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暖かいな。
床で寝ているため、その部分に面している体は痛いが、なんだか顔が暖かい。
おかしいよね。
ただ寝ているだけで、顔が暖かいなんて。
朝、意識が戻った僕が目を開けると、そこにはテレーズさんの胸の間だった。
胸が大きいから、間、って表現だ。
顔を上げ、口を解放する。
「テレーズさん、テレーズさん」
「むにゃ~」
「テレーズさん、起きてください」
「あうあうあ~、ん~、おはよう~」
「おはようございます。なんでベッドで寝てないんですか?」
チラっとベッドの方に視線をやると、いかにも抜け出しましたという感じだった。
なんでわざわざ、固い床で寝ている僕の方に来たのか。
「・・・せっかくクルちゃんの部屋でお泊りだったのに~、一人で寝るの寂しかったんだもん~」
「・・・」
「顔~、赤いよ~?」
「なんでもないです・・・」
テレーズさんが寂しい、って言ったところから何だか急に恥ずかしくなってしまった。
胸に顔を埋めているって分かっても、最初は恥ずかしくなかったのに。
なんで急に。
ていうか、それが普通か。
「年下ですけど、僕だって男なんですよ?」
「もし~、寝てる間にクルちゃんが襲ってきたら~、してやったりってところかな~」
「・・・してやったり?」
よくよく状況を確認してみれば、テレーズさんは両腕を僕の首の後ろに回して、がっちりと抱きしめている。
そしてなぜか自然に、僕の腕もテレーズさんを少し抱きしめていた。
「あ、あはは~・・・」
「まぁ・・・いいですけど」
「私の胸、気持ちいい?」
テレーズさんは、急に間延びした喋り方じゃなくなった。
だが、その顔はとても優しく、愛しむ目をしていた。
「暖かいです・・・」
「そう、もうちょっとだけこうしていてもいい?」
「はい」
「えへへ、ありがと」
テレーズさんは僕の頭を撫でてきた。
あぁ、ほんとにこれに弱いな。
心の奥底では、甘えたい願望が相当あるんだろうな。
でも、甘え方なんて知らないし。
こうやって、なし崩し的な状況でいつも甘えてる。
その後、テレーズさんと一緒に朝ごはんを食べたあと、訓練場に向かった。
結果的にお泊りの状況になってしまったけど、テレーズさんはそれを見越して食堂には伝えてあったみたいだ。
恐るべし、大人の女性・・・
それから数日後の夕方。
訓練場
やっぱりいつも通り筋トレをこなして、トモエ隊長に剣を教わっていた。
剣の技術訓練は、やりがいがあった。
剣の振り方、扱い方を学んでいると、どうしても強くなったと錯覚していまうほどだ。
まだ数日しかやってないのに、ね。
慢心は良くない。
「よし、クルト。今教えた型を今日中に出来たら、なんでも好きなことをしてやろう」
「・・・え!?」
トモエ隊長はそんな突拍子もないことを言った。
だが訓練しているときのトモエ隊長に期待してはいけない。
やっぱり顔は、できるわけないと決め付けた表情をしていた。
無表情だから、雰囲気だけどさ。
「なんでも、ですか?」
「常識の範囲内、私のできることの範囲内、だけどな」
「がんばります!」
「訓練が終わるまで、だぞ。よし、やってみろ!」
「は!」
「だめだ」
「はぁ!」
「だめだ」
「ふ!」
「だめだ」
「はぁはぁ、うおお!」
「だめだ」
「ぜぇぜぇ、ぅら!!」
「だめだ」
何十回とやっても、合格をもらえなかった。
自分でも分かっていた。
何度もミスしているのが、分かっていたし。
短いけど、難しい型だった。
「ぜぇはぁ」
「時間的に、次で、ラストだな」
また何十回とやったところで、トモエ隊長はそう言った。
なんとか少しコツを掴めてきた気がする。
それと同じくらい疲労もたまってきてるけど。
「は!」
「ふむ」
よし、最初の難しいところはなんとかできたと思う。
「はぁ!」
「ふむ」
中盤の難しいところも、それなりにできたと思う。
「!!」
「惜しかったな」
最後の最後でミスしてしまった。
世の中は無常で厳しいものだ。
始めからうまくなんていかないものだ。
無常・・・
「よし、では今日の訓練はこれまでだ」
「「「はい!!」」」
「みんな上がっていいぞ・・・、あぁクルトは残れ」
「・・・はい」
僕はトモエ隊長にせっかく与えられた課題をこなすことができなくて、落ち込んでいた。
自分の実力っていうのは、課題とか壁を乗り越えることができて、実感できるものだ。
