35
朝。
寝付けなかった。
ずっと、ベッドに横になりながら、考えていた。
これから、どうするか。
でも、答えが出なかった。
とりあえず、軍隊は続けていこうと思った。
食堂
あの3人と鉢合わせするのが嫌だったので、時間ギリギリに食堂に入り、食べ終わったらそのまま訓練場に行った。
だが、その途中でテレーズさんに声をかけられた。
「おはよう~、クルちゃん~」
「・・・おはようございます」
僕はそれだけ言って、その場を去った。
テレーズさんはそれ以上、何も言って来なかった。
助かった、と思った。
訓練場
いつも通りの筋トレ。
孤独な時間。
今は、一番心地よかった。
汗を流していると、少し嫌な気分も晴れた。
夕方。
いつものボコボコ訓練。
今日も例によって、トモエ隊長の一方的な展開。
「クルト、いつもと雰囲気が違うと思ったのだが、結局変わらないな」
「・・・すいません」
「謝っているヒマがあったら、立て!まだ終わりではないぞ!」
訓練以外の時間で、僕を抱きしめてくれたり甘えさせてくれる人は、訓練の時間では容赦なく僕に剣を叩きつける。
これも・・・おかしいといえば、おかしいのか。
地面にはいつくばる僕。
その僕の頭を踏みつけている、トモエ隊長。
「これではいつまで経っても、この調子だな」
「・・・」
「お前、騎士団にとって必要ない存在だな。もう辞めた方がいいんじゃないのか?」
「・・・えぇ、僕もそう思っています」
その僕の言葉に、トモエ隊長はしゃがみ込み、僕の髪を掴んで無理やり顔を上げさせられた。
「もう一度、言ってみろ」
「・・・僕は騎士団に必要のない人間なので、辞めます」
「そこまで根性が腐っていたとはな。その性根、叩きなおしてやる!」
人間を辞めたくなるくらい、いつもよりボコボコにされた。
痛いよ、苦しいよ。
今になって、当たり前の感情に流した涙は、はいつくばった地面の土に染み込んでいった。
意識が戻ったら、夜だった。
僕は痛みに震える体を無理やり起こし、壁に手を着きながらゆっくりと立ち上がり、訓練場を出て行く。
このまま訓練場にいたら、きっとトモエ隊長が来る。
自分の部屋に、戻らないと。
食堂・・・もう、いいか。
一ヶ月なんとか、自分でやりくりしよう。
一時間くらい経っただろうか。
なんとか部屋まで戻ってきた。
そういえば、ミーティングもすっぽかしだ。
トモエ隊長は次は無いぞ、とか言っていたけど、もうどうでもいい。
どうでも、いいんだ。
汚れた体をなんとかしようと風呂に入る気もせず、空腹を感じても体は動かず、僕はベッドにも横になれず、部屋の真ん中で倒れたままだった。
このまま死んだら、格好悪いな。
あぁ、でも、ハリボテ王子の時点で、十分格好悪いか。
なんて、自嘲して、そのまま疲れきった体は眠ってしまった。
コンコン、と扉を叩く音に意識が少し戻った。
でも、返事をする気もない。
放っておけばどこかに行くだろ、と思っていたが、扉を開く音が聞こえてきたため、中に入ってきたのだろう。
「クルちゃん~、入るよ~?」
足音が近づいてくる。
あぁ、絶対面倒くさいことになる。
僕の意識はそればっかりだった。
部屋の明かりをつけ、倒れている僕を見たテレーズさんは、そのまま僕を介抱してくれた。
「クルちゃん、今日も頑張ったね」
「・・・どこが」
「何も言わなくていいよ。分かってるから。私に任せて」
僕を抱き起こしたテレーズさんの顔を見たが、とても優しい表情をしていた。
また僕は甘えてしまうのか。
「・・・やめてください」
「嫌」
「・・・もう、甘えたくないんです。自分のことは自分でやりますから、放っておいてください」
「じゃあ、自分でやってみなよ。見ててあげるから」
僕は痛む体を無理矢理動かして、テレーズさん腕から抜け出す。
なんとか立ち上がったが、すぐにまた倒れてしまう。
体を床に打ち付ける寸前に、テレーズさんが抱きかかえてくれた。
「今日は特に傷がひどいから、無理だよ」
「・・・いいんです。放っておいてください」
「だーめ。何も言わなくていいから、任せて」
僕ににっこりと微笑みかけてくれるテレーズさんの笑顔が、今の僕にとってはすごく悲しかった。
「じゃあ、まずは体を綺麗にしようか。そのあと、手当てするから」
するする、と慣れた手つきで僕の服を脱がしていく。
いつもの僕だったら恥ずかしがるところなのに、今はもうどうでも良かった。
まずは上半身を裸にされて、濡らしたタオルで体を拭かれた。
上半身が終わると、下半身を裸にされて、同じようにタオルで拭かれる。
最後の砦、パンツを脱がされようが、今の僕には関係が無かった。
「クルちゃん、抵抗しないね。絶対下を拭くとき抵抗すると思ったのに」
「・・・」
「ごめん、私変なこと言ったね。気にしないで」
「・・・」
動かない体で、何を言えばいいのか僕には分からないし。
言う気も無かった。
テレーズさんは僕が何も言わないままでいると、体を全て綺麗に拭いてくれて、手当てをしてくれて、服まで着せてくれた。
僕に肩を貸し、ベッドに横たわらせてくれた。
「クルちゃん、お腹空かない?晩御飯食べてないでしょ?」
「・・・・・・」
「うん、分かってるよ。言わなくても分かってるから」
「・・・どうして」
「え?なぁに、クルちゃん?」
「・・・どうして僕に構うんですか。放っておいて構わないのに」
「放っておけないよ。だって、クルちゃんは仲間だもん」
