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次の日。
朝、自分の部屋で朝食を取っていると、テレーズさんが来た。
「おはよ~、クルちゃん~」
「おはようございます」
「あ~、もう朝ご飯食べちゃったのか~、作ってあげようと思ったのに~」
「すみません」
「まぁ~、いいけどね~」
まだ訓練開始まで時間があったから、テレーズさんにお茶を出し、僕は朝食の後片付けを始めた。
「昨日の夜さ~、トモエ隊長の部屋に行ったでしょ~?」
「え?」
「夜にクルちゃんの部屋に来てもいなかったし~、今日なんか昨日より元気になってるし~・・・」
「・・・」
「いったい~、トモエ隊長と何してたのかな~・・・?」
テレーズさんは、食器を洗っている僕の後ろから抱き付いてきた。
どちらかというと、寄り添うという感じだった。
「僕の訓練について話があるから、部屋に来いと言われて」
「ふ~ん・・・訓練の~・・・」
「あ、テレーズさんに言われた通り、トモエ隊長に肩揉みしてあげたら喜んでくれました」
「ふ~ん・・・肩揉みね~・・・」
「あの・・・」
「油断大敵だな~、私より胸大きいもんな~、料理もうまいもんな~、頭も良いもんな~、剣も強いもんな~」
テレーズさんは、私拗ねてます!といった声で話し続けた。
チラっと顔を見たら、唇がとんがっていた。
拗ねる年上の女性、なんかグッときた。
「クルちゃん~・・・、トモエ隊長に誘惑されたでしょ~・・・?」
「いや、その・・・」
「私が元気にしてあげようと思ってたのに~、先を越された~」
「・・・テレーズさんには、一番最初に元気付けてもらいましたから!そうじゃなかったら、昨日、訓練なんかにとても行けませんでしたよ!」
「口じゃなんとでも言えるよね~、態度で示して欲しいよね~」
僕は手を拭き、テレーズさんの方に体を向けた。
テレーズさんは、言葉と裏腹に、切なそうな表情をしていて、それが僕の心に突き刺さった。
潤んだ瞳に、目が離せない。
「あの、今夜の晩御飯、僕の部屋に来ませんか?」
「えぇ~?」
「ここ数日で少し慣れてきましたし、テレーズさんに食べてもらって、またご教授願いたいな、と」
「いいけど~、それってデートの誘いってことで~、いいんだよね~?」
「・・・」
「わかった~、じゃあ今夜はクルちゃんの部屋でディナーだね~、えへへ~」
テレーズさんは僕の胸に顔を埋めて、嬉しそうにスリスリしてきた。
小さく呟いた「いじわるしてごめんね」という言葉に、僕は口で答えず、テレーズさんの髪を撫でることで返答した。
訓練場
夕方までの筋トレは変わらないらしい。
だが、今日から剣の技術訓練だ。
楽しみでしょうがない。
夕方。
「クルト、では始めようか」
「はい!」
「まず、剣の振り方についてだが・・・」
いつものボコボコ訓練とは違い、やって覚えろ的な教育ではなく、理論の説明などから始まった。
昨日はやりながらだったけど、これは本格的だ。
新しい状況に、僕の心はわくわくしていた。
そんなクルトたちを見つめる3人の視線があった。
「ほう、クルトは今日から技術訓練か」
「もう少しで~、筋トレ地獄から解放だね~」
「・・・」
「クルトはさすが騎士団長の息子だけあって、剣のセンスを感じたからなぁ」
「クルちゃんの努力の賜物だよ~」
「・・・」
「そうだな。あいつはいつも一生懸命だったもんな」
「ん~、ジェシカ~?」
「・・・手を止めてるとまた怒られるよ。続けようよ」
「へいへい、全く素直じゃないねぇ」
「うふふ~」
「・・・なんか言った!?」
「「なんでもございません~」」
「ベアのテレーズの真似・・・吐き気がするわ・・・」
何か言いたいけど言えない、ジェシカはそんな表情をしていた。
