第百二十六話 鳳凰城での謁見
朱雀の国の首都バードに到着し、これまでと同じようにスラム及び周辺のモンスターを退治した俺たち玄武の国一行は、スラムの住民たちからの大歓声を浴びながら、バードの町を取り囲む壁に設置された大扉を潜り、町の中へと入った。
壁の中にはこれまで立ち寄ってきた他の町と同じく、キチンと区画整理された見栄えの良い町並みが広がっている。
ただ、道行く人々には怪我人も多く、商店も全体的に品薄気味だ。
ポーションを振り掛ければ大抵の怪我は治るこの世界で怪我人が残っているということは、需要に供給が追いついていないということなのだろう。
火の魔王の討伐からおよそ3ヶ月。復興への道筋は見えてはいるものの、未だ道半ばであるということか。
俺たちは町を訪れた勇者とその一行を一目見ようと集まってきた大勢のバードの住民たちから歓声を浴びながら大通りを進んで行く。
だがスラムの住民たちとは違い、町の中に住む住民たちの中には、俺たちへと明らかに侮蔑的な視線を向ける者も存在していた。
彼らは王族であり勇者でもあるロックに対しては友好的な視線を向けるものの、それ以外の者たちへは明らかに見下した態度をとっており、それは周囲の町の住民たちへも同様であった。
恐らく彼らはこの国の貴族階級の者たちであり、特権意識が骨の髄まで染み込んでいるのだろう。
『何を成したか』は考慮にも値せず、『どのような立場であるのか』だけで目の前の人間の判別をしているのだ。
玄武の国の一部の貴族、具体的に言えば王弟派に属する貴族たちも、同じような態度を取ることはあった。
だがここまであからさまでもなかったし、ここまで醜くもなかった。
あれだけ嫌っていた王弟派に対して、まさかあれでもまだまともだったのかと感心する時がこようとは、まったく旅はしてみるものである。
そうして俺たちはバードの住民たちによる歓迎を潜り抜け、朱雀の国が用意してくれていた宿へと辿り着いた。
宿というか、それはかなり広めのお屋敷であった。
なんでも各国それぞれに滞在するための屋敷を用意してあり、滞在期間中は自由に使えるようになっているらしい。
身分差の激しい朱雀の国で、その総本山であるバードの町で長期間の滞在をしようとすれば、身分ごとに泊まる宿を変更しなければならないという状況にもなりかねない。
だったらいっその事、国ごとにそれぞれ広めの屋敷を用意してしまおうという判断なのだそうだ。
屋敷に入った俺たちは、一旦それぞれの部屋へと移動していく。
王族であるロックとロゼには最上級の部屋を、俺とライと父さんは家族だからと広めの部屋が用意され、アナとエルには二人部屋、ハヤテとデンデと老師は3人部屋で、兵士たちの中でも上級職にはそれぞれ個室を。平の兵士は大部屋、馬は厩舎に、そして懲罰部隊の面々は揃って庭に建てられたテントの中へと割り振られて、とりあえず一息吐いたのだった。
だが平の兵士や懲罰部隊の面々はともかく、俺たち勇者一行と父さんやヨンといった兵士たちの責任者にはやることがある。
到着の翌日、俺は出発前に作り終えたばかりの式典用の衣装に身を包み、それぞれが正装へと着替えた皆と共に、朱雀の国の首脳陣が待つこの国の王城へと挨拶に出向いたのであった。
朱雀の国の王城。
それは鳥の形をした城であった。
いや、朱雀とは鳥の中でも鳳凰を指す言葉だ。
だからこの城は鳳凰を模して作られているのだろう。
亀を模して作られていた玄武の国の亀岩城には、亀の口の部分から伸びていた舌を模した階段を使って内部に入っていったものだったが、この朱雀の国の王城、『鳳凰城』は翼を広げた鳳凰の姿をしている。
その城への入口は2箇所あり、それは両足の部分に作られた螺旋階段であった。
前3本、うしろ1本の合計4つの爪を持つ足が2本あり、爪の部分が階段になっていて、それは足首で合流してから螺旋階段に変わり、鳳凰の体内へと続いているのだ。
上りと下りが決められているようで、俺たちは右足から城の中へと入っていき、腹の部分に作られた謁見の間に到着し、俺たちの到着を待ちわびていた朱雀の国の首脳陣との謁見を果たした。
いや、違うな間違えた。
