第十話 昼休憩
2017/06/16 サブタイトル追加&本文を細かく訂正
俺達は一度森から出て街道近くの見晴らしの良い場所へと移動した。
勿論、森の中で食べることも出来る。
だがその場合、念の為に見張りを立てなければならない。
食事中はどうしても油断に繋がるので、周囲が見渡せる場所で食べようという事になったのだ。
「ん」
アナがアイテムボックスから自家製の弁当箱を取り出して広げる。
料理に凝り始めてからというもの、こうやって皆で集まって食事をする時に料理を用意するのはアナの役目だ。
今日のメニューは各種サンドイッチと野菜たっぷりのスープにみかんに似た果物が1つずつだ。
アナの持つスキル『無限収納』の能力は、無制限のアイテムボックス能力。
そのお蔭で、巨大な鍋も中身が零れる事を気にせずに運ぶことが出来る。
これのお陰で、スキル授与の儀式以降、アナの持って来る料理の量が格段に増えた。
流石に内部の時間の停止まではしないが、前世の異世界物での定番の能力はやはり凄かったのである。
「ロゼッタ様、『植物操作』を使って『モエモエソウ』を集めて貰えますかな?」
「分かった……待ってて……」
父さんがロゼに、この世界で焚き木代わりに使われている、森に生えている『燃える草』の収集を頼んでいる。
この世界の植物は地球とは全く異なっている。
燃える草、凍る草、浮かぶ草、透明な草。
実に様々な草が生い茂っており、興味が尽きない。
『モエモエソウ』と言うのは、どこの森の中にも生えている油分を含んだ草のことだ。
ちぎって集めれば焚き火代わりになるし、絞れば油が取り出せる。
「そんな物が生えていて、森林火災の危険はないのか?」と聞いたことがあるが、もしも燃えた時は、周囲のモンスターが火を消してくれるらしい。
『ミズミズソウ』と言う、水分を多量に含んだ植物があり、それを燃えている箇所にぶつけて火を消すのだそうだ。
モンスターが消火活動とは実にファンタジーだが、モンスターにしても自分達の住処が燃えてしまっては困るのだろう。
こちらの世界では『そういうものだ』として誰も疑問に思っていない。
父さんが王女であるロゼに仕事を頼んだのは、ロゼにも出来ることが有るのだと説明したかったからだろう。
見れば心なしかロゼは嬉しそうだ。
ステータスは伸びないし、戦闘力は無いが、それでも役に立つ事があるのだと認めてやる。
そうすればロゼも城の自分の部屋から外へと出て行くようになるだろう。
恐らく父さんはそう考えているのだ。
モエモエソウはレベルの低い『植物操作』でも取り扱える植物の1つだ。
『植物操作』で操れる植物は、何処にでも生えている数が多い植物程、楽に扱えるらしい。
逆にレアな植物は全く扱えないそうだ。
遥か昔の植物使い達はレア植物すらも扱ったというが、現在ではその方法は伝わっていない。
ロゼが集めてくれたモエモエソウを適当な長さにちぎって薪のように集め、火を着けてスープを温め直す。
ちなみにかまどはアナのアイテムボックスから取り出した物だ。
しばらくしてアナから熱々のスープが皆に配られ、各々の胃袋を満たしていった。
俺達は今までも、訓練場やら城の中庭やら町の裏の森の中やらで食事をとる事があった。
『野外で食事を取る習慣』を身に着けさせる為だ。
貴族や王族に生まれると、下手をすると一生野外での食事をしないこともありうる。
しかし勇者とそのお供となれば、旅に出る関係上、必ず野外での食事を経験する事になる。
だから子供の頃から野外で食事を取る習慣を身に着けさせるのだ。
まぁやっていた事は早い話がバーベキューとかピクニックだった訳だが。
町の外の森はモンスターで一杯だが、町の中の森にはモンスターは居なかったので安全だったのだ。
と、そこまで考えておかしな所に気がついた。
モンスターはこの世界の至る所に存在する。
それなのに街の中にはモンスターは存在していない。
これは一体どうしてなのだろうか?
