第百二十一話 ジョーカーの忠告
タートルの町に到着した俺たち勇者一行は、再び冒険に旅立つこともなく町に留まり、朱雀の国で行われる戦勝式への招待を今か今かと待ち続けていた。
他国で行われる正式な式典だ、勝手に押しかけるわけにもいかなかったのだ。
予想以上に準備に時間がかかっているようで、中々正式な招待状は届かない。
だが、この時間的余裕は俺にとって幸運に働いてくれた。
なぜなら俺は、公式行事用の服を一着も持っていなかったからだ。
いや、正確に言えば市長としての一張羅は持っていたのだが、公式の場で勇者の供として着用する服を作っていなかったのである。
今回の戦勝式のような公式行事に勇者の供として出席する場合、旅装束のままで参加するわけにもいかない状況も多々存在する。
ロックとライは旅に出る前に既に作ってあったのだが、俺の分はなかったので、この機会に作ることになったのだ。
とは言え、一度寸法を測ってしまえば後は仕立て職人の仕事となる。
式典用の服を一式仕立てるとなればそれは通常大仕事だ。
だが、俺の服を作るという話が持ち上がった途端、町中の仕立て屋がこぞって参加を表明してくれたおかげで、俺の衣装一式は出発までに間に合うこととなった。
そして俺は町に待機している間は、商会に学校、そして役場へと出向き、ひとしきり歓迎を受けて久し振りに町で働きながら、失踪したナインの捜索を行っていた。
だが調べても調べてもナインの行方は杳として掴めなかった。
俺が町を出た後も、タートルの町の治安は良好であり、目立った犯罪は起きていない。
喧嘩やスリ、泥棒に無銭飲食などの軽犯罪は発生していたが、失踪に繋がるような重大犯罪は起こっていなかったのだ。
目立ったところでは洗濯物をまるごと盗んでいくという被害が何度か発生していたが、被害者は全て独身の若い女性であったため、下着だけでは飽き足らない変質者の仕業だと考えられていた。
ナインが失踪したと聞いた時、俺の脳裏に浮かんだのは『誘拐』の二文字であった。
ナインは一般人ではあるが特殊な立ち位置にいる人物だ。
何しろ土の勇者の供である俺と、闇の勇者の供であるロゼの薬師としての師匠であり、氷の勇者サムの供であるエースの実の姉なのである。
勇者本人には手出しができなくても、勇者の供の関係者と考えればその利用価値には計り知れないものがあるのだ。
だが人1人を誘拐することは、想像以上に大仕事だ。
特にナインはかつてはモンスターハンターとして活躍していたこともある高レベルの実力者だ。
それ程の人物が何の手がかりもなく失踪するなんて正直考えられないのである。
かと言って自分から失踪するとは考えづらい。
ナインは家族を大切にしていたし、職場の人間関係も良好だ。
そんなナインが何も言わずに家族や同僚の下から消えるとは思えない。
……と、つらつらとそんなことを考えてみたが、結局分かったことは、何も分からないということだけでしかなかった。
俺は恩人の足取り1つ掴めない自らの無力さを嘆きながら、日々の生活を過ごしていた。
そして魔王討伐から実に1月後、ようやく朱雀の国からの戦勝式の招待状が亀岩城へと届けられた。
招待状を届けたのは普段は国境の砦に常駐し、他国に目を光らせると同時に、いざ何かがあれば各国との話し合いを任されている、地球で言うところの大使の様な人物であった。
彼はまず戦勝式の準備に随分と時間が掛かってしまったことを詫び、今回の戦いに参加した全ての玄武の国の兵士たちを朱雀の国の首都バードへ招待すると宣言。
詳しい日程の調整をしたいと陛下にお願いしたという。
陛下はもちろん了承し、日程を調整。
しばらく後、俺たちは朱雀の国の首都バードへ向かって旅立つことが決まった。
そして明日はいよいよ旅立ちの日という時に、俺はこの町の裏のボスであるジョーカーに呼び出され、彼のアジトで会談をすることになったのだった。
俺がジョーカーのアジトである屋敷を訪れた時、屋敷には門番は愚か人っ子一人見当たらなかった。
いつもなら柄の悪い連中がたむろしていたので『珍しいこともあるものだ』と考えながら門をくぐり、勝手知ったる屋敷の中を進んでいく。
そしていつもの部屋に辿り着き、ノックをすると「開いている」との返事。
俺はドアノブをひねり、ジョーカーの待つ部屋へと踏み入れた。