俺たちの到着を待ちわびていたのは朱雀の国の首脳陣の中でも、全体の3割程でしかなかった。
残りの7割は歓迎するムードを演出し、作り笑いを顔に貼り付けてはいるものの、目の奥には隠しようのない敵意や殺意、そして侮蔑的な感情を滲ませていた。
この国がとにかく身分の差が激しい国であることは、この1月に及ぶ旅の中で嫌という程に理解できていた。
だから俺や父さんといった貴族階級、ロックとロゼの王族姉弟に対する態度と、それ以外の者たちへのあからさまな態度の違いは理解できなくもない。
そいつらは例えば平民出身のヨンや勇者ではあるが貴族階級ではないアナにまで蔑んだ視線を向けてくるのだ。
だがこの場にいる貴族たちの大部分からはそれとは違い、明らかに敵意や殺意がこもった視線が投げかけられていた。
それはなんと貴族階級である俺や王族であるロックにすら向けられているのである。
これは明らかに異常事態だ。
俺たちはこの国に入国したのは今回が初めてであり、彼らの敵意を買うような行為をした覚えなど全くない。
本来ならば魔王を討伐した勇者とその一行として諸手を挙げて歓迎されるべき状況だというのに、一体何が彼らの気に触ったというのだろうか。
実に居心地が悪いままに謁見は終了し、俺たちは屋敷へと帰って来た。
謁見といっても到着したことに対する報告がせいぜいで、戦勝式の詳細は後ほど伝えると告げてきたと思ったら、さっさと城から追い払われてしまったのだ。
ちなみに俺たちが謁見したのは朱雀の国の国王陛下ではなく、首脳陣である。
何故か? それはこの国は貴族たちが力を持ちすぎたせいで、本来ならば最高権力者である国王が有名無実化しているからである。
一応玉座にこの国の国王陛下は座っていた。
だが玉座にちょこんと腰掛けた国王陛下は吹けば飛んでいってしまいそうな儚い印象の中年男性であり、代わりにその周囲に並び立つこの国の権力を牛耳る貴族たちはそれぞれが贅を凝らした装いを身に着け、我らこそがこの国の支配者であるのだと明確にアピールしていた。
せっかくタートルの町の仕立て職人たちが総出で仕上げてくれた勇者の供としての正装は、ほんの僅かの間着ただけで脱ぐ羽目になってしまった。
まぁこんなこともあるだろう、どうせ戦勝式本番が始まればずっと着ているのだから気にすることもあるまい。
そう考えて俺は余りにも無礼だった朱雀の国の首脳陣との謁見の記憶を忘れ去ろうとした。
だがそのことについて謝りにきた者たちのおかげで、そう簡単には忘れられなくなったのであった。
「申し訳ありません! 本当に、本当に申し訳ありません!!」
そう言って必死に俺たちに頭を下げる人物は、先程謁見した際に俺たちの到着を待ちわびてくれていた3割に属する貴族の1人であり、外交官たちの取りまとめをしている人物であった。
彼はそれこそ頭が地面に埋まるほどの勢いで頭を下げ続けており、彼のうしろでは俺たちをここまで案内してくれた外交官たちが同じように猛烈な謝罪を行っている。
彼は俺たちに先程の朱雀の国上層部の無礼な態度の理由を説明してくれた。
それは確かに俺たちに関係のある内容ではあったが、同時に逆恨みも良いところであった。
そんなことで敵意や殺意を向けられたって困るのだ。
彼らのバカ息子たちが今回の戦いで戦死したからといって。
「あの場にいた貴族の大半は現在の我が国の中枢を担う者たちなのです。そして彼らの息子たちは次代の後継者もしくはその補佐役として、火の勇者の従者という華々しい役割を与えられ将来を期待されていました。それがこの度の戦いでほぼ全滅してしまったため、彼らは揃って戦いに参加した勇者様方を恨んでいるのです」
「将来を期待……ですか? 確かテルゾウ殿と共に参戦した者たちは火の勇者殿の取り巻きとして好き放題やっていた馬鹿貴族だと聞いていたのですが」
ロックのツッコミに外交官の責任者は「ウグッ!」と変な声を挙げて、あたふたし始めた。
そうして彼はキョロキョロと周囲を見回し、ここが玄武の国一行に宛てがわれた屋敷だと知っているにも関わらず、声を落として説明を続けたのであった。
