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あのトモエ隊長との手合わせの日から、筋トレ地獄に、ボコボコ地獄が追加された。
毎日筋トレしかできないのに、夕方には剣を持って、手合わせをしなければならない。
剣の練習をしていて、手合わせがあるっていうのなら分かるけど。
日中は筋トレしかできない僕は、手合わせをしたときに前日より剣がうまくなっている訳が無く、ただ傷を増やすばかりだった。
それではいけない、と気づいたのは3日後。
僕はミーティングのあと、みんなが部屋に戻った頃を見計らって、訓練場で剣を振り始めた。
傷が痛む体で、トモエ隊長の剣さばきをイメージしながら、剣を振った。
しばらくして、疲れを感じた僕は剣を振るのをやめ、その場に座り込んだ。
訓練場の窓から、月明かりが入ってきている。
訓練場はその月明かりだけの明るさだ。
僕は、窓から見える月を眺めた。
一ヶ月筋トレをしてきて、体が少しずつできてきていることを実感して、浮かれていたのかもしれない。
ベアさんやテレーズさんに剣を教えてもらってたっていっても、素人同然の僕に対してのことだ。本当の訓練とは違う。
下手したら、二人には息抜き程度にしか思われていないかもしれない。
訓練のときと目つきが違っていたから。
僕は、弱いんだ。
分かっていても、痛烈に実感したのはトモエ隊長との初手合わせの日だった。
今までの自分を反省しなければいけない。
そして、もっと頑張らないといけない。
周りに認めてもらえるほど、強くならなければいけない。
リムのため。
自分のため。
今までに無かった、やらなくてはいけないという使命感があるから、今の僕はやっていけているのだと思う。
もう、前の自分のようには、なりたくなかったから。
足音が聞こえる。
誰だろう、と顔を向けると、それはトモエ隊長だった。
「トモエ隊長・・・」
「クルト、頑張っているな」
「え?」
「すまん、ずっと見ていたのだ。・・・ミーティングのあと、少し居住区の見回りをしていたのだが、そのときにお前が部屋を出ていったから、後をつけたのだ。」
「あ・・・、す、すいません!勝手に行動してしまって!」
トモエ隊長は私服の軽装で、腰には剣を帯刀していた。
大人の女性の軽装ってなんだか、ドキドキしてしまう。
要は半袖シャツに、ホットパンツ的なものだ。
すらりと伸びた白い手と足は、月明かりもあってか、すごく綺麗だった。
誰にもバレていないよな、なんて思っていたけどしっかりトモエ隊長には見られていた。
部屋に戻って休め、って言われているのに抜け出したんだもんな。
そりゃ、追いかけるよね。
「傷は、大丈夫か?」
「はい!トモエ隊長が致命傷を避けてくれているおかげです!」
「ふふ・・・お前は、はっきりとものを言うのだな」
「あ!その・・・すみません!」
「いいんだ・・・それがお前らしさってやつなのだろうな」
トモエ隊長は、僕の横に並んで座り込んだ。
それも、肩が触れ合う距離だ。
トモエ隊長の二の腕の柔らかさと体温を感じ、僕は少し緊張感を覚えた。
「辛いか?」
「いえ、辛くは・・・」
「私には本音で話していいんだぞ。気を使う必要はない」
「辛くて痛いです!」
「よし。まぁそれは当たり前のことなんだがな。他のみんなも、今のお前と同じ感情を抱いていたことがあるんだ」
「僕は・・・仕官学校には通っていませんでしたから。そういった当たり前のこととか、知りませんし。でも、仕官学校以前に、幼少の頃から剣をやっていた人もいますし・・・僕なんかがいきなり剣をうまく扱えるわけがないんですよね」
「ん、そこまで分かっているならいいんだ。お前はみんなとスタートラインが違う。みんなには当たり前でも、お前には当たり前ではないからな」
「・・・申し訳ありません」
「謝ることはない。これも任務だし・・・それに」
「・・・?」
「小さい頃から知っているクルトのためだ。以前は私のいないところで勝手に成長していたが、今は私によって成長をしていく予定だ。わずかながら、楽しいし、嬉しいんだよ・・・こんなことを言ってはいけないんだがな」
「いえ・・・僕もトモエ隊長に教わることができて、嬉しいです」
「それは、本音か?」
「はい!あの、入隊する前日に訓練場の入り口ですれ違ったときに・・・すごく綺麗な人だなって一瞬見とれてしまいましたし・・・その後、父上から3番隊の隊長ですごく強い人だっていうことも聞いて、尚更・・・」
「・・・もう一度、言ってみろ」
「え?」
トモエ隊長は真剣な顔になって、僕の顔を見つめてきた。
しかも距離が近い。
僕は・・・何か変なことを言ってしまったのだろうか。
「あ、あの、何か失礼なことを言ってしまっていたら、謝ります!」
「失礼などない。私のことをどう思っていたのか、もう一度言ってみろ」
「え、えっと、綺麗で、強い人、です」
「強い、は余計だな」
「綺麗な人、です」
「誰がだ?」
「・・・トモエ隊長です」
「もう一度、言ってみろ」
「トモエ隊長は、綺麗な人です!」
「その綺麗な人の私を見て、どうなったんだ?」
「一瞬、見とれてしまいました!」
真剣な顔は変わらない。
そして、同じことを言い直させられている僕。
でも・・・綺麗なんて言われ慣れているんじゃないだろうか。
誰が見たって、当たり前のように美人な人なのに。
