第百二話 ハロルド&ゼロVSマンティス
その日マンティスがアジトの入口に居たのは全くの偶然であった。
彼は1年前に火の魔王の側近に取り立てられはしたものの、その評判はあまり良いものではなかった。
何しろ側近とは言っても、光の勇者の手で壊滅状態になった火の魔王軍を立て直すために例外的に取り立てられたに過ぎない若輩者だ。
そのため、古参の側近であるフロッグとスネークからは軽んじられ、下からもかつての独断専行の失敗のせいで軽く見られており、マンティスは居心地の悪い日々を過ごしていた。
だから彼は現在の悪い評判を覆すために実績を残そうと躍起になっていたのだが、外出時は常に上司である火の魔王の護衛を命じられ、戦いは基本的に古参の側近任せであった。
魔王からすれば、新人教育として側近の在り方を教えていたつもりだった。
火の魔王は、失敗はしたものの勇者暗殺に乗り出したマンティスの事を高く買っており、後々の幹部候補として早くから育成を開始しようと思ったに過ぎなかったのだ。
だがその思いは通じず、マンティスはアジトに滞在中は段々と魔王と古参の側近2名からは距離を置くようになっていった。
襲撃のあった朝にアジトの入口にいたのだって、仕事熱心だったからというわけではない。
簡易魔王城には魔王様が寝泊まりし、他の場所ではフロッグとスネークが幅を効かせている。
彼らと同じ空間に居たくなかったマンティスは、消去法として彼らの居ないアジトの入口まで出向き、眺めの良い物見櫓の1つを占領して、1人で酒盛りに興じていただけだったのだ。
だからそれは全くの偶然だったのだ。
彼は見晴らしの良い物見櫓の上で、酒に酔い潰れて眠っていた。
上司や同僚、部下に加えてかつて殺されてしまった相棒にまで文句を言いつつ眠りに付いていた彼の耳に雄叫びが聞こえてきたのは本当に単なる偶然であった。
かつては相棒を亡くす原因にもなった『聴覚強化』を今日ほどありがたいと思った日はなかった。
何しろ気づかずに眠り続けていたら、為す術もなく倒されていた可能性すらあったのだ。
だが、彼は気づき、そして対応した。
雄叫びが聞こえた瞬間、彼は瞬時に状況を理解し、大声を上げて地面の上で眠りこけていた部下たちを叩き起こし、魔王様の下へと伝令を走らせた。
そしてすぐに迎撃準備に取り掛かったのだが、襲撃者たちは彼の予想を遥かに超えるスピードで攻め込んできた。
こちらの準備が全く整わない内に、連中は幻覚魔法の境界ギリギリまで近付いて来ていた。
そしてその後ろ、馬に乗ったガリガリの魔法使いが腕を掲げ、その男がこちらに向かって魔法をぶっ放してきた。
それを見たマンティスは慌てて迎撃の魔法を放つが間に合わない。
相手は見た目通り、魔法の使用を得意とする魔法使いであるのに対し、マンティスは直接攻撃を得意としており、遠距離攻撃を得意とはしていない。
それでも相手の放った風と雷の混合魔法と、マンティスの放った炎の魔法はほぼ同じ威力であり相殺には成功した。
結局。幻覚結界の破壊を止めることは出来ず破られてしまったが、こちらへの直撃は防ぐことが出来た。
そしてその時点で向こうの勢いが止まり、しばらくの間だが完全に相手の動きは停止した。
どうやら人間たちは、こちらが作った砦を見て驚いているようである。
人間の軍隊や山賊、盗賊を参考に、普段ならば作ることはない砦化に着手した時は、魔王様を軟弱者だと非難する声も上がったが、やはり魔王様の考えは正しかったようだ。
僅かの間でも良い、相手の足止めが出来たのならばこちらの迎撃準備の時間が稼げる。
そう考えていたマンティスではあったが、相手の立ち直りは予想以上に早かった。
敵の指揮官はすぐさま橋に向かって突撃を敢行し、次々と人間どもがアジト内に侵入してくる。
マンティスは部下のモンスターたちへ迎撃の指令を出し、部下たちは次々と橋を渡ろうとする人間たちに対して遠距離攻撃を仕掛けた。
