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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第五章 戦勝式編
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第百二十五話 朱雀の国の温泉

 俺たちのこの1月余りの朱雀の国を旅する冒険。

 それは長く険しいだけの旅であったのだろうか?

 いや、違う。断じて違うのだ。

 例えそこに目を背けたいほどの現実が広がっていたとしても、それはそれとして異国情緒あふれる目を見張る光景や、感嘆してしまうほどの風景、一生忘れることの出来ないような体験は確かにあったのである。



 朱雀の国、そこは大陸北方に存在する4大国の1つ。

 長年に渡って魔王軍が暴れ続け、光の勇者が大活躍している国として世界的に有名な国ではあるが、それとは別に貴族の権力が強い、身分差の激しい国としても知られていた。

 だが軍事面、政治面の話を抜きにして朱雀の国を見てみると、別の側面が見えてくる。


 この国は大陸の北方にあり、他の国と比べて冬の時期が長い。

 だが永久氷河の広がる青龍の国の方が実は平均気温も最低気温も低く、砂漠の広がる白虎の国の方が、農作物の実りは少ない。

 何故寒いはずの北にある朱雀の国が青龍の国よりも暖かく、白虎の国よりも農作物の収穫高が高いのか。

 それはひとえにこの国に点在している活火山の影響が大きいのである。


 朱雀の国の活火山。

 玄武の国の国土を縦断している『山脈』とは違い、ここにあるのはそのほとんどが『単独峰』である。

 国のあちこちに点在し、常に噴火の危険をはらんでいる活火山ではあるが、これは同時に地熱を生み出し、そして地の底から吹き上がる温泉という贈り物をこの地に住む者たちへと授けていたのだ。


 国中の至る所で湧いている温泉のおかげで、この国は冬の寒さも気にならず、そして温泉の熱を利用した栽培法と、温泉地でも生えてくる異世界特有の謎植物のおかげで、農作物の収穫高が高いのである。

 もっとも活火山が危険な代物であることは間違いのない事実だ。

 だがこの国の国民はその事をよく熟知しており、噴火の前兆が確認されるやいなや、村ごと移転して安全な場所へと避難する。

 この国の町はそういった活火山の影響を受け難い場所に作られているが、農作物を生産する村は温泉を利用する関係上どうしても活火山の近くに作らなければならないからだ。


 だから一箇所に留まる町は発展を続け、長くても数十年で移転を繰り返す村はいつまで経っても発展をしない。

 これにより町を支配する貴族の権力がより高まる原因となっているのだが、それはまた別の話である。


 俺たちは朱雀の国を旅する最中に幾度となくこの活火山を目にすることとなった。

 山の多い玄武の国から来たのであるから、もちろん山は見慣れている。

 だがモクモクと煙を出し続け、麓からはこんこんとお湯が湧き出る単独峰など玄武の国には存在しなかった。

 俺たちは祖国とは明らかに違う景色を目の当たりにし、他国を旅する旅情というものを存分に味わっていた。


 そして旅の最中、俺たちは村にも宿泊していた。

 町から町へと移動する途中に村があるのならば、当然のことながら村に立ち寄り泊まっていく。

 野宿をせざるを得ない場面もあるが、誰だって屋根のある場所で寝たいものだからだ。

 村には温泉が湧いている。

 正確に言うと温泉が湧き出ている場所に村が作られているのだ。

 この国では古くから温泉に入浴する習慣が国民全体に浸透しており、当然のことながらどこの村に行ったとしても温泉は存在していた。

 俺たち玄武の国一行も当然温泉を体験する。

 お湯に入る機会があるのは一定以上の資産を持つ者だけに限られている玄武の国出身者からすれば、誰でも気軽に温泉に入ることのできる朱雀の国はある意味で最高の国でもあった。


 懲罰部隊の者たちは監視つきで、兵士たちは交代で村の大風呂に入り、それぞれ英気を養っていく。

 そしてハロルドやヨンといった上級の兵士たちは役得として風呂付きの宿に泊まり、ロックやハヤテやデンデといった勇者たち、そしてゲンやヨミやトウ老師はそれぞれ個別の風呂を宛てがわれ、旅の疲れを癒やしていく。



