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謁見の間から、自分の部屋に戻る。
今日は色々なことがあったな・・・
なんて、物思いにふけながら、居住区の廊下を歩いていた。
クルトの部屋
鍵は元々かけてないし、そのままドアを開ける。
あれ、明かりがついてる。
消してから謁見の間に向かったはずなんだけど・・・
「やっと戻ってきたか」
「と、トモエさん・・・」
僕の部屋には、トモエ隊長がいた。
座り込んで、その周りには空になっているワインの瓶が3本。
「こんな夜更けに、何をしていたんだ?」
「いや、その・・・」
「リイム隊長だろ?」
「・・・え?」
トモエ隊長は、グラスを煽る。
そしてまたワインを注ぐ。
僕の方はまだ一度も見ていない。
「昼間は驚いたな、いきなり結婚とか言い出すから」
「・・・」
「クルトが王子だということも知っていたし、女王との謁見でもしていたのだろう?」
「・・・」
「大方、あのリイム隊長もエルフの国の王族なのだろうな」
トモエ隊長の洞察力はすごい。
言い当てている。
でも、じゃあなぜ僕の部屋にいるのだろう。
「なぁ、クルト。私がお前に「結婚してくれ」と言ったら、お前はどうする?」
「え!?」
「私はお前より10歳以上も年上の女だ。10年後、私は37歳、クルトは26歳。私はもうオバサン・・・いや、熟女だ」
「・・・」
「リイム隊長は聞いたところによると、今年成人したらしいな。若いし、綺麗だ」
「トモエさん・・・」
ワイングラスに目を落としていたトモエ隊長が、僕の方を見る。
ワインを3本も空けているのだから、相当酔っているのかと思ったが。
目は、真剣そのものだった。
「エルフは人間が逆立ちしたって勝てないほどの美形だ。そのリイム隊長に惚れられているのだったら、私なんて足元にも及ばないな・・・王族でもないし」
「トモエ隊長・・・ちょっと飲み過ぎなのでは」
「ワインなんて水みたいなものだ。いくらでも飲めるし、いくら飲んでも私は酔わない」
「ですが・・・」
僕はトモエ隊長の言葉に何て返したら良いか分からず、当たりさわりないことを言った。
トモエ隊長はグラスを傍らに置き、立ち上がって僕を見据えた。
「なぜ私がクルトの部屋にいるのだと思う?」
「・・・分からないです」
「そうか。実は、私自身も良く分かっていない。ミーティングのあと、クルトが自分の部屋とは逆方向に廊下を歩いていくのが見えた。私はそれを見て、しばらくしたら戻ってくるだろうと、クルトの部屋にいたんだ」
「そうだったんですか・・・」
「しかし、いつまで経ってもクルトは帰ってこない。それに、昼間のリイム隊長の言葉。いても経ってもいられなくなった私は、自分の部屋に戻りワインを取って、またここに戻ってきてしまった。なぜだろうな」
「・・・」
トモエ隊長が一歩、二歩と僕に近づいてくる。
本当に酔っていないのか、足取りは普通だ。
だが、そのトモエ隊長の真剣な目に、僕は視線を外せなかった。
「お前の全てが欲しい」
「!?」
「リイム隊長がエルフだろうが王族だろうが、お前を渡したくない。私のものにしたい」
「と、トモエさん・・・?」
「私はクルトのことが好きなのでは、とここ最近思っていた。だが、今日のことで確信した。私はお前のことが好きだ」
「!!??」
すっ、とトモエ隊長の両腕が僕の首に巻きつく。
自然と、トモエ隊長との距離が近くなる。
顔は目の前。
僕の胸にはトモエ隊長の胸が押しつぶされている。
やわらかく、暖かいそれは甘美な誘惑のようだ。
「クルトが私のことをどう思っているか。考えてはいるが、本当のことを本人から聞き出したくない。もしも、私の考えていることと違っていたら、怖いからだ」
「トモエさん・・・」
「ふふ、怖いだなんて今まで一度も感じたことのない感情だ。私も女なのだな・・・クルトがそう教えてくれたようなものだ」
ぎゅっ、とトモエ隊長が抱きしめる力を強める。
トモエ隊長の顔は、僕の頬あたりにある。
耳にトモエ隊長の息遣いがあたり、少しくすぐったかったが、嫌ではなかった。
僕は、トモエ隊長を抱き返した。
「クルト・・・」
「トモエさんの気持ちは嬉しいです。僕は今まで、いや、クイーンガードに入隊するまで、他人からの愛情というものを受けたことがありませんでしたから」
「・・・」
「家族にも、ですかね。だけど、そのせいか他人に対して恋愛感情を抱くというのが、僕にはまだ分からないんです」
「・・・」
「トモエ隊長のことは、もちろん好きです。でも、テレーズさんやジェシカさんのことも好きです。それが恋愛感情の「好き」ということがどうかというのが、分からないんです・・・」
僕の言葉のあと、トモエ隊長の抱きつく強さがさらに増した。
少し、トモエ隊長が震えているような気がする。
「分からないのも無理はない、か」
「すみません・・・でも、トモエ隊長が僕のことを好きだと言ってくれたのは、すごく嬉しく思いました」
「なんだか、私が振られたみたいな言葉だな」
「!? いえ、そんなことはありません!!」
「ふふ、分かっているよ。クルトは剣も恋愛も、まだまだこれからだということだ」
「トモエさん・・・」
僕も抱きしめる力を強めた。
トモエ隊長は「んっ」という言葉を漏らしたあと、満足気な表情で僕の頬に顔を擦り付けた。
「心が暖かい。クルトと抱きしめあっているだけで、心が暖かい。私は今きっと、幸せという感情を抱いている」
「・・・」
「こんな感情、今まで無かった。幼少の頃、剣や勉学で褒められようと、クイーンガードの入隊試験に合格しようと、3番隊の隊長に任命されようと、抱いたことのない感情だ」
「トモエさん・・・」
トモエ隊長が、顔を上げる。
真っ直ぐに僕と向き合う。
「これからも訓練中は厳しくいくと思うが、くじけそうになったら正直に私に言うんだ。私はいつでもお前を受け入れよう」
「トモエ隊長・・・ありがとうございます」
「ふふ、私自身がお前に頼られたい、こうして抱きしめあいたいという感情がないとは言い切れない。私のためかもしれないことだがな」
「それでも、僕は嬉しいです。これからも頑張ろうと思います」
よし、と言ったトモエ隊長は僕から離れた。
そして、床に転がっているワインの瓶をキッチンに片付け、また部屋に戻ってくる。
僕は自分のベッドに腰掛けた。
くじけそうになったら、私に言え、か。
母上の言葉と似た言葉だ。
僕は、心が軽くなる感覚を抱いた。
戻ってきたトモエ隊長は、僕の隣に腰掛け、僕の腕を抱きしめてきた。
・・・トモエ隊長の胸に挟まれた腕は、幸せの感触に包まれていた。