ちくしょう、おまけに居残りとは。
「特別に延長で、居残り特訓だ」
「はい」
「出来るまで見ててやる。さぁ、始めろ」
さっきは最後までうまくいけたんだ。
そう思って始めたが、やればやるほど違うミスを連発してしまう。
自分の剣のセンスの無さに、へこんできてしまう。
一時間は経っただろうか。
ゆうに30回はぶっ通しで型をやり続けているが、うまくいかない。
「ぜぇはぁぜぇはぁ」
「惜しいのだが、な」
「ぜぇはぁ」
「今日中に出来てくれないと、困る」
「ぜぇぜぇ、なぜですか?」
「さきほど私は何と言ったか覚えているか?」
「・・・今日中にできたら・・・あ!」
夢中になっていて忘れていた。
型が今日中に出来たら、トモエ隊長がなんでも好きなことしてくれるっていう・・・
常識の範囲内で・・・
「まさか、忘れていたのか?」
僕のリアクションに対して、トモエ隊長はムッとした雰囲気になった。
正直、怖い。
「まさか、忘れていないですよ」
「延長で特訓だ、と言ったときも対して嬉しそうにしていなかったしな」
「そ、そんな、嬉しかったですよ!」
「動揺しているところがあやしい」
途端に、寂しそうな雰囲気になる。
それは、抱きしめたいと少し思ってしまうほどだ。
トモエ隊長は僕に甘えろと言ってくれるが、トモエ隊長こそ甘え方を知らないのではと思ってしまった。
僕もだけどね・・・
きっとトモエ隊長は、僕を気遣ってくれたんだ。
ジェシカさんとの一件もあるし、テレーズさんとの関係もあるし。
・・・公私混同かもしれないけど、これがトモエ隊長の甘え方ってやつなのだろうか。
「本当に出来たら、なんでも好きなことしてくれるんですね?」
「あぁ、二言は無い」
僕は決意を新たにして、剣を再度振り始めた。
それから十回目。
型が終わったあとに、これは良い感じだった、と思ってトモエ隊長を見た。
「ようやく、できたな」
「できて、ましたか?」
「あぁ、それでいい。良くやったな、クルト」
「はい!」
トモエ隊長に認められた。
腕を組みながらずっと僕の型を見ててくれたトモエ隊長の雰囲気は、暖かいもの変わったのが分かった。
「この型が出来れば、他の型も応用になる。いわば基本の型だったのだ」
「はい!」
「さて、では何でも言ってみろ」
「え?」
一転して、プライベートモードのトモエ隊長になる。
雰囲気で分かる。
・・・って、どんだけトモエ隊長のこと知ったふりしているんだろう。
「邪なことでもいいぞ」
「よ、邪なこと?」
「思春期らしく、胸が見たいとか胸に触りたいとか、あぁ、ほとんどやっていることだな」
「・・・」
「顔が赤いぞ?何を想像したのだ?」
なんだか、積極的だなというのが正直なところ。
胸が云々と言われて、恥ずかしいと思ったのも正直なところ。
あ、そうだ
「あの、では僕の手料理を食べてもらえませんか?」
「料理?」
「最近、テレーズさんに教わりながら始めたんです」
「テレーズに、教わりながら、か」
「あ、えっと、その」
テレーズさんに教わったというところで、一瞬にしてトモエ隊長の雰囲気は変わった。
スッと。
怖かった。
正直怖かった。
「いいだろう」
「本当ですか!?」
「あぁ、クルトの作る料理に興味があるしな」
「トモエ隊長にはいつもお世話になっていたので、頑張ります!」
「テレーズも食べたのなら、私もということだ」
「え?」
「なんでもない。では、いつにするのだ?」
「今日はちょっと食材が少ないので、明日でもよろしいですか?」
「わかった。では、な」
トモエ隊長は僕に背を向けて、訓練場を出て行った。
時間の約束っていうのは、なんだかドキドキする。
待ち合わせ、ってことだもんな。
一緒の時間を共有するという感覚が、なんだか嬉しかった。
トモエ隊長も、最後には嬉しそうな雰囲気だった。
次の日。
昼休みに街に出て食材を買い込んだ。
今日作る料理は、以前にテレーズさんに作ったものより少し難しいもに挑戦する。
自然と、やる気が出ていた。
クルトの部屋
夜、ミーティングの後。
僕は自分の部屋で、料理をしてトモエ隊長を待っていた。
トモエ隊長は、今日の昼間も別に変わったところはなく、ミーティングでもいつもと同じだった。
だけど、終わったあとすれ違うときに「後で部屋に行く」と言われたときには、すごくドキドキした。
すぐに振り向くと、してやったりといった雰囲気のトモエ隊長の顔が見れたし。
味見をしつつ、味を調整。
うーん、こんなもんかな?