しかし人間たちは僅かな損害は出すものの次々と橋を渡りきってしまう。
そして遂に人間たちはアジト内部へと侵入し、敷地内で戦いが始まってしまった。
その間、マンティスもまた物見櫓の上から橋へと向かって攻撃を仕掛けていたのだが、彼の攻撃はことごとく阻止されていた。
マンティスの放つ火球はその全てが着弾前に迎撃されてしまう。
迎撃の魔法を放っているのは、敵の指揮官であろうあのガリガリ男だ。
マンティスの魔法よりも向こうの魔法の方が脚が速いのは明白だ。
だからこちらの魔法の発射後でも向こうは迎撃が間に合ってしまうのである。
最初の攻撃を迎撃したことへの意趣返しかとも思ったが、マンティスがもたもたしている間に、敵部隊の半数は既にアジト内部へと侵入している。
敵はマンティスがこの場の最高戦力だと瞬時に判断し、マンティスの攻撃だけを迎撃するようにしていたのだ。
そのことにようやく気づいたマンティスは、遠距離攻撃を止めて、近距離での直接攻撃へと変更した。
物見櫓から降り立ち、橋に向かって突撃し、左手の鎌で次々と侵入者共を切り裂いていく。
新参者とは言え魔王軍の幹部に抜擢された男だ、その実力は抜きん出ており、侵入者たちは為す術もなく細切れ死体となって堀の中に散っていった。
そしてマンティスは敵を殲滅しながら橋を渡りきり、橋の入口に陣取って敵を待ち受けるも、敵も敵でこれ以上の損失を避けるためか、無意味な突撃はしてこなかった。
ここで場は膠着状態に陥る。
マンティスとしてはこのまま突っ込んで敵を切り刻んでも良いが、それをするとこの場の守りが疎かになってしまう。
これ以上の敵の侵入は避けなければならないのだ。
向こうとしては更なる増援を中へと入れたいはずだ。
だからマンティスを倒したいのは山々だが、この場の戦力では無駄死にだと考えたのだろう。
敵指揮官のガリガリ男は無意味な突撃をすることはせず、こちらを包囲してマンティスの動きを注視していた。
膠着状態の最中、マンティスは次の動きをどうするかと考えようとした。
しかし考え始める直前、人間側に更なる増援が現れた。
その増援の先頭、一際立派な鎧を着用し馬に乗って兵士を引き連れて近付いて来る男を見た瞬間、マンティスの頭は真っ白になった。
あの顔、あの体格、あの声!
あの男は! あの男は8年前の!
俺の右腕を奪った男! 相棒を殺したガキの父親!
殺!!
マンティスの頭の中から思考が吹っ飛んだ。
体の奥から魔王様より授かった力がみなぎり、その全身は灼熱と化す。
魔王様の言いつけも、橋を守らなければならないという考えも頭の中からはじけ飛び、マンティスはハロルドに向けて一直線に突っ込んでいったのであった。
ハロルドたち玄武の国の正規軍が先遣部隊が戦っている戦場に到着した時は驚いたものであった。
まさか魔王軍が人間のような砦を築き、堀を巡らし橋をかけ、柵を作成しているとは考えていなかったのだ。
橋の向こうでは先遣部隊の大部分が既に内部に侵入しており、モンスターたちと戦いを繰り広げている。
しかし残りの先遣部隊は橋を渡れず、遠巻きに橋の袂を眺めているだけだ。
見れば1体の魔族が橋の手前に陣取り、侵入を防いでいるようであった。
その後ろの橋にはおびただしい数の死体が横たわっている。
どうやらこの魔族を突破することができず、全体の動きが停止してしまっているらしい。
その魔族と目が合う。
そして向こうは驚きを露わにし、ハロルドも同じく驚いた。
その魔族は8年前、ハロルドが戦い、そして仕留め損なった魔族であった。
奴が魔王の側近となっていると聞いた時、ハロルドは8年前の自らの失態を改めて後悔した。
あの時、自分は奴を倒せたはずなのだ。
しかしナイトたちがもう1体の魔族を仕留めたことに衝撃を受け、動揺したまま振るった不用意な一撃は回避され、ハロルドは奴を仕留めきれず逃してしまった。
その打ち損じた魔族が8年の歳月を経て魔王の側近となり、息子たちの前に立ちはだかろうとしているとは。
