32
「クルト、クルト」
「んん・・・」
眠っていた意識が徐々に引き戻される。
同時に、包み込まれているような暖かさ、心地よさが感覚として感じる。
何かにしがみついていて、顔がやわらかいもので包まれていて。
綺麗な声がささやくように聞こえてきて。
あぁ、そうか。
トモエ隊長と一緒に寝たんだよな。
「クルト、朝だぞ」
「はい・・・」
「幸せそうな顔をして。そんなに気持ちが良いか?」
「・・・」
「離したくなくなるではないか」
ぎゅうっと強く抱かれ、僕の顔はトモエ隊長の胸にさらに深く埋まる。
呼吸ができないってことさ。
「幸せか?」
「くるひいでふ」
「この前、私の胸に顔を埋めて幸せだと言っていたではないか」
「ふいまへん・・・くるひいでふ」
抱きつく力を緩められ、呼吸ができるようになる。
見上げると、目を細めて愛しむ目をしていたトモエ隊長と目が合う。
「おはよう、クルト」
「おはようございます」
「気持ち良さそうに寝ていたな」
「トモエ隊長のおかげです」
「それは良かった。さて、では出発の準備をしよう」
なでなで、と頭を撫でられながら会話をしたが、それがまたくすぐったくも気持ちの良いものだった。
精神的にも、ね。
城門
トモエ隊長の部屋で準備をしたあと、城門に向かった。
僕は持っていくものは無いに等しいが、トモエ隊長も同じようだった。
そういえば、どこに行くか聞いていないし、聞かされていない。
トモエ隊長が言わないってことは、なんか、あるんだろうな。
「よし、では馬に乗って移動する」
「馬、ですか。乗ったことがありませんが」
「大丈夫だ。私が手綱を取るから、クルトは後ろに乗って、私に掴まっていれば良い」
「わかりました」
トモエ隊長は、ひょい、っと馬に跨り、手綱を取った。
さぁ後ろに乗れ、と言われたが、どう乗ったら良いか戸惑った。
トモエ隊長に教わりながら、なんとか後ろに乗ることが出来た。
「よし。なるべくゆっくり行くから、落ちるなよ」
「はい」
「では出発する」
トモエ隊長が手綱を引くと、馬は歩き始め、徐々に速度は上がっていった。
「そんなにギュッと掴んで、怖いのか?」
「なんか、不思議な感覚です」
「自分で操るともっとおもしろいぞ。馬も乱暴に扱わなければ素直で可愛いものだ」
「機会があれば、乗馬も訓練してみようと思います」
「早く筋トレから抜け出せ。そうしたら色々と仕込んでやるから」
無意識のうちにトモエ隊長にしがみつく力が強かったのか。
でも、慣れてくると段々と周りの景色などを見る余裕が出てくる。
風を切って走る、という感覚に心が少し躍り始めていた。
しばらくして、城下町を抜けた。
絵で見たことがある、壮大な景色が広がっていた。
通行路になっている道以外は、草が生えていて自然そのものだ。
木々や山、全てが目に新しかった。
「クルトは以前、あの3人と街に出たと聞いたが、街の外にはまだ出たことが無かっただろう?」
「はい・・・」
「世界は広い。同じところばっかり見ていても見識が狭まる。たまにはこういったことも良い刺激になるであろう」
「トモエ隊長・・・ありがとうございます」
世間知らずで、ある意味箱入りだった僕のために、今日は連れ出してくれたんだろう。
胸の奥が熱くなる。
感謝の気持ちでいっぱいだった。
しばらくして。
川が流れているあたりで、休憩を取ることになった。
馬は僕らが降りて、紐に繋がなくても逃げて行ったりはせず、川の水を飲んだり、草を食べたりしていた。
よく教育が行き届いていると思った。
「よし、そこの木陰で少し休憩しようか」
「はい」
まだ朝も早い時間だったが、日が昇り始める時間だった。
徐々に明るくなっていく景色を馬から見ていて、世界は広いということを肌で感じ取っていた。
「なぜ離れて座るのだ?」
「え?」
「近くに来い。まだ朝も早いから肌寒い。風邪を引かれても困るからな」
人一人分空けて腰を下ろしたら、トモエ隊長から咎められた。
深く考えてはいけない。
深くは。
「少し早いが朝食を取ろう。さきほど手早く準備したため、それほど手が込んでいないのが申し訳ないのだが」
「いえ、そんな、ありがとうございます」
「サンドイッチだ。好きなだけ食べろ」
トモエ隊長が持っていたバスケットが開かれると、色とりどりの食材が使われたサンドイッチがずらっと並んでいた。
僕が見た感じでは、手が込んでいないというのは嘘だと思えるほどのできばえだった。
「うまいか?」
「ほいひいでふ!」
「ほら、紅茶だ。温まるぞ」
「ありはほうほはいまふ!」
「慌てて食べて喉に詰まらせないようにな」
一つ食べ始めると、二つ三つと手が止まらなくなった。
この味は・・・食べたことが無い味で、でもおいしくて、トモエ隊長の手作りだっていうこともあって、とてもおいしかった。
「それだけ美味そうに食べてもらえると、作った甲斐があったというものだ」
「ふいまへん!がっふいてしまっふぇ!」