「その理由は簡単だ。町の中では魔石が結晶化してモンスターが生まれても、弱い内に処理されるからだ」
そう説明してくれたのは父さんである。
詳しい話を聞いてみると、この世界、魔力は何処にでもあり、魔石は何処にでも生まれてくる。
だからその魔石から生まれるモンスターは、街の中でも城の中でもお構いなしに生まれてくるのだそうだ。
しかし生まれたばかりのモンスターは弱い。
弱いモンスターは簡単に処理ができる。
だから町の中でモンスターを見つけた者には、モンスターを処理する義務があるのだと父さんは説明した。
「え~そんな話聞いたこと無いよ?」
「当然だ。子供に聞かせる様な話ではない」
「なら大人は皆知っているのですか?」
「その通りだ。18歳の成人の儀式の際に大人の心構えを教えられるが、その際にモンスター処理の義務に付いても説明を受けるのだ」
この世界では18歳になると一人前と認められ、成人扱いが始まる。
結婚できるのも18歳からだし、酒が飲めるのも18歳からだ。
これも昔の勇者由来の慣習らしい。
確かに18歳になった者は、大人の心構えを両親や周囲の大人から説明されるのだ、と聞いたことが有る。
成程、その時にモンスターの処理の仕方を教わるのか。
「その話、今聞いては駄目ですか?」
「ん?別に構わんぞ」
父さんによれば、
現在の魔法学において、空気中の魔力の循環を止める方法は見つかっていない。
そして自然に魔石が生まれる現象を止める方法も存在しない。
だから魔石が生まれ、そこからモンスターが発生する事を止めることは出来ないそうだ。
しかし生まれたてのモンスターは弱い。
具体的言うと、戦闘訓練を受けていない女子供でも倒せる程に弱い。
最弱の魔物と呼ばれるそれらは、虫位の力しか無い。
よって虫退治と同じ要領で仕留める事が出来る。
だが、万が一を考えて、モンスター退治は大人が行う事となっている。
街に住むに当たって、このモンスター退治は義務となる。
発見が遅れて、個人では倒せないモンスターに成長してしまった場合には最寄りの兵士に伝えること。
家の中からモンスターが発生した場合は罪に問われる事もある。
という事らしい。
――しかしそれではスラムとかゴミ屋敷では見つけられないだろう。
と考えたが、よく思い出してみるとタートルの町にそんな物は存在しなかった。
それどころか町の中はやたらと清潔で片付けられていた様に思える。
前世で読んでいた異世界物だと、町は『向こうの中世』準拠だったから基本的に『汚い』という設定だった。
しかしこちらの街並みを見て『汚い』という発想は出てこない。
寧ろ前世の日本並かそれ以上にきれいで清潔だ。
今日も城に向かう時には朝から町の人達が掃除をしていた事を思い出し、あれはそういう事情もあったのかと納得した。
「そうだな、家の中や町の中にモンスターが発生したら大事になるので、町の住民達には整理整頓の習慣が根付いている。屋敷でも念入りに掃除をしていたし、半年に一度は大掃除をしていただろう?あれは掃除をするついでに、屋敷中の点検をして魔石とモンスターを探し回っていたのだ」
「そういえば……私の部屋も……メイド達が念入りに……掃除をしていた」
「私も~、本とかその辺に放ったらかしているとお父さんに怒られるんだよね~」
「いや、それは当たり前だから」
(コクコク)
屋敷の住人は全員綺麗好きなだけかと考えていたが、事実は全く違ったらしい。
ここらへんもまた異世界ならではと言った所か。
「しかし父さん、町の中や家の中はそれで良いのかもしれませんが、街の裏の森の中とかはどうしているのですか?」
「あの森は国の兵士が頻繁に巡回を行っている。町の中で人通りが少ない場所も同様だ。そうしておけば、多少育ったモンスターが出た所で住民に被害は出ないからな」
「成程。では空き家になった物件はどうしているのですか?」
「空き家には大家に見回り義務が課せられる。古くてもう住めなくなった物件ならば取り壊してしまうな。その方が見晴らしが良くなる」