テレーズさんは僕の頭を撫でながら、もう片方の手は僕の手を握りながら優しい声だった。
「・・・仲間ってだけで、ここまでしてくれるのはおかしいと思います」
「ただの仲間じゃないよ。大切な、仲間だから」
「・・・僕に優しくしても、良いことなんてありませんよ。他の人と仲間になってください」
「見返りなんて求めてないよ。私は、クルちゃんだから、してあげたいんだよ。それは王子とか関係ないよ。私個人が、クルちゃんという個人を気に入ってるから、してあげているだけ」
「・・・分かりません。僕には、分からない」
「今は、いいの、何も分からなくて」
「・・・」
「ご飯作るから、ちょっと待っててね」
テレーズさんは、僕から離れ、キッチンの方へ行った。
がさごそ、と音がしていたが、しばらくするとフライパンの音や包丁で何かを切る音、何かを炒める音などが聞こえてきた。
料理が出来上がると、僕の上半身を起こし、両手が使えない僕のために全て食べさせてくれた。
口を開く気なんか無かったけど、そのおいしそうな料理やテレーズさんが作ってくれたということが、無意識に口を開けていたんだと思う。
全て食べ終わると、テレーズさんは嬉しそうに食器などを片付けに行った。
僕は空腹感が満たされたが、心はどこか悲しかった。
「ねぇ、クルちゃん。人間ってね、これだけいっぱいいれば、やっぱり合う合わないっていうのがあるんだよ」
「・・・」
「自分が相手を好きでも、相手は自分のことが嫌い、とか。相手が自分のことが好きでも、自分は相手のことが嫌い、とか。人間ってやっぱり、相手の思っていることっていうのはさ、直接本人に聞かないと分からないし、もしかしたらその本人も本当の気持ちを言っているかなんて、分からない」
「・・・」
「色々な人がいるの。色々な性格があるの。それでも人間は、人間の近くにいないと、生きていけないの」
「・・・」
「昨日ジェシカが言ったこと、すごくショックだったと思う。クルちゃんは誰とも関わらないって言ったけど、私は、クルちゃんと一緒にいたいと思った。王子だろうが何だろうが、今までクルちゃんという人間と関わってきて、一緒にいたいと思ったから、今もこうしてクルちゃんのところにきているの」
「・・・テレーズさん」
「クルちゃんが私と一緒にいたいと思っているかは、分からない。でも私は、口では放っておけと言っているけど、それでもしつこく寄ってくる私を強制的に追い出したりしないから・・・少しは一緒にいてもいいんだって、自惚れてる」
「・・・」
「ねぇ、クルちゃん・・・」
テレーズさんが顔を近づけてくる。
僕はいつの間にか、テレーズさんの目をじっと見つめている自分に気がついた。
お互い、数センチでも動けば唇同士が触れ合う距離で、テレーズさんの動きは止まった。
「私と二人で・・・どこか遠くの・・・人があまりいないところに行こうか・・・?」
「・・・え?」
「人間の数が多ければ多いほど、いざこざは増えるもの・・・二人で・・・どこか静かな場所で・・・静かに暮らそうか・・・?」
「・・・」
テレーズさんの潤んだ瞳は、とても綺麗だった。
同時に、ずっと見ていたいという感情を抱き、吸い込まれそうにもなった。
だが、次に僕の心に浮かんだのは、リムの笑顔だった。
リム・・・
リム・・・
「妹さんのこと・・・でしょ?」
「・・・」
「いきなり答えを求めたりはしないから・・・もし、クルちゃんがそういう気分になったら、私は一緒に行くよっていうこと。覚えといてね」
「・・・テレーズさん、その・・・」
「いいの!元気になったら、また街でデートしてくれればそれでチャラにするから!」
「・・・ありがとう、こんな僕のために・・・」
「少し、元気になってくれたかな。うん、良かった。じゃあ、また明日ね!」
「・・・はい」
最後にギュッと抱きしめてくれた。
触れ合う寸前の唇にはびっくりしたけど。
僕は・・・励まされたのか。
そして、軽くなった心の自分がいる。
どす黒い感情しかなかった、さっきまでの自分が、テレーズさんの言葉で、癒されていた。
クルトの部屋の前
テレーズがクルトの部屋の中から出てくると、その横にトモエ隊長がいることに気づいた。
「あ、と、トモエ隊長~、いらしてたんですか~?」
「あぁ。今日のクルトの様子がおかしかったし、訓練場にも、食堂にも、ミーティングにもいなかったから・・・様子を見に来たんだ。昨日、何かあったのか?」
「えぇ、実は~・・・」
クルトに聞こえてはいけない、と二人は無意識のうちにクルトの部屋の前から歩きながら話した。
「そうか、ジェシカが」
「はい~、ただの嫉妬が爆発しただけだと思いますけど~・・・」
「人間、合う合わないはしょうがないことだ。私とジェシカは性格的に合わないからな」
「それでも~、クルちゃんを傷つけて良い理由にはなりませんから~」
「そうだな。クルトは、どうだった?」
「クルちゃんは~、きっと大丈夫です~。とっても強い子ですから~」
「あぁ、分かってる。ふぅ、でもライバルが一人減ったとはいえ、なんだかやるせないな」
「ジェシカは~、もしかしたら戻ってくるかもしれませんよ~?」
「ふふ、分かっているよ。では、また明日な。クルトのこと、ありがとう」
トモエ隊長は手を振りながら、去っていった。
テレーズは思った。
クルちゃん。
クルちゃんのこと想ってくれる人、私以外にも、ちゃんといるんだからね。




