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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第四章 VS火の魔王編 後編
102/173

第百話 懲罰部隊の反乱

2017/11/15 連載100話を達成しました。(閑話も入れると102話目でした)

これからも宜しくお願い致します。

 その事件が起きたのは行軍を開始して6日目の早朝、まだ太陽も登っていない時間帯であった。

 俺たちはその時間、揃って眠りに就いていた。

 本来、旅の間の野宿の時は、夜間の襲撃に備えて仲間の内誰か1人は起きているのだが、前日にゼロから「ククク……そろそろ決戦の地に到着するから体調を万全にしておいてくれぇ」と言われ、俺たちは夜間の見張りを兵士に任せて眠りに付いていたのだ。


 そんな俺たちではあるが、事件が起き、外が騒がしくなった時点で飛び起きた。

 子供の頃から野宿の訓練をしてきた俺たちは、野宿の最中に襲われた時の訓練をも繰り返しており、例え寝ていても異常を感知すればすぐに起きることができるのだ。


 もちろん山育ちだったハヤテとデンデと老師は当然のように起きている。

 テルゾウ殿とジェイクも当たり前のように目覚めている。

 俺たちの中で唯一目が覚めていないのはシャインだけであった。

 彼女はテントの中で幸せそうに眠ったままであり、いつまでも目覚める気配がないので、ロゼが彼女の口に気付け薬を突っ込んで無理やり叩き起こしたのであった。


「グヘェェ! ギョヘェェ! なっ、何? 一体何?」

「なんて悲鳴を上げているのよ貴方。ほら、とっとと起きなさいよ」

「姫様? ぐぅぅ、何これ? 口の中が気持ち悪すぎる……」

「全然起きないから気付け薬を飲ませただけよ。体に害は無いからとっとと起きなさい」

「まだ暗いじゃないですかぁ……一体何事ですか?」

「反乱よ」

「はぁ、反乱……反乱!?」

「懲罰部隊を中心として部隊の何人かが集団で逃げ出そうとしているの」

「まさか、私たち襲われているのですか?」

「流石にここには来ていないみたいだけど、呑気に寝ていたらしなくても良い怪我をするかもしれないわね。だから早く起きてテントの外に出なさいな」


 そう言ってロゼはとっととテントの外へと出てきてしまった。

 ロゼに置いて行かれたシャインは、外から聞こえてくる叫び声を聞き、ようやく状況を理解すると、とるものもとりあえずテントの外へと這い出してくる。

 そこで彼女が見たものは、まさかの人間同士の戦いの場面であった。


 「オラァァァ!」

 「ガアアァァ!」

 「逃がすな! 絶対に逃がすな!」

 「回り込め! 暗い! 火を焚け!」

 「ギャアアアァァァ!!」

 「馬鹿野郎殺すな! 大事な戦力だ! 殺さずに捕らえるんだ!」


 まだ薄暗い朝靄の中で、逃げる懲罰部隊の面々と彼らを先導してきた玄武の国と白虎の国の兵士たちが戦いを繰り広げている。

 しかし如何せん相手の数が多すぎるようだ。何人かは包囲網を抜け出し、朝霧の向こうへと消えていってしまう。

