センの熱い勇者活動、ユウカツ、始まるよー♪(前編)
歩きながら、お互い自己紹介をし合った。オッサンはフォラスという名前だそうだ。
俺とアディールが今までのいきさつを話すと、フォラスは面白そうに笑った。お前が勇者!? ケケケーと笑っている。
それは俺も一番思っているよ。とは口に出さないけど。
横ではアディールが「センは勇者ですよ!」と口を尖らせている。
フォラスの説明によると、困った人がいるところに駆けつけ、人々の困難を取り除いていく職業を総称して勇者というそうだ。
人は誰でも職業の選択は出来るが、勇者だけは勝手に名乗ってはいけないらしい。
勇者を取りまとめている勇者公社という通称「ギルド」と言われる場所があり、勇者やそのパーティになれる職業に就いた者はここで登録を済ませ、登録証を作らないといけない。
勇者には職業的勇者と伝説の勇者の二通りあり、伝説の勇者に登録すると、一定のレベルが上がると御前試合に参加ができ、魔族討伐軍に組み入れられるらしい。
言ってみれば、職業的勇者は警察と何でも屋のような働きをし、伝説の勇者になると軍人のような役割になるようだった。
勇者登録を済ませると、ギルドで仲間募集の依頼を出し、仲間を募る。これはヒーローでも、パラディンでも同じらしい。
メンバーが集まったら、依頼をこなして金と名声を手に入れる、ここまでの行動はどの勇者も同じだ。。名声を手に入れると勇者ランクが上がって、より困難だが報酬の大きい依頼が受けられるようになっていく。
勇者のランクはレベルと依頼をこなした回数によって、AからEの5段階に分けられる。
また仲間はギルド外で見つけても構わない。外で仲間を見つけた場合は、ギルドに登録すればいい。その時点で仲間の職業が勇者パーティに向かない場合は、転職も可能だという。
ギルドを通さないで勇者の仕事を受けたりすると、勇者法違反となり、牢にぶち込まれ、処刑される。
この世界には勇者とその公社を束ねる組織があり、そこから兵が派遣されて違反者をとっ捕まえるそうだ。全国のギルドが違反者を見張っているので、似非勇者は活動できないらしい。
このギルドの職員たちも職業で登録するんだろうか? 勇者を取り締まるくらいだから、彼らを魔王討伐軍に据えた方がいいんじゃないかと俺は思うんだけどね。
「だから、お前が今、勇者名乗ったら捕まるかんな。とっととギルドで登録するぞ」
ざくざくと人が踏み固めた街道を三人と一匹で歩いていく。
マドラもフォラスに懐いていて、鼻歌を歌いながらフォラスの回りをちょろちょろしている。
街道を歩いているとコバルトブルーの鉄塔が見えた。フォラスに聞くとあれは城塞らしい。あんなに派手でも城塞ということだが、まるで青い宝石みたいにに光っているあの城がそんなに堅牢だとは思えなかった。
魔獣と魔族から街を守る城塞で、一応結界も施されていてそう簡単に襲撃されたりはしないそうだ。
あんなに立派な城壁がある街なのにギルドがないのか、と呟くと、どんなに小さい町でも城塞はあるそうだ。
城塞がなければ、魔獣にやられてしまうから。
あそこはリットという、この国でもはずれにある小さな町だそうだ。
そして、二人が目指しているのはそのリットから徒歩で一日の場所にある、リングアという街である。
リングアは州都であり、州城には州知事もいて、ギルドもあれば、冒険に出る勇者にとって必要な施設がすべて完備されている、かなり大きな街だそうだ。
リットの城壁が見えてきた頃から、リングアの街へ続く道が格段に整備されて歩きやすくなっている。
「勇者って、たくさんいるんですか?」
勇者ってのは特別な職業だと思っていたから、そんな、誰でも名乗りを上げればなれる職業だとは思わなかった。
