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この世界に勇者っていらなくね?  作者: maruisu
第1章 俺が異世界に来たわけは――
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第五話(後編)

 バニウスの村へ向かう途中、空が突然闇に覆われた。

 いや、闇だと思ったのは、飛行する黒い群れだった。まるで飛来するイナゴの大群のように、それは遠くからものすごい勢いで近づいてきた。


「何だ! 何なんだよ、あれは!!?」

 さっきから何度も同じことを頭の中で繰り返した。思考だけではとうとう我慢できなくなって、おのずと口に出していた。


 俺は何度も転びながら、バニウスの村近くまで戻ってきた。街道に出ようとした時に、まるで俺の背丈の2倍はありそうな昆虫たちが闊歩しているのが見え、慌てて茂みに隠れた。


 もう何度頭の中で繰り返したかわからない。なんだよ、なんだよ、あれは……。

 茂みの中で声を潜めて座り込むと、今見た昆虫のような人間たちの姿を思い出して、純粋に恐怖を感じた。

 気味が悪かった。


 本当に遠くからイナゴの大群が飛んできて、まるでバニウスの村を埋めてしまったようだ。

 俺の背丈よりも高い奇妙な昆虫たちは、まるで蟻のような外観を持っている。足が四本地面に接着しており、見上げる体殻の色はカブトムシのように黒みを帯びている。

 ぴょこぴょこと動く触角が気持ち悪い。


 俺は茂みの中を立ち上がらないように村から離れようと後ずさった。蟻たちから見えないだろうところまで下がり、一目散に逃げようとした。

 街道は黒い強大な昆虫たちが闊歩しているから森の中を逃げるしかない。奥へ進もうとした時、がさっと音を立てた茂みの奥に、恐怖に顔を歪めたアディールが座り込んでいた。


 俺と目があったアディールは恐怖に目を見開いているその顔を、ゆるゆると緩ませ、両目からぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「セン……」

 消え入りそうなその声に、俺ははっと我に返り、アディールの元へ駆け寄るとしっと人差し指を口に当てた。

 アディールはこくんと一つ頷くと、二人で辺りの音に注意する。森の向こうではまだ火が周囲を燃やし尽くす音と爆ぜる灰が飛んできていた。


「何があったんだ!? 燃えてるのは、村なのか!?」

 声を潜めて問い詰める俺に、アディールは泣きながら頷いた。


「センがこの村を出て、そんなに経っていない頃だったと思います。村の入り口でガイスターの叫び声が聞こえたんです。村のみんなが何事かと家から村の入り口に集まった時、村の入り口には真っ黒い魔族たちがこの村を取り囲んでいました。そして、魔族たちは一様に兵器のようなものを持っていて、突然その兵器から炎が放たれたんです。

 村は突然のことで、いたるところで火柱を上げて燃えはじめました」


 魔族!?

 あれが魔族だっていうのか? あの虫みたいな恰好をした連中が。


「魔族は、勇者を探していました――勇者を出せとガイスターに迫り、突っぱねたガイスターは……」


 アディールが涙を流す。

 

「ガイスターのその姿を見た村人たちは逃げようとしたんです。村の奥に。

 でも森に囲まれた村に逃げ道はなく、私たちを見下ろした魔族たちは笑いながら村中を燃やしました……」

 バニウスの村人たちは、人の好い、穏やかな連中だった。初めは奇異なものを見る目で俺を見ていた村の人達も慣れるにしたがって、だんだんと話ができるようになっていた。

 そりゃ中には俺を避ける人たちもいたけど、そんな人達でも爺さんやアディールのことは心配して何かと気を配っていた。

 穏やかで平和な村だった……。


 それを……。


「爺は? ヴィータさんは、どうした?」

 俺の問いに、アディールは項垂れる。その拍子に耳も一緒に垂れさがった。


「……長老さまは、村の人達を避難させようとして、魔族を説得をしようとしたんです。でも、魔族はそんな長老さまを捕獲すると、あっさりと持っていた兵器で撃ちました。

 ヴィータさんはその様子を見ていて、私に逃げるように言いました。

 センを追いかけて、二人で逃げなさい。

 センに、この村に戻ってはいけないって伝えなさいって」


 そう言うと、我慢できなくなったように口元を押さえてわんわんと泣き出した。そんなアディールの姿を見て、俺は見ていられずに自分の方へ引き寄せた。

 

 爺さんは、俺を差し出せば村の人たちが助かるのを知っていて、俺の存在を口にせずに殺された。

 そしてヴィータさんはアディールと俺を助けるために、アディールを逃がして自分は殺されるのを分かっていて、村に留まった。


 それにガイスターだって、俺の存在を認めてしまえば死ぬことなんてなかったのに!!