「すまない、何度も言わせてしまって。あまり他人から言われ慣れていないことを言われて、舞い上がってしまった」
「いえ・・・でも、意外でした。トモエ隊長ならそういうの当たり前に受け止めている人だと思っていました」
「私の場合・・・剣の腕の方が優先されてしまっていたからな・・・例えば、な。剣の腕が強くて美人だって言われるのと、美人なのに剣の腕が強いって言われるのとでは、大きく違うんだ」
「は・・・はぁ」
「こんな・・・二人きりの、訓練場とはいえ月明かりが指すムードで言われてしまうと、少し落ち着かないな」
「・・・」
「お前は素直だからな。尚更、私も素直に受け止めてしまったということだよ」
ふふふ、と微笑んだトモエ隊長の笑顔は、柔らかく、暖かく、美しかった。
僕はまた、見とれてしまった。
「ん?どうした、クルト。また私に見とれてしまったか?」
「え!?あ!いや、その、はい!」
「なんで、見とれたんだ?」
い、言いにくいことを言わせようとしている。
こういうときだけ、真剣な顔になるのは卑怯だ・・・
「トモエ隊長の笑顔が・・・とても綺麗だったからです」
「ふふ・・・お前、私を口説いているのか?」
「いえ、そんな」
「すまない、少しおどけてしまった。だが、良く自分をボロボロになるまで叩きのめした相手に、そんなことが言えるな」
「・・・・・・・」
「すまんすまん。お前が素直な人間だっていうのは分かっているよ。言われて嬉しかったのだ」
「は、はい」
「いつもあれだけ叩きのめしていたから、もしかしたらお前に、嫌われてしまったのかと思っていたんだ。本当はそれを確かめたいという気持ちもあったから、ここまでつけてきたんだよ」
「トモエ隊長・・・」
「別に嫌われたっていいんだ。好かれるために隊長をやっているのではないし、剣を振っている訳でもない。馴れ合いで強くなんかなれないからな」
トモエ隊長は、僕の頬に手を当ててきた。
愛しむような手つきで、僕の頬をさする。
くすぐったさを少し感じたが、驚きの方が強かった。
あのトモエ隊長が、僕の頬を優しく撫でていることに。
「でもな、小さい頃から知っていて、あの目が気になっていたお前だから。嫌われたくないという感情が出てしまったのかもしれない。だが、私は訓練のときは手が抜けない性分だからな」
「・・・」
「何を言い訳しているのだろうな、私は」
「いえ、いいです。普段見れないトモエ隊長を見ることができて、なんだか嬉しいです」
「10歳も年上の女をからかうな・・・本気にするぞ?私が本気になったら、地の果てでも地獄の果てでも、永遠に追い掛け回すぞ?邪魔をするような輩がいたら、軍隊相手でもなぎ倒していく」
「トモエ隊長のような綺麗な人に追いかけられたら、それこそ幸せな人だと思います」
「ははは、お前はおもしろいやつだな」
トモエ隊長の僕の頬を撫でる手が離れ、僕の手を取る。
そのまま、トモエ隊長に軽く引っ張られ、二人で立ち上がる。
「ジェシカやテレーズがお前に構う理由が、分かった気がする」
「え?」
「周りの人間はライバルであり、同僚であり、同じ志を持った仲間だ。人間関係も、剣と同じぐらい大切にするんだ」
「はい」
「早く通常任務にあたれるように、がんばれ」
「はい!」
よし、と頷いたトモエ隊長は嬉しそうだった。
僕も嬉しくなった。
いつもあまりにも痛い洗礼を受けるけど、それも僕を思ってのことだ。
どうしても頭で考えてしまう愚かな僕は、実際に相手にそう言われないと納得しない人間だ。
さっき気づいた。
もっと積極的に。
そう、心の奥からの衝動を感じた。
それから、居住区まで戻る。
戻るんだけど・・・
「トモエ隊長」
「なんだ、クルト」
「手が繋がったままなのですが」
「そうだな」
「・・・」
当たり前のように、さらっと返されてしまった。
並んで歩いているので横顔しか見えないが、顔色も変わっていないようだし、というかいつより柔らかく感じた。
「この時間で部屋の外に出ているのは、私たちぐらいだ」
「・・・そうでしょうけど」
「なんだ、不満なのか?綺麗だの美人だの素直に口から出る割には、うぶなんだな」
「・・・」
僕の顔は今、真っ赤になっていると思う。
それを見たトモエ隊長は、さらに僕の手を握る力を強めてきた。
「ふふ、男と手を繋いだのなんて、子供の頃以来だ。なんだか楽しいぞ」
「・・・」
僕は無言で、少し強く握り返した。
トモエ隊長は、ぴくっと、それに敏感に反応したみたいだった。
「お前の部屋までだ。今日はもう遅い。名残惜しいがな」
「・・・はい」
僕の部屋まで来ると、どちらともなく手が離れた。
トモエ隊長は、僕と握っていた方の手を、もう片方の手でさすっている。
それは、僕と繋いでいた手の感触を忘れないようにしている仕草に見えた。
「では、な」
「はい。わざわざ部屋まで送って頂いたり・・・色々とありがとうございました」
「ふふ、いいんだよ。私も色々と刺激的だった」
「おやすみなさい、トモエ隊長」
「あぁ、おやすみ。ゆっくり休め」
トモエ隊長は小さく手を振りながら、僕の部屋の前から去っていった。
普通なら男が女の部屋に送るんだろうけど。
なんだか、僕とトモエ隊長のことを考えると、これが普通なんだと思ってしまった。
情けないな。
トモエ隊長も、僕にかなり良くしてくれている人だ。
見返せるように、認めてもらえるように、精進しなくては。
僕は決意を改めて、ベッドに入った。




