第百二十七話 ジェイクの暗躍
朱雀の国の首脳陣への謁見が終了した翌日、俺たちが滞在している屋敷を訪ねてきた者たちがいた。
別れてからおよそ3ヶ月。
たったそれだけなのに、随分と久し振りに会った気がするのはシャインとジェイク、光の勇者の関係者の2人であった。
ちなみに光の勇者であるテルゾウ殿は用事があるらしく今日は顔を出せないそうだ。
「オ~ホッホッホッ! 皆様お久しぶりですわね。この私閃光のシャインに会えなくて随分と寂しい思いをしていたのではなくて?」
「久し振りだなテルコ」
「久し振りねテルコ」
「久し振りだテルコ」
「久し振りだね~テルコ」
「テルコ久し振り」
「久し振りですねテルコ」
「久しいですなテルコ殿」
「せ~の」「「「「テルコ!!」」」」
「うわああぁぁん!! テルコって呼ぶなぁ!」
俺たちはあらかじめ用意しておいた挨拶を光の勇者の実の娘、閃光のシャインことテルコへと向かって浴びせかける。
彼女が自分の名前を気に入っておらず、シャインという偽名を名乗っていることはもちろん承知の上だ。
再会して早々大暴れを始めた彼女の体は、ロックが抱きとめてその動きを止める。
2人が惹かれ合っているのは当事者以外には周知の事実だ。
だから俺たちは黙って2人の再会を観察していた。
「すまないなシャイン。再会したら取り敢えずからかおうと思って事前に打ち合わせをしていたのだ」
「……! ……そっ、そう。まぁ、まぁまぁしょうがないですわね! 私みたいな人気者と再会するのですから、仕掛けの一つもあって当然ですわ」
シャインはしどろもどろになって慌てている。
久々に再会したリアル王子様に抱きしめられて至近距離でキメ顔で謝罪されてしまい、怒りがどこかへと吹っ飛んでしまったようだ。
しかし凄いなロックの奴は。
あんな世の女性たちが夢見ているようなシチュエーションを自然に作り出すなんて女殺しも良いところだぞ。
そんな事を思っていると、もう1人の客人であるジェイクが咳払いをして注目を集めた。
俺たちは彼に注目する。
そして同時に身構えてしまう。
う~ん、こいつが喋ろうとすると、どうしても身構えてしまうな。
見た目は非常に胡散臭いくせに、言ってくる言葉は的を得ている奴だからな。
「何やら非常に遺憾な印象を持たれているような気がしているが、まぁとにかく久し振りだな諸君。どうかね? ここまで来て。この国の現状を味わった若き勇者の感想を是非とも聞いてみたいのだがね」
そう言ってジェイクはニヤリと笑って未だにシャインを抱きしめたままでいたロックへと顔を向ける。
ロックはシャインから手を話してジェイクへと向き直り、手を離されたシャインは「余計なことをするな」という視線をジェイクへと浴びせたのであった。
「そうだな……国中に点在する活火山が作り出す魅惑的な風景、そこから湧き出る温泉を利用したこの国独自の観光と農業。聞いていた印象と実物を見た感想は大分違っていたな。実際に現地に赴く必要性を痛感したよ」
ロックは実に優等生的な回答をジェイクへと告げた。
ジェイクはニヤニヤと笑っているが、当然のことながら『そういうこと』が聞きたいわけではあるまい。
奴はただ黙ったままでロックのことを見つめ続けている。
その視線に折れたのか、ロックは再び口を開いたのだった。
「……この国の身分の差が激しいことは子供の頃から教え込まれていたので知っていたつもりでいたが、私の想像を遥かに超える凄まじさだったな。特に驚いたのはスラムとそこに暮らす人々が存在していたことだ。この1月の間に幾つもの町を巡ってきたが、その全てにスラムがあったことに正直驚きを禁じ得ない」
「はっ! それはそれは何よりだ、何よりだよ英雄殿。まったく英雄殿は英雄殿であって英雄殿以外の何物でもないのだな。君の英雄具合にはまったくもって感心するよ。そう、心からな」
ジェイクは何故かロックに向かって英雄英雄と連呼してくる。
ロックは確かに勇者ではあるが、そんなに厭味ったらしく呼び続けなくても……いや待てよ?
