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超短編2

リリアとネル。

作者: しおん

「あら、またきたの?」


 くすくすと笑うような口調でリリアは問いかける。


「そう、またきたの」


 あたりまえでしょとでも言うようにネルは答えた。



 本来なら彼女たちは出会うはずもなかった人間だ。身分も違えば境遇も違い、またその生きる時間ですらも異なる二人は、白に囲まれたどこにあるのかもわからない空間で出会ってしまった。


 互いに正反対だと思う彼女のことを悪く思うでもなく崇拝するでもなく、ただ対等な存在として新しくできた話し相手ぐらいに扱っている。それは気の知れたと言うにはいくばか日が浅く、顔見知りというには相手のことをよく知りすぎた仲で、言葉にすることが困難な間柄に他ならない。


「今日はなにか話題はないの?」


 人任せなリリアは、ネルにそんなことを言う。


「それじゃ、とびっきりのを話してあげようかな」


 話すことが好きなネルはそれを苦ともせず、いとも簡単に話すことを決めたようだ。


「この前、夜、屋敷に侵入したんだけどね」


 ネルは思い出すように上を見上げ、小さく口角をあげた。


 ネルの仕事は盗みだ。それはネルの生きている世界でも、悪事に他ならない。だがそれは、彼女が生きるために必要なことでもある。

 幼少期に親に捨てられたネルは学もなく、一般常識もなく、ごみ捨て場の様なところで他の人間を犠牲に生き抜いてきた。ある時は自分より幼い子供から食べ物を奪い、ある時は自分よりからだの大きな大人から金を盗んだ。

 体を殴られ、銃で撃たれ、それでも生きたいと願った彼女はこうして悪事に手を染めながらも図太く生きているのだ。


「その屋敷がさ、犬飼っててね。ちっこい犬だったから愛玩用の犬かと思って適当にあしらってたら、番犬なの。足とか首とか噛みつかれそうになって、ほんと死ぬかと思った。やっぱり犬は恐ろしいわ」


 やれやれといった様子ではなすネルにリリアはくすりと笑った。他には?なんて続きを促すリリアに、ネルは


「そういうリリアはなんかなかったの?」


 と、話をふる。


「そうねー...」


 深く考え込むリリアを見て、ネルは何を悩むのだろうと思う。

 リリアはネルと違って、生粋のお嬢様だ。ネルからしたらリリアの身の回りで起こる何もかもが未知の事であるし、そんな自分の人生では起きえないことを聞くのは面白い。リリアもそれは同じはずなのに、彼女は自分の常識を世界の常識だととらえている節がある。その為、いつも面白い事なんてないけどと話し始める。


「面白い事なんてないけど、今日は山へ狩りに出掛けたわ。いつもはお兄様と一緒なんだけど、今日は予定が合わなくて侍女と二人で出かけたの」


 リリアはよく山へ出かける。

 山といってもそこはリリアの父親の持ち物で、自分の家の一部らしいが野生の動物や草花が生息し、自然界と大差ないのだとリリアは語っていた。


「へー。あのお兄様が一緒じゃないんだ」


 あのというのは、リリアの話には必ずといってもいいほどお兄様が出てくるからだ。これまでネルが聞いた話では、リリアがどこに行くにもお兄様がセットになっていた。


「ええ、珍しくお仕事がはいってしまったみたいで、今回はいらっしゃらなかったの」


「ふーん」


 ネルとしてはそんなことよりリリアが山に行った話が聞きたいようで、興味のない反応をかえすだけだった。


「今の時期は鹿肉が美味しいでしょう?だから今日は鹿を狩ることにしたの。森の深いところにはいって鹿の足跡を探したんだけど、お兄様はいつもすぐに見つけてくださるのに私はダメね。何時間も歩き回ったのに足跡一つ見つけられなかったの」


 しょんぼり頭をたれて話すリリアにネルは声をかける。


「やっぱりリリアに狩りは無理なんだって」


 悲しげな少女にかける言葉にしてはひどく辛辣で、リリアは目尻に涙をためながらようにネルを睨み付けた。


「そんな顔されたって、事実は変わらないわよ。向いてないものは、向いてないのっ!それともなに、リリアは何でも出来るとでも思ってるの?」


「そうじゃないけど、言い方ってものがあると思うのよ。ネルはいっつもそう、少しはオブラートに包んでものを言えないのかしらね」


 さすがお嬢様と言うべきか、先ほどの悲しげな様子が嘘だったかのようにリリアは反論する。口喧嘩できちんとした教養のあるリリアにネルが勝てないことは明白なのに、ネルだって負けじとそれに言い返すのだ。


「リリアはオブラートに包むと言葉の本意が理解できないからはっきり言ってるんでしょうが!私の親切心のおかげで見落としがちなこともばっちり頭で理解できるでしょう?感謝されていいくらいなのに何で叱られなきゃならないわけ?」


「ネルの言うことも一理あるけれど、やっぱり物事には言い方ってものがあると思うのよ!」


 終わりの見えない言い争い。

 それでも彼女たちは互いの境遇や身分について、一切ふれることはないのだ。この空間は普段枷のように付きまとう、そんなものに囚われない唯一の空間なのだから。




読んでくださりありがとうございます。

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