仲間、だから。2
「……俺、だ」
両掌を見て、さっきとは違うきちんと俺が俺として動いていることを確認した。
「……セン!」
アディールが泣き顔のまま、俺に抱きついてくる。アディールの後ろにいたマドラも、俺の胸元にぽんと飛び込んできた。二人を抱き留めると、ぽんぽんと背中を叩いた。
心配かけてごめん、アディール。
「……セン、感動の再開をしている場合じゃないみたいです。さっきセンが放った炎が、部屋を燃やしてるんです」
アディールの言葉に辺りを見回すと、カーテンが燃え、家具に火がついている。
お、俺……やり過ぎじゃねえ!?
っとそんなこと考えている場合じゃなかった。ユマをどうにかしないと。
動けなくなった彼女を置いて逃げるわけにはいかない。
辺りを見回しても、どうにかできる状況じゃなかった。火を消すには水が必要だけど、水なんてこの部屋にはないし、どこに水場があるのかもわからない。
ユマを抱えようにも、彼女の体に触れると崩れてしまう。
「おい、ムルムス! 生きてるか!?」
壁際で倒れているムルムスの方へ行くと、奴の頬を一度軽く叩いた。うっすらと開かれた目がだんだんと焦点を合わせて俺を見る。すると突然目を見開いて、俺の手から逃れようとした。
「もう何もしない」
助かったのは事実だけど、こいつにあんなことしたのはそもそも俺じゃない。
「……お前……!」
真っ青になったままのムルムスが痛みに体を押さえながら体を起こそうとしたから、肩に手を入れて起き上がらせる。すると、奴は俺の手を払いのけた。
「――離せ!」
自分がコテンパンにやられたのが、プライドに触るのだろうか奴はそういうと壁に手をついて立ち上がる。
「お前のその力――、それが何の力か……」
言いかけた奴は、俺の後ろを見るとひっと息を飲んで口をつぐんだ。
「……」
そのまま黙ると、真っ青な顔をして俺を見る。奴が何かを考えているのを無視して、ムルムスに語り掛ける。
「ユマを元に戻してくれ。このままじゃアイツは燃えてしまう。でも、抱えて逃げようにも触れると崩れてしまうんだ!
お前なら、ユマを元に戻せるだろ? 頼む……」
ばっと頭を下げる。ムルムスからの返事はなく、しばらく逡巡しているようだった。
「……直してあげる――と言いたいところだけど、彼女は僕の力でも直せないよ。無から1を作り出すのは簡単なんだけど、0になってしまったものを元に戻すのは無理なんだよ。
失ったものは取り返せない」
平然とそういうムルムスの言葉に、愕然とした。
「僕の魔力で彼女を縛るのは、もう無理なんだ。一度離してしまったからね。魔法にも制約がある。彼女が元に戻るとしたら、彼女自身が器に戻りたいと思うことだね。ホムンクルスはさっきも言ったようにマンドラゴラからできている。マンドラゴラは魔力を帯びた生物だ。――君、魔法の原理を知ってる? 思いを具現化するのが魔法なんだよ。魔力を媒介にしてね。ってことで、彼女が自分の思いでもう一度戻りたいと思ったら魔力で戻ってくる。そうじゃなけりゃ消えてしまう。僕が新しいホムンクルスを作っても、それは器だけだ。彼女に似た何かが出来上がるだけだよ。それでもいいの?」
ほんとは空になった器のリリムをコレクションするつもりだったのに、とムルムスは眉をしかめてぶつぶつと呟いた。
……それじゃ、ユマじゃない。
ユマを取り戻すには、彼女が絶望した以上の思いでこの世界に引き止めなければいけないんだ。
はっと顔を上げた。
もしかしたら……。
ユマの絶望から彼女を引き上げられる存在と言ったら、たった一人しかいない。
「おい! ユマのオヤジ! この近くにいないのかよ!?
お願いだ、いるんだったら出てきてくれ! ユマは、ユマはあんたを信じてここまで来たんだ。
ユマがユマのオヤジを呼び出したとき、すでにムルムスに呼び出されていた。ってことは、あんたはこの屋敷にいるんだろ?
ユマを探してくれ……!」
ありったけの思いで、空に語りかける。ユマが会いたいのはたった一人、ユマのオヤジだ。ユマのオヤジがユマの言うとおりの人なら、彼女の幸せを祈ってるはずだ。
「無駄だよ。僕が呼びだした時、彼は悪霊に成り果てていたからね。人々の怨嗟の声に耐えきれなくなったんだろうね。後悔して地縛霊になってたけど……」
ムルムスが鼻を押さえながら言う。彼の鼻はすっかり形を変えて腫れあがっている。こいつも早く病院に連れて行ってやりたかった。立ち上がって疲れたのだろうか、またすぐにその場にずるずると座り込んでいく。
「そうかもしれない。だけど、ユマをこの世界に繋ぎとめられるのは他の誰でもない、ユマのオヤジさんだけなんだ。
誰かに恨まれるほどひどいことをしたのも事実だ。理由がどうあれ、それが許されるわけじゃない。だけど、ユマにとっていいオヤジさんだったのなら、彼女にとってはそれがすべてなんだ」
するとぽわっとユマの周りに、炎とは違う金色の光が現れた。
「何だ、これ?」
それに触れようとしたけれど、金色の光は透けるように消えてしまう。光は下から上に登って行って、ふわっと溶けるように消えてなくなっていく。
「魔力の、具現化だよ……」
ムルムスが呟く。
「リリムの思いが、空に登っていくんだ」
「それって……」
アディールが言葉を続けようとして一瞬ためらってから、言葉を続けた。
「……ユマちゃん、消えてしまうんですか?」
「……」
ムルムスも黙る。
俺たちはその金色の光を眺めていた。魔力とは、全部こんなにきれいな色なんだろうか。まるで金色の羽が空に舞い上がっていくようだった。暗闇の中で、炎に照らされてぼんやりと光っている。
(お父……様?)