「おいジェイク。ひょっとしてこれまでのロックの行動が何かトラブルでも引き起こしているのか?」
俺の質問に一同がハッとする。
これまでのロックの行動と聞いて思い出すのはこれまでの旅の思い出。
朱雀の国の中を旅している間、町に到着する度にモンスター退治を続けてきた戦闘記録である。
「トラブルでも引き起こしているのかって? とんでもない。とんでもない誤解だなナイト。我が国の上層部の馬鹿共が長年放置し、その存在を半ば抹消し続けてきたスラムに住む者たちの下へと彼らの救い主の親友が英雄と化して降臨したからといって何か問題でも起こるというのかね?」
「救い主?」
「降臨?」
おいおい、なんだか怪しい文言が飛び出してきたぞ。
字面だけ聞けばまるで青龍の国みたいじゃないか。
「魔王軍の攻撃が苛烈となり、国を追われて逃げ出した者たちを救い続けた貴様はこの国の身分の低い者たちの間では『救い主』と呼ばれ生ける伝説となっているのだよ。それに加えて誰もが知る貴様の親友である勇者にして王子様が文字通り英雄となって彼らを救うためにこの国に『降臨』してくれたのだ。トラブルなど引き起こしてはいないさ。トラブルを解決して回ったわけだからな」
「いや、ナイトが救い主と呼ばれるのは分かるが、なぜ私がそんな『降臨』なんて大げさな表現で呼ばれているのだ?」
「大げさ? 大げさと言ったのかね君は? 国に見捨てられ、ゴミに埋もれ治安は極めて悪く、いつモンスターに襲われるかも分からないスラムに住む住民たちの安全を守るために、周辺のモンスター退治を一手に引き受けて駆逐して回った他国の王族の出現を彼らが『英雄の降臨』と呼ぶことはそんなに不自然な出来事なのかね?」
「あ……いや、その……」
「これまでもテルゾウの奴が同じようなことをしたことがないわけじゃないさ。だがあいつはもっぱら魔王軍本体との戦いを優先していたために、ここまで短時間で集中的に、多くの町のスラムの住民を救うことなど出来なかったのだ。しかしロック王子はそれを成し遂げた。そんなお方を英雄と呼ばずして一体何と呼べば良いというのかね?」
ジェイクの言うことはもっともだ。
ロックは自らの正義感に基づき、スラムに巣食うモンスター退治を行ってきたわけだが、この国では今までスラムの住民たちを救ってくれる人間などいなかったのだ。
そんなだから彼らがロックを英雄と呼び、出現ではなく降臨という大げさな表現を使っても不思議ではないわけだな。
あっ! でもそうなると……
「なぁジェイク。これってひょっとしてあれか? ロックの評判が上がれば上がるほど、朱雀の国の上層部の評価が下がるとかそういう話なのか?」
ロックは「あっ」と声を出して俺とジェイクの顔を交互に見ている。
その反応を見たジェイクは「ようやく理解してくれたのだな」と半ば呆れた声を出したのだった。
「つまりはそういうことなのだよ。ロック王子の英雄的行動のおかげでこの国の民の多くは救われた。だがそれを面白く思わない連中がこの国の上層部に巣食っているのだ」
「それなら彼らも同じように行動を起こせば良いじゃないか」
「するわけがないだろうが。そもそも数少ない真っ当な貴族が収める地域ではスラムなんてものは存在していないのだ。お前たちが辿ってきたルートはな、貴族の力が強くかつその貴族が腐敗していてスラムが必ず存在する場所ばかりだったのだよ」
「何でそんなルートを? ってか何でジェイクはその事を知っているんだ?」
「玄武の国一行の旅のルートの選定には私も1枚噛んでいたのだ。この腐敗しきった我が祖国に劇薬を放り込みたいと思ってな」
「劇薬って……」
俺たちは揃ってロックを見つめる。
思えばジェイクとはカワヨコの町で出会ってからずっと一緒にいたのだ。
この国の現状を肌で感じたロックがどんな動きをするのか、こいつには手に取るように分かっていたのだろう。
「結果、期待通り、いや期待以上にロック王子はこの国を引っ掻き回してくれたようで私は大変満足している。礼を言わせてもらおうじゃないか」
「……一応聞いておくが、何でこんなことを?」
「魔王を討伐した後に私が言ったことを覚えているかね? この国はもう末期だ。最早取り返しのつかないところまで腐敗は進行し、民は喘ぎ、貴族は貪っている。そんな祖国を救うためならば劇薬の1つや2つを投入することをためらうものかね」
「勝手に劇薬扱いされた私の身にもなってもらいたいのだが……」
ロックはジェイクに文句を言うが、ジェイクはいけしゃあしゃあと話を続けたのだった。
