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ある日。
いつもの訓練だったが、午後になって少し変化があった。
昼休みのあとの訓練場で、トモエ隊長の号令によって隊員は集まった。
いつもだったらそのまま訓練が始まるので、何事かと少しざわついていた。
「静かにしろ!」
トモエ隊長の一喝で、ピタッとざわつきはおさまった。
さすがトモエ隊長だ。
あれ、そういえば見慣れない人がトモエ隊長の隣に立っている。
トモエ隊長と同じくらいの長身で、金髪ロングの髪。
これまた見慣れない鎧を着ていて・・・ん?
この人、耳が長い・・・
まさか・・・
「今日の午後の訓練は、急遽、私の隣にいるリイム隊長が参加することになった。エルフの国の軍隊をまとめているほどの実力であるため、皆、よく学ぶように」
では、とトモエ隊長が促すと、リイム隊長と呼ばれたエルフの女性が一歩前に出た。
「今、紹介に預かったリイムと申す。突然のことで戸惑われるとは思うが、今日は人間とエルフの軍の違いを勉強させて頂こうと思うので、よろしく頼む」
はっきりとしたよく通る声だった。
その雰囲気からでも分かる。
この人は強い。
エルフを見るのは初めてだったが、すごく綺麗だった。
昔読んだ本や文献などで、エルフは美形であるとあったが。
まさにその通りだな。
「では、いつも通り訓練を開始してもらいたい。・・・だが、クルト王子は残ってくれないか」
え?
って思ったのは僕だけじゃなかったみたいだ。
いきなり名前を呼ばれたし。
ていうか王子って知ってるし。
目がめっちゃ合ってるし。
拍子抜けして「えっ!?」と声をあげたのは、テレーズさんとジェシカさん・・・
トモエ隊長は表情すらないが、雰囲気でびっくりしているのが僕には分かった。
「リイム隊長、クルトが何か?」
「む、すまない。個人的なことなんだが、少しいいか?」
「・・・訓練を始めろ!クルトはここに残ってくれ」
はい!!!
というみんなの声のあと、僕はトモエ隊長とリイム隊長の前まで進んだ。
一体、何が・・・
「クルト王子、であるか?」
「は、はい」
「何年ぶりだろうか、大きくなったな。見違えたぞ」
いきなり。
抱きしめられた。
突然のことで、僕の思考回路はうまく動かなかった。
え?知り合い?
ていうか何で抱きしめられているんだ?
すっごい良い匂いがするけど、良いシャンプーかな、それとも香水かな?
なんて、考えてしまった。
「え、えっと、僕とリイム隊長は知り合い・・・でしたっけ?」
「いや、厳密に言うと知り合いというものとは違う。私が一方的に知っていただけだ」
「え、え?」
すごい近距離でリイム隊長と会話していることに気づいたとき、僕は自分の顔が赤くなってきていることにも気づいた。
すっごい美人の顔が、目の前にある。
形の良い小さな唇から紡ぎ出される声。
長めのまつ毛や、意志の強い瞳に吸い込まれそうになる。
と、思っていたところに殺気を感じる。
トモエ隊長から目に見えないオーラが出ているのを感じた。
表情はいつも通りの無表情だが。
明らかに不機嫌な雰囲気だった。
怖い・・・
「この国は我がエルフの国と親交が深い。私がこの城に来るのも初めてではないのだ」
「は、はぁ」
「それで何年かに一度、訪問しているのだ。それにしても、クルト王子が軍に入っているとは、驚きだな」
「そういえば僕が王子だってこと、知ってるんですね・・・」
「あぁ、だが直接話すのはこれが初めてのことだ。女王制の国だからな、話だけしか聞いたことがない。それも、いたしかたあるまいことだ」
リイム隊長は僕の背中に回した手で、まさぐってきた。
すりすり、から、なでなで、たまにギューっとくる。
いや、でも、おかしいぞ。
会ったこともない女王制の王子に対して、知っているからと初見で抱きついてくるか?
