37
次の日。
食材はかなり多めに買ってきたので、しばらくは3食自分で作って食べられるはずだ。
簡単に朝食を作る。
ご飯の炊き方は水加減が難しいし、玉子焼きは殻が入っていると悲しくなるし。
まだまだ勉強が必要だった。
昼。
自分の部屋に戻ってきて、料理。
麺類は比較的簡単だな。
でも、コスト面では少し悪い。
夕方。
一日のメインイベントとなっている、トモエ隊長との手合わせ。
「覇気の無い面をしているな。それではまたいつも通りに、私にやられるだけだぞ」
「・・・」
「来い。その身を持って、剣の何たるかを覚えるのだな」
今日は手加減をしてくれたのだろうか。
何度かトモエ隊長の剣撃を受け止めることができた。
「ほう、少しは目がついてこれるようになったみたいだな」
「・・・」
「何も私だって好き好んでお前を叩きのめしている訳ではない。こうやって、少しずつでも成長しているのが分かると、嬉しくなる」
うまくいきすぎている。
こんなに、トモエ隊長の攻撃を受けられる訳が無い。
絶対に、手を抜いている。
悔しかった。
今日のトモエ隊長は、叩きのめす剣ではなく、僕を鍛えようとする剣だった。
切り返しの仕方や、受け止め方。
剣の振り方など、いわば技術に関しての訓練だった。
「む、中々良いぞ。その調子だ」
「・・・はい」
「あらゆる場面、状況を予測するのだ。同じ攻撃がいつまでも当たると思うなよ」
違和感。
「よし、今日はここまでだ。みんな上がれ」
初めてだろうか。
僕は立ったまま、意識を保ったまま、トモエ隊長の号令を聞いていた。
廊下
とりあえず自分の部屋に帰り、風呂と料理を済ませてからミーティングに出ようと移動していたところで、後ろからトモエ隊長に声をかけられた。
「クルト、ちょっといいか」
「・・・はい」
「ミーティングのあと、私の部屋に来い」
「・・・なぜですか?」
僕は素直に、はいとは言わなかった。
その僕に対して、トモエ隊長の表情が少し変わる。
「理由が、必要か?」
「・・・はい」
「これからのお前の訓練について話し合うためだ、これでいいか?」
「・・・わかりました」
僕はトモエ隊長に背を向け、また歩き始める。
なぜ自分があんな態度を取ったのか、自分でも分からなかった。
なんか嫌だった。
少し歩いたところで、僕の足が止まる。
後ろからトモエ隊長に抱きつかれたためだ。
「・・・誰かに見られたらどうするんですか」
「構うものか。騎士団内での恋愛は禁止されていない。よって、私がクルトに抱きついて勘違いする人間がいたとしても、問題はない」
「・・・隊長としての威厳が保てませんよ?」
「男に抱きついた女隊長に着いていけない、などという人間は愚かだ。私の実力は、こんなことでは崩れない」
「・・・どうしてこんなことするんですか?」
「質問ばかりだな。私がしたいたからしただけだ」
トモエ隊長の顔は、僕の肩付近にある。
だが僕は、前を見たままトモエ隊長の方は向いていない。
「・・・からかうのはやめてください」
「からかってなどいない。テレーズにばかり良い格好されるのが嫌なだけだ」
「・・・テレーズさん?」
「後でたっぷりと教えてやろう」
トモエ隊長は僕の体から離れると、手を振りながら去っていった。
僕は、徐々に下がっていくトモエ隊長と触れていた部分の温度を、寂しく感じた。
作戦会議室
ミーティング。
いつも通り、問題なく終わった。
問題がない、ってことが一番良いことなのに。
退屈だ、と少し思ってしまう自分が情けなかった。
「今日もご苦労だったな」
といういつものトモエ隊長の声を聞き、みんな席を立ち始める。
僕は最後に出ようと座ったまま、ノートをまとめる振りをしていた。
「・・・」
視線を感じて、目だけそちらに向けると、ジェシカさんがいた。
僕の方を見ている表情は、真剣だった。
だが、テレーズさんとベアさんに話しかけられると、いつもの表情にすぐ戻った。
どうでもいい。
あの3人がなぜか残っていたので、僕は席を立ち、作戦会議室を出た。
そのままトモエ隊長の部屋に向かう。
トモエ隊長は早くに会議室を出て行ったから、もう戻っているだろう。
トモエ隊長の部屋
ノックをして、中に入る。
「とりあえず、座れ」
「・・・はい」
僕がトモエ隊長とは反対側のソファに腰掛けると、トモエ隊長は立ち上がり、僕の横に座りなおした。
「お前とジェシカのことは、テレーズから聞いた」
「・・・そうですか」
「隊長として、ということだけではない。私個人がお前のことを知りたかったから、テレーズから聞いたんだ」
「・・・」