アナは今度こそ奴を倒すと意気込んでいたが、あの時上手くいっていたらこの戦い自体がなかったはずなのだと思うと、ハロルドはもしも再戦の機会があったなら今度こそきちんと奴を倒すと誓っていたのであった。
そんな相手が目の前にいるのだから驚くのも無理はない。
魔王の側近であるはずの奴がなぜこんな最前線にいるのかは知らないが、これは予想外のチャンスである。
勇者と魔王との直接対決の際に、戦いの邪魔をする側近の数は少なければ少ないほど勇者の勝率は上がる。
ハロルドは今この場で、魔王の側近として成長したマンティスを倒してしまおうと考えた。
だからハロルドは攻撃の合図を出そうとした。
しかしマンティスはひと足早く、ハロルド相手に攻撃を仕掛けてきた。
その攻撃を受けたハロルドは、空中を吹き飛びながら、別方向へと吹き飛んでいく自らの左手の行方を戦慄しながら眺めていた。
奴は突然全身が炎に包まれたかと思うと、一直線にハロルドを目指して突っ込んできた。
それは予想外の速さであり、到底回避は間に合いそうになかった。
ハロルドは馬に乗りながら、相手の攻撃を防ぐために、左手の盾を構えた。
しかしマンティスは目の前にある馬の首ごと盾を切断し、左腕をも切断して、ハロルドの首を狙ってきた。
咄嗟に右手の剣を滑り込ませて攻撃を受けたハロルドは、相手の攻撃の勢いのままに吹き飛ばされ、率いてきた兵士たちの頭上を飛び越えて地面に墜落。
しばらくゴロゴロと転がった後、急いで飛び起きるも、そこは部隊の遙か後方。 ハロルドは一人、部隊から弾き飛ばされてしまったのだった。
そこにマンティスが追撃をしてくる。
奴はハロルドと同じく部隊の頭上を飛び越えて、一直線に突撃し鎌を振るうが、流石に2度目ともなると、ハロルドにも相手の攻撃のからくりが見て取れた。
奴は8年前にハロルドが切断した右腕を後ろに掲げ、そこから高出力の炎を噴出し、推進力に変えて突撃してきていたのだ。
そのスピードは相当なものではあったが、直線的であるが故に避けるのは容易い。
ハロルドは地面を転がり攻撃を避けるが、マンティスは追撃を放とうとしてくる。
しかしそんなマンティスに対して背後から魔法が降り注ぐ。
マンティスは慌てて魔法を迎撃し、攻撃してきた相手をギロリと睨みつけた。
この魔法、つい先程まで散々見ていた魔法と同一のものだ。
つまり魔法を放ってきたのはあの男と考えて間違いない。
マンティスはたった今飛び越えてきた人間の群れの後方から、離れた位置にいる自分に正確に魔法を繰り出してくる男を歯ぎしりしながら見つめていた。
魔法を放っているのはゼロであった。
「全軍魔王軍のアジトに向かって突撃や!! それぞれの部隊の指揮は副官が務めぇ! この場はワイとハロルド将軍が受け持つ!」
ゼロはハロルドに向かって突撃していったマンティスを見て、当初の作戦をすぐさま変更した。
魔王の側近の情報も、その側近と玄武の国の将軍との因縁も、当然のことながらゼロは事前知識として聞かされていた。
そして魔王の側近としては新米であるというあのカマキリの魔族が、使命よりも復讐を優先した場面を目の前で見た時、ゼロはこの場で奴を仕留めることを決断したのだ。
ゼロは性格は悪いが生粋の愛国主義者であり、そして国を守るためには兎にも角にも魔王を倒さなければならない事を理解していた。
そして魔王を倒すためには、前提条件として、まず始めに側近を倒さなければならない。
そしてその側近の一人が、単独で最前線の更に先へと出向いている現状を見過ごすことは余りにも愚かである。
しかし相手は強敵だ。そして作戦の流れをこれ以上止めるのもまた得策ではない。
だからゼロはこの場の最高戦力であるハロルドと自分が奴の相手をし、残りの全員で先へ向かうようにと命令したのだ。
こうして先遣部隊と正規部隊、その両方の指揮官と魔王軍の新米側近との戦いが幕を開けたのであった。