成程、そうなると日本で問題になっていた『空き家問題』はこの世界には無い訳だ。
あれは建物が建っていると固定資産税が安くなるという理由がデカかったからな。
お陰で崩壊寸前の建物も放置したままで問題になっていると、たまにニュースを賑わせていた事を思い出した。
この世界では同じ様な問題は発生しないのだろう。
万が一空き家の中からモンスターが発生したら大変だからな。
そして同じ理由でスラムやゴミ屋敷も無い訳だ。
そういった部分では地球よりも良い環境なのだろう。
……いやでも、モンスターが居る時点でやっぱり駄目か。
気がつけばアナの用意した昼食は全て平らげていた。
話をしている間も全員食べ続けていたので、何時の間にやら完食してしまった様だ。
「ごちそうさまアナ、美味しかったよ」
「ごちそうさま~今日のサンドイッチは何時もより豪勢だったね~」
「スープも……美味しかった……ありがと」
「ダイアナの料理の腕も益々上達しているな。これは将来が楽しみだ」
「ん!」
アナはとても嬉しそうな顔をしている。
と言っても俺達以外が見れば表情が変わっていないように見えることだろう。
アナは表情が顔に出にくいだけで感情表現はとても豊かなのだ。
それが他人には理解し辛いのが難点ではあるが。
俺達は食事を終えてまったりしている。
俺達の裏手には森が広がり、目の前は草原だ。
そこには街道が伸びており、今もタートル方面に向かって男が2人歩いていた。
背の高い男と横に広い男だ。
一瞬頭のなかに『凸凹コンビ』という言葉が浮かんだが、初めて見る人達に対して失礼だろうと考えて頭を振って考えを振り払った。
彼らは2人共鍛え上げた体つきをしており、フードを被り、武器も荷物も持たずに街道を進んでいた。
「あれ?」
そこで俺はおかしな事に気が付いた。
この世界はモンスターが蔓延る危険な世界だ。
町の外に出るためにはそれ相応の準備が必要であり、武器も荷物も無いなど普通なら考えられない。
勿論、彼らが素手で戦うことを得意としているという場合や、魔法を得意としているという場合も考えられる。
この場合、確かに武器は必要ないだろう。
しかし、荷物が無いのはおかしい。
タートルの町の外には農村も存在している。
しかしあの格好は農民では無いだろう。
農民でないとすると、町の人間か、もしくは旅人ということになる。
タートルの町から隣町までは馬で移動しても2日は掛かる筈だ。
彼らは徒歩だ。
それなのに荷物が無い。
食料も、テントも、毛布も無く、町の外を移動するなど、普通の人間には出来ない筈なのだ。
「父さん、あの2人おかしくありませんか?」
「?何がだナイト」
「いや明らかに農民には見えないのに、武器も荷物も持っていないから……」
俺は最後まで言う事が出来なかった。
何故なら突然父さんが俺達を薙ぎ払い、俺達はバラバラに吹っ飛ばされたからだ。
キイン!
静かな草原に突然金属同士がぶつかる音が響き渡る。
何事だと音のした方を見ると、先程まで街道を歩いていた筈の、背の高い男が俺達が食事をしていた場所にいつの間にか移動していた。
その男の両手は鎌に変わっており、父さんが手にした剣でそれを受け止めていたのだ。
男は驚いた様に息を呑み、連続して両手の鎌を叩き付けてくる。
しかし父さんはその全てを持っている剣一本で受け止め続け、スキを見て大きく薙ぎ払い距離を取った。
その際、男の顔を覆っていたフードが剥がれ、男の顔がさらけ出された。
その顔はカマキリの様な顔であった。
正確に言うと、人間とカマキリの顔を混ぜ合わせた様な歪な顔だった。
俺達は息を呑んだ。
俺達はその正体を知っている。
長い年月をかけてモンスターから進化した者。
進化した際に『人型』に変身することが可能となり、言語を扱うことが出来るようになる者。
例え勇者であろうともレベルが低ければ対抗出来ず、普通の人間では最低でもレベル50は必要とされている人類の敵。
「やはり魔族か」
そう、それは『魔族』
カマキリの姿をした魔族が突然俺達に襲い掛かってきたのだ。




