27
次の日。
食堂
「ジェシカさん、テレーズさん、おはようございます!」
「おはよー、クルト」
「クルちゃん~、おはよう~」
「ボコボコ地獄4日目の朝、どのような心境かな?」
「がんばります!」
「ちょっとジェシカ~、クルちゃんいじめないで~」
「いじめてなんかいないよ!」
「トモエ隊長に言って~、ジェシカも稽古つけてもらえるように言っておこうかな~」
「て、テレーズ~、それだけは勘弁!」
「どうしよっかな~」
「あはは・・・」
相変わらずの二人だったけど、心配してくれているんだよな。
日に日に包帯を巻いている箇所は増えていくし・・・
ミイラ男も夢じゃないよなぁ・・・
それから現れたベアさんも含めて、4人で朝飯を食べた。
いつもの光景。
いつも、ここから始まるんだ。
訓練場
「クルト、今日も逃げずに良く来たな」
「よろしくお願いします!」
「いいだろう。だがそろそろ、私をがっかりさせないような剣さばきを期待しているぞ」
「がんばります!」
「よし、いくぞ!」
30分後。
うつ伏せで意識を失いかけている僕がいた。
これも、いつも通りだ。
悲しいけど。
ぐりぐり、と頭をトモエ隊長のブーツの裏で突付かれる。
正直、痛い。
精神的にも、すごく痛い。
「クルト、全く進歩していないじゃないか」
「・・・ぐ」
「虫けらみたいなやつだな、お前」
「・・・虫けら」
「いや、虫けらに失礼だな。その辺の石ころと同じだ、お前は」
「・・・石ころ」
「ここまでされて・・・ここまで言われて・・・くやしいと思わないのか!?」
「・・・」
がつっ、とブーツの爪先で頭を蹴られた。
屈辱だった。
屈辱という感情を、初めて抱いた。
だけど僕の体は動かなかった。
今度は、ぐいっと髪の毛を引っ張られ、無理やり顔を上げさせられた。
トモエ隊長の目は、僕を強く貫いていた。
「せめて、口でくらい強がってみたらどうだ?」
「・・・ちくしょう」
「それだけか?ここまでされて、それだけのことしか言えないのか?」
トモエ隊長は僕の髪から手を離す。
僕はそのまま力なくバフッっと、地面に顔を打ち付けた。
と思いきや今度は、体を蹴飛ばされ、仰向けになり、胸倉を掴まれて、無理やり立たせられた。
「ぐ・・・」
「ふざけるな!!これは子供の遊びじゃないんだぞ!!生半可な気持ちでやっているなら、とっととここから去れ!!」
「・・・」
生半可な気持ち、と言われたところで、僕の体の奥が熱くなるのを感じた。
それは、頭に血が昇るという言葉を同じことだった。
「・・・生半可な気持ちなんかじゃ、ない」
「なんだ?聞こえないぞ、虫けら以下の石ころ」
「生半可な気持ちじゃ、ない!!」
僕は胸倉を掴まれている腕を払うと、傍らに落ちていた自分の剣を拾い、構えた。
その様子を見て、トモエ隊長も改めて剣を抜いた。
「まだ全然動けるじゃないか。では、証明してもらおうか」
「・・・うおおおぉおぉあ!!!」
僕が両手で振り下ろした剣は、簡単に片手で受け止められ、腹を蹴られて僕は吹っ飛んだ。
吹っ飛ばされながら、受身を取りつつ、すぐに起き上がる。
幸い、剣は手放していなかった。
「さぁ、少しは楽しませてくれないか」
「・・・くあ!」
僕は剣を振るが、寸出のところでかわされる。
何度剣を振っても、当たらない。
「甘い!何度同じことを繰り返せば気が済むんだ!!」
「あぐぅ・・・」
切り替えされた剣で、突きをくらった僕は、そのまま地面にうつ伏せに倒れていく。
ゆっくりとせまってくる地面を見て、冷静さを取り戻した僕は、目から涙が出てくるのを感じた。
なんて・・・無力なんだろう・・・と。
「明日、今日より進歩が見られない場合は、腕の一本もへし折ってやるからな」
そんなトモエ隊長の言葉が聞こえ、去っていく足音を聞きながら、僕の意識は薄らいでいった。
「ちょっとアタシ、トモエ隊長のところ行ってくる!いくらなんでもあれはやりすぎだよ!!」
「じ、ジェシカ~、落ち着いて~!」
「そうだ、落ち着くんだジェシカ」
トモエ隊長とクルトのやり取りを偶然見ていたジェシカは、抗議しいにいこうとするが、ベアにはがいじめにされて動けなくなる。
「はーなーせー!さすがにあれはやりすぎだよ!クルトが壊れちゃうよ!!」
「トモエ隊長も~、手加減はしてるだろうし~!」