いつものように全身隈なく真っ白で塗り固めたジョーカーは、いつもと同じ体勢でソファーに座っており、俺はジョーカーの対面に腰掛ける。
ジョーカーとは妖刀闇斬を買い取った時から、たまに情報の売買をするだけの間柄であった。
相手の正体が不明という以上に、裏社会の人間であるという観点から、意識して深い付き合いをしてこなったと言った方が正しいだろう。
だがジョーカーはそんな俺とのパイプを切ることはなく、町にいる間はこうやって定期的に呼び出しをして、町の裏情報やら各国の噂話などを教えてくれていたのだ。
かつてジョーカーは俺のことを気に入ったと告げていたが、どうやら今もって気に入り続けてくれているようである。
そのジョーカーが口を開いた。
その口から飛び出してきたのは、俺が求めてやまない情報であった。
「貴様の恩人であるナインの居場所が判明した」
その話を聞いた瞬間、俺はソファーから立ち上がった。
ジョーカーは微動だにしていないが、俺の内心はそれとは対象的に荒れ狂っている。
あれだけ懸命に捜索したにもかかわらず杳として行方が知れなかったナインの居場所が分かったとは。
流石はジョーカーと言うべきか。
いや、相手は裏社会の人間だ、褒めて良いことなのかどうかは分からないが。
俺は内心の動揺を押さえつけてソファーへと座りなおす。
この男の前で無様な態度は晒せない。
あくまでも対等に、ビジネスライクな付き合いをしているのだから、弱みを見せるわけにはいかないのだ。
もう手遅れかもしれないが。
「……流石だなジョーカー。正直そんな話が聞けるとは思っていなかったぞ」
「そうか、それは何よりだ」
「……なぜ何よりなんだ?」
「貴様には驚かされっぱなしだからな。たまにはこちらが驚かせても良いだろう」
「そんなに驚かせていたのか? 俺は?」
「自覚がないのが貴様の恐ろしいところだな」
そう言ってジョーカーは数枚の書類を俺に投げてよこした。
その中には……何だろうこれは? 前世の日本で聞いたことのあるタクシーにまつわるホラーの様な報告が書かれていた。
〈これは国境の町の酒場で聞いた噂話である〉
〈語り主は超速馬の車掌、彼は魔王討伐に盛り上がる酒場の隅で1人ガタガタと震えながら酒を飲み続けていた〉
〈その男の様子があまりに異質だったため、酒場で飲んでいる者たちも段々と車掌の様子がおかしいことに気づき、1人の酔っぱらいが彼に事情を尋ねた〉
〈すると彼は話し始めたのだ。自らが責任者を務めた超速馬で起こった人体消失現象の話を……〉
「人体消失現象!?」
俺は驚いてジョーカーに視線を向ける。
まさかここに書かれているような人体消失現象がナインの身に起こったとか言うんじゃあるまいな、という意思を込めて睨むと、黙って続きを読めという視線が帰って来た。
俺はいつの間にジョーカーと視線で会話が出来るようになっていたのだろうかと首をひねりながら、続きを読むことになったのだった。
〈その車掌が語るには、タートルの町を出発してこの国境の町へと到着する間に12人の人物が超速馬に乗車したという〉
〈そのうちの7人はタートルで乗車し、途中の町で3人が下車して5人が乗車〉
〈そして国境の町まではその後は誰一人として乗り降りをしなかったというのだ〉
〈しかし国境の町に到着すると、9人いるはずの乗客が何故か7人しかいなかったという〉
〈そしてある馬車の座席には大きな湿り気と小さな湿り気があったという〉
〈乗客の女性は取り乱し、「夫と娘が消えてしまった!」と大騒ぎをしていたという〉
〈だが結局その女性は同乗していた乗客たちに連れられて、国境の町へと消えていったそうだ〉
〈彼らの髪は一様に青く、恐らくは青龍の国からの旅行者かと思われ……〉
「青龍の国!?」
俺は驚いてジョーカーに視線を向けるが彼は黙ったままだ。
俺は続いて別の報告書を読み、その日に国境の町のいかなる宿屋、治療院にも女性が訪れなかったことが記されており、同時にこれから日が暮れるという時間にもかかわらず、大きな荷物を積み込んだ馬車が青龍の国へと入って行ったという報告が記されていた。
……ジョーカーはこれがナインの居場所が分かる証明だとして俺に読ませた。
ということは、この女性というのはナインのことか?