 

「――アディール、逃げよう」

 泣いているアディールの体を離し、まっすぐに見つめた。


「……セン?」

「このままじゃ、俺たちも捕まったら殺される。俺は殺されてもいい。

 でも、爺さんやヴィータさんが守ったお前だけは、死なせるわけにはいかない。


 だから、今は逃げよう……」


「――セン」

 アディールはなんて答えればいいのかわからないと言ったふうに、戸惑い逡巡していた。自分たちだけ逃げていいのかという罪悪感と、引き返せば助かっている人たちがいるんじゃないかという希望と、恐怖といろんな感情が渦を巻いているような瞳をして、俺を見ていた。

 

「アディールの気持ちはわかる。

 だけど、このままだったらおまえまで殺される。それだけはごめんだ」

 もう誰にも死んでほしくない。

 

「俺が囮になってもいい。どうせ、死ぬはずの命だったんだ。死んでもいい。だけど、みんなが残したおまえだけは、生き延びてほしい。

 だから、逃げろ」


「!! いやです。一人じゃ、どこにも行けません!!」

 アディールは俺の顔を見ると首を大きく横に振った。


「それにセンは勇者です! 絶対に、死んではいけません!!」

 

 そうだよ、勇者だよ。

 何にもできない勇者なんだよ。そんなのは、勇者じゃない。ただの臆病者だ。

 みんなに勇者って祭り上げられて、そんなじゃないって否定しながら、ちょっといい気分に浸っていたバカな学生だよ、俺は。


 だから、そんな俺の命なんて虫けらほどの価値もない。




「「「「「勇者とやらの力を、見つけたぞ!!」」」」」


 空に響くような呻くような声が、耳を劈く(つんざく)ほどの大音量で空から降ってきた。アディールの項垂れていた耳が一瞬ぴんと張ってから、痛そうに震える。

 声のする方を見上げると、さっきまで快晴と言わんばかりの雲一つなかった青空が、雷雲を纏う黒い雲に覆われていた。


 その黒い雲の中心あたりに、ぼわんとした光に取り囲まれたように一匹の大きな魔族の姿があった。

 魔族は右手には大きなランチャーのような兵器を持っている。

 

 そして、左手には光る球体を持っていて、その中にはゆらゆらと揺らめく人のような姿があった。

 

「「「「「この村にいる勇者とやら!! おまえの波動はとっくに見つけているぞ! 

     出てこい!! さもなくば、この聖女の命は我が貰い受けるぞ!!」」」」


 魔族は手に持っていた球体をぽんと空に放り投げた。

 球体の中で揺らめいているのは、黒い髪の毛だった。

 

 それを見て、人だ……と気がついた。

 そしてよくよく目を凝らしてみると、そこには十六夜(いざよ)の姿があった。黒い髪が揺らめき、セーラー服姿のまま横たわっている。

 聖女!?

 聖女ってなんだよ?

 訳が分からなくなっている俺に、またも頭上から声が響く。

 

「「「「よいか、人間どもよ。この世界の憎しみ、絶望、苦しみ、恐怖!! それらはすべて、我ら魔族のもの!!

    この世界に現れる勇者と聖女とて、負の感情からは逃れられぬ!!

    

    それは我らが魔族の贄となる!!

    

    まして、この聖女はことさら絶望の色が深い!!

    この者こそ、我ら魔族が帝国を築き上げるための魔王の花嫁に相応しい!!


    絶望でこの世を嘆いている聖女が魔族の王の花嫁とは、光の王への最大なるいやがらせ!! このように楽しいことが他にあろうか!!」」」」


 魔族はそう言うと、高らかに笑い声を辺りに響かせた。


 ……十六夜……。

 

 魔族の手のひらで眠る十六夜の顔は、確かに少し悲しげで、この世を儚んでいるかに見える。

 もしあいつが、本当にこの世の中に絶望しているのならば、それは俺のせいだ。


 そして、バニウスの村が燃えたのも、みんないなくなってしまったのも、全部俺のせいだ。


 それなのに、俺だけこうしてのうのうと――生きてる……。


 それは深い、深い、絶望にも似た感情だった。

 すべてを諦めたとしても、まだ因業深い自分という存在を忘れることはできない。

 俺は俺の周りの人達の存在をかけてまで、この世界に生きている価値があるのか……?


 あるとすれば、たった一つ――。



「アディール」

 俺は、立ち上がった。

 アディールに背を向けて、大空に映し出されている魔族の姿を睨み付ける。

 あのランチャーのような兵器で撃たれたのなら、爺さんもガイスターも助かるはずがない。

 ヴィータさんだけでも、生きててほしいと思うけれど、笑いながら人を殺せる魔族たちが人間に容赦などするだろうか。


「お前は、逃げろ」


「セン!?」

 

 自分がとてつもなく冷静になっていた。

 今までの自分が自分でないような、すっと冷めたもう一人の自分がいるような気がしていた。


 俺は臆病者の繊じゃない。一人になるのが怖くて、誰かの側にいることで満たされていたキョロ充の繊じゃない。


 俺は――戦う。

 バニウスのみんなの弔いと、魔王の元に十六夜がいるというのなら、十六夜を取り戻すために!