「うるさいテレーズ!!アタシはね、別に普通に剣で相手をボコボコにするのはいいとは思ってるんだ!だけど、倒れている相手の頭を足で蹴ったりとか、そういうことが許せないんだよ!!」
「ジェシカの気持ちは分かる!だがな、あれも今のクルトへの試練なんだよ!男なんてあんなもんなんだ!」
「いいから離せよベア!!一言言わないと気が済まないんだよ!!」
ジェシカは一段と暴れ、抑えきれなくなったベアはジェシカを離してしまった。
「何を騒いでいる?」
「トモエ隊長・・・」
「トモエ隊長~・・・」
ベアから解放されて、よし!と意気込んだところに、お目当ての人間を見つけたジェシカは、トモエ隊長に詰め寄った。
「トモエ隊長、ちょっと言いたいことがあるんですけど!」
「なんだ、ジェシカ」
「クルトのことなんですけど!」
「お前には関係ないことだ」
「関係あります!!クルトは仲間ですから!!」
「仲間だから・・・なんだ?」
「むーーーーー!!!!あーもーめんどくさい!!トモエ隊長、アタシと勝負してください!!」
ベア「え!?」
テレーズ「え~!?」
トモエ隊長「いいだろう、剣を持て」
10分後。
ジェシカはトモエ隊長に全く歯が立たず、その場に倒れた。
「吠えるんなら、それなりの実力をつけてからだな」
「ちくしょーーーー!!!!」
「その威勢だけは、買ってやる。いつでも相手をしてやろう」
「いつか!きっと!越えてやる!」
「ふん、楽しみに待ってるぞ」
「後を頼む」と、ベアの肩を叩いたトモエ隊長は去っていった。
起き上がったジェシカは、泣いていた。
「ちくしょう・・・ちくしょう・・・あのままじゃクルトが・・・」
「ジェシカ~・・・」
「ジェシカ・・・トモエ隊長も辛いんだ。あの人の立場のことも考えてやれ」
「・・・心の中では分かってるよ。でもね・・・許せなかったんだよー・・・」
「私まで悲しくなってきちゃったよ~、うわ~ん!クルちゃんかわいそう~!」
「・・・ここからはさらにクルト自身の気持ちが重要になってくる。指導教官でもない俺たちは・・・見守るしかないんだよ・・・」
「・・・何もできなくはないよ。一緒に訓練して強くなることだってできるし、休みの日は一緒に遊んで気晴らしもできる」
「そうだな・・・俺たちにしかできないことで、クルトに協力をしよう」
「・・・うん~、私もがんばるよ~!」
「よし・・・じゃあ訓練の続きをしよう」
泣き止んだジェシカとテレーズ、ベアはみんな同じタイミングであのリングを見た。
4人の絆。
何があってもお互いを信じあって、幸せになろうという願いがこめたリングは、キラリと一瞬だけ輝いたように見えた。
「・・・」
意識が戻った。
地面と仲良くこんにちは。
うつ伏せってことだな。
なんとか起き上がり、壁に背を預けて座り込む。
足を伸ばし、天を仰ぐ。
暗いな。
訓練場も静かだ。
もう全員引き上げているということは、夕食の時間くらいだろうか。
早く行かなければ、食べられない。
ミーティングもある。
というか、一ヶ月メシ抜きとトモエ隊長のげんこつの合わせ技ってことだ。
自然と体が動きそうになるが、やっぱり動かない。
気持ちが、ついてきてない。
静かだった。
また、月明かりの訓練場だ。
時間も正確に分からない。
僕一人だけしか、ここにはいない。
トモエ隊長から、生半可な気持ちでやっているんだったら去れ、と言われたとき、体が異常に熱くなったことを思い出した。
あれが、怒りというやつなんだろう。
ただ目の前の相手が憎くなり、暴力的な考えが脳を支配した。
・・・初めての怒り。
あれが・・・怒り。
また、窓から見える月を眺めた。
・・・辛いな。
こんなときは、無性にリムの顔が見たくなる。
目をつぶると、僕に笑いかけてくれるリムの笑顔が浮かぶ。
自然と・・・心が落ち着いた。
と、同時にこの笑顔を守らなければいけないという使命感も再認識した。
「クルト」
「え?」
声がした方を向くと、トモエ隊長がいた。
昨日は足音で気づいたのに、今は全然気配を感じなかった。
「驚かせてしまったか、すまん」
「い、いえ、僕がぼーっとしていたのがいけないので」
「これが他国が放った暗殺者だったりしたら、どうする?今頃王族は皆殺しになっているぞ?」
「はい・・・以後気をつけます」
「うむ。って、別に説教をしに来た訳ではないんだがな」
はは、と軽く笑うトモエ隊長を見て、僕も少し頬が緩むのを感じた。