うっすらとユマの声が聞こえたような気がした。マドラがアディールの後ろから顔をのぞかせると、たたっと走り出した。
「マドラ?」
そのまま走っていくと、ユマの体に近づいていく。マドラはユマの体にぴたっとくっついた。
マドラが何をしているのかわからない。それでもマドラはユマの体から離れずに、そのままくっついていた。
「セン、炎の勢いが増しています」
アディールに言われて、はっとして辺りを見回した。さっきまでカーテンを燃やしていた炎が天井に届こうとしている。アディールは少し咳き込みながら、袖で口元を覆っていた。このままじゃまずい。
「もう、ダメか……」
あきらめたくはなかったけど、ここでみんな死んでしまうわけにはいかない。
「行こう」
ゆっくりとアディールの方を振り返った時だった。金色の光が一点に集まってユマの姿を作っている。ユマは、天井を見上げていた。ユマの視線をたどっていくとそこには見慣れない男性が形作っていた。
「……ユマ?」
(お父様、やっと、会えた……)
金色のユマは、その男性を見て微笑んでいる。男性も、ユマを見て微笑んだ。
(リリム、ずっと探していたんだ。リリムがどうしているのか、気になっていた……。私がいなくなった後、辛い事はないか、悲しいことはないか、気になっていた)
(お父様……)
男性がそっとユマに手を伸ばした。じゃあ、これがカルガリ伯爵なんだ。ぼんやりと形作っているその影は、どこにでもいそうな優しい父親の顔をしていた。
(私はもう、お前の側にいてやれないんだ……。私の罪は償わなければならない……だけど、お前は幸せになりなさい。私にとって、それだけがこの世に生を受けた意味なのだから……)
ユマは悲しそうな顔をして首を横に振った。
(ううん。私ね、お父様の娘じゃなかったの。お師匠様に作られた、人形だったの。だから、お父様をがっかりさせてしまう……)
泣いているユマをカルガリはゆっくりと抱きしめる。
(バカだね。そんなことを気にしていたのかい。そんなことはは初めから知っていたよ。そういう取引だったからね。だけどね、ホムンクルスだろうと何だろうと、君は私の大切な娘だよ。ずうっと君は私の、大切な娘だよ……)
その言葉を最後に、カルガリ伯爵の姿がだんだんと消えていった。
(お父様……?)
(……この姿は炎に弱いんだ。私はもう、消えてしまう)
(嫌!)
(……リリム、すまない。だけど、やっと私は眠れるんだ。この世界に生まれ落ちて、誰かをねたんだり羨んでばかりいた私にとって、君の存在はかけがえのないものだったよ。
この子はかけがえのない私の娘だ――そう思った時、ムルムスとの取引を思い出したんだ。私は彼の魔力を借りて、私を馬鹿にした奴らに復讐していた。それが、どんなに愚かな事かも気がつかずに。君をこの腕に抱いたとき、私はそれまでの自分の人生を後悔した。私は君に出会えて、初めて幸せということを知ったんだ。
そして初めて自分が犯した罪を知った……。復讐という言い訳でずっと関係のない人々を苦しめていた自分の罪を。だけど、それを止められなかった。何かを言い訳にして自分の罪を行い続けていた私は、一番大切な存在のはずの君を言い訳にして、自分の罪を正当化していた……そして君にそれを罵られることを一番恐れていた。
それだけが気がかりで、こんな姿をおめおめと晒していたが、君が私をまだ父と呼んでくれるのなら、私はようやく……罪を償える)
男はそういうと、姿を消していく。最後の光が尾を引くように消えていくと、ユマの金色の光も揺らめいた。
(リリム、君に最後のお願いだ。ルサルカに――)
カルガリ伯爵はそう言いかけて、その姿を消した。ユマの顔を形作っている光は、父親の消えた方を眺めて悲しそうに眉根を寄せていた。もう、その体のほとんどは消えそうだった。
「ユマ――いや、リリム。もうどっちでもいいや。
お前は、生きろよ。お父さんの分も生きて、幸せになれよ。お前はホムンクルスだから、ずっとずっと人間よりも長く生きるんだろ? だったら、お前の父さんを忘れないようにずっと覚えててやれよ」
ユマの光に語り掛けると、ユマはゆっくりと俺を見た。そして一筋涙を流すと、小さく頷いた。
(セン、ありがとう……)
金色の光が姿を作り、ひゅうっと風に吸い込まれていくようだった。光はなくなり、炎で部屋の中がいよいよ煌々と明るくなっていた。
ぱちぱちと家具が爆ぜる音が聞こえている。
その中で、動かなくなっていたユマに寄り添っていたマドラが「ピイ!」っと鳴いた。その声にユマとマドラを見る。マドラが、ピイ、ピイ! と力強く鳴いている。
「! ユマ!!」
マドラの横で、石のように固まっていたユマの体が見る見るうちに元の姿に戻っていった。空洞のようだった目に紫の光が宿り、ユマが立ち上がった。
「……私」
自分と辺りを見回して、ユマは驚いていた。
「……セン?」
困ったような顔をして、俺達を見回していく。
「お師匠様、その顔!」
ムルムスを見て驚きながら、俺とアディールを見て照れくさそうに笑った。
「あのね、センの声、聞こえたよ――」
ユマは嬉しそうに笑った。