「王子だろうと無かろうと、そんなことは私には関係ない。お前を気にするきっかけになったのは、お前が王子だったときであったが。今は騎士団に入り、私の部下で、王子ではない。お前が王子だからといって、私がこうやって部屋に呼んでいるということではないことを、覚えておいてほしい」
「・・・はい」
「お前に誤解されたくはない。こうして会っていたって、特別に剣の訓練をしている訳ではないし、贔屓でもなんでもないはずだ・・・誰に言い訳しているのだろうな」
トモエ隊長の気持ちが、分からないわけではなかった。
ただ、隊長と隊員が密会しているってだけで、別に贔屓はない。
昼間はボコボコにされ続けているから、特訓しているわけでもない。
そして、プライベートな時間に上司から呼び出されるなんて、普通の人なら嫌ことだから、問題はないはず。
そういうこと。
「・・・分かってます」
「だが、お前が少しでも迷惑に感じているなら、私はお前との接触を少し考えようと思っている。上司と部下じゃ、お前の方が気を使うのは目にみえているからな」
「・・・迷惑ではありません」
「クルトがそういうなら、これからも今まで通りにする。本当にいいのか?」
「・・・はい。トモエ隊長にはすごく良くしてもらっていますから」
「そうか、ありがとう」
トモエ隊長は言いながら、僕の首に手を回し、抱きしめてきた。
トモエ隊長の感触。
柔らかさ、暖かさ、匂い、全て心地良かった。
「なぁ、クルト。私の部屋で会うときは、私のことを隊長と呼ぶのは止めにしないか?」
「・・・ですが」
「メリハリをつけよう。プライベートでは、ただの男と女だ」
「・・・」
「だめか?」
いつもの無表情だが、トモエ隊長の目は期待している目だということが分かった。
美人に名前を呼んでくれ、と言われて断れる男なんていない。
僕は、自分も男なんだなという当たり前のことを再確認した。
「・・・トモエ姉」
「弟みたいだな。血の繋がらない弟というのも、背徳的な感覚がスリリングだ」
「・・・トモエちゃん」
「呼ぶ人によってだな。死を覚悟した方が良い人間が多くなるな」
「・・・トモエ」
「年甲斐もなく、少し動揺してしまった。夫婦のような、恋人の立場のような。お前は私を、自分の女にするのだな。」
「・・・トモエさん、にします」
「なぜ、トモエと呼び捨てにしない?」
「・・・尊敬する人であり、年上ですから」
「仕方ないな、それで手を打とう。だが呼び捨てにされる日も遠くはないであろう」
むす、っとした雰囲気だが無表情のトモエ隊長は、ある意味すごいと思った。
そういった細かい表情の違いが分かってきた僕も、なんだか嬉しく感じた。
「よし、ではちょっと着いて来い」
「はぁ・・・」
トモエ隊長に腕を引っ張られて立ち上がり、そのまま歩きだしたので着いていく。
向かっている先は、寝室?
寝室に入った途端、トモエ隊長にベッドに押し倒された。
仰向けに寝転がった僕の上に、トモエ隊長が覆いかぶさってくる。
トモエ隊長の両手は、僕の顔の横にある。
目の前はトモエ隊長の顔、少しでも目線を下げれば大きな胸。
シャツの襟元から見える谷間が、誘惑しすぎている。
「・・・いきなり、ですね」
「お前だってこの前、いきなり私を押し倒したじゃないか」
「・・・あれは」
「その悲しい目を変えてやろうと思ったのだ」
「・・・え?」
「またお前は以前の悲しい目に戻りつつある。それは私にはとても寂しい気持ちにさせる。だから、今のうちに輝きを取り戻しておかなければならん」
トモエ隊長の目は真剣だ。
だが、この状況だとどう考えても、男女の営みが始まる寸前だと言わざるをえない。
「男女のことについて、私は必要ないからと少しも学ばなかった。最近、城の倉庫にいって、そういった類の書物を読んで、少しは分かったつもりだ」
「・・・え?」
「この本だ。思わず借りてきてしまったよ」
トモエ隊長が手を伸ばし、ベッド脇の照明の棚に置いてあった本を取った。
そのとき、トモエ隊長の体が前に伸び、その垂れ下がった大きな胸が僕の顔を襲った。
僕は黙っていた。
言うと絶対に、何か言われる。
「ちなみに、今のお前の顔を私の胸で圧迫したのも、本に書いてあったことだ。偶然ではなく、必然だ」
「・・・え!?」
「ふふ、私を甘くみるなよ。この本だ」
トモエ隊長が僕の目の前にかざした本には、
『男を癒す女~100の嗜み~』
と書かれていた。
こんな本が、なぜ城の倉庫に保管されているのだろうと疑問に思った。
「この本は大変勉強になる。大体が女の胸を扱ったものであるため、私の無駄に大きな胸が役に立ちそうだからな」