でも、どんなときでも気を抜いてはいけないのが、クイーンガードたるものだ、と反省した。
「私が言うのも何なのだが、大丈夫か?」
「大丈夫です。致命傷はありません、さすがトモエ隊長です」
「もう、晩飯もミーティングも終わっている時間なのに、両方とも来ないから心配してしまったよ」
「え!?終わっていたんですか!?」
「・・・大方、今しがた目覚めたのだろう?安心しろ、飯の方は食堂に言っておいた。ミーティングも問題ない」
「申し訳ありません・・・猛省します」
「そうだな、二度目は無いぞ」
「はい!気をつけます!」
「よし。ってあぁ、また説教っぽくなってしまったな」
トモエ隊長は、僕の体を触り始めた。
患部をぐりっとやられると声をあげてしまったが、しばらく全身を触られたあと、手を離してくれた。
その手つきが、マッサージだったのかと気づいたのはトモエ隊長に言われてからだった。
「マッサージだ。あとで少しは良くなる」
「あ・・・ありがとうございます」
「これからはもっと生傷が増えるぞ。ケアを怠らないようにな」
「はい」
「変な話だな。自分がつけた相手の傷を、自分がケアしているなんて」
「いえ、トモエ隊長の優しさに感無量です」
「素直でよろしい。よし、もう立てるか?」
「あ、すごい、体が楽になってる・・・」
「もう効果が出たか。体も素直だな」
「ありがとうございます、トモエ隊長!」
二人して立ち上がったあとに、ふと思ったが、体も素直だなという表現が気になった。
気になっただけだ。
そう、気になっただけ。
「とりあえず風呂に入って来い。その後は、私の部屋に来るように」
「・・・え?」
「飯も食ってないし、ミーティングも出ていないだろ?」
「あぁ、はい!分かりました!お手数おかけして申し訳ありません!」
「よし、では行こうか」
当たり前のように、僕の手を握るトモエ隊長。
ドキッとした僕がトモエ隊長の顔を見ると、ちょうどトモエ隊長も僕の顔を見ていたらしく、目が合った。
どうした?、と小首をかしげる仕草に、僕は貫かれてしまった。
さっきまで、うだうだ考えていたのが、もう彼方へいってしまった。
トモエ隊長の部屋
言われた通りに風呂に入り、トモエ隊長の部屋にきた。
若干の緊張。
ノックをして、返事を受けてからドアを開けて中に入ると。
良い匂いがした。
トモエ隊長の匂いではなく。
「おお、来たか。もう少しで出来るから、座って待っていてくれ」
「え!?その、なぜ、トモエ隊長が料理を!?」
「お前、飯食ってないだろ。だから作ってやってるんだ。まさかお前、自分の部屋で食べてきたのか?」
「いえ・・・風呂に入って直行で来ましたから、食べていませんが・・・」
「なら、いいではないか。おとなしく座って待っていろ」
トモエ隊長がエプロン姿でフライパンを扱っている姿が、目に焼きついて離れない。
できる女は、本当になんでも出来るんだな。
まだ食べてないけど、この匂いは絶対においしい匂いだ。
「待たせたな、さぁ全部食べていいぞ」
「はい!では・・・(ぐ~~)」
「体の方が一足早く、いただきますを言ったな」
「お恥ずかしい限りです・・・いただきます!」
見たことの無い料理だったが、きっとトモエ隊長の故郷の料理だと思う。
どれもこれも、やっぱりおいしかった。
もう箸が止まらなかった。
「はぐ!はぐ!はぐ!」
「ふふ、どうだ私の故郷の味は?」
「とっへもおいひいれふ!」
「その食べっぷりを見れば分かることだったか・・・ほら、口の周り、汚れているぞ」
トモエ隊長が布巾で、僕の口の周りを拭ってくれる。
誰かにやってあげることはあっても、それを受けるのは初めてだった。
・・・恥ずかしかったが、嬉しかった。
「ふ、ふいまへん!」
「ふふ・・・お前は可愛いな・・・いっぱい食べろよ」
そういえば、こんなに夢中になって食べたのって、母上の料理以来だ。
この前、街に出たときに食べたピザやパスタは、こういう味がするのか、と冷静になっていたし。
誰かが作ってくれるっていうのに、反応してしまうのかな。
「もぐもぐもぐもぐ!」
「ほら、これもうまいぞ。口を開けろ」
「あむ・・・ふまひ!!」
「ふふふ、ほらまだまだいっぱいあるぞ」
さりげなくあーんしてもらったりしたが、目の前の料理のうまさに感動しっぱなしだった僕は普通に受け入れていた。
なんだ、このうまさは。
いくらでも食える!