 それを見た青龍の国の氷の勇者御一行や朱雀の国の兵士たちも便乗してこの場からの逃亡を図り、場は益々混乱していった。


 その混乱ぶりを俺たちは黙って見ていた。

 隊列の最後尾に勇者たちが固まっていることはこの部隊の共通認識になっているため、誰一人としてこちら側に逃げてくる者はいない。

 ある種安全地帯となっているこの場は、逃亡兵たちとの戦いで傷ついた兵士たちが傷を癒やすために小休憩で下がってくる時以外は、意外なほどに静かな時が過ぎていた。


 しかししばらくすると、俺たちの中のうるさ方が騒ぎ出した。

 当然の如くそれはハヤテとデンデとシャインの子供組であった。


「っておい、良いのかよ兄貴! あいつらこのままだと大半が逃げ出しちゃうぞ!?」

「兵士たちも奮戦してはいますけど、明らかに人数不足ですよ。加勢しなくても良いのですか?」

「お父様! 仮にも勇者ともあろう者がこの事態を放って置くというのですか!」

「オラにはお父様なんて気持ち悪い呼び方をする娘はいねぇだよ。空耳だ、空耳」

「ムキー!! 父ちゃん! こんの事態さどうすんだっぺ! ……これで宜しいですかね!」

「人間無理したところで碌なことにはならねぇだべよ。おめえはそのままでいいだ」

「私の生き方の話はしておりません!! この事態をどう収めるのかを聞いているのです!!」

「放っておいたらええ」

「えええ!?」

「ゼロの奴は性格は最悪だけんど、頭は良い奴なんだべさ。あいつがこの事態を想定していないとでも思ってたのかえ?」

「どういう事です? まさかあの男が何らかの対処をしていると?」

「その通りだぁ!」

「うおぉ!」


 俺たちが話をしていると、突然後ろからゼロが現れた。

 ただでさえ不気味な顔が、薄暗い早朝の光の中でより不気味に映り込み、地面から現れたゾンビのように見える。

 彼は野宿しているにも関わらず、立派なガウンを着込み、頭にはナイトキャップを被っていた。

 どうやら寝ていた姿のまま、外に出てきたらしい。


「ククク……この事態もワイは既に予測済みやぁ。だから既に手は打ってあるぅぅ。小鳥たちも農家の娘も心配は無用だぁぁぁ」

「誰が農家の娘ですか!!」

「何言ってるだ。おめぇは農家の娘でねぇか」

「お父様! 止めってって言ってんだべさ!」

「その話はまた後にして下さいよ。それでゼロ、貴方は既に手を打っていると?」

「ククク……だからそう言っているぅ。土の勇者と氷の勇者と姫様ぁ、協力に感謝するぅぅ」

「気にするな、大したことではない」

「私よりもあの子たちに礼を言ってあげて」

「俺様も同意見だが……言っちゃなんだが趣味が悪くないか?」

「ククク……甘いなぁ。これからの戦いを考えれば、これくらいのことはしておかねば困るのやぁぁ」


 そう、俺たちがこの状況で落ち着いている理由はそういうことだ。

 昨日の時点でゼロから反乱の可能性を指摘され、俺たちはゼロからこの状況を利用した練兵への協力を求められていたのだ。

 「反乱が起こることは確実だから、それを使って兵士たちに訓練を施したい」と言われた時は、ゼロの頭のおかしさを真面目に考察したものだが、なるほど、確かにこれは良い訓練になっている。