「ああ、まあ、たくさんいるな。ギルドに登録すれば、誰でもなれるからなあ。だけど、魔王を倒すことができる本来の伝説の勇者は一人だけだ。この勇者だけは特別でな」
フォラスが人差し指を一本ぴんと立てた。
「伝説の、勇者?」
繰り返した。アディールがちらっと俺を見る。
「ああ。聖女とともに現れて、魔王を封印することができる勇者のことだ」
聖女!? やっぱりそうだ。
100年に一度現れる伝説の勇者――これはゲートが開いた村の長が光の王のところへ導くらしい。
それこそが魔族討伐の旗印となり、光の王の意志を継ぐものとされ、聖女と勇者は魔王討伐の全権を委任されるとフォラスは教えてくれた。大体、爺さんが話してくれた内容と同じだった。
「ゲートが開いて連れてこられたのが勇者だって、一体だれが判断するんだ?」
敬語も忘れて、俺はフォラスに飛びついた。
「そりゃ、ゲートが開いた村の長と光の王だろうな。ゲートが開くのはレジェンドにだけだ。あともう一つは――、こりゃお前さんには関係ないか」
フォラスは途中で言いよどんだが、俺はそれよりも光の王の方に食いついた。
「どうやったら、その光の王ってのに会えるんだろう……?」
俺はその100人に1人なんだけど、バニウスの村の爺さんがあんな最期を迎えてしまったから、それを証明する手立てがない。
「なんだ、光の王を知っているのか?」
フォラスに聞き返されて、俺は顔を上げた。
「ええ。俺、光の王とやらに会いに行かなきゃいけないんです。俺がなぜこの世界に来たのか知っているのは、その人だけだから」
俺がそう言うと、フォラスは少し顔をしかめた。それから俺をまじまじと見る。
「光の王に? そりゃ―ちょっと、難しいな。俺はまず間違いなく光の王には会えないしな。まあ、光の王ちゅうのはこの世界の頂点に君臨する人を指す言葉なんだ」
フォラスの顔が険しくなった。爺さんからも聞いていた光の王とはこのアルフガルド王国の王だ。一国の王に会うのがそうたやすいことじゃないのは、俺も分かる。
「どうすれば、会えるんでしょうか?」
率直な疑問に、フォラスはうーんと唸った。
腕を組み、固く目をつぶって考えている。
「そうだなあ、たとえ漂流者といっても光の王には会えないだろうな。
とりあえず、勇者登録をして、名のある勇者になってからお目通りを願えば、会えるんじゃねえのか? 伝説の勇者の判定すんのによ。
まあ、間違っても旅人ふぜいには、光の王は会わねえよ」
旅人は職業じゃねえからなあ。とフォラスがごちる。
そうか。とりあえずは勇者登録をして勇者としての活動を始めないと、どうもできないということだ。
「それにしても……お嬢ちゃんの村はバニウスの村って言ったよな?
あんなとこに魔族が出たのか?」
フォラスは困ったように頭に巻いた布ごしに頭をカリカリと掻いた。
アディールは少し俯くと、「はい」と殊勝に答えた。
思い出すのはあの黒い虫たちの来襲。辺りを燃やし尽くしていく虫たちの姿。
何よりあいつらは、兵器のようなものを持っていた。もしもあの兵器がこちらの世界で普通に使われているものなら、相当科学技術力は高いと言えるんじゃないか。
あれに対抗するには、化学兵器と統率された軍隊だ。
それなのになぜ、この国は勇者なんかに頼っているんだろうか。
「本来魔族は、闇のエネルギーを必要とするから、長い時間は光の領土には足を踏み入れられないはずだぜ。魔領からバニウスまでは王都を超えないといけないんだぞ?」
「ええ。そうなんです。でも、魔族は確かにバニウスの村へ飛来してきたんです。大群で」
アディールが涙ぐんだ。
俺が伝説の勇者なのは、今は誰にも話さないようにアディールと話し合った。
魔族が俺を狙っているのなら、俺は身を顰めた方がいい。
