56 勇者は色々と背負わなきゃならない
「休憩にしよう、疲れた時には甘いものだ」
「で、ですわねっ、すぐ用意していただきましょう」
王様、オデット姫、他のみんなは連れ立って部屋を出ていった。俺もついて行こうかと一歩踏み出した時アシュタルさんに止められた。
「ウタキ、これは勇者であるからこそ伝えたいことでもあるのだが」
「はい」
「マツリカは、私の4番目の弟だ」
「………えっ!!」
「だからこそ、私は余計になにもできない」
完全なる私情だった。でも身内ってなると、ただの事件じゃ済ませられないだろう。思うところなんていくらでもあるはずだ。っていうか凡庸以下なんて言われてた人の身内がこんな荘厳な人ってどうなの、と冷静に思う。
「ロータスが弟のなにを愛してくれたのかは私にはわからない。弟を思い続けずとも誰も彼女を非難しなかっただろう」
「それはまあ、そうでしょう。マツリカさん自身もそれを望んでたわけで」
「いかにも。そしてマツリカは割り切れなかったから子供を殺せなかった」
「もしかしてその子供って俺が知ってる……」
「南の谷の花畑の花は、エリューニスという」
「エリューニス…」
「青い花で美しいが、花言葉が穏やかではないな」
「花言葉?」
「南の谷にしか咲かない希少価値の高い花だ。薬としても香水としても万能で人々に安らぎをもたらしてくれる。だが花言葉は復讐、だ」
「青い…まさかロータスさんの子供って…」
「エレーナだ」
もう閉まっている扉を見つめる。その先にいるであろうエレーナを想像して。
エレーナの両親は事情を知って引き取ったんだろうけれど、エレーナは自分が養子だと知らないらしかった。きっとこれからも知らないだろう。そういえば彼女は19歳だ。年の頃としても事件とは辻褄が合う。
「今のところこちら側にマツリカの意思を継ぐものはいない、だが事実を知らないとはいえロータスの娘はいる」
「べつに、エレーナは…エレーナは関係ないかもしれないじゃないですか」
「無論そうあってほしい。しかし日々思う、ロータスに似てきたな、とな」
今代の食人鬼に、同情できるかはわからない。けど正義感ぶってぶっ倒すみたいな気持ちじゃないのは本当だ。どうしようもなく、やり場もない。やりきれない、そんな思いでいっぱいになった。
「なんだよ、迫害とか結ばれない愛とかそんな理由いらねえのに」
「……」
こんなとき本当のギャグで異世界トリップだったらどろどろした話なんてどこにもなくて可愛らしいポップな背景ばかりが面白い話になるんじゃないのか。
ここが別の世界だったとして、ラノベだったらもっと都合のいい世界なんじゃないのか。
どうしてこんなに辛い思いを抱えてる人がこの世界には多いんだよ。
「俺は、勇者なんかじゃない」
「ウタキ、だが」
「ただ、知り合いに幸せになってほしい一般人ですよ。アシュタルさんも含めて」
「すまない、そなたに…背負わせていい理由など本来どこにもないのだが」
「俺みたいな勢いしか取り柄のないやつのが案外解決できるかもしれないじゃないですか、それに」
「む?」
「俺は、単にエレーナが好きなんですよ」
立ち尽くして上を向いたアシュタルさんが、泣いているのはなんとなくわかった。
振り向かないで俺もそのまま部屋を出る。みんなに合流した時に、俺の分は!?と声をかけられれば今はそれでいいんじゃないだろうか。




