第百三話 ハロルド&ゼロVSマンティスその2
その命令がゼロの口から発せられた時、玄武の国の副官を命じられていた男は躊躇してしまった。
何しろ当初の予定では、この島に集った4人の勇者の為に、玄武の国と白虎の国の英雄に率いられた部隊が魔王へ辿り着くための道を切り開く予定となっていたのだ。
それなのによりにもよって、その英雄2人が揃って1人の魔族の相手をするために部隊を離れるというのである。
流石にそんなことは認められないと、副官は抗議するために口を開きかけた。
しかしちょうどそのタイミングで、空から落下してきた物がある。
懲罰部隊と玄武の国の正規部隊の中間地点に落下して来た物体は、つい先程馬の首ごと切断されて宙を舞ったハロルドの左腕であった。
切断面がブスブスと焼け焦げているその丸太のように太い左腕を見た副官は口をつぐむ。
そしてその副官の下へと別の騎士が焦った様子でやってきた。
「何をしているのですか副隊長! ゼロ殿の指示が聞こえなかったのですか!? この場はお二人に任せて、我々はアジトへと向かわなければ!」
「しっしかし……当初の予定では……」
「その予定が変わったのです! 見て下さい! お二人が相手取っているあの魔族は、8年前に将軍が打ち損じ、そして現在では魔王の側近となったというカマキリの魔族なのです! 当初の予定では勇者様方が相手をする予定でしたが、奴がハロルド将軍に固執している現状、側近の数が1つ減っている状態です。この機を逃さず攻め込めば、それだけ魔王討伐の成功率が上がるのです! 将軍もゼロ殿もそう考えたから今奴の相手をしているのではないですか!?」
「なっ……なるほど、そうか。だがハロルド将軍からの具体的な指示が出ていない以上……」
「将軍の指示がなければ動けないのですか!?」
「軍とはそういうものだろう! 緊急時でもない限り……」
「今はどう考えてもその緊急時でしょう!!」
「しっしかし……」
残された副官は将軍を残すという決断が出来ず、動きを止めた。
それとは別に懲罰部隊の副官を任されていた男は、直接の上司から下された命令を忠実に実行し、残っていた部隊の残りを引き連れて、マンティスの守りが無くなった橋を抜け、とっくにアジト内部へと侵入を果たしていた。
それにより、この場には玄武の国の兵士たちが残されることとなってしまった。
それを見たハロルドは、立ち往生している部隊に大して怒声を浴びせかけた。
「貴様たち一体何をしている!! とっとと懲罰部隊の後を追って、アジト内部へと侵攻せよ!」
「ほら、将軍のご命令も出ました。副隊長! ご命令を!!」
「いっ、いやしかし……」
「この期に及んで何をためらっているのです!?」
玄武の国の副隊長はためらっていた。
彼は誰かを支える能力には長けていたが、これ程の重要な部隊を率いることが出来るほどの胆力を持ってはいなかったのだ。
そしてこの状況下ではそれは致命的だ。
「この人にはこの状況は任せられない」
副官に話しかけていた騎士『ヨン』はハロルド将軍に向けて声を張り上げた。
「将軍! 副隊長殿は将軍の代わりに部隊を率いることは出来ないと仰せです!」
「馬鹿モン! そんなことを言っている場合か!! 今直ぐ部隊を率いて行け!!」
「そんな! ……将軍、私は……」
「副隊長殿は駄目なようです! ちなみに私は大丈夫です!」
「貴様は確かヨンだったな!」
「そうです!!」
「ではヨン! これより部隊の全権を貴様に移譲する!! これは特別な措置であるがハロルド=ロックウェルの名に於いてこの場でのみ認めることとする!」
「了解しました!」
「良いから早く行け!!」
「行きます! 全員聞いたな! 将軍が戻るまでの間、暫定的だが私が部隊の指揮を執る! 目標、魔王軍アジト内部! 当初の予定通り、魔王軍配下のモンスターたちを倒し、勇者様たちの道を作れ!」