「俺は、村に戻る」

 アディールが俺に縋る。アディールの体が震えている。

 そう言えば、爺に教えられたっけ。ホウビットの連中は気が弱い分、相手の感情を読み取る術に長けていると。

 だったらアディールも、俺の感情を読み取ったのかもしれない。


 この憎しみばかりが冴える心を。


「だめです! セン、一度に魔族の相手をするのは不利です! 一旦、逃げましょう!」

「だめだ! 逃げたら十六夜は――!!」


「あれは、本体じゃありません! 魔族は遠方からの透写能力を使います。今回も多分そうです。

 あの空に見えた魔族こそが、魔王本体でしょう!!

 村を焼いたのは、蟻が本体と思われる昆虫族です。

 ですから、村を焼いたのと空に映し出されたのは、別の個体です。

 ここは一旦引いて、体勢を立て直してから仇を取るべきです!!」

 

 アディールは俺の腕を掴んで、大きく揺さぶった。


「いいですか! 私だって、長老さまやヴィータさんや、ガイスターの仇を取りたい!!

 それだけじゃない! 村のみんなの分を!!


 だけど! だけど! まだ力が足りないんです。

 私とセンだけじゃ、今はまだ無理なんです!!


 だから――」

 もう何度泣いたかわからないアディールの涙がこぼれる。俺にとってバニウスの村はこっちに来てからのたったひと月足らず世話になっただけの村だけど、アディールにとっては生まれ育った村だ。

 そして、爺は身寄りのないアディールの父親代わりだった。ヴィータさんはかあちゃん代わりで、ガイスターはきっといい兄ちゃん役だったんだろう。

 アディールにとって、三人は家族も同然だった。


 悔しくないはずがない。

 俺よりも、アディールの方がよっぽど悔しくて、よっぽど今すぐにでも飛び出したいに違いない。

 だけど、彼女は俺を逃がすためにとどまっているんだ……。


「センまでいなくなったら、私、また一人ぼっちです……」

 アディールは、そう泣いた。


「……」

 拳を握る。

 

「――わかった。

 俺は、勇者になっていつか魔族を、あの魔王の野郎を倒してやる! 

 奴らと戦えるようになるまで力をつけて、必ず仇を取ってやる!!

 アディール、お前のために!!



 ――そして、十六夜を取りもどす!!」

 

  

 アディールはすっと俺から手を離すと、突然スカートに手をかけた。

 びりっと大きな音が響き、アディールはくるぶしまであったスカートのひざ下を破っている。

 そして、短くなったスカートの内側から、くないを取り出した。

 どうやら太ももに武器を巻き付けていたらしい。


「センが勇者となり戦う道を選ぶのなら、私もお供します!!」


 アディールは一言そう言うと、後ろ脚で大きく地面を蹴ると、茂みから飛び上がった。

 そして取り出したくないを両手に構え、ぱぱぱと素早く投げる。


 そのくないは、茂みの向こうにいた魔族ののど辺りに命中していた。

「ギャ!!」

「グギャ!!」

 という悲鳴のような声とともに、魔族たちは倒れた。


 とんとほとんど足音も立てずにアディールが着地する。

 そして、彼女は振り返ると少し悲しい顔で微笑んだ。


「こう見えてもホウビット族は、戦闘民族なんです。

 まずはここから逃げましょう!


 セン――後方援護します!!」

 

 アディールはそう言うと、スカートの中から取り出した一つの大くないを渡してきた。

「このくないは、殺傷能力が高いので接近戦ならまず大丈夫だと思います。私たちは主に飛び道具に使うんですけど、ナイフとしても使えますから。センにはその方が使い勝手がいいでしょう」

 そして自分は背中から小さな弓を取り出してみせた。


 そして、ぴょんと後ろ足で飛び上がる。その滞空時間は長く、アディールは弓矢を構えると、


「ホウビット族は元々『ボウ―ラビット』族が転じたもの!」

 ヒュッと矢を射る。


「ボウはクロスボウのボウ!! したがって名前通り、後方支援を得意とする戦闘民族だったのですよ!」


 射た矢は蟻の躯体の魔族の額に命中し、魔族は短い悲鳴を上げて倒れる。


「ですから、小人族(ホビット)が訛ったものではないんです!」


 それだけ言うと、ちょんと音も立てずに着地する。


「いいですか、まずは森を抜けましょう。目指すは州都リングアです。

 州都には魔族は入れません」

 

 バニウスの森を駆け抜けて、俺たちは州都へ続く街道を目指した。途中、魔族の追撃をかわしながら、俺たちは何とかバニウスの森を抜けることができた。

 アルフガルド国の主要道路なら結界が張られているので魔族は姿を現すことができないという。だから俺たちは州都へ続く街道へ入るとようやく人心地付けたのだった。


 ――こうして俺は勇者になることを決めたんだ。

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