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帰り道も、途中で休憩を挟んだりした。
夜空を見上げると、満点の星。
隣には月明かりで照らされたトモエ隊長の綺麗な顔。
そして、体を包む、トモエ隊長の体温。
旅をする、という感じも少しは味わえたと思う。
城門
城に着いたのは、もう夜も遅い時間だった。
街は静まっていて、明かりが着いている家も少ない。
城門も警備任務に当たっている隊の人間がいるだけで、場内は静まり返っている。
トモエ隊長は、その兵士に馬を引き渡した。
「では、今日は非番だというのに私の用事に付き合ってくれてありがとう」
「いえ、馬での移動や、マリアさんとの出会い、全て良い経験になりました!ありがとうございました!」
「うむ、ではゆっくり休むように。おやすみ、クルト」
「おやすみなさい、トモエ隊長」
居住区の一般兵と隊長クラスの分かれ道で、挨拶をして別れた。
今日はとても良い一日だった。
街の外に出られたこともそうだし、川や森、全て目に新しかった。
心が洗われるというのは、こういうことを言うのだろうな。
自分の部屋の近くまで歩いてきたところで、僕の部屋の前に誰かがいるのに気がついた。
こんな夜遅くに・・・
あれは、ジェシカさん?
「あの、ジェシカ、さん?」
「クルト・・・ずいぶん遅かったね」
「いや、その」
「トモエ隊長と仲良くして・・・楽しかった?」
「え・・・?」
僕が声をかけると、ジェシカさんは顔を上げたが、表情が無かった。
声のトーンも、今まで聞いたことがないくらい低くて。
僕は焦りを感じ始めた。
理由は分からない。
「ちょっと、付き合って」
「え?」
「いいから」
ジェシカさんにいきなり腕を掴み、歩いていく。
何が何だか分からない僕は、戸惑いつつもそのままジェシカさんに着いていく。
腕を掴む力が、すごく強い。
ジェシカの部屋
連れて来られたのは、ジェシカさんの部屋だった。
無言のまま部屋の中まで連れ込まれた。
テレーズさんとの部屋の仕切りは閉まっていて、もう寝ているのかなとも思った。
「座って」
「はい・・・」
「いきなりでごめんだけど、どうしてもクルトに言っておきたいことがあったの」
「僕に、ですか」
足の低いテーブルの前に、向かい合って座る。
ジェシカさんの表情は、真剣そのものだ。
「最近、クルトってトモエ隊長ばっかりね」
「いや・・・その」
「昼間は訓練で意識を失うほどにボコボコにされて、夜はトモエ隊長に部屋に連れ込まれて・・・一日中、トモエ隊長のことばっかり」
「・・・」
夜、トモエ隊長の部屋に行ってたことがバレてる。
誰も見ていないと思いきや、誰か見ている。
噂なんてすぐに広まるものだ。
人間って、怖いな。
「昼間あれだけボコボコにされているのに、ちょっとでも優しくされたらヘコヘコ部屋まで着いていくクルトが良く分からない。何よ、新手の変態だったの?」
「・・・そんなことは、ないと思うんですが」
「アタシは、あの人のやり方が気に食わない。それは3番隊に配属されてから、ずっと思ってた。合理主義だか帝王主義だか知らないけど、力が強いものが一番だって考え方と、その態度が気に食わないのよ!」
「・・・」
「だから、あの人とクルトが仲良くしているのも気に食わない。昼間はクルトをゴミのように叩きのめしているのに、夜は手のひらを返したようにクルトに迫っているのが・・・許せない!」
「で、ですが、トモエ隊長は・・・」
「何よ!トモエ隊長を庇うの!?クルト、アンタ、元王子だからってみんなにチヤホヤされて、調子に乗っているんじゃないの!?」
「・・・僕が、調子に乗っている・・・?」
「女王制の王子だからって、その境遇に甘えて、優しくしてくれる人ならホイホイ着いていってさ・・・アンタなんか、王子じゃなかったら、みんな見向きもしないんだよ!?素人で軍隊に入ってくる自体おかしかったのよ!!」
「・・・王子・・・だから・・・僕が・・・みんな・・・」
「みんな・・・私もそう、アンタのこと王子じゃなく普通の人と同じように接しているように見えて・・・みんな私と同じこと思ってる・・・それなのにアンタは暢気にアノ隊長にボコボコにされてイチャイチャして、訳分かんないわよ!!」
ジェシカさんは身を乗り出し、僕の胸倉を掴むと、平手打ちをしてきた。
パーン!と綺麗な音が鳴り、僕の頬は熱を帯びた。
それと同時に・・・僕の心が割れる音も聞こえた気がした。
薄いガラスのようだった僕の心が、簡単に、粉々に。
「・・・僕が王子だから・・・今まで優しくしてくれていたんですか・・・?」
「そう言ったでしょ!?大体アンタ、神経おかしいのよ!?意味分かんないわよ、王族が自分の国の軍隊に入るなんて!!妹のリムリア姫のためだとか、この女王制の国に生まれて、一番嫌な思いをしてきたのに、その国に残ろうとするアンタが・・・アタシには分からない!!!!」
もう一度、平手打ちを食らう。
今度はさっきとは別の頬だ。
痛みの感覚は無く、僕にはショックしかなかった。
そのとき、ジェシカさんとテレーズさんの部屋の仕切りが開いた。
現れたテレーズさんは、真剣な表情だった。
「ジェシカ、盗み聞きしていた訳じゃないけど、聞こえた」