 兵士たちは懲罰部隊の面々を逃さないように、そして殺さないように戦いを繰り広げている。

 そして懲罰部隊の面々は逃げることが最優先なので、兵士たちの相手をなるべくしないように逃げ惑い、戦いになっても必要以上には危害を加えていない。

 何しろ彼らは未だに武器も持たずに徒手空拳の状態なのだ。

 彼らの武器は戦闘開始直前に渡されることになっているため、刃物も鈍器もない状態で戦っているため、兵士には大した危害は加えられないのである。


 結果として、両者共重い怪我をすることなく、本気の戦いが繰り広げられているのである。

 だがその中でも兵士の包囲から逃げおおせ、早朝の草原の中へと消えていく者たちも多い。

 しかしそれは無駄な行為なのだ。

 反乱が起きることが分かっており、相手が逃げることが確定事項であるのなら、対処のしようなんていくらでもあるのだから。


 その証拠に、兵士たちから逃げおおせた懲罰部隊の面々は絶望に打ちひしがれた表情をしながら、続々とこの場へと引き返してきた。

 帰って来た彼らを見て、未だ包囲網を突破できていない者たちは困惑した顔を向ける。

 彼らは逃げる時は一斉に、そして逃げた後はバラバラに自由へ向けて旅立とうと考えていたからだ。


「駄目だ! この周囲はいつの間にか高い壁に囲まれてる!!」

「壁をよじ登っても、その上には更に氷の壁が設置してあって登れねぇ!」

「こっちも駄目だ!! スキル持ちが力づくで壁を破ろうとしたら、勇者と一緒にいたガキが襲いかかって来やがった!」

「こっちも同じだ! くそったれ! バレてやがったんだ!!」


 そう、バレていたのだ。

 だから逃げられないように、夜の内にロックとサムとで周囲に壁を作り、万が一を考えて睡眠が必要ない天使であるゲンとヨミに夜通しの警備を頼んでおいたのだ。


 そうこうしている内に日が昇り始め、朝霧が晴れて周囲の景色がよく見えるようになった。

 俺たちが寝ていた一帯のその周囲にはいつの間にやら高い壁で囲まれており、左右の壁の前には小さな人影が仁王立ちしている。

 その人影の周囲には逃げた連中が文字通り散乱しており、逃亡も抵抗も意味のない行為であると如実に示していたのであった。


 結果として彼らの自由への反乱は失敗に終わった。

 そしてゼロの口から今回の反乱は事前に察知しており、兵士の練兵のために使わせてもらったと聞かされた懲罰部隊の面々は、逃亡しようとする気持ちを折られてしまった。


 ちなみに兵士たちにも今回の件は通知されていなかった。

 だから不満も出たのだが、「事前に通知されていたら、本気の訓練にはならない」と言われてしまい、実際明日開始予定の本番前の良い予行演習になったので、部隊の兵士たちは渋々納得したのであった。


「だからっていくらなんでも無茶苦茶過ぎやしないか?」


 そう問い質した俺にゼロは物怖じせずに回答を告げた。


「ククク……無茶苦茶やとぉ? そりゃあ無茶苦茶さぁぁ。無茶苦茶しなければならなかったのだぁぁぁ」

「しなければならなかった? どういう意味だ?」

「明日ワイたちは魔王軍へと攻撃を仕掛けるのやぁ。いざ、その時に懲罰部隊の連中が恐怖に飲まれて逃げようとしたら余計な被害が出てしまうぅぅ。だから事前に逃亡は不可能だと体験させておく必要があったのやぁぁぁ」

「兵士たちに教えなかったのは?」

「ククク……同じ理由やぁ。ここ最近魔王軍と直接戦った経験があるのは朱雀の国の兵士だけやぁぁ。そしてこの場には魔王軍と戦った経験者はテルゾウ殿とジェイク殿しかいないのやぁぁぁ」