余計なことをすると、余計な味になるため、背伸びせずにしよう。
そうしよう。
ちょうど料理を作り終えたところで、部屋のドアをノックされた。
返事をしてドアを開けると、胸の谷間がざっくりと見える服装をしたトモエ隊長がいた。
「来てやったぞ」
「あ、どうぞ」
「あぁ」
胸の谷間を思いっきり見てしまった動揺を隠し、トモエ隊長に部屋に上がるよう促す。
だが、トモエ隊長が靴を脱ごうとして前かがみになったとき、また思いっきり谷間が見え、思いっきり見てしまった。
「っっ」
「ん?どうした、クルト」
「な、なんでもないです」
「? そうか」
僕は自分の顔が瞬時に赤くなるのを自覚し、トモエ隊長から顔を背けた。
失礼極まりないが、そうでもしないとさらに失礼だと思ったからだ。
トモエ隊長の私服は、大人びているけど若い、そんな服装だった。
似合ってるってことさ。
色気も谷間のせいで、すごいし・・・
「ほう、これら全てクルトが作ったのか?」
「はい」
テーブルに作った料理を並べていく。
前回、酒を買ってきてテレーズさんで失敗?したが、今回も買ってきた。
酒屋の主人に、大人の女性にぴったりなオススメだ!と言われて買ったワイン。
トモエ隊長がワインを飲んでいるのを何度か部屋に行ったときに見かけたからだ。
味見をしたから、大丈夫だと思うけど。
一緒に食べながら、どうしてもトモエ隊長が気になる。
食べ始めてから、無言だ。
チラっとみると、やっぱり谷間が見えるし。
離れている皿に箸を伸ばしたときに、前かがみになって、深く谷間が見えるし。
僕はそのたびに、気づかれないように目をそらす。
「なかなかだな」
「あ、ありがとうございます!」
「このワインも、なかなかだ。高かったのではないか?」
「あはは、正直なところ、少し」
「ふふ、それだけもてなしてもらうと、なんだか気が引けるな」
半分くらい食べたところで、トモエ隊長から感想が聞けた。
・・・それまで終始無言で、箸と皿の音、ワインを注ぐ音しかしなかったから、トモエ隊長の口に合わなかったのかと思ってしまった。
よかった、なんとかなった。
でも、やっぱり他人から評価されると、嬉しい。
「おいしかったぞ、クルト」
「ありがとうございます!えっと、ワインがまだ残っていますので、こちらのおつまみをどうぞ」
料理が無くなったあと、僕は別に用意していたワイン用のおつまみの皿を出す。
お酒飲む人っていうのは、長いっていうのは本を読んで知った。
お酒用のおつまみ、っていうのも本を読んで知った。
何事も勉強、だよな。
「用意がいいな、クルト」
「勉強中ですから!」
「では、私の胸をチラチラと見るのも、勉強なのか?」
「・・・え!?」
リラックスモードに突入して、お酒も入っているトモエ隊長の言葉のキレはすごい。
からかうんじゃなくて、なぜだ?と普通に聞いてくるからすごい。
・・・からかわれるのと、からかわれないのがどちらが楽とかいうのは僕にはまだ分からなかった。
そして、胸の谷間を見ていたことがやっぱりバレていたことに、焦ってしまう。
「すまない、こんな服を着ている私の方が悪いな」
「い、いえ!とてもトモエ隊長の魅力が生かされていて、すごく似合っています!」
「ほう、私の魅力は胸だけ、なのか?」
「いいえ!」
「では、どこが魅力的なのか、一つ一つ言ってもらおうか」
気づけば、トモエ隊長は僕の横に移動し、片腕を僕の肩にかけ、いかにも絡んでいますスタイルになっていた。
少し赤みがさした頬、そして綺麗で整っている顔が間近にあり、僕は動揺してしまった。
「綺麗な髪が・・・」
「それから?」
「白くて細い腕が・・・」
「それから?」
「すらっと伸びた足が・・・」