「「おおおおーーーー!!!!」」
「副隊長は、私のサポートをお願い致します!」
「あっ……ああ、分かった……」
「全軍突撃! 玄武の国の兵士の力を見せてやれ!!」
そう言ってどさくさに紛れて部隊のトップに立ったヨンに率いられた玄武の国の兵士たちは、懲罰部隊よりも少し遅れて魔王軍のアジトの中へと突入していった。
ちなみにこの会話の間もマンティスのハロルドへの攻撃は続いていたのだが、頭に血が上って直線的な攻撃しかしてこないマンティスの攻めは、ゼロの援護射撃により動きを邪魔されていた甲斐もあって、ハロルドには全く届いていなかった。
そして遂に懲罰部隊も玄武の国の正規部隊もこの場からはいなくなり、魔王のアジトの手前に残ったのはハロルドとゼロとマンティスの3人だけとなった。
作戦開始早々、指揮官が2人共抜けるハメになるとは思わなかったが、相手が魔王軍の側近の1人であるのならば、お釣りが来るほどにラッキーな状況だ。
戦闘開始早々、盾ごと左腕を失ったハロルドではあったが、ゼロの援護の間に手持ちのポーションで止血も終わり、片腕一本でマンティスと相対している。
目の前で怒り狂っっている右腕から火を噴く魔族を眺めて、ハロルドは因果なものだと軽く嘆息した。
8年前の戦いでは、私が奴の右腕を私が奪ったが、今回の戦いでは奴の手により、私の左腕が奪われた。
そしてこちらは片腕を失ったばかりという状況ではあるが、相手が心変わりをしないように意識を繋ぎ留めておく必要がある。
ハロルドは残った右手に持つ剣を掲げ、マンティスを挑発した。
「これでお互い片腕同士か……。となれば、やはり援護がある私の方が有利ということになるのかな?」
「有利だぁ!? ふざけてんじゃねぇぞ、人間如きが! テメェなんぞが魔王様の側近として取り立てられた、この俺の相手になると思っていやがるのか!」
「だが実際、貴様は私を倒すことが出来ていないだろう。8年前と同じだな。もっともあの時は私の方が強かったのだが」
「不意をついて片腕を奪ったからって調子こいてんじゃねぇぞ!! それにあれは8年も前の話だ! 人間である貴様は8年の歳月で年を取り、魔族である俺は魔王様に力をいただき、パワーアップを果たしている! 今の貴様如きが俺の相手になるとでも思っていやがるのか!?」
「そう思っているのならば、この首断ち切ってみるのだな」
「上等だ!!」
その言葉を言ったか言わないかのタイミングでマンティスは高速で接近し、ハロルドの首を切断しようと鎌を振るう。
が、わざと相手の攻撃を誘導したハロルドは危なげなく回避を果たし、すり抜けざまに相手の首を落としにかかった。
しかしハロルドの剣はマンティスの首を落とすことが出来ずに弾かれる。
その状況にハロルドは舌打ちをする。
ハロルドの剣は確かにマンティスの首を斬ったはずだ。
しかしマンティスには傷ひとつない。
理由は簡単だ。
マンティスの防御力が、ハロルドの攻撃力を大幅に上回っているからダメージが通らないのである。
「ははは、残念だったなおっさん! あんたの剣じゃあ俺は斬れねぇよ!」
「なるほど、大した防御力だな。それが魔王の力というわけか」
「そういう事だ! 魔王様にいただいた力のお陰で俺は8年前とは比べ物にならない程にパワーアップしている! これならおっさんの攻撃も、ガハァ!?」
マンティスが突然悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
見れば油断していたマンティスへと向けて、ゼロが魔法を打ち込んでいた。
魔王の力でパワーアップを果たしたと言っていたが、物理防御は高くても、魔法防御は弱かったということなのだろう。
チュイン! チュイイン!
ドガッ! ドガガッ!!