「だから本番前に本気の戦いを挟んでおいたと?」

「その通りやぁ。ワイが恨まれるだけで兵士の生存率が上がるのならば儲けものやぁぁ」


 そう説明されれば、理屈は通っているように聞こえる。

 なるほど、確かにこの男、4カ国の囮部隊の隊長を任されるだけはあるようだ。

 見た目は不気味で、話し方も独特で、おまけに性格も悪いが、やっていることは全体の生存率を上げるために必要なことだということか。


 まぁ実際老師やジェイクも認めていた男だったのだ。

 見た目や性格がどうあれ、能力の高さは折り紙付きだということなのか。



 俺たちはゼロの能力を認め、彼の指揮を信用することにした。

 実際この後の移動も、その後の最後の夜も問題は何も起きずに過ごすことができた。

 彼はその間、懲罰部隊の面々はおろか、仲間である兵士たちにすら蔑んだ目で睨まれていたがどこ吹く風でのんびりと馬に乗っていたのであった。


 そして遂に7日目の朝が来る。

 俺たちはいつもよりも早く起床する。

 早朝、まだ太陽も登っていない時間帯である。

 その時間帯は昨日反乱が起きた時間帯とほぼ一緒であり、ゼロはそこまで考えていたのかと気づいてぞっとしたものであった。


 朝食を食べ、俺たちは行軍を開始する。

 戦闘前だからといって特別な料理が出るわけではない。

 いつもと同じメニューが作られ、いつもと同じように食べた後、いつもより早くに出発し、その足は段々と早くなり、途中からは駆け足となって街道を突き進んでいく。


 そうして太陽が登る頃、俺たちの前に町の外壁が見えてきた。

 アナたちにとっては2度目。

 そしてそれ以外の者たちにとっては初めてとなるヤマカワの町だ。

 俺たちの姿が見えたのだろう、城門が急いで開けられる。

 そしてその門からは、早朝にも関わらず道沿いに兵士たちが並び立つ、一本の道が続いていた。


 そして俺たちとは別の角度でヤマカワの町へと近付いて来る大部隊も見えた。

 間違いない、彼らは父さん率いる玄武の国の兵士たちだ。

 事前に予定していたとは言え、同じ日の同じタイミングで、これだけの人数が一斉に集まるとは実際大したものだ。

 俺たちは彼らに先んじてヤマカワの町へと入って行く。


 俺たちは無言で町の門を潜る。

 いつもなら必ずあるはずの入場チェックも今回は省略だ。

 町のメインストリートを碌に見もせずに進んだ先には、カワヨコの町と同様に港があり、俺たちが乗る船が待機している。

 懲罰部隊は事前に分けられていた班別に別れて乗船。

 そのまま一足先に魔王が潜んでいるという島へと向かう。

 彼らは島に上陸する直前に別の船に積まれている装備を受け取って、島の内部に向かって突撃するのだそうだ。

 俺たちが捕まえたニコたちビッグ・オーガズも、そして彼らを指揮するゼロも船に乗り込み一足先に魔王のいる島へと向かって行った。


 そして、少し遅れて今度は父さん率いる玄武の国の兵士たちが港に到着し、船に乗り込んで次々と出発していく。

 彼らは懲罰部隊と違い、最初から鎧を着込み、キビキビとした動作で、割り振られた船に乗り込んでいく。

 その中にはヤマモリの町から俺たちをタートルの町へと連れ帰ってきたヨンや町で見かけた兵士たちも多数おり、彼らは俺たちに軽く挨拶をしてから次々と船に乗り込み出発していった。

 もちろん父さんも彼らと共に出発していった。


 先行する懲罰部隊の指揮はゼロが、玄武の国の兵士たちの指揮は父さんが、そして俺たち勇者部隊の指揮はテルゾウ殿がすることになっている。

 この世界の戦争で現場の責任者が前線にいないなんてことは有り得ない。

 未だ通信手段が限られているこの世界、刻一刻と変わっていく現場の状況に対応するため、責任者は常に前線で戦い、その場その場で最適な指示をし続けなくてはならないのである。


 俺たちは彼らの出発を港で見送ってから用意された別の船に乗り込み、遅れて出発する。

 ちなみに今回は全力全開の総力戦になるため、戦えないハヤテとデンデ、そしてシャインは留守番だ。

 ジェイクも留守番かと思っていたが、彼は彼で戦えるらしく、俺たちと同じ船に乗り込んでいた。


 そうして俺たちの船がしばらく進むと、船の周囲から歓声が聞こえてきた。

 なんだと思って回りを見ると、そこには島を包囲するために船上で待機している玄武の国の兵士たちと、状況を聞いて集まったのであろう、港に集まったヤマカワの町の住民たちが俺たちに向けて大歓声を上げていた。


 彼らは揃ってロックとアナ、そして俺たちの勝利を高らかに叫び続ける。

 中にはテルゾウ殿やサムへの歓声も混じっている。事情を知っている者が説明でもしたのだろう。

 彼らは口々に勇者の勝利を讃え、俺たちもそれに答えて、彼らへと向かって腕を掲げたのであった。


 それからしばらくして、俺たちは遂に島へと到着。

 対火の魔王の軍勢との戦いの火蓋が切って落とされたのであった。

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