18 利己的で道徳的で献身的な愛のカタチ
「約100名に及ぶマツリカの被害者たちだけど、そのほとんどは私たちと同じ異世界の人間だ」
「え、そうなのね……血の零時事件は、たしかお屋敷の人たちが中心だったと聞いてるけど」
「ああ、そうだね、あれは特殊だよ。発端ではあるけど」
血の零時事件。
この世界で何度その単語を聞いただろう。誰もが知ってる猟奇事件の主犯はいまもなお心に巣くって恐怖の象徴となっている。
王様がこぼしてたけど、「零時になったら食人鬼がくるぞ」というのが寝ない子供への常套句だそうだ。俺も言われたな、鬼が来るとかお化けが来るとか。最近はそういうアプリもあるんじゃなかったっけ。
「まずね、そもそもどうして血の零時事件が起きたかというと当時の当主の奥様というのが望まぬ輿入れをしたからだね」
「政略結婚ってことかしら?」
「まあ、そうだね。そもそもはマツリカと恋仲だったそうだよ」
マスターがちらりと俺を見るので首を横に振る。
彼女は知らない。自分の産みの親がその奥様……ロータスさんだということを。
「その後、懐妊したはいいがそのころから気狂いになってしまって大変だったらしい。生まれた子のその後は、私は知らないんだがね。マツリカはかつての恋人の発狂を知り、彼女を助けようとした。一応〈外〉ではそういうふうに記録されている」
「……ただの、人殺しってわけじゃないのね」
「理由があっても殺した事実は変わらねえよ、エレーナ、ほだされるな」
「そう、ね」
この世界の大衆は、アシュタルさんであってもその事実をおそらくきちんとは知らないはずだ。気づいているかもしれないけど裏付けるものはないだろう。なんせ彼はその事件を起こした後またすぐに行方をくらませていたはずだ。
「そのあとに被害者となった者たちは、いわば救済されているんだよ」
「救済?」
「死ぬしかないほど追い詰められていた者たちさ。異世界に来てもなお、まだ自信の呪縛から逃れられない、そういう人間がここにはたくさんいるんだよ」
異世界転生とか転移とか、ラノベの題材としては結構ハッピーな話だと思う。
いや、支配者になったり人外になったり、戦争に巻き込まれたりとパターンはあるけどな。それでもその根底には逃避がちらつくもんだ。
大人にウケるのは、みんなストレス社会から逃げたいからかもねなんて意見もあるくらいだし。
俺は、どうなんだろう。
なにかから、逃げてきたかったのかな。
「彼が食ったのはそういう死にたい連中ばかりだよ」
ほだされてはいけない。結局死んでるんだからそれがどんな理由であっても。
たとえそれが本当の意味での、救いなのだとしても。