「ロック王子のおっしゃる通り、彼らは火の勇者様と共に問題行動ばかりを起こし続けてきた問題のある者たちでございました。ですから今回の戦いの前に火の勇者様が雲隠れを行ったのをキッカケに、彼らを合法的に始末してしまおうと我々良識派が秘密裏に動いて、彼らを戦場へと派遣したのです」
「それで思惑通り死亡したのでしょう? と言うか、先程の者たちは自分の息子たちが魔王軍と戦える実力があるかどうかも分からなかったのですか?」
「分からなかったのです。彼らは我が国において権力だけは強いのですが、実際に戦場に出向いたこともなければ、魔王の驚異もまともに理解しておりません。魔王を退治して凱旋された光の勇者様にすら罵詈雑言を吐き散らした程でして。今回の謁見にしても、具体的な行動は何もせず視線だけに留めただけ、彼らにしては良くやった方なのですよ」
おいおい、それにしたって謁見の間中ずっと敵意が宿る視線に晒されていれば嫌な思いの1つもするんだぞ。
それにいくら恨みがあったとはいえ、仮にも魔王を倒した他国の勇者兼王子に対してあの態度はないだろうよ。
「まさにおっしゃる通りでございます。しかし、その、何と言いますか……我が国の王族から権力を奪って幾星霜。彼らは自らの立場を大分誤解……曲解? いえ、拡大解釈している節がありまして」
「拡大解釈?」
「その……「国を動かしているのは我々貴族なのだから、勇者も王族も黙って従うべきだ」という考えが浸透しているのです」
何だそりゃ? 一体どこから突っ込めば良いんだ?
仮にも魔王の被害に散々苦しめられて来たんだから、勇者への感謝くらいはあっても良いと思うのだが。
「我が国は光の魔王に火の魔王と2体の魔王の脅威に立て続けに晒され続けてまいりました。しかし光の魔王を倒した頃にはかつてはハズレ勇者と蔑まれていた光の勇者様もベテランの勇者となり、その後に現れた火の魔王の軍勢とは終始優位に戦えていたのです」
「そうなのですか? それにしては被害が大きかったと聞いているのですが」
「被害は確かに大きかったのです。貴族ではなく一般の民衆、国中に点在する村に住む者たちや旅人、そして特にスラムに住む者たちの被害が」
「は? ……あ~、なるほどなるほど。彼らは自分たちのところにまで被害が及んでこなくなったから勘違いをしていると?」
「そういうことです。彼らに直接の被害が及ばないのはその前の段階で血を流している者たちがいるからなのだということも彼らは忘れてしまったようでして」
なるほどね、それなら彼らのあの態度も納得だ。
『魔王軍など脅威でもなんでもない、優勢に戦えて当たり前』という感覚でいたから、自分たちの馬鹿息子たちを危険な戦場にホイホイ派遣できたのだろうし、死んだと聞かされたら烈火の如く怒り狂ったというわけなのか。
それで同じ戦場で戦っていた俺たちにまであれだけ激しい敵意を……
まったく、他国の勇者や兵士には彼らの息子たちの安全を守る義務なんてないってことが分からんのかね。
分かってないんだろうなぁ、話を聞く限り『貴族は優遇されるのが当然』って考えみたいだし。
「そういうわけですので、皆様には戦勝式が終了次第、速やかに玄武の国へと帰国していただきたいのです」
「それはひょっとしなくてもあれですか? 彼らが何かを仕掛けてくる可能性があると?」
「あります。それも存分に」
「冗談でしょう? 他国の王族や勇者に逆恨みで喧嘩を売るつもりなのですか?」
「彼らは逆恨みだとは思っていないのです。『これは正当な行為である』と考えているので、こちらの説得にも耳を貸しはしません」
「一応説得はしてくれているのですね」
「認めたくはないのですが、あれでも広義で言えば身内ですから」
「心中お察しいたします」
魔王討伐の祝いに呼ばれて来てみれば、そこは強烈な選民意識と逆恨みの感情が渦巻く危険地帯だったようだ。
俺たちは戦勝式の行方に不安を抱かざるを得ないのであった。
発売日までとうとう5日となりました。
勇者の隣の一般人第一巻は2018年3月30日(金)に発売予定です。
それに伴い、書籍版発売記念として、本日から来週の日曜日までの8日間、毎日更新を行います。