「そうだ、クルト!中々飲み込みが早いぞ!」
「はい!」
鍛えるための剣は、やはりおもしろかった。
トモエ隊長のボコボコ訓練や、日々の筋トレのおかげで、剣を振るのがスムーズになっていることを実感した。
やはり、やられっぱなしでも実践の経験というものは大きいことを自覚した。
「よし、今日はここまでにしよう。今日教えたことは、ちゃんと復習しておくように」
「ありがとうございました!」
「うむ、では号令をかけるまで、自由にしていろ」
トモエ隊長は、少し満足そうな表情をして、僕から離れていった。
表情は無いから、雰囲気か。
それでも、僕は嬉しくなってしまった。
いや、ここで気を引き締めないと。
・・・トモエ隊長をがっかりさせるようなことがあれば、またボコボコにされそうだし。
しばらくして、トモエ隊長の訓練終了の号令がかかり、隊員はみな訓練場から出て行った。
僕もその中に混じり、自分の部屋に向かう。
廊下
「クルちゃん~、待って~」
「テレーズさん、お疲れ様です」
「えへへ~、お疲れ様~」
テレーズさんに呼び止められ、少し立ち話をしていたところに、トモエ隊長が通りがかった。
「トモエ隊長、お疲れ様です!」
「お疲れ様です~」
「お疲れ。あぁ、クルト、ちょっといいか?」
「トモエ隊長~、今日はだめですよ~」
「・・・」
「ほう、何がだ?」
「えへへ~、秘密です~」
といったテレーズさんの声色が一瞬で変わる。
「・・・今日は私の番ですよ」
「(ビクッ)」
普段の声のトーンより、何倍も低い。
そして、間延びした声じゃないときのテレーズさんは本気モードだ。
僕は恐怖感を感じ、ビクッとしてしまった。
「ふふ、まぁ良い。テレーズにはクルトの面倒を良くみてもらっているしな」
「えへへ~、それほどでも~」
「機会があったら、今度、街に3人で食事でもしに行こうか」
「おおー!」
「誘った人のおごり~、おごり~」
「テレーズ。ふぅ、まぁ上司だしな。分かったよ」
「楽しみにしています!」
「トモエ隊長~、ばっくにゅう~!」
「それは褒めているのか?では、またな」
きっとテレーズさんは太っ腹というところを、嫌味を込めて?あの言葉に変えたのだと思う。
言わないけど。
そして、あのトモエ隊長に僕を譲らないテレーズさんの気迫もすごかった。
・・・女性って怖いなぁ。
僕は自分の部屋に戻った。
さきほど、テレーズさんとはミーティング後にご飯を食べようということで話がついたので、それに向けて下ごしらえぐらいしようと思った。
ミーティングは、いつも通り。
今日はジェシカさんの視線を感じることもなく、さっさと出ていたみたいだった。
テレーズさんと目が合ったが、意味ありげなウィンクをされて、ちょっと照れてしまった。
クルトの部屋
良い感じに料理が終わったところに、テレーズさんがやってきた。
「やっほ~、クルちゃん~、来たよ~」
「どうぞ、あがってください、あ」
扉を開けてテレーズさんの姿を見たところで、僕は固まった。
テレーズさんは、薄手の白いドレスを着ていた。
とても似合っていたが、やはり胸が窮屈そうで、谷間も見えていた。
「うふふ~、この服お気に入りなんだ~、どう?」
「とても似合っています」
「ほら~、谷間とか見えるでしょ~?」
「あの、見せないでください、ていうか早く入ってください」
「きゃあ~、連れ込まれる~」
「・・・」
「うそだよ~、お邪魔しま~す~」
少し手を引いたところで、嘘の悲鳴を聞き、なんだかいけないことをしている気がしてしまったのは内緒だ。
リムに知られたら、嫌われてしまいそうだ。
・・・ごめんよ、リム。
テレーズさんのために、お酒も用意した。
ミーティング前に、門番の隊員に街に出れるようお願いして買ってきたんだ。