「いいんだ、私の腹はもう満たされた。あとは全て食べてしまって良いぞ」
「ふぁりふぁふぉうふぉふぁいまふ!」
なでなで、と頭をまた撫でられた。
このサンドイッチというものは不思議で、何個も何個も食べられる。
新しい発見だ。
今度、自分でも作ってみよう。
数分後、僕はトモエ隊長が作ったサンドイッチを全てたいらげた。
「ごちそうさまでした!とてもおいしかったです!」
「そうか、それは良かった。また作ってやろう」
「ありがとうございます!」
「あれだけがっついて食べたのだ。少し胃を休ませろ、ほら、こい」
誘われるまま、膝枕をされた。
この流れ・・・悪くない。
こんなに甘えてしまって良いのだろうか。
これからの自分に不安が募ってくる。
「なんだか、甘えてばかりで申し訳ないです」
「甘えられる相手がいること、甘えられる時間があること、それは大切なことだ。やるべきことをやっていれば、何も問題ないであろう」
「でも、僕は毎日トモエ隊長と手合わせをしても、合格をもらえていないし・・・体も実力も精神的にも学力的にも、劣っていますから」
「自分に誇りが持てるようになるのは、ある程度力が付いてからだ。努力すること、結果を出すこと、自信を持つこと、それらを経て人間は自分という存在を理解し始めるのだ。お前はまだこれからだ」
「はい、がんばります」
「だが自分というものをしっかり持たないと、道はいつまで経っても見えてこない。剣を振るだけでなく、周りに目を向け、考えることも重要だ」
「分かりました」
顔をトモエ隊長の両手で、撫でられる。
くすぐったい。
くすぐったさに目を細めると、トモエ隊長はふふ、っと笑いながら、さらに撫でてくる。
あぁ、なんだか幸せという感情が込み上げてきそうだ。
しばらくして、また馬に跨り、走り始めた。
結局どこに行くのか、あとどのくらいで着くのか分からないけど、今は深く考えないようにしようと思った。
トモエ隊長に後ろから抱き付いてみて分かったけど、腰が細かった。
そして、柔らかかった。
たるんでいるとかではに、女性特有の柔らかさだと思う。
余計なことを考えると見透かされるから、もう止めよう。うん。
一時間くらい走っただろうか。
小さな村が見えてきた。
村の前まで来ると、馬を走らせるのを止めて、歩かせた。
ゆっくりと村に入っていく。
ここに、何かあるのだろうか。
「よし、では馬を下りるぞ」
「はい」
トモエ隊長に言われ、馬を降りる。
この村は、十世帯ほどの小さな村だったが、森の中にあるためか優しい雰囲気が漂っていた。
のどか、という表現はこういった村に当てはまるのだろうか。
トモエ隊長が馬を引きながら、一緒に歩いていく。
静かな村の中は、馬の蹄の音と、僕らの足音しか聞こえなかった。
「さて、今までお前には目的地については何もいっていなかったな」
「はい」
「ここには、私の妹が住んでいるのだ。久しぶりに会いに来たという訳だ」
「トモエ隊長の妹さん・・・」
「実質、会うのは数年ぶりになるかもしれん。中々来る機会がもてなくてな」
それでもトモエ隊長はこの村を良く知っているのか、歩き方に迷いは無い。
しばらく歩いていくと、村の一番奥、少しだけ他より大きな家の前にたどり着いた。
トモエ隊長は馬から荷物を降ろし、馬の顔を撫でながら何か呟いた。
馬はそのまま森の奥に入っていった。
「いいんですか?」
「あの子は頭が良い。私たちの用事が終わる頃にはここに戻ってくるであろう」
「すごい、ですね」
馬をただの移動や運搬の道具で使うのが勿体無いぐらいだ、と思った。
生きているもの全てに、役割があり能力があるんだということを痛感した。
トモエ隊長は、扉を叩く。
しばらく待っていると、静かに扉が開いた。
「朝早くからすまない。私だ、マリア」
「トモエ姉さん?」
「久しぶりに会いに来たんだ」
「ほんと久しぶり。あぁ、立ち話も何だから上がって」
「うむ」
扉が完全に開かれ、中からトモエ隊長の妹と思われる人が出てくる。
・・・あれ?
「そちらの方は?」
「私の部下の、クルトだ」
「あ、クルトです!よろしくお願いします!」
「よろしく。私の名前はマリア」
「む、どうしたクルト。表情に疑問がいっぱいあるな」
だって。
全く同じ顔で、全く同じ身長で、全く同じ声で。
違うのは髪形だけだった。
「えっと、その、お二人ともあまりにもそっくり過ぎて、ちょっとびっくりしてしまいました」
「なんだそんなことか、当たり前であろう?私たちは」
「「双子なんだから」」
な、なんだってーーー!!
というリアクションを、ジェシカさんとかナルだったらするんだろうなぁと思ったが。
正直、驚いた。
双子を始めて見たということもあったが、まさかトモエ隊長に双子の妹がいるとは思っていなかったからだ。
あぁ。
美人姉妹が双子、ってことだよね。
・・・意表を突かれて、僕はギクシャクしてしまった。