「ごちそうさまでした!!!」
「うむ。どうだった、って言っても3人前はあった量を全部食べきったのだから、聞くまでもないか。さすが男だな、多めに作ったのに全部たいらげるとは」
「とってもおいしすぎました!!」
「若干言葉がおかしい気がするが、良しとしよう。作った料理をおいしいと言われて、悪い気はしないしな」
片付けるから少し待っていろ、というトモエ隊長を、僕は手伝った。
皿洗いくらいできるし。
並んで一緒に片付けていたら、トモエ隊長が。
「まるで夫婦みたいだな」と嬉しそうな顔で僕に言ってきたとき、また僕は陥落しそうになった。
食器を片付け終わり、またリビングに戻った。
さっきと違うのは、トモエ隊長が僕の正面ではなく、横に座ったことだ。
き、緊張するな。さりげなくだ、さりげなく。
「と、トモエ隊長って、ほんとなんでも出来て、素晴らしい女性ですね!」
「声が裏返っているぞ?」
「え!?・・・ごほん。と、トモエ隊長って」
「はは、全然治ってないぞ」
「あ、あれ、おかしいな」
見透かされているのか、素なのか。
もちろんなぜか焦りまくっている僕は、素だ。
「トモエ隊長って、ほんとすごいです。足りないものが無いという感じです」
「ほう、足りないものはあるが」
「それはいったい・・・」
「これだ」
トモエ隊長は優しく僕の頭を、自分の膝に誘導した。
気づいたら、僕はトモエ隊長の顔を見上げていた。
だが、半分くらいは胸で見えなかった。
「え、え!?」
「はぁ、これが足りなかったんだ」
「あ、あの・・・すごく嬉しいんですけど、僕とトモエ隊長のセリフが逆のような気がします」
「そうか?私に足りなかったのは安らぎの時間だったからな」
「安らぎ・・・これが、トモエ隊長の安らぎの時間に・・・なってます?」
「あぁ、すごく安らぐ。」
トモエ隊長は僕の頭や顔を撫でながら、愛しむ目で僕を見つめてくれた。
心なしか、声もいつもより甘く感じた。
「むぐ!」
トモエ隊長がテーブルの上にあるグラスを取ろうとして前かがみになったとき、僕に幸せが訪れた。
トモエ隊長の豊かな胸が、顔全体に襲い掛かってきたのだ。
「すまん、苦しかったか」
「い、いえ、幸せでした」
「? まぁ、幸せならそれでいいが」
本人は自分の胸の魅力について、あまり気にしていないようだった。
追求されないだけありがたいが、それはそれでなんだか寂しく感じた。
「はぁ、本当に安らぐな。こうやって他人の体温を感じるというのは良いことだ」
「どちらかといえば、僕の方が安らぎを感じまくっている気がします」
「それならそれで良いのだ。クルトが私に甘えてくれているというこの状況が、私の安らぎだ」
「・・・」
「顔が赤いぞ」
「赤くないです!」
「赤い」
「すみません!赤いです!」
「よし」
まるで恋人同士のようなやり取りに思えた。
くすぐったい。
心がくすぐったい。
トモエ隊長の手は変わらず、優しい手つきだ。
しばらくして、僕から離れた。
「もういいのか?」と言ったトモエ隊長の顔は、安らぎに満ちていた。
それからミーティングの内容や、剣でのアドバイスなどを聞いてから部屋を出た。
夜も遅い時間だったから。
二日連続でトモエ隊長を夜遅くまで、つき合わせてしまったことに罪悪感を感じた。
「二日連続で遅くまで、申し訳ありませんでした!」
「いや、いいんだ。私も久しぶりに料理を奮ったし、安らぐこともできた。こちらこそ感謝だ」
「ありがとうございました!失礼します!」
「また、明日な」
昨日と同じく、トモエ隊長は小さく手を振ってくれた。
この仕草・・・普段のトモエ隊長だったらありえない。
だから、可愛く見えた。
プライベートの女性のギャップ・・・おそるべし。
トモエ隊長の膝枕効果だろうか、その日は安らいだ気分で寝入ることができた。