 そして俺は、いや俺と俺の婚約者たち、つまり俺とロゼとアナとエルの4人は、宿の好意で貸切風呂を用意され、全員揃って仲良く入浴していたのであった。



「ひゃあああぁぁぁ!! 見ないで見ないで、あっちむいて!」


 言うが早いかエルは体中を覆っていた泡を洗い流し、速攻で風呂の中へと突入していく。

 ここは朱雀の国の中ほどにある、活火山近くの村にある、最上級の宿の中に存在する貸切風呂の中だ。

 周囲からは見えないように柵で覆われた風呂はまさかの露天風呂であり、旅の疲れを洗い流そうと、俺たちは仲良く4人で風呂に入ることとなった。


 だが婚約者とは言っても、俺たちはまだ結婚前の身の上である。

 婚前交渉を済ませてあるのはロゼだけであり、アナとエルとは裸の関係にはまだ至っていない。

 だからエルのこれはとても正しい反応だと言える。


 そもそも俺たちが4人揃って風呂に入ることになったのはロゼの提案だった。

 彼女は「折角の機会だからもっとナイトとイチャイチャしたい。アナとエルもするべきよ」と言い、宿の女将に頼み込んで風呂を1つ用意してもらったのだ。

 何しろ突然2人揃って勇者の供になってからというもの、ずっとこういう機会はなかったのでロゼの気持ちも大変良く分かる。


 別々の勇者の供となってからは会うこともできず、しばらくぶりに再会してもすぐに魔王退治へと再出発。

 旅の途中は周りの目があるからそうそうイチャつくわけにもいかず、魔王を倒したら倒したで、町に帰れば俺はナインの捜索と町での仕事、ロゼはスキルの数が増えた影響で、王族としての務めを求められ、孤児院へも顔を出していて大忙し。

 そして戦勝式への出席のために旅立ってからも周囲の目が気になって全くイチャつく機会がなかったのである。


 数ある冒険譚の中には旅の最中に女の子たちとイチャイチャしている勇者や英雄の話が頻繁に出てくるものだが、実際の俺のパーティーは男所帯だし、婚約者たちで構成された闇の勇者一行との行動時には他の者たちの目があった。

 そして全体での行動の最中はそれこそ俺たちは勇者一行として注目されてしまうので、全くイチャつく機会が得られなかったのだ。

 冒険譚に語られる若い男女の旅をしながらの逢瀬の話、あれはあくまでも少人数だからこそ成り立つ話だったのである。


 しかしそんな旅の最中、得難い機会が訪れた。

 通常この人数での旅となるとプライベートもへったくれもなくなるのだが、ここは高級宿の中で、しかも貸切風呂という外界と隔絶された空間を手に入れることが出来たのだ。

 ロゼは貸切風呂の話を聞いてこれはチャンスだと思ったそうで、早速予約し、俺たちを風呂の中へと押し込んだのである。


 だが積極的に風呂へと入って行ったのはロゼだけで、突然の事態に残りの3人は困惑してしまった。

 いや、俺は良いのだ。もちろん良い。良いに決まっている。むしろどんと来いだ。

 だが途中経過を全部すっ飛ばしていきなり裸の付き合いを求められたアナとエルからすればどうすれば良いのかと思ったところでバチは当たらないだろう。


 取り敢えず俺はロゼに続いて風呂へと入っていく。

 その際、服を脱いだだけでエルが騒ぎ出し、アナからは思わずといった感じで殺気が漏れたのだが、俺は彼女たちには目もくれず洗い場へと直行し、さっさと体を洗った後で洗い場へと背を向けた状態で湯船の中へと入ってしまった。

 いきなり並んで体を洗うわけにもいかないから、先に風呂に入り、2人の裸は見ませんよというポーズを取ったのだ。

 2人を風呂に誘う度胸がなかっただけとも言えるのだが。


 そしてロゼと俺が風呂に入ってしばらくして、ようやく2人は風呂へと入ってきた。

 俺が見ていないと分かっていても緊張しているのだろう、2人の足取りは明らかに普段とは違っており、緊張の度合いが感じ取れる。

 しばらくの間、背中の方から2人が体を洗う音だけが聞こえてくる。

 ゴシゴシ、ザバザバ、ザアアァと風呂場の中で聞く音としては当たり前の音だというのに、アナとエルが体を洗っている音だと思うと途端に音すらも艶かしく感じられてしまうのは男の悲しい性なのか。


