神殿の入り口に馬車を横付けし、丁度目の前にいた門番に事情を説明。
『闇の勇者が魔族に襲われて大怪我をした』と説明された門番は顔色を変え、神殿内部にダッシュで向かって行き、神殿長他大量の神殿関係者を引き連れて俺達の馬車へとやって来た。
「ダイアナ、ダイアナ! 無事かい!? 返事おし!」
「ばっちゃん落ち着いて。アナは血を流し過ぎて気絶したんだ」
「ポーションを飲ませて落ち着かせてあります。今は寝ているかと」
「ナイト! ハロルド! あんた達が付いていながらどういう事だいこれは!」
「詳しいことは後ほどご説明致します。取り敢えず中に入っても宜しいでしょうか」
「当たり前じゃないか! って、ロゼッタ王女もエリザベータも倒れてるじゃないか! あんた達、全員を大至急中に運びな!」
神殿関係者達がアナとロゼとエルを慎重に担いで神殿の中へと移動していく。
俺もそれに続こうとして馬車から降り、そしてその場で膝を付いてしまった。
「あれ?」
何だろう、力が入らない。
何故だか急激に疲れが押し寄せて来て、立つこともままならない。
俺はそのまま神殿前で気絶してしまったのだった。