「うるさいテレーズ!!今アタシはクルトと話しているんだ!!」
「うん、それは分かっているけど、暴力は良くないよ」
テレーズさんは、いつもの間延びした声ではなく、ニコニコしている雰囲気もない。
ジェシカさんに怒鳴られても、物怖じせず、自分の意見を言っていた。
「テレーズ、まさかアンタ、クルトの肩を持つ訳じゃないわよね!?」
「・・・どっちでもないよ。とりあえず、クルちゃんを掴んでいる手を離しなよ」
テレーズさんは僕とジェシカさんの間に割って入り、僕とジェシカさんの距離を離した。
すごい力だった。
有無を言わせないその行動に、ジェシカさんも何も言わず、そのまま腰を下ろした。
僕は、そのまま崩れ落ちた。
「ジェシカ、どうしてクルちゃんを追い詰めるの?」
「追い詰めてなんかいない!!ただ、聞いているだけだよ!!」
「そんな調子で聞いたら、クルちゃんだって自分の意見が言えないよ?」
「うるさいうるさい!!自分の意見も言えないようなヘッポコ王子なんか、もうどうでもいい!!!!」
テレーズさんは、思いっきりジェシカさんの頬をはたいた。
ジェシカさんは、叩かれた頬を押さえながら、呆然とした。
「いきなり叩かれた、クルちゃんの気持ちが少しは分かった?」
「・・・分かるわけないだろ!!」
「そう、じゃあ分かるまで叩いてあげる」
「テレーズ・・・アンタ、上等じゃねぇか!!」
「もう・・・もうやめてください!!!!!!!!!」
僕は大きな声を出していた。
僕のせいで、あの仲の良い二人が喧嘩してしまうのが、とても嫌だった。
「僕が、僕が全て悪いんです・・・二人は悪くないんです・・・!!だから、二人は喧嘩しないでください!!」
「クルちゃん」
「・・・チッ」
二人は手を止めてくれたが、僕にはもう、終わりしか見えていなかった。
もう、戻れないんだ。
あの、楽しかった、自分が王子だということを忘れて楽しめた、あの日々に。
でもその日々は、やっぱり仮初のもので。
分かっていたけど、考えないようにしていた現実が、この結果だ。
もう終わりだ。
「僕がいるせいで・・・こんなことになるなら・・・僕はもう誰とも関わりませんから・・・だから・・・二人は仲良くしてください・・・」
僕は、指にはめていたリングを外して、テーブルの上に置いた。
4人の絆の、リング。
「・・・今まで楽しかったです・・・本当に・・・僕が王子だからみんが構ってくれてるんだって・・・分かっていたのに・・・それに甘えてしまった・・・それでも・・・楽しかったです・・・本当に・・・自分が王子だってこと忘れるぐらいに・・・」
僕は立ち上がる。
体に力が入らないけど、立ち上がる。
二人の顔は、もう見れない。
「もう・・・これからはみんなとは極力関わりませんから・・・本当にごめんなさい・・・そして・・・今までありがとうございました・・・」
僕は部屋を出て行こうとする。
地に足が着いている感じがしない。
「クルちゃん、待って!」
「テレーズ!!あんなやつ放っておけよ!!」
背中に聞こえた声を、聞こえないふりをした。
ジェシカの部屋の前
ジェシカさんの部屋から出て、廊下に出る。
夜の静けさもあり、シンとした空気と月明かり以外、どこまでも暗い闇が少し心地よかった。
僕の後、すぐにテレーズさんが部屋から出てきた。
テレーズさんは、自分の部屋に歩き出している僕の腕を、掴んだ。
「クルちゃん、待って!」
「・・・もういいんです、テレーズさん・・・テレーズさんはジェシカさんの傍にいてあげてください・・・」
「だめ!話を聞いて!」
「僕なんか構っても・・・いいことなんてないんです!!」
僕はテレーズさんの腕を振り解き、そのまま歩き出した。
ごめんなさい、と小さく呟いて。
テレーズさんは、僕を追ってこなかった。
これで、良かったんだ・・・
「お、クルト、なんだかジェシカの部屋からすごい声と音が聞こえてきたんだが・・・」
前からベアさんが歩いてきたが、僕は歩く速度を落とさず、そのまま通りすぎようとした。
「あ、おい、クルト?」
「ベアさん・・・今までありがとうございました・・・ジェシカさんとテレーズさんをよろしくお願いします・・・」
「なんだ?どうしたっていうんだ?クルト」
それだけ言って、僕は部屋に戻った。
あの3人とはもう、これっきりだ。
もう、他人なんて信用しない。
僕の壊れた心は、そう結論付けていた。
自分の部屋に戻り、そのままベッドに身を投げる。
頭の中をよぎるのは、今までのこと。
こうなってみて分かったことだが、僕は本当にバカなのかもしれない。
女王制の王子だってことで、家族からも引き離され、隔離された空間で一般市民、いやそれ以下の箱庭で生活してきた。
それなのに、家族の絆を信じ続けていて。
それでも、18歳になったら城を出て行けるという希望もあって。
リムが壊れそうになったとき、僕は助けて、それで家族の絆が戻った気がしたけど。
すぐにまた僕が城に残るためには、という問題が起きて。
プリンセスガード設立のために、軍隊に入隊して。
その結果が、今の自分。
よくよく考えれば、おかしいんだよな。
当たり前のように無視していた両親、罵倒してきた妹、冷たい城内関係者たち。
何が家族の絆だ。
妄想も甚だしい。
僕は、何なんだ?