伝説の勇者とやらのふりをして、今はレベルを溜めて光の王に会えた時にいきさつを説明すれば、光の王も分かるだろう。
「センは魔力があるんです。マドラ――このマンドラゴラなんですけど、その母を倒したのはセンだったそうです。
だから、その力を活かして勇者になるって、それで村の仇を討ってくれるって約束したんです」
アディールが涙ぐみながら説明する。
すると、フォラスはやれやれといった体で苦笑すると、アディールの頭を一つぽんと撫でた。
「お前も、そいつもこの世界では天涯孤独ってことか。まあ、そんな話このメージャーインじゃどこでも転がっているような話だからな」
魔族がいて、光の王と魔族は戦っている。
戦があるところに血なまぐさい話があるのは、もはや定番だ。
この世界だけ戦のいいところしかないとはやっぱり思えない。戦えば、血が流れる。そして傷つく人は、必ずいる。
俺はフォラスの言葉に頷くと、彼をまっすぐ見つめた。
「俺、勇者になります。いろいろ教えてください、フォラスさん」
気合を入れた顔に、フォラスは豪快に笑った。
「そんなに構えんなよ、勇者なんざ、何でも屋みたいなもんだ。伝説の勇者になろうって奴以外にゃ、大したことねえよ」
繊はその、伝説の勇者にならなければいけないのだ。あははは、と乾いた笑いでフォラスに迎合する。
今はまだ、ばれるわけにはいかない。
「ところで、フォラスさんて職業なんなんですか?」
気を紛らわせるようにフォラスに尋ねると、「お前、ちゃんと見てなかったな、さっきの登録証をよ」と呆れ声で返された。
もう一度見せてもらうと、登録証に書かれていた職業の欄は「賢者」になっていた。
「け、賢者!?」
そこに書かれていた言葉が信じられずに、プレートとフォラスを何度も見比べる。
はあ!?
だって、賢者って白のローブ着て、ひげを蓄えていかにも賢そうな老賢人てのが一般的じゃないの?
でも、目の前のこのフォラスの格好といったら、白いシャツ(肌着の様なアレである)に皮のベスト着て、下はニッカポッカのような末広がりのダボっとした作業着のようなズボンである。
パンツなんておしゃれな言い方は出来ない。ほんと、ズボン――っていうか作業着じゃん。
日本に連れてきても、知り合いの大工で通るようないでたちだった。
「け、賢者ぁぁぁ……」
賢者の概念ぶち壊しだ。俺の知ってる賢者は、賢者は、こんな恰好は絶対してない!
アディールも俺の持っていたプレートを覗き込むと、目を丸くする。
「長老さまも賢者だったのですが……」
……爺さんならわかる。杖持って、長いひげで、うん。爺は確かに賢者。でも……。
「なんだよ!? 文句あるのかよ!?」
俺とアディールの視線を感じ、むうっと頬を膨らませている。
文句だらけだ。どういうことだよ。
言いたい。言ってやりたい。
賢者のイメージぶち壊しだよぉぉぉ!! と。
「こう見えても、おりゃー、万能型なんだぞー。ウォーハンマー持たせりゃ、戦えるしな。
回復、防御、攻撃魔法もなんでもござれだ。医術、薬学、アイテム学なんかも覚えてる。本来ならお前に付き合ってるような身分じゃないんだぞ!」
残念な目つきでフォラスを見ている俺たちに、彼は見かけで判断するなーと怒った。腰に巻いている皮の道具入れからハンマーを取り出すと、くるくるっと空中に投げてからパシッと両手に収めてみせた。
いや、上手いっすよ。上手いっすけどね、何ですか? そのドヤ顔……。
ほめてほしいと言わんばかりに鼻の穴を膨らませたフォラスはどう考えても賢者には見えない。
よく見えて、大工の棟梁?
ハンマーを持つ賢者なんて、聞いたことがない。賢者って魔法のスペシャリストだろう?
今すぐ格好に合わせた職業に転職させたい。
いや、賢者の格好をさせたい。
しかし、フォラスはやけにその恰好が似合っていた……。