店の主人が女性におすすめ、とか言っていたし。
よし、下ごしらえをしていたこともあり、テレーズさんをあまり待たすことなく、全ての料理の準備が終わった。
部屋の明かりを消し、テーブルの上のランプだけ着けた。
だって、本にそう書いてあったんだもん。
女性との食事は、ムードが大事だって。
「クルちゃん~、なんだかドキドキしてきちゃった~」
「なぜですか?」
「私も頑張ってお洒落してきちゃったし~、部屋はムード満点だし~、お酒もあるし~、えへへ~」
「やましいことは何も考えてませんよ」
「それはそれで~、なんか悲しいよ~」
「では、食べましょうか。一応かなり頑張りました」
テレーズさんはニコニコして嬉しそうだった。
ランプの明かりに照らされたテレーズさんの顔は、とても神秘的だった。
テレーズさんは料理もお酒も、褒めてくれた。
頑張った甲斐があったな。
料理も自分で味見したけど、なんとかおいしいかな?というレベルだったし。
「がんばったね~、クルちゃん~」
「いえ、いつもお世話になっていますから」
「え~?それだけ~?それ以外の感情はないの~?」
絡んできた。
いつの間にか僕の横に移動された。
・・・僕と対面していたのに、光の速さだった。
「テレーズさんは、仲間であり、年上の先輩であり、尊敬できる人であり、綺麗な人ですから」
「む~、まわりくどい~!好きか嫌いかではっきりしてよ~!」
「・・・好き、な方です」
「方ってなによ~、方って~!」
「あはは・・・勘弁してください」
せっかくお洒落しているのとは裏腹な言動や態度に、なんだかギャップを感じてしまった。
料理が全て無くなり、テレーズさんはお酒も飲み干してしまった。
嫌な予感しかしない。
「クルちゃん~、えへへ~、ギュってして~」
「酔ってません?少し横になった方が・・・」
「うん~、じゃあお姫様抱っこして~?」
「・・・」
トロンとした目と、ほのかに赤い頬。
僕からくっついて離れない。
僕も酔っていれば違うんだろうけど、なんだか冷静になってしまう。
テレーズさんをお姫様抱っこ状態で抱き上げる。
軽かった。さすが女性だと思った。
「わ~、初めてだよ~、お姫様抱っこしてもらったの~!」
「僕もしたのは初めてですよ」
「初めて同士だね~、でもクルちゃんは優しいから大丈夫だね~」
何が、とは聞かない。
聞いてはいけない。
絶対にからかわれるから。
変なことを言われないうちに、テレーズさんを僕のベッドに横たわらせた。
だが、テレーズさんは僕の首に回した腕を解いてくれなかった。
「クルちゃんも一緒に寝るの~!」
「片付けしないと・・・」
「後にして~!」
「いや、でも・・・」
「む~~~、とりゃあ~~~!」
テレーズさんに首投げをされ、僕はそのままベッドの上に押し倒されてしまった。
あれ、なんか既視感を感じる。
あぁそっか。昨日だ。
「うふふ~、クルちゃん~、逃がさないよ~」
「あの、テレーズさん・・・?」
「クルちゃんは~、私のもの~、うふふ~」
テレーズさんは僕の胸の上に倒れ込んできた。
そのままスリスリされる。
なぜか抱きしめたい衝動に駆られる。
なんでだろう。
しばらくそのまま身を任せていた。
「す~、す~」
「・・・寝ちゃったか」
お酒の効果もあったのか、訓練のあとってこともあったのか、テレーズさんは寝息をたてていた。
たまにむにゃむにゃ言っているときは、とても可愛いと感じた。
僕はなんとか体制を入れ替え、テレーズさんを仰向けで寝かせ、片づけを始めた。
片づけが終わり、キッチンから部屋に戻ってきたが、まだテレーズさんは寝ていた。
どうしよう。
僕も、少し眠くなってきた。
しょうがない、床で寝よう。
明かりを消し、毛布だけ被り、僕は眠りについた。




