62 どうしたって優しくはなれない
「あのさ、食人鬼が何代も存在してるって問題だと思うんだよね」
「ええ、なんでですか?」
「だって、ほかの固定役職と違って存在意義が完全にイレギュラーじゃん。バグだよ」
話聞きながら、不思議で仕方なかった。王族、魔王、薬屋、踊り子、魔法使い、勇者はこの世界の「ストーリー」に該当する部分に強く紐づいてるのに食人鬼だけはどうにもそんな空気じゃない。
出現したのだってそんなに昔からいるわけでもない。なんせアシュタルさんの弟だ。最初の出現からまだ20年しか、厳密には今年で20年目になるんだろうけれど、「すでに何人も確認されてる」ってのがもうおかしい。人間は1年で15歳になったりはしない。年齢の計算があわなすぎる。
「だから、魔王を倒すっていうのは大切なんだろうけどその食人鬼をつぶさないと結局バグは解消しないだろ。もしかしたら魔王の存在意義そのものをひっくり返せるかもしれない」
「しかし、食人鬼の発生より前から我々は対立しているんだぞ」
「だからこそっていうか、うーんなんて言えばいいかなあ」
直接的に関係はなさそうに見えるけど、「戦争することが理由」っていうのを探るにはまずそのバグを消したほうがいいと俺の直感が告げている。魔王を倒すのはもちろんやるけど、探りたいのはその先にあるものだ。
「ウタキさんって」
「なんだよ」
「そんなにクレオのこと好きなんすか?」
「ぶっ!!!!!!!!」
「えええ?だってめっちゃ必死っていうか、とりあえず倒せばいいんすよルート的には。理由とか知りたいのってクレオに頼まれたからっすよね?」
「そりゃ頼まれたけど!俺は女の子が好きだよ!」
「クレオは女みたいなもんじゃないっすか」
「お前が男友達として見てる時点で男だろうが!」
エレーナのことが平気なのは「慣れ」だって言ってた。リトとクレオが話してるところはみたことないけど、リトが敬称をつけてないってことはそれなりに親しいからだろうし、ってなったらそれはクレオが男だからにほかならない。ハイ論破!違う!問題はそこじゃない!
何が言いたいってつまりクレオは男だってことだ。なによりクレアだってルートに入ってるから「最終的に」俺を手に入れたいって言っている。そんな物騒な子とはちょっと。遠慮したい。
「なんなら俺が一番好きなのはエレーナだからな!?」
「まあ、相手にはされないわけですけどね」
「お前みたいな脆弱で貧弱で軟弱で最弱なやつがエレーナと釣り合うわけがないだろう」
「なんで二人して俺のメンタル抉ろうとするの!?」
それ本人にもいわれてるからもうやめてほしい!なんなの!どういうこと!「ちょっとタイプじゃないのよね」って言われたわ!どっちにしてもここでの一番頼りになるまともな知り合いだから正直、どうこうなりたいっていうのとはまた別だと思う。ラッキースケベくらいは起きてくれてもよさそうだけど。
「あははは、ないない、さすがにそれは」
「ナレーションに反応するのやめない?」
なんでこんなメタいんだよ、もっとまともな文章書けよ。誰とは言わないが。
はあ、とため息をついて手元の資料に目を落とす。変色しまくった羊皮紙たちの中で「血の零時」の項目だけはまだ白さを保っている。20年そこいらじゃ古書とは呼べないってことか。シミもないし、欲しい情報もとくになさそうだ。これは外れだな。
A4サイズで数百にも及ぶ項目がまとめられたそれはなかなかに重い。たしかこれ一番下の棚だったはず…しまってあった場所を見やると奥のほうになにかある。別の資料か?しまうはずみで奥に押しちまったのかも。
覗き込んで引っ張り出してみるとやたらと小さい。雑貨屋に売ってるスケジュール手帳くらいのサイズと薄さだし、タイトルも項目もない。表紙は、なんだろう、ビニールみたいな手触りだけどこの世界でビニールてまだ見かけてないしな…。
「なんかあったすか?」
「なんか手帳みたいなのが奥のほうにあった」
「? 王室の記録なのにタイトルがラベリングされてないっすね」
「それは変ですね、ここに置いてある本はみんな王室付き学士の先生方が検閲してらっしゃいますから」
「検閲って…」
「内容が過激なものは、記録しておいてもカギをかけたりとかそういう処置をとるんですよ。何が書いてるんですか、それ?」
言われるがままぱらりとめくる。1ページ目は、真っ白だ。もう一枚めくる。ダイアリー、とシンプルに書かれてる。どうやらこれは日記帳みたいだ。誰の日記だろう、っていうかなんでこんなところに。
「前書きでしょうか、日記に前書きだなんて作家のようですねえ」
「なになに…『ここに記すは、本来記録に残すことさえ忌むべきものである。DTMにおけるバグの対応に生身の人間を使うというとても考えられない懐古的なやり方だ。私はその実験台として、この地でその身を賭すこととなり、永久にその肉体を失うことになるのだろう。ミヤノシタ シンイチロウ』…?」
「シンイチロウってどっかで聞いた名前だな…どこだろ」
大学の教授の名前とかかもしれないな。多くないけど、珍しい名前でもないし。
「まあ、とりあえず読んでみましょうよ、見つけたからには」
「ロスくんこういう時だけすごい輝くよね…」