結局、精神的に辛かったことが、入隊して身体的にも辛くなって。
環境が変われば何か変わるなんて、とんでもなかった。
城の中にいたら、僕はどうあがいても王子としての扱いを受ける。
それも、王位継承権のないハリボテでバカな、王族としての王子ってだけで。
こんなところ、早々に抜け出すか、自害でもするべきだったんだ。
でも。
あの、ジェシカさんたちとの日々は、とてもかけがえなかった。
気の許せる友人、というのに近かったはずだから。
本当に楽しかった。
厳しくも甘えさせてくれる、トモエ隊長だって、そうだ。
最近は、本当にお世話になりっぱなしだったし。
僕には、何が出来る?
僕は、何をしたら良い?
軍隊を続ける?
軍隊を辞める?
城から出て行く?
人生を・・・やめる?
クルトがベアとすれ違ったあとの、ジェシカの部屋。
テレーズがベアに何があったかを説明し終わったところ。
「そうか・・・そんなことが」
「ふん!!あんなヘッポコ王子、誰かが言ってやらなきゃ、いつまで経っても勘違いしっぱなしだったんだよ!!いい機会だったんだよ!!」
「ジェシカ、誰にだって他人に干渉されたくない部分とか言われたくないこと、あるでしょ。どうしてそういうこと言うの?」
「うるさいテレーズ!!文句があるなら、かかってこいよ!!」
テレーズが立ち上がると、ジェシカも続いて立ち上がった。
二人とも、放っておいたらそのまま戦闘し始めない空気だ。
それを察知したベアは仲裁に入る。
「ここで争ってもしょうがないだろ?一体どうしたんだ、こんなにお前ら二人が言い合っているの、見たことないぞ」
「ジェシカ、クルちゃんがトモエ隊長に惹かれそうで、怖かったんでしょ?」
「あぁ!?なんだとテレーズ!!」
「トモエ隊長は綺麗だし、強いし、頭も良いし。今までは自分を見てくれてたクルちゃんが、トモエ隊長ばかりに気を取られるのが嫌だったんでしょ?」
「うるさいうるさいうるさい!!黙れテレーズ!!」
「まだ16歳の男の子を追い詰めて楽しい?自分が16歳のとき、何をしていたか覚えてる?クルちゃんの気持ちが分かる?」
「二人とも、やめるんだ!・・・そうか、クルト、指輪置いていったのか」
ベアはテーブルに置かれた、リングを見る。
テレーズとジェシカもつられて、リングを見た。
4人の絆のリング。
付けていると幸せが訪れるといわれている、リング。
「私はクルちゃんと縁を切る気はないから」
「はん!!勝手にしな!!アタシはもう、あのヘッポコ王子のことなんてどうでもいいね!!」
「勝手にする。ジェシカも勝手にすれば」
「言われなくても!!」
「はいはい、もう夜も遅い。明日に差し支えるぞ、お開きにしよう」
ベアはいつまでも続きそうだったテレーズとジェシカの間を裂き、テレーズを廊下に連れ出す。
「素直じゃねぇな、ジェシカも」
「うん、特に自分が嫌っていたトモエ隊長と仲良くしているのが、気に食わないんだろうね」
「ほんっと、子供みたいなやつだ」
「それが良いところでもあり、悪いところだよね。自分と同じ目線で話をしようとするから・・・」
「あぁ、それより、クルトだな。あいつ、大丈夫そうか?」
「分からない。でも、私はクルちゃんが隊にいる限り、支えてあげたいと思う」
「ん・・・まぁ、そうだな」
二人は廊下の窓から、夜空を見上げる。
綺麗に輝く月は、満月だった。
さっきまでの喧騒が嘘のように、静かな満月だった。