「なに、結局は時間の問題だっただろうさ。王子が戦勝式を欠席することはありえない。そしてこのバードの町に辿り着くためには、まず間違いなくスラムのある町を通らねばならない。私は王子が立ち寄るスラム付きの町の数を最大限になるように調整したに過ぎん。遅かれ早かれ王子はスラムの住民を救うために立ち上がるのだから、どうせだったら救う数を最大にして、その影響力を膨大にしたほうが良いと思ってな」
「そうすると、どうなる?」
「ロック王子の評価が高まり、貴族たちの評価が低下する。すると腐敗貴族たちのターゲットがロック王子に集中する。他国の王族であり、全勇者中最強の防御力を誇る土の勇者殿にな」
「……排除したくてもそう簡単には排除できない相手ということですか」
「その通りだ。そしてロック王子が狙われている間に、我々は奴らを倒すための貴重な時間を確保することが出来るのだよ」
「我々?」
「この国に残った僅かな良心、他国を知る外交官たちや上層部の中の良識派だ。彼らはテルゾウを旗頭として、腐敗貴族たちの一掃を目論んでいる。悪いが協力してもらうぞ」
「そういうことは事前に言うべきではないのか?」
「言っても言わなくても王子は同じ行動をとっただろう? だったら事後承諾で十分ではないかね」
「……テルゾウ殿が貴方を嫌っている理由が良く分かりますよ」
「構わんよ。勇者に嫌われるのには慣れているのでね」
スラムの住民たちの安全を守るために、モンスターを退治しながらだったこれまでの旅路。
それは全て目の前の劇作家が描いた脚本通りの展開だったという。
流石は光の勇者唯一の供、若く経験の浅い勇者など手の平の上で転がせるということか。
まぁ確かにロックの性格なら事前に聞いていようがいまいが同じ行動を取ったであろうことは想像に難くない。
だがまぁそれはともかくとして、俺はジェイクに近づいていった。
「話は分かった。取り敢えず一発殴らせてもらうぞ」
「断定かね!? 殴らせてもらっていいかと聞くべきではないのかね?」
「あんたが祖国を思って行動を起こしたことは理解できたさ。見た目も話し方も胡散臭いのに意外と国を思う熱い心の持ち主だったのだなと感心もしている。だがそれはそれとして、うちの勇者を利用したって言うなら、詫びの1つも必要だろう?」
「礼はちゃんと言ったではないかね」
「礼さえ言えば、どんな扱いをしても許されると思うなよ!」
ゴガン!
小気味良い音を響かせてジェイクが吹っ飛んでいく。
もちろん手加減はしているが、痛みは感じているはずだ。
ジェイクは魔王戦の時に装備していた攻撃無効化の小手はしていない。
あいつは殴られる覚悟を持ってこの場を訪れていたのだ。
そうしてジェイクは立ち上がった。
口の中を切ったようで、唇からは血が滴っている。
「フッフッフッ。中々堂の入ったパンチではないかね」
「お褒めに預かり光栄だね。それでロック。お前はどうする?」
「私か?」
「殴ったところで何がどうなるわけでもないとは思うけどな。利用されたって目の前で宣言されたんだから何らかの落とし前は必要だと思うぞ」
「ふむ……」
そうしてロックはしばし考え、そうしてジェイクに話しかけた。
「ジェイク殿、確かに私は貴方の暗躍があろうがなかろうが、同じ行動を取ったことでしょう」
「分かっているとも」
「そして黙っていれば気づかなかったであろうに、わざわざ私の下を訪れてネタばらしをしてくれたことには一定の理解を覚えざるを得ません」
「それは重畳」
「しかしナイトの言う通りそれはそれです。利用されていたと説明されてはやはり心中穏やかではありませんね」
「だろうな」
「ちなみにこういった場合、テルゾウ殿はどうしていたのですか?」
「大体3パターンだな。一発殴って許す。しばらく機嫌が悪いままになり姿を隠す。頭にきてやけ食いやけ酒を繰り返して、支払いは全て私が持つ。こんなところか」
「そうですか、では今日これから私たちはバードの町を散策する予定でしたので、支払いを全て持ってください」
「良いのかねそれで?」
「既にナイトが一発殴っていますし、戦勝式が近づいているのに姿を隠すわけにもいきませんからね」
「了解した」
「そういうわけだ。皆、今日はジェイク殿のおごりだ! 盛大に飲み食いして構わないぞ!」
「「おおー!!」」
「え? 全員分?」
ロックは勇者らしくというべきか、英雄らしくというべきか、とにかくジェイクを許すことにしたようだ。
朱雀の国の首都バードに到着した翌々日、俺たちは遂にバードの町の散策へと出発することになるのであった。
発売日まで残り4日です。
勇者の隣の一般人第一巻は2018年3月30日(金)に発売予定です。