吹き飛んだマンティスへと向かって、ゼロは淡々と魔法を打ち込み続けていく。
体制を立て直すことも出来ず、マンティスは攻撃を受け続けていたが、何発目かの攻撃が直撃した際、全身に炎をまとわせ、右腕から炎を噴出して攻撃の雨からの脱出を果たした。
そしてその勢いのままマンティスはゼロへと向かって火の魔法を放つ。
しかし魔法戦ではゼロに軍配が上がり、マンティスの放つ魔法は、全て着弾する前に空中でゼロの魔法に撃ち落とされてしまった。
それならばとマンティスはゼロに向かって突撃するが、ゼロは足元から風の魔法を放出し、高速で移動してハロルドの後ろ側へと避難する。
だからマンティスは今度はハロルドに対して攻撃を行うが、ハロルドの剣に攻撃は弾かれ、隙間から飛んでくる魔法に狙われて、たまらず距離をとった。
先程までは避けるしかなかった攻撃を捌けることが出来た理由は、マンティスのスピードが通常に戻っていたからだ。
どうやら先程までの超加速はタメが必要で、連続使用は出来なかったようである。
「ちいぃ! 一体どうなってやがるんだ!? なんで俺の攻撃でおっさんの剣は斬り落とせねぇ!?」
「当然だ。この剣は陛下よりお貸しいただいた、我が国に存在する武器の中でも最高の硬度を誇る名刀だからな」
「ちっ! マジックアイテムか!」
「その通りだ。攻撃力には劣るが防御力ならば、貴様の肉体にも負けることはないぞ」
今回の魔王戦に当たり、玄武の国の上層部は、勇者以外のハロルドたち軍の主だった者へと守備力の上がるマジックアイテムを貸与していた。
彼らが少しでも長く生き残れば、それだけ敵の足止めが出来る。
敵の足止めを長く行えば行うほど、勇者の刃は魔王へと近づいて行くのである。
だからハロルドとゼロはこのままこの場で敵の側近の1人を足止めするつもりでいたのだが、状況はそれを許してはくれなかった。
それはマンティスが再びハロルドに襲いかかろうとした時のことだった。
3人へと向かって何か巨大な影が襲いかかってきたことをその場の3人は察知した。
それは彼らの横、即ち島の奥の方から山なりに飛んできた物体だった。
彼らは揃ってそれを見て、同時に口をあんぐりと開ける羽目になった。
彼らに向かって飛んできた物体。
それは全体を赤く塗装された1隻の大きな船だったからだ。
「くぅ!」
「なんや!?」
「うおおっ!!」
3人は3人共、揃って飛んでくる船から距離を取る。
そして十分に離れた頃に船は轟音を立てて地面へと落下し、周囲に残骸がばら撒かれた。
塗装と船に描かれた紋章を見る限り、この船は朱雀の国の軍船のようだ。
見れば船の残骸の中には幾人かの血を流す人影も見て取れる。
どうやら飛んできた船には乗員も乗り込んだままだったようだ。
だが3人の目は哀れな被害者の方へは向かなかった。
彼らの視線は揃ってこの船をここまで投げ飛ばしてきた相手へと向いていた。
魔王軍のアジトに入り、坂を登った先には小高い山が聳え立っている。
その山の中腹にはこの哀れな船をここまで投げ飛ばしてきた1体の魔族がその巨体を見せつけていた。
全身が毒々しい赤と黒のまだら模様に染められた、明らかに毒を持っていそうなカラーリング。
山の中腹にいるにも関わらず、山の下どころかその先の海にまで伸びるほどの伸縮性を持つ長大な舌。
そして1つの巨石が燃えているようなその威容。
火の魔王の古参の側近の片割れ、バーニング・フロッグが山の中腹から3人を睨みつけていたのだった。
フロッグは口をパクパクと開け、何やらこちらに向かって叫んでいた。
この距離では流石に相手の声は届かないが、その視線には明確に殺気がこもっている。
そしてひとしきり睨みつけた後、フロッグは首を反対側へと向け、その長大な舌を遙か彼方へと伸ばす。
そして戻って来た舌には予想通り一隻の船が絡め取られており、チラリとこちらを見つめたかと思うと、舌で絡め取った船を再びこちらへと向かって投げ飛ばしてきたのだった。
先程よりも精度の上がったその攻撃は、ハロルドとゼロがいる場所へと向かって正確に落下してくる。
2人は堪らず退避、落下と衝撃と悲鳴、そして気がつけばマンティスは魔王軍のアジト内部へと向かって移動しており、置き土産として堀に掛かる橋を落としてからアジトの奥へと消えてしまった。
それを見届けたバーニング・フロッグは目的を果たしたのだろう、ハロルドたちから目を逸らし、眼下へ向けて次々と舌を伸ばしていく。
そして奴が山の下へと舌を伸ばす度に、遠くの空に人影が舞っている。
どうやら奴は安全な山の上から山の下にいる兵士たちへと攻撃を加えているようだ。
ハロルドとゼロは状況を確認し、取り敢えず先行させた部下たちに追い付くために橋を落とされた堀へと向かって行った。
そしてそのタイミングで、後ろから本命の勇者一行が追い着いてきたのだった。




