44 叫ばせたくないなら
「アリアドネ、フィーアと通信が途絶えた」
「ふうん」
「ふうん、って・・・一部隊つぶされたんだよ、勇者と関わり始まったってもうすこし危機感を」
「ケーキ」
「ケーキ?」
「ケーキ、なくなった」
「スピード調整してねってあんなに言ったのに!」
大きくため息をつくと、その辺にいた部下を適当に呼んでケーキ、と一言告げる。部下は顔を真っ青にしながらぶんぶんと首が取れそうなほど頷きばたばたと走り去っていった。厨房に行くのだろう。
アルバートが部屋の中を見回すと、アフタヌーンティーのケーキタワーはゆうに5つもあったのにそのすべては空っぽ。紅茶も飲み干されてテーブルは乱雑に散らかっていた。食べこぼしがないのだけはさすがだと思う。
鳥の巣のようにかこむように大量のぬいぐるみが部屋のあちこちに座り、積まれ、投げ出されている。腹の綿がぼろぼろとあふれ出ている猫のおおきなぬいぐるみを拾い上げるとアルバートはまたため息をついた。
いつもの「癇癪」だ。
「アリアドネ、ぬいぐるみに八つ当たりしないでって何度も」
「うるさい」
すぐ直せるし、それ自体は苦じゃない。自分以外の部下たちでもいいし、アリアドネはぬいぐるみは好きでもひとつひとつに大した思い入れはないからあんまりにもな状態になっていたら処分してしまっても文句は言わない。
問題は癇癪をおこす原因だ。今回はケーキがなくなったこともそうなんだろうけれど・・・
ちらりとアリアドネを見る。
「なにが気にくわないの」
「フィーアの部隊、メスを混ぜておいたの。火属性が苦手な情報もすぐ垂れ流した」
「燃やしてほしかったってこと?」
「あんな可愛くないの何匹死んでも同じだし。メスがいたら、燃えれば、数が増えるのあれ」
「フェロモン害虫なのかい、あの黒いの」
「そう。なのに燃やされたって報告は来てない。通信が切れたってことはフィーアはアリアたちのこと裏切って寝返ったの、そんな簡単に死ぬほどフィーアは弱くないもん」
「燃やされなかったのが不服、ってことだね」
「許さない、ゆるさないっ・・・アリアの計画ばっちりだった!!お母様だってきっとほめてくれる!!ちゃんと一番魔王らしい最初の方法だったのに失敗した!!勇者なんかがいるから!!ゆるせないゆるせないゆるせないっ!!!」
事実関係、ゲーム的事情。そんな理屈はさておいて誰しも失敗や邪魔をされたら腹に据えかねるものだ。今回の癇癪はそれが原因か。どうやら初の大型強襲の失敗がこの猫の、文字通り腹綿・・・ということらしい。かわいそうに。
「ケーキは!?まだなの!?」
「ああああ!すいませんお待たせしました!!!」
何十人という部下が慌ててテーブルのセッティングをしている。きらきらと盛り付けられたケーキたちは今度は小さなものではなくタワー型の皿にいくつもホールケーキが乗せられている。必死に作ったんだろうが間に合わないからホールにしたんだろうな、という厨房の部下たちの姿を思い描いてアルバートは哀れんだ。あとでなにかねぎらってやらなくては・・・。
魔王城で、部下を叫ばせたくなければアリアドネをおとなしくさせておくしかない。
アルバートは楽し気にケーキを頬張り始めた今代の魔王を見て今日一番大きなため息をついた。