「それから?」
「力強さと気品のある目が・・・」
「それから?」
「綺麗で透き通った声が・・・」
「それから?」
ちなみに、・・・の部分は必死に僕が説明している部分を省いている。
トモエ隊長は納得してくれないため、本当に全部言わせる気だ。
酔っているのかな。
でも、谷間の見える服を着ていて、谷間を見ていたのは本当のことだし。
僕は次第に、反省の心が強くなっていった。
「それで、私をどうしたいんだ?」
「は、はい!?」
説明するのに必死だった僕に、突然の切り替えし。
「クルトの説明で、私が魅力的だということが分かった。正直、そこまで言われると私も嬉しくもあり、恥ずかしい」
「・・・」
「勘違いしてしまうぞ?ただの、剣を振るうだけの暴力女なのに」
「トモエ隊長は、暴力女なんかじゃ、ありません」
「優しいな、クルト・・・ん」
トモエ隊長は、ずるずると僕の体を落ちていき、気が付けば膝枕をしている状態になった。
トモエ隊長に、膝枕・・・
「ん、これは、良いな」
「緊張、します」
「なぜ緊張する。私はこんなにも安らいだ気持ちになっているのに。膝枕をされる方、というのもこんなにも気持ちが良いものなのだな」
トモエ隊長の横顔が、僕の下腹部にある。
最初は僕の体とは反対の方を向いていたが、僕の方を向いたり、向きを変えていった。
そして、仰向けになり、僕の下からトモエ隊長と見つめあう。
「クルト」
「なんでしょうか」
「私は今、ともて気分が良い」
「それは、良かったです」
安らいだトモエ隊長の雰囲気、というのはすごかった。
破壊力が。
相変わらず無表情なのに、僕に甘えているとしか思えないこの状況。
僕の手は、自然にトモエ隊長の頭を撫でていた。
「ん」
「あ、すみません!」
「いや、いい。続けろ」
「・・・はい」
トモエ隊長に対して、何やっているんだ!?と思ったときにトモエ隊長の声を聞き、手を離しかけた。
だが、続けろと言われた。
年上の女性に対して、すごく失礼なことをしてしまったと思っていたが、トモエ隊長が言うなら大丈夫、なのかな・・・
「正直なところ、10歳以上も年下のクルトに甘えるとは思ってもみなかった」
「・・・」
「だが、こうして甘えてみると、そんなことはどうでもよくなる」
「トモエ隊長は僕に甘えろと言いましたが、トモエ隊長にも甘えて欲しいと思っています」
「ふふ、からかっているのか?だが、この味を覚えてしまったら、もう甘えないとは言えないな」
「僕はいつもトモエ隊長に甘えていますから。トモエ隊長にも甘えてもらいたいです。こんなときぐらい」
「本当にクルトは、優しいな」
トモエ隊長は、僕が撫でている手とは違う手を握ってきた。
指を絡めたり、手のひらをなぞったり。
遊んでいるという表現がぴったりだった。
でも、僕は嫌じゃなかった。
トモエ隊長の体温が、心地よかったから。
しばらくして。
トモエ隊長は自分の部屋に帰っていった。
ワインを一本空けたから、大丈夫かなと思ったけど。
立ち上がるとシャキッとしていた。
さすが、大人の女性だ。
・・・テレーズさんも大人の女性だけど。
「今日はありがとう、クルト」
「いえ、ぜひまたトモエ隊長に食べていただきたいです!」
「ふふ、誰かに食事を作ってもらうというのもいいものだ。こちらこそ、またお願いしたものだ」
「はい!」
「では、また明日な」
トモエ隊長は最後に、ギュッと僕の手を握ったあと、歩いていった。
僕は、体に残ったトモエ隊長の体温が冷めていくのを少し寂しく感じた。
後日。
テレーズさんに料理を振舞ったあと、お泊りされたことをうっかり話してしまい、トモエ隊長に「次は覚悟しておけ」と言われたのはご愛嬌・・・かな?