 そうしてしばらく経った頃、突然背後で「キャアアァ!」というエルの悲鳴が響き渡ったので、俺は咄嗟に後ろを振り向いてしまったのだ。

 勇者の供としてのこの数ヶ月の経験値が悪い方へと働いてしまった。

 冷静に考えれば、エルの隣りにいるのは闇の勇者であるアナなのだから、例え何者かの襲撃があったとしても対処できていたはずなのだ。


 結果として、俺は2人の裸体を目撃することとなった。

 いや、アナは完全に後ろを向いていたので艶めかしい背中とお尻しか見えず、エルに至っては全身泡まみれですっ転んでいた。

 どうやら先程の悲鳴は全身を泡だらけにしたエルが何かの拍子に滑ってころんだ際に出した悲鳴らしい。

 その事に思い至るよりも先に、俺に見られていると気づいたエルは速攻で泡を流してから、飛び込むように風呂の中へと入り風呂の端っこまで逃げてしまったのだった。

 ちなみにここの風呂は乳白色である。

 湯船の中に入ってしまえば、体を見られる心配はなくなるのだ。


「変態、変態、変態! やっぱりナイトは変態さんだ!」

「や、悪い。本当に悪かった。悲鳴が聞こえたからつい……」

「『つい』で変態行為を行うから変態さんなんでしょ! ああぁ、もうお嫁に行けないよぉ……」

「いや、来いよ。嫁に来てくれ。ちゃんともらうから」

「そうだったぁ……って、えええ! じゃあ、あれ? 結婚したらこんなことがあるっていうの?」

「いやあるだろ? 何度もある。毎日ある。毎日何度も」

「毎日何度も! 変態が変態で変態に変態を……大変態! いや超変態!!」

「変態違う。これは普通だ」

「変態が普通って……あああ、アタシも変態になっちゃうんだ~。ナイト色に染められちゃうんだ~」

「お前は一体どこでそんな言葉を覚えてくるんだよ」



 エルは温泉に顎まで浸かって俺への批難を展開してくる。

 俺はそれを甘んじて受けるが、しかし批難されてばかりもいられない。

 何しろ将来結婚をしたらこんなことはごく当たり前になるのだ。

 今からでも少しずつ慣らしていかなければならないだろう。


「も~エル、しっかりしなさい。ナイトとの距離を詰めたいってずっと言っていたじゃないの」

「確かに言ったけどこれは極端だよ! 色々飛ばすにも程がなくない?」

「私は色々すっ飛ばしてナイトと結ばれたわよ」

「ロゼはその前からずっと同棲してたじゃん! アタシやアナなんて商会の仕事でナイトと会う時は必ず立ち会い人がいたから、これまで2人っきりになることもできなかったのに!」

「仕方ないでしょう。私と違って2人の旅立ちは決定していたのだから」


 そう、タートルの町で暮らしていた頃、俺はアナやエルと2人っきりで会ったことは一度たりともなかったのだ。

 何故ならば2人は勇者とその供として旅立つことが決定しており、旅立ちの前に旅立てなくなるようなことがないようにと、女性勇者及び女性の供には必ず付き添いが付く決まりがあったからである。


「男性とは違って女性には妊娠のリスクがどうしたって存在するもの。2人きりで何度も会っているうちに燃え上がって妊娠して、勇者の旅には出られませんなんてことになったら大問題だからね」