だがこれは、いくらなんでも……
「おい、ジョーカー。まさかこのホラーが証拠になると、そう言いたいのか?」
「ホラー?」
「馬車に乗せた乗客が目的地の直前でいつの間にか消えて水になっていたって、これはまんまホラーじゃないか」
「……氷魔法で偽物を作って操っていたのが、目的地直前で溶けてしまったということではないのか?」
「あ」
そうだよ、一体何を言っているんだ俺は!
ここは異世界だ、乗客が水になったって原理は魔法で説明できるじゃないか!
ん? でも何でこんなことをしたんだ?
夫と娘が消えて……まさか!
「ナインは偽物のキュウゴロウとクーちゃんを人質と勘違いして、犯人たちに従っていたということか」
「そういうことになるのだろうな。移動中は完全に外界と隔離される超速馬は誘拐には打ってつけの手段となる」
「……いや、だがもしそうならば3人が超速馬に乗り込んだって報告が上がってきても良いはずだぞ。そんな報告は俺には……」
「届いていない。当然だな。それを目撃した者たちは全員が王弟派なのだからな」
「なんだって?」
王弟派? 何でここで王弟派なんだ?
ってか王弟派って未だにあったのか?
この間のパーティーでも全然姿を見かけなかったんだが……
「貴様の活躍のおかげで死に体寸前だった王弟派は、貴様と姫様の起こした奇跡によって追い詰められ暴走を開始している。ナインの誘拐はその煽りを受けてのことの様だ」
「ちょっと待て、ちょっと待て! 王弟派が死に体寸前だった? 俺とロゼが追い詰めた? そんなことをした覚えは全く無いぞ!」
「だから先程も言っただろう。自覚がないのが貴様の恐ろしいところだとな」
そう言ってジョーカーは更に数枚の紙をテーブルの上に置いた。
俺はその紙を手にとって眺める。
その紙には俺が市長として町を発展させていく様子と、それに比例して数を減らしていく王弟派の貴族たちの名が記されていた。
……って、はあぁ? なにこれ?
一体いつの間にこんなことに?
「元々王弟派とは現国王ゴック=A=タートルの愚弟を神輿として担ぎ出し、この国の実権を握ろうと画策してきた国に巣食うダニどもの集まりだ。それに対抗する存在として現国王が集めた側近たちがおり、貴様の父親はその筆頭だった」
「その話は父さんからも聞かされていたが……」
「それが近年では貴様が国王派筆頭の座につき、貴様の影響力に恐れをなした王弟派の者たちが次々と国王派へと鞍替えする事態となっていた」
「待て待て待て待て! そんな座についた覚えなんかないわ!」
「貴様自身に自覚がなかろうと、周りがそうだと認識したのならばそれは純然たる影響力を持つのだ」
そう言ってジョーカーは俺の手から紙をひったくり、テーブルの上に置いた。
そしてその紙を指差し、一つ一つ俺の町長時代の活動を列挙していくのだった。
*変なところで話を切って申し訳ありません。
予想以上に長くなったので、2分割することにしました。