「・・・トモエ隊長の胸は無駄ではありません」
「む。そうやって嬉しいことを言って、私に何を期待しているのだ?」
「・・・期待していません」
「すまん、素直に嬉しいとだけ言っておけば良かったな」
トモエ隊長は本を開き、読み始めた。
何かを探している風だった。
だが、僕の下腹部に腰を下ろしたのは、ちょっとやばい気がした。
「とりあえず、100個あるから、1個ずつ試していくか」
「・・・え?」
「弱、中、強と項目も別れている。弱から順に試していこう」
「・・・」
何に対して、強弱という項目が別れているのか分からない。
トモエ隊長は本を傍らに置くと、僕に顔を近づけてきた。
「ふっ・・・」
「(ビクッ!)」
トモエ隊長は、僕の耳に息を吹きかけてきた。
僕は予想もしなかったことに、体を震わせてしまった。
「ほう、中々効き目がありそうだな」
「あ、あの、」
「もう少し続けてみよう、ふっ・・・」
「あう!」
絶妙な加減で息を吹きかけられるため、分かっていてもくすぐったかった。
僕はトモエ隊長の腕を強く掴んでしまった。
それからしばらく、味をしめたトモエ隊長に、息を吹きかけられた。
僕は必死に耐えているだけだった。
「なぁ、クルト。くすぐったいのは分かるが、そんなに強く私の胸を掴まれると、なんだか変な気分になりそうなのだが」
「え!?」
冷静になって自分の手の先を見てみると、僕の右手はトモエ隊長の左胸を握っていた。
揉んでいるのではない、握っていたのだ。
大きいゆえに、掴めるだなんて・・・
いやいや、余計なことを考えてはいけない。
「少し、痛い」
「す、すいません!」
「優しく揉み解してくれないか?」
「は、はい!」
焦ってしまった僕は、トモエ隊長の言葉に疑問を抱かず、握力を弱めて、やわやわと左胸を揉んでしまった。
「ん、ん、そうだ。少しくすぐったいが、その方がいい」
「は、はい・・・」
「ん、右の方も、頼む、ん。」
「はい・・・って!!」
僕はやっと気づいた。
トモエ隊長の右胸に手を伸ばしかけたときに、状況とトモエ隊長の言葉を理解した。
とっさに、手を離す。
「なぜやめる。気持ちよかったのに」
「い、いいいや、その、すいませんでした!」
「ふふ、その焦りよう。可愛いものだ」
「すみませんすみません!」
「謝らなくても良い。だが、男を癒すはずが、女が癒されているようでは、本末転倒だな」
トモエ隊長は僕の体から身を起こすと、僕の下腹部にまた座り込んだ。
ぐりっ、とした感触を覚えた。
「ほう、これは」
「あ、ああああ!」
「元気だな、クルト」
「・・・!!!」
トモエ隊長は、知っているのか知っていないのか、腰を前後に動かし始める。
分かっててやっているんだ、絶対そうだ。
僕はこの状況はとても危険だと判断した。
「固くておもしろいな。人体の神秘だ」
「・・・」
「クルト、目がギラついているぞ」
「!?」
そんなこと言われたら・・・
そんな何も知らないという表情で言われたら・・・
僕は腹筋を使って体を起こし、そのままトモエ隊長を抱きしめる。
間髪おかずに、体をひねり、逆にトモエ隊長を押し倒した。
「見事な技であったな。反応できなかったぞ」
「・・・」
「形勢逆転だな。これから、どうするのだ?」
「どうもしません・・・」
テンションの上がり方が激しかったため、僕は急激な疲れに、トモエ隊長の体の脇に倒れ込んだ。
あぁ、良かった。あぶないことが起こる前に、未然に防いだ。
「私は間違ってしまったか?」
「間違っていません」
「そうか。私も新しい発見があり、非常に有意義であった。まさか胸を揉まれるということが、あんなにも気持ち良いと感じたのは初めてだ」
「そうですか」
「おそらく、相手がクルトだからだろうな。女を性欲でしか見てない男相手だったら、嫌悪感しかなかったであろう」
「僕だって、性欲はありますよ」
「私のクルトに対する気持ちの問題だ」
トモエ隊長は僕を抱きしめた。
あぁ、なんか最近、抱きしめ関係が多い気がする。
親愛の表現、っていえばそうなんだけど。
これに、弱いんだよなぁ。
「少し不純であったかもしれないが、クルトの目は、もう悲しみを灯していない」
「え、そうですか?」
「あぁ。色々あったが、お前を癒せるのはこの抱擁が一番なのかもしれないな」
「僕もそう思います」
トモエ隊長の胸に顔を埋め、僕は目を閉じた。
トモエ隊長は、僕の頭を優しく撫でてくれた。
人肌の温もり。
人肌の柔らかさ。
人肌の匂い。
安心、という気持ちを抱いた。