「考えが極端だよ! アタシはもっとゆっくりとナイトと仲良くなって行きたかったのに!」

「それがそうでもないのよ。かつてそういったことが実際に起ってしまったからこその対応だったわけだしね」

「どこの誰よそんな早まった真似をしたのは! と言うか、ロゼはさっきから何処にいるの? ナイトの方から声が聞えるんだけど」

「貴方がずっと後ろを向いているから見えていないだけでしょう。温泉の色のおかげで体は隠れているのだからこっちを向きなさいな」


 そう言ってエルはようやく後ろを向いた。

 後ろというか正確には俺の方を向いたのだ。

 だからエルの視界にようやくそれが入ってきた。

 俺にピタリと寄り添って風呂に入っているロゼが目に入ったのである。


「近い、近~い! 破廉恥! 不潔! 変態! 離れて、すぐに離れてよナイト!」

「俺?」

「それは違うわよエル。ナイトはずっと動いていないわ。私がただ寄り添っているだけよ」

「結婚前の! 男女が! 裸で! 裸でぇぇぇ!!」

「それこそ今更でしょう。私とナイトはとっくの昔に裸のお付き合いをしているわ。いや『お突き合い』なのかしら」

「NOだロゼ。それは下品だと思うぞ」

「でもこれはいつかの夜にナイトが言ったセリフじゃない」

「そうだが、それの使用は2人きりの時に限定してくれ」


 エルはもはや言葉もなく口をパクパクと開け閉めしている。

 う~む、カワヨコの町へと出発する前のあの一夜で大分落ち着いたかとも思っていたけど、エルの潔癖ぐせは治る気配がないな。

 いやでもこれぐらいの貞操観念で良いのかもしれない。

 若いからって愛し合っているからといって、そう安々と結ばれる必要もないのだから。


「取り敢えず落ち着きなさいなエル。そしてよく見なさい、これが私とナイトとの距離なのよ」

「ロゼと……ナイトとの距離」

「男女の距離とは現実の距離感に直結しているの。だからエルももう少しナイトに近づく努力をしなくちゃ」

「だって、だって~」


 エルは情けなく悲鳴を上げた。


「ナイトが私たちの気持ちを無視して行動を起こす人じゃないって分かっているでしょう? 大丈夫よ。現にアナもナイトの側でナイトに触れているじゃない」

「え? あれ? そう言えばアナはどこに行ったの? 姿が見えないのだけれど」

「あいつはさっきからずっと俺の後ろにいるよ」

「後ろに? でも誰もいないよ?」

「いやいるんだ。右肩を見てみな」

「右肩って……わあああぁぁ!?」


 エルが驚いて後ずさりする。

 まぁ気持ちは分からないでもない。俺だってエルがさっきから取り乱していなければ驚いていただろう。

 何しろ右肩にはアナの左手が乗っているのだ。

 左手だけで、手首から先は見えていない状態で。


「ほら見なさい、アナは勇気を出してナイトに触れているじゃないの」

「姿を完全に隠してるじゃん! しかもさっきから一言も喋っていないし!」

「裸の付き合いをする男女に言葉は要らないってことよ」

「絶対ウソだよそれ! 恥ずかしがってるだけだよ! きっと顔は真っ赤で何を喋って良いのかも分かってないんだよ!」

「私もそう思うわ。やっぱり親友よね私たち。姿が見えなくても相手の感情が分かるのだもの」


 俺たちは左手の先、一見すると誰もいない様に見える空間へと視線を向けた。

 そこにはアナがいるはずだ。むしろいなかったら困る。

 そしてその空間からはか細い声が聞こえてきたのであった。


「私も……」

「アナ?」

「私もナイトともっと仲良くなりたい。ううん、違う。仲が良いよりも先の関係になりたいと思う」

「アナ……」

「でも今はこれが限界。エルが言った通りこの状況はいくらなんでも極端過ぎる」

「ほら! ほらやっぱり!」

「でも折角の機会だからナイトに近づいておく。今はこれが限界だけど、お嫁さんになる時にはもっと近づけるようになっておくから。だから……勘弁してください」

「分かっているさアナ。でも結婚する時は3人とも抱きしめるから覚悟しておけよ」

「……は……い」

「アナ?」


 呼びかけるがアナからの返答がない。

 そして俺の右肩に載せられていたアナの左手が湯船へとずり落ち、そして魔法が解けたのか続いてアナの全身が露わになった。

 うつ伏せで湯船に浮かんだ状態で。


「やだ、ちょっとアナ?」


 ロゼが慌ててアナを起こしに掛かる。

 すると少し遅れて今度はエルが湯船の中に倒れ込んでしまった。


「ほえ~なんだかグラグラするよ~」

「のぼせてんじゃねーか! ロゼ、アナを風呂から出して体を拭いてやってくれ。俺はエルを助け出す」

「分かったわ」


 そうして俺たちの混浴は終了となった。

 ロゼはアナを介抱し、俺はまともに立てなくなったエルを抱え上げて脱衣所へと直行する。

 この2人、どうやら慣れぬ混浴のせいで急激にのぼせてしまったようである。

 俺の腕の中では若く美しい婚約者が無防備に裸身をさらけ出した状態でゆでダコ状態になっている。

 そして脱衣所の中には同じく小さな婚約者と、絶世の美女へと成長した婚約者が共に素っ裸のままで床に座り込んでいた。


 あああ、本当ならこのまま3人共いただいてしまいたい!

 しかしそれは出来ない! 出来ないのだ!

 彼女たちの思いを踏みにじるような真似はしていけないのだ!

 何という拷問! 何という試練なのか!

 あっという間に地獄に変わってしまった天国のような時間を思い返しながら、俺は将来の嫁たちの介抱を開始したのであった。

書籍版発売のお知らせ

とうとう2週間を切りました。

2018年3月30日(金)発売予定です。

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