「まぁ、クルト王子がなぜ軍にいるかなどは後で女王に聞くとして・・・本当に大きくなったな」
「は、はぁ・・・」
「ふふ、なぜいきなり抱きしめられたのか分からないという顔をしているな」
「え、えぇ・・・」
「今回訪問したのは、親善のためだけではない」
「クルト王子に結婚を申し出るためだ」
な、なんだってーーー!!!
と思ったと同時に、声が上がった。
いつの間にか、ジェシカさん、テレーズさん、ベアさんが僕らの近くにいた。
訓練はどうしたのだろう・・・
「ち、ちょっと待ってください!いきなりクルトにけ、けけけ、結婚を申し込むだなんて・・・!!!」
「そうですよ~!いきなりすぎますよ~!」
「エルフの美人と結婚・・・クルト、なんて羨ま・・・」
ベアさんは全て言い終わる前に、ジェシカさんとテレーズさんの裏拳をくらって悶絶してしまった。
ベアさん・・・
「こら、ジェシカにテレーズにベア、失礼であろう!・・・リイム隊長、突飛な話で私もいささか混乱しているが、訓練を続けなければならないのだが?」
トモエ隊長・・・
「了解した。いきなりすまなかった。では、訓練に移ってくれ」
ひとまず、これで解放されるのかな?
って思ったんだけど・・・
「あの、リイム隊長、抱きしめられたままだと訓練を始められないのですが・・・」
「ん、すまない」
名残惜しい、そういった感じにゆっくりとリイム隊長は解放してくれた。
むむ・・・
何がなんだか、本当に分からないが、訓練は集中してやらないとな。
むーーーー!!!
とずっと唸っていたジェシカさんとテレーズさんと、悶絶し終わったベアさんと訓練している他の隊員のところまでいく。
はぁ、なんだかまた色々起こりそうだな・・・
「はっ!」
「やぁ!」
「とぉ~!」
「ふん!」
剣の技術訓練が始まってから筋トレは午前中だけになった。
午後からは皆と剣を振る。
3番隊が訓練以外の警備や護衛任務のときは、違う隊の人とだけど・・・
剣を振っていると、声をかけられた。
「失礼、クルト王子」
「え?・・・はい、でもクルトでいいですよ」
僕は手を止めて声をかけてきた相手を見る。
リイム隊長。
腕を組んで近くで見ていたのは、何分か前に気づいて居心地の悪さを感じたけど気にしないようにしてた。
何かやっているときに、誰かに見られるのは嫌なものだよね。
「その型だが・・・」
「はい」
何かされると思ってしまったが、ただ純粋に剣の型についてのことだった。
注意点と僕の悪い点、要点を絞って分かりやすく説明してくれた。
最初の疑問はいつの間にか忘れ、リイム隊長の話に聞き入っていた。
「ちょっとクルトに近づきすぎじゃない?」
「確かに~、ただ教えるにしても近すぎる距離かも~」
「クルトの野郎!う、羨ましいなんて思っていないんだからね><」
「ベア・・・なんか気持ち悪っ」
「おじさんはおじさんらしくしないとだめだよ~、おえ~」
「さりげなくひどいぞ、お前ら」
「・・・注意点はこのぐらいだ。クルトは変な癖もなく、素直な剣だから良いな。教えがいがある」
「あ、ありがとうございます」
「あの国王の息子だけあるな。これからの成長が楽しみだ」
リイム隊長はニコっと笑顔になった。
その笑顔に、僕は目を奪われた。
素敵、綺麗、そんな言葉じゃ表せない何かを感じた。
「次にそこの、ジェシカ、テレーズだったか」
「は、はい!?」
「はい~!?」
「二人の型だが・・・」
リイム隊長は僕だけじゃなく、ジェシカさんとテレーズさんにも指導し始めた。
二人も最初はいぶかしげだったが、その指導の的確さなどから次第に信用したみたいだった。
気づけば、リイム隊長に教わった通りに熱心に剣を振っていた。
「・・・オレは?」
ベアさんは、なぜかスルーされていた。
き、きっと、指導する必要が無いくらい良かったってことだと・・・思いたい。




